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13「今夜は月が綺麗ですね」

「ねぇ、えーちゃん。今夜はとっても月が綺麗に見えるわぁ」

「ここは地下だ。月どころか日の光も差さない。なにを寝ぼけたこといってるんだ」


「とうっ」

「ほぐっ」


 英二は寄り添った状態から雪絵の肘鉄を脇腹に喰らって「こひゅ」と妙な息を漏らしてたたらを踏んだ。


 テントのなかである。外では綾乃と雅が妙なことに発展しないかどうか、息を潜めて様子を窺っているだろう。まったくもってそんな心配はないのだが。考え過ぎというやつである。


 水場で身体を清めて来たのであろう。雪絵の髪はしっとりとまだ濡れていた。


「もういけずやわぁ。うちが、勇気だして雰囲気出そうとしてるのにぃ」

「……そ、そら悪かったな」


「なあ、えーちゃん。うち、はじめてなんよ。第一、男の人と手ぇつないだこともあらへんのに、いきなり肉奴隷になって身体を捧げる女心がわからへんの?」


「いや、誰もそこまでは望んでないのだが。戦闘ではある意味肉壁になってもらうかもだが」

「たあっ」

「んごえっ」


 続けてゼロ距離でリバーブローを叩き込まれ、英二は呼吸が止まりかける。


「愛が感じられへん。こんなん、すぐ離婚事案やん」

「わ、わーかったよ。愛についてはこれから勉強するから、このへんで勘弁してくれ」


 英二は「いやんいやん」とばかりに腰を振る雪絵を見つつ、あと二回もこの作業を行わなければならなかと思うと、げっそりした。


「うちは……甘露寺雪絵は、影村英二を主として認め、生涯この生命が尽きるまで奴隷として仕えることをここに宣誓します」


 文言は綾乃を奴隷としたときとまるで同じものである。フォーマットは同一であるとはいえ、このように非日常的な言葉を同級生のしかもグレードがはるかに高く、常時では相手にしてもらえないようなレベルの女子に宣言させることは、酷く甘美なものだった。


(なんだか、淫語プレイをしているような……って、俺はなにを考えているんだよ)


 こうして自分の足下で跪く甘露寺雪絵はふわっとろな仔犬系お嬢さまである。

 いかんいかんと思いつつも、彼女のくるっとウェーブのかかった髪をつい触ってしまう。


「ん、あふっ……」


 雪絵はいわれたとおり目を閉じている。鼻にかかったような甘え声を聞くと、腰骨あたりから背骨を伝って脳天まで貫いていくなんともいえない黒い気持ちが立ち昇ってくる。


(これは、スキルの弊害だろうか?)

 気づけば、ふうふうと荒々しい息遣いになっているのを感じ愕然とした。

 片膝を突いて、雪絵の髪をかき上げると綺麗な白い額が垣間見えた。


「あーちゃんっ……うち、なんか、怖いわ……あふっ」

「そのままだ。目ぇつぶってろよ。これは、儀式だからな」


 英二はほとんど荒ぶる自分を抑えきれず、雪絵の唇を奪った。

 〈スキル〉である奴隷の首輪カラーリングセレモニーが発動し、雪絵の喉元に白い首輪が具現化された。


 その瞬間にも、彼女の青白いまでの喉首が、んくんくと動く。

 英二はほとんど無意識に雪絵の唇を割って、ぬるりと舌をすべらせると、唾液を無理やり送り込んだ。


 雪絵はわずかに目を開けかけるが、頭を固定され逃れることもできず、従順な姿勢で英二の唾液を飲み干しはじめた。


「ちょっと! 英二さんッ。まだ、儀式は終わりませんのっ? あとがつかえてましてよ!」

「は――」


 綾乃の声で正気に戻った。

 目の前には、とろんとした目つきで息を荒げている雪絵がぺたんと座り込んでいた。

 明るいブラウンの髪がしどけなく乱れ、ほうっと吐き出した息が妖艶だった。


「悪い、甘露寺。儀式は終わりだ」

「あ、も、もう? うち……こんなん、くせになってまうやんか」


 ぞくりとするような目つきだった。英二は自分を殺して雪絵を立ち上がらせると、無理やり外へと追い出すようにぐいぐいと背中を押す。そっと手を握られ。そのやわらかさに頭がカッカと燃え立った。綾乃のときにはなかった、自分でも謎の反応だった。


