明日はイブ。でも私は嬉しくない。母は仕事で家にはいない。もう慣れたと思っても、浮かれる人々が憎らしい。妬ましい。嫉妬なのは自分でも理解はしている。でも、感情だけは抑えられない。今着ているコートだって、知り合いからのお下がり。もう三年目だ。袖も短く背中もきつい。お金がなくても身体は大きくなるようだ。いっそのこと成長も止まればいいのに。中学2年の瞳は俯きながら、人ごみを歩き続けた。級友は自転車、あるいはバスで通学している。瞳には憧れの通学風景。父は借金を残して他界した。瞳が小学校3年の時、始めたばかりの事業が軌道に乗る前に病死した。母の稼ぎは、その殆どが借金の返済に充てられていたのだ。中学に入ると瞳も働き始めた。朝刊だけの新聞配達。一家の食費は瞳の稼ぎに依存していた。小学3年の弟は食べ盛り。お菓子もたまには食べさせたい。そのため衣類などは二の次になっていた。新しい服を着て、手にプレゼントを抱えた家族が瞳とすれ違う。瞳はわざとぶつかった。悪いことだと思いながらも、そうせずにはいられなかったのだ。プレゼントの紙袋を落とした相手は、文句を言っていたが、瞳は振り向きもせずに歩き去ってしまった。
「ただいま」
「お姉ちゃん、お帰り」誠は何かを言いそうになったが、振り向き部屋へと戻っていった。靴を脱ぎながらも瞳に誠に言いたいことは理解していた。給食の残りを期待していたのだ。ところが今日の給食は麺類。持ち帰る訳にはいかない。誠もそれ以上は催促しない。解かっているのだ。誠は誠なりに現状を把握し、理解しようと努力をしていた。映りの悪いテレビにかじりつき、誠はアニメを見ていた。瞳はソ〜ッと近づくと、誠を抱きしめた。
「なんだよ。邪魔しないでよ」誠は頬を膨らませた。
「あ、そう、いらないの」瞳は一つの林檎をコートのポケットから取り出した。
「あ〜いるいる。食べる〜〜」誠はすがる付くように瞳にまとわり付いた。
「わかった、じゃあ、切ってくるね」台所に立ち、瞳は林檎に包丁を入れた。盗んだ林檎だ。
商店街を抜ける時、八百屋の店先からくすねた林檎。悪いことだと解かっている。瞳は何度か首を横に振った。盗んだことを忘れたいがために・・・。
イブの朝。瞳はいつもと変わらず朝刊を配っていた。住宅地から商店街。お金のために、
かなり広い地域を受け持っていた。バイクには乗れない。自転車での配達だが自転車を持たない瞳は、朝もやの中の配達を朝のサイクリングに見立てていたのだ。早起きの住人は、みんなが瞳に挨拶をしてくれる。それは雨でも雪でも、しっかりと配り続けた瞳が勝ち取った勲章に思えた。
商店は朝が早い。店主が次々とシャッターを上げていく。
「おはようございます」
「ごくろうさま」清々しい朝に思えたとき、瞳の自転車は急に減速した。数メートル先にはあの八百屋。
林檎を盗んだ八百屋が見えた。ゴクリと唾を飲み込んで、瞳は自転車を漕ぎ出した。この八百屋に配達はない。速度を上げて通り過ぎればいいことだったが、突然、目の前に人が飛び出した。瞳と同級生の健児。八百屋は健児の家だった。健児は瞳をじっと見つめてモジモジしていた。
「何か用」瞳は視線をそらせて尋ねた。
「これ」健児はポケットから取りだした封筒を渡すと、半開きのシャッターから、店に飛び込んだ。瞳は不審がりながらも、封筒に目を向けた。「クリスマスパーティー、御招待」汚い文字だが、はっきりと読むことができた。封筒の裏には「うちにも弟がいる。弟も連れて来いよ」そう書かれていた。健児は瞳の行動を見ていたのだ。林檎を持ち去るところを偶然に目撃したのだ。裕福でないことは知っていた。
かと言って、健児の家も細々と商店を営むに過ぎない。そこで考えたのが、パーティーだった。前の晩、父と母にパーティーの趣向をはなし、許可が出たのだ。
「おかあさん」
「どうした」配達を終え家に戻ると、母は朝食の用意をしていた。
「今日、クリスマスパーティーに行ってもいい」包み隠さず母に尋ねた。
「でも、おまえ・・・」母の心配はわかっている。瞳は封筒を母に見せた。
(本日24日、当家にてパーティーを催します。ただし、服装は地味に、プレゼント交換もしません。食べて語らうのが趣向です。くれぐれもお間違えのないように)汚い字だが生意気な文章で書かれていた。
「ええ、ええ、行って来なさい」台所に向き直った母の肩が、微かに震えるのが瞳にも解かった。朝食を食べ終わると瞳は学校に向かった。終業式だ。商店街を走りぬける足取りは軽い。勢いを付けすぎたのか、通勤中のサラリーマンにぶつかった。
「ごめんなさい。急いでいるの」振り向いたその顔は幸せに大きく包まれていた。笑顔で振り向いた時に一粒の涙さえ光ったような気がした・・・。それは悲しみの涙ではなく、未来に希望を持った輝きだった |