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16「契約の代償」

 地竜は頭部から胸のあたりを切り裂かれたまま、未だ息が残っていたのか、げえげえと胃の内容物をそこいらじゅうに吐き散らかした。


「気をつけろ。まだ、息がある」


 なんというケタはずれの生命力だ。

 英二は吐瀉物で海のように広がった面に視線を流し、あきらかな人工物を見つめた。


 それは原形を止めぬほど溶解された学生たちの制服であった。


 清香たちと苦労して地竜の腸を開くと、そこにはゴロゴロと人骨のようなものが見つかった。


 英二は女たちが涙を滂沱のように流しながら抱き合って震えるのをよそに、その場に跪くと、今はもうない誰ともわからぬクラスメイトたちに哀悼の意を捧げた。


 これでハッキリと区切りがついたのか。

 それ以降の彼女たちはサバサバした思いきりのいい態度であった。


 これだけの量の骨を持ち帰ることはできない。かといってこのまま迷宮の闇に晒せば、地下に棲まう生物たちに再び骸を穢される可能性もある。


 地竜ごと油をかけて荼毘に付すことにした。


 ゴーゴーと勢いよく燃え盛る炎をジッと見つめながら誰がいうでもなく合掌した。


 灰となったそれらを適当な穴を掘って埋葬すると英二たちはキャンプ地に戻った。






 恐らく未だ再開することのないクラスの女子たちは、ほぼ全滅したと思って間違いない。


 綾乃や清香たちはむしろ幸運に属する人種であった。

 英二は、雅たちが用意した鍋を前にして、椀を持ったまま深い思考に沈んでいた。


「どうしましたの、英二さん。そんなに思い詰めた表情で」

「いや、これからの方針を考えていただけさ」


 塩気ばかりが強い汁を啜る。

 さすがにちょっとした甘みすらない地下でこれ以上過ごすのは御免こうむりたい。


「なにか名案でも思いつたのか。エージ」


 隣に座っていた清香がジリジリとそばに移動し、ぴたっと肩をくっつけてくる。


 英二が記憶を取り戻したと知ってから異常なまでの馴れ馴れしい態度である。


 地竜との戦いや、クラスメイトの埋葬、それに怪我の治療などもあって、ほかの仲間には英二と清香がある意味幼なじみだったということは話していない。


 頭部に投石を受けた際、治療に当たった雪絵はなんとなくふたりが昔馴染みだと聞いているくらいなのでそれほど動揺はないが、綾乃や雅はあれほどまで英二を遠ざけていたはずの清香が急接近していることに不審と妬みと怒りのようなものを露わにしていた。


「清閑寺さぁん。ちょおっとよろしいかしらん?」


 綾乃が水浴びをして綺麗になったさらさらの髪をかき上げながら、鼻にかかった独特の声で挑発するように睨んだ。


「ああ、なんだなんだ。綾小路、なんでも聞いてくれ。今の私は気分がいいからなんでもおまえの望みどおり答えてやるぞ」


「なにか、愛想がよすぎて気持ち悪いですが。じゃなくて! その、エージってのはなんなんですのっ。そもそもあなたは、地竜と戦うまで毛嫌いしていたじゃありませんか」


 清香はいきり立って捲し立てる綾乃を見ながら「青いな」というように遠い眼で見つめながら、ふっとアンニュイな吐息を漏らした。


「なんなんですのおおっ。その私だけはわかってます、勝ってます感はああっ」


「ああ、ええと。すまないな。ついついしあわせに浸ってしまって。えと、こいうのを自分で発表するのは結構恥ずかしいもので。ねえ、エージ。エージの口から彼女たちに伝えてあげてよぉ」


「は、はぁ?」

「その妙に媚び媚びした声もムカつきますのぉおおッ!」


「ふわっ。あーちゃん落ち着いて、どうどうやで」

「私はうしさんじゃありませんのっ」


「英二。あたしも清香が態度を豹変させた理由を知りたいわ」


「ん、あー。それか。実はだな、さっき思い出したんだが、俺とコイツ幼なじみだったみたいなんだわ」

「ふわっ。そーなんっ?」


「初耳ですわっ」

「知らなかった」


「ふふふ。そして私たちは、将来を誓い合った仲なんだ。な」

「はぁ? おまえなにをいって――」


 清香が頬に手を当てつつ、身体をくねくねさせている。英二は、これはなにかとてつもなく巨大な誤解が生じていると腰を浮かせかけるが、それよりも早く綾乃と雅が立った。


「なんだか、今とても聞き捨てならない言葉を聞きましたわ」

「そうね。英二はあたしのフィアンセよ」


「今度はこっちか来ましたのッ!?」


「ふふふ。おまえたち。今更あとから来たものがジタバタしても見苦しいだけだ。私と英二は、十二年と二ヵ月十四日八時間二十二分五十四秒前に運命の誓いを行っているんだ。もう過去は覆すことはできないっ」


「気持ち悪っ。清閑寺さん、めっちゃキモいですわっ」

「あややー。さーちゃん、数字に細かいなぁ」


「細かいというよりかはストーカーというか偏執狂ね」

「うるっさいなぁ……! ここから出たらエージと私の結婚式に呼んでやるから我慢しろ」


「うっわ、西園寺さん。この人目がマジですわ。マジもんの倫理ブレイカーですわ」

「静かな狂気を感じるわね……」


「さ、さーちゃん。わかったから、とりあえずえーちゃんの首から手を離そ? な?」


「ふ、ふふふ。どっちにしろ、あのとき彼が私のことを愛しているといったことは紛うことなき真実……! ね、エージ。エージは私のことお嫁さんにしてくれるって……ゆった」