「なぁ、えーちゃん。ありがとうな」

 そのとき白だった雪絵の首輪がぴかぴかと白熱して、すぐさま青に変わった。


「ひゃっ。なにこれ――? 青い光?」

「あ、あとで説明するから。早く、西園寺を」


 雪絵はすねたような目つきで脇腹を再度つねってきた。英二は激痛で飛び上がった。


「こういうときに……ほかの女の名前出すえーちゃん……好かん」

「いいから、いけっての!」

「やあん」


 思い切ってケツを蹴り上げ雪絵を叩き出す。いい気分だ。いやいつもとだいぶ違うか。


 ――やべぇ。今の状況で西園寺を見たら襲いかねんぞ。

 自分は酷く興奮している。


 こういう場合は素数を数えるといいらしいが、かなり混乱しているので数字が頭にのぼってこない。


 それどころか、今まで一緒にいた雪絵の唇の感触やさらさらした髪の手触りが蘇ってきて英二は我を失いつつあった。


「なにやってるのよ」

「すまん。美女が来るかと思うと平静でいられず精神統一していた」

「あなた、どんどん目がやばくなってるような気がするのだけど。あたしの気のせいかしら」


「思い違いってのは誰にもであるし。とっととすませて、地竜に備えようぜ」

「最低限の理性は残っていそうね。いっておくけど、契約をしたからって別にあなたの自由になるわけではないから、そのあたりきちんと覚えておいて」

「身のほどはわきまえてるさ。今も昔も」


 雅は長い黒髪をさっとかき上げると、立ったまま奴隷契約の文言を平坦な口調で唱え出す。


 英二は向かい合ったまま、自分とそれほど身長の変わらぬ西園寺雅という女を、改めて観察した。


 すらっとした長い手足に、切れ長の瞳とすっとした鼻、唇はやや薄いが、ついばみたくなるようなかわいらしさだった。


 背は百七十はあるだろう。女性にしては長身だ。胸は、綾乃のようにがっかりではなく、大き過ぎず小さすぎず実に均整が取れていた。


 クラスのなかでも、綾乃や清香のように人目を引く強烈な派手さはないが、しっとりと落ち着いた美女である。


 どちらかといえば英二は雅のような女性がタイプであった。

 ――生涯この生命が尽きるまで奴隷として仕えることを宣誓します。


 いった。

 いわせてやった。


 雅はなんてことないように、すっと膝を折るとその場に跪いた。

 これからすることは事前に伝えてある。なにしろ命がかかっているのだ。土壇場で彼女が拒否する心配はない。となれば、あとは自分が根性を決めるだけだ。


 そっと細い顎に指をかけ顔を近づける。

 まつ毛が長く、やはり緊張しているのか目蓋がぴくぴくと細かく震えている。


 平静だ。平静を保つんだ。

 先ほど雪絵に対して行ったときは異常に自制がきかなかった。

 が、今度はちゃんとほどほどで抑えられるだろう。でなければただの変態だ。



「ん、んむむうっ!」

 ちょこっとだけ合わせればいい。

 英二の油断をよそに、伸びた雅の両腕で頭をホールドされた。


 それはねっとりとした情熱的なキスだった。彼女は細身の身体からは想像もつかないほど強靭な力でぎゅうぎゅう英二の頭を押さえつけ、離れることを拒んでいるようだった。


 挑まれて怯えるは男の恥である。

 英二も彼女の舌のなめらかな動きに合わせて忘我の状態に陥っていると、やがて契約は完了したのか目の前が白い輝きで埋め尽くされた。


 荒く息を吐き出しながら、どちらともいわず顔を離した。

 熱に浮かされたような雅の瞳はもえたぎった炎がうずを巻いているようだ。


「ん、んなっ」

「むっ……んっ……ちゅ」


 終わったと思ったら雅は再び唇に吸いついて来た。だが、今度は長引かない。ちゅちゅっと軽いフレンチキスで終わると、胸元に細い指がそっと上から下に動きゾクゾクと腰骨が抜けるように電流が走った。反射的に身体を離した。


