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11「JK鍋」

 口から出まかせとはよくいったものだ。英二は、キャンプ地から目ぼしい食材を掻き集め、食事の支度をしつつ、背後をチラチラ振り返ってため息を吐いた。


 遠目で見ても綾乃と清香がやはりたき火を前に向かい合い睨み合っているのがわかった。


 馬が合わない、という相手は誰にでもいるものだ。

 こういう相手と出会ってしまったときの対処法はただひとつ。なるべく会わずにすませるか、そうでなければ自分が最大限譲歩することである。


 かつて英二がコンビニでバイトしたときも、どうしても性格が合わない先輩店員がいた。


 なにがどうということはないが、とにかく互いにやることなすこと気に食わないのだ。


 我慢するのも給料のうちというが限度はあるものだ。

そこの店長が、嫌がらせか! と思うほどその先輩店員とシフトを重ねるので英二は泣く泣くそのバイトを最初の給料をもらった時点でやめなければならなかった。


 仕事のうちでもっともストレスが溜まるのは、仕事量や内容ではなく人間関係だといわれている。どれほどキツイものでも気が合う仲間ならば、それなりに苦痛は軽減されるが、そのほかに関してはどうしようもないのが実情である。


 現に英二も、清香たち以外に組む相手がいなければこれほどまでに頭を悩ませることはなかったであろう。


 ――まあ、今はそんなこと考えている場合じゃない。料理だ。料理を作らねば。


「隣、いいかしら」

「わ」


 いろんな想念に惑わされながら、荷物をがさごそやっていると、気配も無く近づいてきた西園寺雅に背後を取られ、びくりとした。


「ふふ。影村くん。そんなに怯えなくてもいいわ。なにも取って食おうってわけじゃないもの」

「お、おう。そうだな。悪かった」


 いまさら再認識することもないが、やはり英二の対人スキルは壊滅的に機能していない。


 雅がこうして自らコンタクトしてきてくれているのに、気の利いた話ひとつできない。


 かといって、相手が雪絵や清香ならそうじゃないといい切れるかどうかを訊ねられると、答えはいつだって「ノン」である。


 綾乃とは喋れるのだが、それは単に慣れただけだろう。英二は、もはや沈黙したままエサ漁りを続けるしかない。


「今日のメニューはなにかしら、ね」

「まあ、シチューといえるかどうかはわからないが、もどきしか選択肢はないだろうな」


 なにしろ基本的に残っているのは、乾燥野菜か燻製肉くらいなものだ。

 頭を使わずにすむだけ楽だともいえる。


「あたしたち、あとどのくらいもつのかしら」


 雅は急に手を止めると、静かな声でいった。

 黒目がちな瞳である。覗き込むだけで奈落に落ちていきそうな風情がある。


 どれほど見つめ合っていたのだろうか。雅が先に、ついと視線をそむけた。


 彼女も別段返答を期待して問いかけたわけではないらしい。


「どれほど、もつかどうかは――俺たち次第じゃないかな」


 個々の力には限界がある。この迷宮にあとどれだけ強力なモンスターが待ち構えているのかもわからないのだ。戦力の分散は、即、死を意味する。


「あたし、死にたくない……」


 雅は、見れば自分の肩を抱いて小刻みに震えていた。

残りの食料をざっと確認したことで、命数を計ってしまったことが原因なのか。


 酷なことをさせてしまったと、悔恨が胸を打つ。

 英二はふっと細く息を吐き出すと、手にしたじゃがいもを雅の頭にこんと乗せた。


「死なねぇよ。もう、誰も死なせない――いいや死なせちゃいけないんだ」






 と、またまたデカい口を叩いておいてなんだが、状況は悪化の一途を辿っている。


「ね、ねえねえ。さーちゃんもあーちゃんもええ加減にしときぃや。な、な」

