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はーとふる  作者: 玖洞
第一章 狼の試練
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プロローグ

痩せ細った少女は、誰もいない白い部屋でゆるりと目を閉じた。



手を動かしてみようにも、感覚はあるのだがピクリとも動かない。どうやらもう体は動かすことは諦めたほうがいいようだ。何よりあれほど私を蝕んでいた、あの耐えがたい痛みすらもう感じない。



――――何だ、私は結局何も成せないままで朽ちていくのか。



今までの努力も、時間も、ちっぽけなプライドすら全てが無意味になってしまう。


そんなどうしようもない事実に、なんだかとても笑い出したい気持ちになった。


そう思い、口角を上げようかと思ったが、それすら今の私には難しいみたいだ。




混濁しはじめた意識の中、過去の記憶が脳裏を横切る。これが走馬灯というものなのだろうか。まさか自分が体験することになるとは思っても見なかったけど。


その中でも、記憶に強く残っているのは、どれもアイツの姿ばかりでどうにも飽きれてしまう。


羨ましくて、妬ましくて、それでいて眩しくて、――――大嫌いだった私の幼馴染。



…………あーあ。一度くらいはアイツに勝ちたかったのだけれど、どうやらそれも最早叶わないようだ。




結局の所、私はつくづく負け犬のままだった。最後まで惨めで無様な敗北者でしか在れなかった。



感覚なんてもうほとんど残っていないというのに、何故だか胸がひりつくように痛い。きっと、心臓ではなく精神が悲鳴を上げているのだろう。……今さら何を感じても無駄だと言うのに。




そんな少女を嘲笑うかのように、見えない砂時計の中身は刻一刻と減っていく。








暑くもなく、冷たくもなく、ただ意識だけが沈んでいく。



不思議と恐怖はない。只々、心が空虚になっていくだけだった。




――あぁ、そうか。




――――×××××ってこういう事なんだ。











某月某日。病院の一室にて、一人の重病患者が誰にも見送られず死亡した。


世間的に見るならば、彼女の人生はまさに『バッドエンド』。間違っても幸福だとは言えないだろう。





――だが、もしもその人生(おはなし)に続きがあったなら?





これは、そんな彼女が紡ぐ物語。





















◆ ◆ ◆







まどろむ様な暗い闇の中で、私は優しい声を聞いた。




「        。いってらっしゃい、私の   」





よく聞き取れなかったけど、その声があまりにも温かかったので、私は思わず返事をした。





――――行ってきます、と。











◆ ◆ ◆









私が生まれ育った村は、カメリア王国の北東に位置する緑の山々に囲まれた、ありふれた小さな村である。



この村では農業や畜産、森での狩猟が主な収入源となっており、閉鎖的な空間ではあるがこれといった問題もなく、村人達はつつましやかに暮らしている。


……まあ時折森の中に弱小モンスターが現れたりするが、村の大人の実力でも撃退できるレベルなので問題にはカウントしない事にする。


モンスターのくせにそんなに弱いのかと思ったかもしれないが、強いモンスターは冒険者の方が自主的に退治してまわっているので、遭遇すること自体が少ないのだ。魔物が存在する世界にしては治安がいい方なのかもしれない。



そんな世界観はまず置いておくとして、自己紹介といこうか。


私ことリオン・ヴィクトリアは、そんなのどかな場所で生まれ育ったごくごく普通の村人である。



まあ実は追加として現代からの転生者というオプションがあるのだが、特に変わった能力を持っているわけではない。平凡な女の子だ。


転生に至るまでの経緯や今までの人生は、これといって面白くも可笑しくもないのでここでは省かせていただく事にする。



転生と聞くと、現代知識で成り上がりだとか、ギルドに入って冒険だとかを想像する事が多いだろう。だが、現実はそう甘くはない。世界というものは、いつだって凡人には厳しいのだ。


そもそも、そこまでの野望は私には無かったし、昔に比べると向上心すら劣化していた。無気力とまではいかないけれど、そこまで地位や名誉に関心を抱けなかったのだ。


それに最大の問題がある。私は、どんな事を成すにせよ一番重要になってくるのは人脈である。と、考えている。


人は結局一人では何も出来ない生き物なのだ。為ればこそ、大きな事をなすには人とのコミュニケーションが大事になってくる。


その結論に達したとき、私は思った。あ、詰んだ、と。


結局の所、その時点で私の行動の幅は限りなく狭まれていると言っても過言ではない。


この狭い村の中(コミュニティ)でさえまともな人間関係を築けていないのに、そこから成り上がろうだなんてどう考えても不可能に等しいだろう。


というよりも初対面の人と話すこと自体が苦手だった。私は、人というものが恐ろしいのだ。


前世の対人スキルの低さがこんなところでも足を引っ張るなんて思ってもみなかった。……本当に自分のことながら情けない。


――そう、これは例えばの話をしよう。仮定だが、目の前に魅力的な人がいたとして貴方は嬉々としてその人と会話をする事ができるのだろうか?