「な――おまえ――なんの、つもりだ」

「ふふ。さあ、なんのつもりかしらね」

「これ、首輪……?」


 雅は手鏡を出すと自分の首輪をしげしげと眺め出した。どこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。


「なんか、うれしそうだな。まるっきりマゾだぜ」


「あら? そう見えるのかしら。でも、間違ってないかもね。あたしは人より被虐願望が強いのかも。それに誰かに隷属するって、それほど悪くないんじゃない。少なくとも、この先を思い悩んで苦しむことはなさそうよ。運命も、この命も、これからはすべてあなた任せ。すごく……すっきりした気分よ」


 頬にかかった髪の毛を長い指先でそっと払う仕草は妖艶ですらあった。雅は、片手をなにもない中空に差し出し、その美麗な顔をわずかに歪めた。


(スキルを確かめようとしているのか?)


 だが、英二の想像を裏切ってか、雅はすぐに片手を下げると顔が触れそうになるまで近づき、黒々と濡れた瞳をきらきらさせながら見つめて来た。


「な、なんだよ」

「これからよろしく頼むわね。ご主人さま」

「んむっ」


 不意打ち気味にキスをすると、雅はそっとテントを出ていった。


「……あいつ、キス魔だ」

 英二は茫然としながら、少女の唇を感触を思い出し頬をゆるませた。


「いやいやいや、違う違う違う。なんだ、あいつ……? なんか、おかしいぞ。普通じゃない。もしかして密かに惚れてたとか……ねーわ。てか、男に飢えてたのか? 全然わからんぞ」


 一番清楚に見えてビッチだとか、どこのAVなんだと英二は混乱しながら、その場に座り込んだ。


 さて。あとに残るは剣道部主将にして風紀委員長の清香を残すだけになった。

 英二のなかで〈スキル〉の向上をもっとも図りたいのは、実は彼女なのである。


 清香の能力は頭上で武器を回転させるごとに攻撃力を倍々に増やすという勇気の紋章(ブレイブブレイド)だ。


 欠点としては、三度振り回した時点で筋肉の限界が来てしまうことである。

 清香の基本パワーを①とすると、一回振れば②、二回振れば④、三回振れば――⑯である。


 四回振っただけで基本値と比べて256倍に達するチートのなかのチートといえよう。


 清香と英二が契約できれば恐らくではあるが、筋肉の一時的な向上における肉体の負担を確実に軽減することができるだろう。


「ま、待たせたな」

「おう。清閑寺か。ずいぶんと時間がかかったな。じゃあ、あとはさっき話したとおりにだな……」


「その前におまえに聞いておきたいことがあるんだ。いいか、影村」

「なんだ? 俺に答えられることならなんでも聞いてくれ」


 清香はもじもじしながら下を向き、注意しなければ聞き取れないような声を出した。


「その、あの……私を選んだということは、少しは私に気があるということなのか? だったら、私も覚悟を決めることができそうなんだが」


 ここで英二は大変な失態を侵した。

 彼が徹頭徹尾策士であるならば、この場でなんとしても清香をいいくるめなければならなかった。


 上手いこと奴隷契約を結ぶよう促していくべきであったのだ。

 しかし英二にはそこまでの対人スキルを養う経験も機会もなかった。


 あからさまに顔を引き攣らせてしまった。英二は清香がまさかそんな乙女チックな条件のもと探りを入れてこようとはまるきり思っていなかったのだ。


「それに。綾小路のことは嘘なんだろう? 先に入った雪絵や雅も口実で、本当はおまえ、私との約束を覚えていてくれたんだな。う、うれしいぞ。私は」


(約束とはいったい、なんだろうか? つーか、こいつはなにをいっている)