「雪絵は黙っていろ」


「甘露寺さんは口を挟まないでいただきたいですわ」

「ひ、ひいっ」


 綾乃と清香の集中砲火を喰らった雪絵がすごすごと追い出されてくる。


「よしよし」

「みーちゃん、えーちゃん。あのふたりどないしたええんか、もう、うちわからへん」


 雅が頭ひとつ小さい雪絵を抱きしめながら慰めている。


 むう。自分で大言壮語しておきながら、ふたりのわだかまりを解くのは一朝一夕ではいかなさそうだ。


「任せたわよ、調停者さん」

「む」


 雅はひらひらと手を振ると、再び具材のカッティングに戻ってゆく。


 調停者とはいったいなんなのか。謎の職業を割り振られ、とまどう。


「どないしよー、えーちゃん」


 額に手を当てて考え込んでいると、雪絵がてこてこ歩きながら覗き込んで来た。


 彼女は背が百五十ほどしかなく、このなかでもっとも小柄だ。小柄ながら、かなりメリハリのあるボディをしている。トランジスタグラマーというやつだ。


(にしても、俺、古いこと知ってんなぁ)


 どちらにしろ雪絵もかなりチャーミングな部類に入り、英二の人生においてあまり接点のなかった人材だ。こうして見つめ合っていると、彼女の肌のきめ細かさがよくわかった。


(まつ毛長いな。じゃなくてだ)


「とりあえず対話させるしかない。腹を割って日頃思っていることを吐き出させるんだ。雨降って地固まる。この際だ。徹底的にやらせるしかないな」


「で、もしあかんかった場合はどないするん?」

「そのときは、そのときはだな」



 どうすればいいんだろうか。ノープランな英二であった。

「なんや。頼りない言葉やなぁ。そこは嘘でもいいから任しとき! って答えるのがポイント高いんやで。えーちゃんは、なんとなく詰めが甘い気がして心配やなぁ……」


「最適解があるなら教えて欲しい。こっちも手探りでやってんだ。そもそもぼっちの俺にこんな対人スキルを必要とする行為を託すのが間違ってると思う」


「あー。そういや、えーちゃんいつもクラスでひとりやったなぁ。うち、何度か話しかけたけど、あんまし返事してくれへんかったやって、嫌われとるかと思っとったけど、そうでのうて安心やわぁ。な、えーちゃん。なんで、ひとりやったん? 静かなのが好きなんか?」


「うっ、うぐっ」


(こいつは、なんで人の傷口にプラスチックやガラス片を詰め込んで治りを遅くした挙句、つま先でぐりぐり踏みにじりながら、レッツダンシンッ! するようなナチスも顔負けの拷問を平然と行うんでしょうかなねぇ……!)


 ぼっちがぼっちであることに理由はない。


 たとえるなら、鳥が空を飛ぶように、魚が水のなかを泳ぐように、樹木が実をつけるように、それは極々自然の行為としてそうなってしまうのだ。


「雪絵。英二くんは、ぼっちなのよ。ぼっちはそうなるようにして生まれて来た。そして、これからもそれ以外の生き方は望めない――いうなれば孤高の存在よ。彼の邪魔をしてはいけないわ。それは彼の人生を否定することになるのだから」


 具材を切り終えた雅がいつの間にか背後に立ってそういった。


(ちょ――! 誰もそんな人生望んでいないっ。てか、またナチュラルに名前呼びで……)


「えぇー。えーちゃん、そんな人生おもろないやんか……えーちゃんかわいそやなぁ」


「そう、彼は世にも稀なかわいそうな存在なのよ。あたしたちで保護しないと」


「えーちゃん、貴重種だったんやなぁ。ワシントン条約で守らなあかんで」


「なあ、おまえら。とりあえず俺をいじめるのはそのくらいにして、飯にしないか?」


「あら? あたしとしては、まるで交友の無かった英二と距離を縮めようと思って努力してみたのだけれど。そうね、少し馴れ馴れしすぎたかしら。ごめんなさい、世間知らずなもので……」