「う」


 清香が上目遣いで祈るように両手を組み合わせ視線を合わせてくる。


 バレーボールのような巨乳を除けば、確かに目の前にはあのとき恋をした儚げな少女の面影が残っており、きゅんと胸が痛む。


「愛しているとはいってないぞ……まあ、好きくらいはいったかもだが」

「ありえませんわっ!」


「なっ……!」


 綾乃が愕然と両腕を地面に突き、雅は口元に手を当て顔面蒼白だ。勝ち誇った清香は黒のポニテを左右にぶるぶる振り回しながら、ううっとうれしそうに唸っていた。


「あーっはっはっは、のは! 私がエージに愛される資格のあるただひとりの女なんだ。そう! 過去からの連綿とした絆があってこその今っ。とってつけたような、ポッと出のおまえたちよりも私の愛のほうがすぐれていることを思い知ったか!」


(なんなんだよ、この小芝居は) 


 英二は首っ玉に腕を回されながら、下唇を噛んで悔しがる綾乃とほつれた髪を咥えて恨めしそうに睨む雅を交互に見やった。


「あんなーあんなー。うちも、えーちゃんこと好きやで」

「ははっ。雪絵はメイドとして使ってやろうっ」

「わーい、やたーっ」


「てか、おまえらホントに友だちなんか……」

「ふっ、くっくっくっ」


「はは。綾小路、敗北のショックでついに、こっわっれってしまったか!」


 清香は口ずさむように節をつけて嘲っている。


「だからなんでそんなにうれしそうなの、おまえは」

「えーちゃん、えーちゃん。勝者の余裕やで!」


「雪絵。まだ勝負はついていないわ。あたしが彼の子を先に孕めば勝ちよ」


「こっちは、こっちでとんでもねえこといってるし! てか、西園寺。いつ、あんたは俺に惚れた設定になったんですかねぇ?」


「別に惚れてないわ。ただ、人に取られるのが悔しいだけ」


「女の子サガやねー」

「なんたる魔界塔士だよ」


「おーっほっほっほ! 清閑寺さぁん。あなたは、ひとつ勘違いしているようですけど。すでに、私と英二さんは愛を契り合い、その結晶はここに授かっていますのよっ」


「んなっ――! 馬鹿な?」


 綾乃はセーラー服の前をドーンと突き出して膨らんだ腹をこれでもかとばかりに誇示した。


(うん、まあ。たぶん、それ聖王母の盾(マスターオブシールド)だろ)


「ぞ、ぞんなぁ……」

「ええっ。ええっ。もしかして、あーちゃんもう赤ちゃんできてるん? う、うちも」


「おいおい。キスしただけでできるわけがねぇ……ってみんな聞いてないっ?」


 綾乃を除いた三人は下を向いて自分の腹をぺたぺたさすさす仕切りに撫でさすっていた。


 まるでそうすれば、必ず子供が授かると信じているように――。


「ふ。ふふふ。綾小路。どうやら、私はまたおまえに勝ってしまったようだ。これはどう考えても双子の大きさだ」


「な――それは反則ですのっ」

「あたしなんて、三つ子よ。ふたりもとごめんなさいねっ」


「なん――だと?」

「あー、うちはこげ茶の子が産まれるとえぇねんな。お散歩ちゃんと連れてくでぇ」


(しかもひとりペットと勘違いしている)


 わちゃわちゃやっているうちに鍋が煮立ってしまった。英二はがりがりうしろ頭を掻くと、不意に立ち上がった。


「どうしたんだエージ。散歩か? なら私もついていくぞ。当然のようにな」


「英二さん、私もついてゆきますわっ」

「あ、うちもうちもっ」

「ションベンだよ」


 ちょっと気分を変えたかったので、嘘をいったがお嬢さま方はあっさりと頬を赤らめて掴んでいた袖を離した。






「づ――う。かあっ、マジかよ」


 英二は隠していた左手を湧き水に晒しながら顔を歪めた。この痛みはただの突き指程度ではない。完全に折れている感じだった。その成果、鍋の味も途中でよくわからなくなった。


 目を閉じて呼吸を整えているとコツコツと地面を動く足音が聞こえてくる。顔を上げると、そこには心配そうに眉を寄せた雅が立っていた。


「なにか様子がおかしいと思ったら……怪我なら早く雪絵に治療してもらわないと」


「……いいよ」


 雅が濡れた地面にしゃがみ込んで、清水の染み出している岩場に手を突っ込んでいる英二の手にそっと触れた。電撃のような痺れが走る。雅が泣きそうな顔をする。


「なにをおかしな遠慮しているの。さっきのはみんなただの戯れだから。おかしな人ね」

「いいったらっ」


 雅の手を振り払う。

 ようやく英二が遠慮しているわけではないことに気づき、雅は顔色を変えた。


「どう、したの……? あたし、お節介だったかしら。気を悪くしたらごめんなさい」


「そうじゃねえって。ただ、この傷はスキルでは治療できない」

「聞いてもいかしら」


「いわなくても聞き出すつもりだったんだろーが。理由はな。こいつがスキル発動の効果だからだよ」


「そういえば、その左手。清香が治療してもらった場所と同じ――!」


「随分と察しがいい。俺の能力奴隷の首輪カラーリングセレモニーは契約した奴隷のスキルを向上させることができる。ただし、主と奴隷の肉体はある種、合一して怪我はすべて同じく主人の側にもフィードバックされるんだ。リスクなしに、いいとこ尽くめってわけじゃないのさ。わかるだろ? 主人と奴隷の関係ってのは、それほど甘いものじゃないんだぜ」



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