「ちょ、ちょっと待ってくれ。清閑寺。おまえはなにをいっているんだ」


「もう、とぼけなくてもいい。私が剣をはじめたきっかけはおまえなのだからな……ここには、誰もいない。十二年前の約束を、今こそ果たしてくれるんだろう。ずっと、ずっと待っていたんだぞ」


 そういえば、清香は英二が2Aへと転入したての頃、やたらと怖い顔で構いつけてきたことがある。


 彼女が風紀委員長で生真面目にも転入してすぐに、なんとはなしに孤立しかけていた英二のことを思いやってくれていたかと思っていたのだが、そのときもやたらと幼い頃の話やかつて英二が住んでいた故郷の道場の話をしつこく訊ねて来た。


(ああ、そういえばあのときも清閑寺は、やたらと俺がガキの頃習わされていたジイさんの道楽でやらされていた冨田流道場の話をしつこく聞いてきてたよな……知らん、まるきり全然覚えていないってったら、こいつ露骨に俺のことをさけるようになったっけか。もしや、あれが、なんかのフラグだったちゅーんかよ)


 英二は幼少時と、中学時代、わけあって冨田流小太刀をある程度習わされた記憶があった。

(けど、ガキの頃の話なんか、正直覚えてねえっての)


「エージ、私だ。ほら、ここのホクロ。覚えてないか?」

「あ、う、わわわ」


 清香はやたらに熱っぽい声で近づくと手を取って自分の右目に下にある泣き黒子を指差している。

 英二は困り切って視線をあたりにさまよわせていた。


(綾小路。なんで、どうでもいいときには首を突っ込んでくるくせに、こういうときには沈黙を保ってんだよ……!)


 目は口程に物をいう――。

「ま、まさか本当に、私のこと、覚えていないっていうの?」


 清香は自分がまるで道化同然の言葉を連ねていることに気づくと、わなわなと握った両拳を振るえさせ、見ようによってはかわいらしい相貌を悪鬼そのものへと変化させた。


「もういい」

「は?」


「決めた。私はおまえなんかと絶対に契約しない」

「ちょっと待てよっ。それじゃあ、これからの作戦上俺たちは不利になるぞ」


「知るかあああっ! おまえなんかもう知らんし、どーでもいいっ。誰かおまえみたいな忘れっぽい阿呆の奴隷になんぞなるかああっ」


「な、なにいきなりキレてんだよっ。わけわかんないぞっ」

「放せ、放せっ。どさくさに紛れて私の胸を触るなあっ。清らかな乙女なんだぞっ」


「おっぱいなんて触ってないっての! 俺はどこのToらぶるだっ」

「うるさい、うるさいっ。私にダークネスみたいな真似をするつもりだろっ」

「なんだそりゃ。しねえって、お、ちょっ待て、引っ張んなって!」


「きゃあっ」

 揉み合いになったまま英二たちはひっくり返った。


「どういたしました英二さんっ」

「どないしたんっ」

「英二――!」


 どでんと、あまりの物音に外で待っていたお嬢さまたちが慌てて駆けこんで来る。


「う、いたた、つー。清閑寺、だいじょぶか……ん、なんだ? やらけぇ」


 なにをどうやったかはわからないが、英二と清香は重なり合って数字の六と九を横に仲よく並べた形で固着していた。


「ふわふわ、マカロンだ」

「や、やあんっ」


 丁度顔の鼻先が清香の赤ちゃんがやってくる場所でふにふに動かされる。

 くすぐったいのか恥ずかしいのか清香は弱々しい声を上げて身をよじった。

 顔を上げる。そこには瞳を妬気で黒々と染め抜いた鬼たちがいた。


「待て――おまえたち。話せばわかる」

「問答無用ッ」

 強烈な蹴りを顔面に喰らって英二は凶弾に倒れた犬養毅のような呻き声を上げた。


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