 雅は、そっと顔を背けると手元で目のあたりを覆った。なんとも堂に入った仕草で、綾乃や清香と違った楚々とした和風美人の風情があり、英二はドギマギしてうろたえた。


「あぁ、みーちゃん。えーちゃん、かんにんな。みーちゃん悪気があったわけじゃおまへんて」


「あ、あ、あああ、あの。西園寺、俺はだな。別におまえの接し方が不愉快とかそーいうことは微塵もなくてだな……!」


 両腕をわちゃわちゃ振り回して弁明すると、雅はそっと目元から手を放すと、ちろりと桜色の舌を覗かせた。


「て、てっめっ。嘘泣きかよ!」

「あらあら。あたしは泣き真似なんてしてないわ。ただ、あなたが勘違いしただけ」


「うー。みーちゃんはいたずらっ子やなぁ。でも、あんまえーちゃんいじめちゃあかんで?」


「冗談よ。さ、食事にしましょ」


 とりあえず鍋の用意はしたが、具材はやはり玉ねぎじゃがいも乾燥ニンジン、塩気の利いた乾燥肉くらいしかない。とても十代の少年少女がはしゃげるラインナップではなかった。


(でも、食えるだけしゃーわせ、と思わねばならないのだろうか)


 英二は哲学的な思考の迷い道に落ち込みそうになりながら、たき火が赤々と燃え立っている石を積み上げたカマドの近くに移動した。


(うっ、なにこの睨み合い)


 想定内であるが綾乃と清香は火を囲んで対峙していた。


 さながら合戦がはじまる直前の戦国武将同士のような趣がある。


 雪絵はびくびくしながら清香の隣に腰かけ、雅は眉ひとつ変えず鍋をぐるぐると掻き回している。褒めたくなるような強心臓だ。


「さーご飯だぞぉ。腹は減ってはいくさはできぬと……」

「なにをビクビクしていますの英二さん」

「そうだぞ影村。そう小ネズミのようにされると気が咎める」


 英二がそっとふたりの様子を窺うと、ぶつかり合っていた殺気がふっと途切れていた。


「えーと。おまえらこれから俺らを巻き込んでバトルロイヤルはじめるつもりじゃなかったのか?」


「あのですね英二さん。私たち、そこまで幼稚ではありませんことよ」


「おまえたちが料理を用意してくれている間に話し合ったのだ。一時、私怨を忘れようと」


「無論、清閑寺さんの主張を受け入れたわけではありませんが、妥協は必要ですわ」


「私は綾小路と違って大人だからな。今、なにを一番になすべきか考慮した結果だ」


「ま、それでも英二さんは私のことを選んだわけですから。そこの、鉄臭い成り上がりの小娘とは女としても格が違うということを、世に知らしめてしまったわけでありますが」


「いやいや。影村にも義理というものがあると思ってな。本心では、わ、わわわ、私のようなグラマラスな女に傅きたいはずであるが、今のところはその胸に大平原を抱えた貧しい女に譲ってやるのも、持ちえたる者として生まれてしまった義務であると思ってな」


「誰の胸が大平原の焼け野原ですって……?」

「そっちこそ誰が鉄臭い成り上がりだ……?」


「おいおいおい、いきなり破綻しかかってんじゃねーか。落ち着けよ。元の木阿弥だ」


「あーちゃんもさーちゃんも、ぶれいくっ。ぶれいくっ」


 英二たちはたちまちヒートアップして仁王立ちになった綾乃と清香を再び座らせた。


「妥協でもなんでもいい。俺たちはとにかく協力して、ここから生きて出ることを第一に考えなきゃならねぇ……!」


「とにかく冷めてしまうまえに、食事にしましょう。話は食べながらでもできるわ」


「あっ。今、みーちゃんがええこといったっ。さ、食べよ、な」



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