おそらく人それぞれ違った返答が返ってくるに違いないだろう。普通だったなら、その会話は楽しいものとなるはずだ。中には友好的な関係まで持っていける人だっている事だろう。


――でも、少なくとも私には無理だと思う。すぐに会話が無くなり、気まずい沈黙が訪れること間違いなしだ。その場面が悲しいくらい容易に想像できる。キラキラした人は私みたいな劣等感だらけの人間には眩しすぎるのだ。


そんな根暗な人間が人脈を得ようだなんて、それこそ魔王を倒すより難しいのではないだろうか。






それに現代知識なんてこんな僻地の村では何の役にも立たない。


いや、決して私が馬鹿なわけではないのだけれども。


そもそも私のような普通の一般人には、実際に活用できるレベルの知識なんてまず備わってない。


あるのは「何となくこうだったような……」といった曖昧な記憶のみ。


なので周りにその不鮮明な記憶を活用できる天才でもいないかぎり、活用するなんて夢のまた夢だ。


こんな田舎の村にそんな都合のいい人間が居るはずがない。もし居たとしても、その人と接触をとることすら私には難しいだろう。



……転生後に頭が良くなっただとかそんな特典がついていれば話は別だが、生憎私の脳は普通のスペックだった。 別に、悲しくはない。 私の才能なんて所詮そんなものだ。


いや、でもやっぱり悔しいのかもしれない。私は何時だって能力のある奴が羨ましいし、妬ましい。自分がどんなに努力しても手に入れられないものを最初からもっている人は、どうしようもなく憎たらしい。


……無い物ねだりも程ほどにしろと言いたくなる。でも、それでも私は『力』と言うものに憧れているのだ。いくら諦めたような振りをしたところで、自分の本音は誤魔化せない。――本当に、浅ましい。




と、語ってみたはいいものの、実際のところ強くなってニューゲームとまではいかないが、前世での経験が加算された結果、転生後の生活は特に不自由もなく過ごすことができた。それだけが唯一の救いだろうか。


それでもやっぱりコミュ障は相変わらずで、友達は一人しかできなかったけれど。


まぁでも友と呼べる人が一人でもいれば十分じゃないだろうか。前世の私に比べたらまともに友人を作る事が出来ただなんて、それだけで人間的に成長したと言えるはず。



でもそんな特殊能力が無いかわりというのもなんだが、幼少期から祖父と野山を駆け回ったせいか持久力と瞬発性だけは無駄に高い。あくまでも自分で勝手に思っているだけだけれど。比較対象が祖父しかいないのだから仕方ない。


よく考えるとそれも中々地味な特技だった。つくづく私はパッとしない。別に気にはしていないけれど。


例え私が歌って踊れて剣を振り回せる優秀な人材だったとしても、きっと旅になんか出ないだろうし。私はいずれ家業の猟師を継ぐことになるんだから。


祖父はそんな悟ったような事を言う私に、好きに生きたらいいと言ってくれるが、やりたいことなんて特にない。それに私は身の程というものをよく理解している。 痛いほどにだ。






私だって転生当初は世界を駆ける冒険を夢見たりもした。



だけど美しくもなければ特別な能力もない、ましてやなんの強さもない人間が物語の主人公になろうだなんて、おこがましいにも程がある。そんな役どころは私よりもあの子の方がよっぽど向いている。





そう、あの子。――シエルはまさに奇跡のような存在だ。





さらさらとした肩までの金の髪、空の蒼を溶かし込んだような碧眼。

雪のように白い肌、うすく色づいたバラ色の頬。極めつけは、神話に出てくる女神ですら裸足で逃げ出すような麗しい容姿。

そしてその天性の美貌に驕ることなく、他者を思いやることのできる美しい性根。

まさに聖者。生きた天使と呼んでもいいかもしれない。


ここまで差をつけられると嫉妬よりも先に感動すら覚える。


本当に、私みたいな凡人には勿体ない幼馴染だ。


私は昔、あの子は本当は天使か神様の隠し子か何かじゃないかと、よく疑ったものだ。まぁ流石にそれは言い過ぎだけど。


それに比べて私は、別に美形というでもない。贔屓目にみて中の上といったところだ。


あの子は私の事を春風みたいな人だとよく言うが、抽象的すぎて褒められているのかどうかすらわからない。花粉っぽいという事なのだろうか。いや、まさかね。


それにあの子は私の事を過大評価しすぎている傾向があるので、正直複雑な気分である。





あの子と私は家が隣同士だったこともあり、今までずっと家族同然に育ってきた。


というよりも、私があの子の家に入り浸っていたといった方が正しいかもしれない。


両親が共働きで外に出ていたせいもあり、私はいつも一人で留守番をしていた。そう、大抵は夜遅くまで一人きりだった。


朝から晩までずっと一人で過ごすのは、ぼっち上級者の私でも流石にきついものがある。



時折スキンシップと言っては祖父がサバイバルにも似た訓練をつけてくれたが、幼い子供にそれはハードすぎた。大人と子供の体力の差を気合で乗り切れと言われても、私には到底無理だった。熱血なんて、私には向いていない。


まあその過酷な訓練の成果か、今では私の生活基盤となっている猟師の真似事もそれなりにこなせるようになったし、結果だけみれば良い事だったのだろう。


ただ、疲れ切って熱を出している子供を置いて仕事に出かけるのは人としてどうかと思う。正直何度死ぬと思ったことか……。



でもその理由は何となく分かる。きっと両親は怖かったのだ。


――子供の姿をしたこの『(バケモノ)』が。


気持ちは分からなくもない。前世の記憶持ちの人間はどう取り繕うとも、普通の子供のように生きる事は出来ないのだ。彼らはその違和感を感じ取っていたのだろう。有体に言ってしまえば全部私が悪い。彼らだけを責めるというのはお門違いだろう。



そんな時手を差し伸べてくれたのがあの子の両親だった。




彼らは放任主義な私の両親達とは違い、一人残される私が不憫だといって、留守の間は私を自分たちに預けてくれないかとわざわざ頼んでくるほどのお人よしだった。


まあ様子を見に行く度に死にかけている子供がいれば心配にもなるだろうけど、そこまでしてくれる人間は現代社会でもなかなかいない。



彼らは流行り病で私の両親が亡くなった後も、祖父と私の二人暮らしでは大変だろうとよくご飯をご馳走してくれたり、本当に良くしてくれた。


彼らにはいくら感謝してもしたりない。きっと一生あの人たちには頭は上がらないだろう。








そんな家庭環境のせいか、私とシエルが仲良くなるのは当然の結果だった。



周りに家も少なかったため、私たちの年代では遊び相手になる子供は片手で足りるほどしかいなかった。


普通ならば彼らのことを幼馴染と称するべきなのだろうが、私は彼らのことを友人とすら思っていない。彼らも同じ考えだろう。


彼らと私が決定的に決別した理由、端的に言ってしまえばあの子の存在が引き金だった。


あの子は昔から綺麗な子供だったが、私の予想通り月日を重ねるごとに美しさに磨きがかかっていった。


彼らも本当に幼いころはそんなことを気にせず遊びまわっていたのだが、あの子の美しさを理解できる歳になると誰もがあの子のそばに群がっていった。


誰しも美しいものがあれば手元に置き、独占したいと思う。当然の摂理だ。


子供というものは大人よりも自分の欲望に忠実で、その傾向が顕著に表れていた。


言ってしまえば、要するにあの子をめぐって子供間の争いが起こったのだ。まあ、よくある話である。


私はといえば精神的にはずっと彼らより年上だったので、私の親友は人気者だなとしか思わなかったのだが、あの子は彼らのそんな行動がひどく恐ろしいものに見えたらしく、外に出る際は私の側から決して離れないという強硬姿勢をとったのだ。


彼らが宝物を独り占めしている私に対し、あまり好い感情を抱かなかったのは言うまでもないことだろう。


いや、別に子供の喧嘩みたいなものだし、気にはしていないのだけど。他に何か和解策は無かったのかと時折考えるが結局は後の祭り。


あの子に頼られることは嬉しかったのだが、その結果私はあの子以外の友人を全て失ってしまった。その軋轢は今でも消えていない。



ただ彼らももうすぐ16にもなるのに、すれ違うたびに嫌味を言ってくるのは止めてほしい。


自分を嫌っている人間を相手にするのはさすがに心が折れる。






そんなこんなで対人関係に問題は抱えていたものの、それなりに平穏な日々を過ごしていた。あくまでも、主観から見てだが。



大好きな親友。

優しい親友の両親。

加減というものを知らないが、私に生きる術を教えてくれる祖父。



これだけ大事な人がいれば私は十分満足できた。



私はずっとこんな風にゆるやかな日常を過ごして生きていくのだろう。






――そう、思っていた。




――――――そうであって、欲しかった。



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