第九話
王宮にある俺の自室、ティアが持ち込んだ謎のアイテムが散乱する中で、本日も俺はティアとの一方的な勉強会を開いている。
その最中、不意に扉がノックされた。
「はーい! どうぞー」
「なんで君が言うのか……」
俺の部屋にも関わらず当然の様に答えるティアに軽く突っ込む。
だが、それ以上に俺は期待に胸をふくらませていた。
この非常識が服を着ているフローレシアの人々は基本的にマナーを守る事なんてしない。
もし、それをする人物がいるとすればそれは……。
「勇者様……」
「宰相ちゃん!」
そう、俺の天使である宰相ちゃんなのだ!
そろそろと室内に入ってくる宰相ちゃんに早速椅子を勧める。
ああ、浄化される。
チョコンと座るその仕草で日頃の心労を癒やされながら、俺はゴキゲンで宰相ちゃんとの会話を楽しむ。
「いらっしゃい宰相ちゃん! 今日はどうしたんだい?」
「お話、しにきました」
「ああ! なんでも聞いて! 今日はなんの話にする!?」
「……むぅ」
最近はくっつき虫が二人に増えた。
ティアと……そして宰相ちゃんだ。
宰相ちゃんもティアと同様に日本の事に興味あるらしく、様々な質問をしてくる。
……ティアと同じく吸収が早くて俺の学の無さが事ある毎に浮き彫りにされるのが難点だが……。
「今日は、勇者様の質問、答えます」
「ありがとう宰相ちゃん。聞きたいことがいっぱいあったんだ!」
「なんでも答え、ます」
「ちょっと待ってください!」
流石は宰相ちゃんであると早速イチャイチャ会話を楽しもうとした時だ。
先程から難しい顔でだんまりしていたティアさんが声を上げる。
「ん? どうしたのティア」
「勇者様の質問に答えてはいけません! 宰相ちゃんを国家反逆罪で死刑にします!!」
「却下します」
「やだー!!」
ティアさんご立腹の巻。
多分、これはあれだな。俺と宰相ちゃんが仲良くしているのが気に喰わないのだ。
気に入らないだけで国家反逆罪扱いするティア。
このままだとそのワガママの矛先が宰相ちゃんに向かうと判断した俺は彼女の話を聞いてやる事にする。
「……もう、どうしたのさ急に」
「だってだってー! カタリ様最近宰相ちゃんにばっかり構って私に構ってくれないーー!!」
「いや、まぁそうなんだけど……」
「構って構って構って下さいー!」
俺のベッドに飛び乗ってジタバタと暴れるティアさん。彼女が暴れる時の定位置だ。お陰でシーツや布団がグッチャグチャ。
うーん、でもねぇ……。
「だってティアってば俺の話全然聞かずにいつも自分の思うがままに突き進むでしょ? 宰相ちゃんは俺の話をちゃんと聞いてくれる良い子だからそこん所ポイント高くてついつい構っちゃうんだよね」
「嬉しい、です」
ティアに説明しつつ、宰相ちゃんに向けて「ねーっ?」と同意を取る。
ニコリと返される微笑みがとても愛らしい。
「ティアも良い子にします! 何でも言うこと聞きます!」
「うーん、そういきなり言われても困るなぁ……」
「何かないのですかぁ!? ティアは寂しいです! 寂しいです! うぇえええん!」
ティアさん、構ってちゃんに大変身。
これみよがしにベッドの上で暴れたかと思うと、今度は嘘泣きまでしてくる始末だ。
けどなぁ、ティアは甘い顔をするとすぐワガママ言い出すからなぁ……。
さてどうした物かと悩む俺、そんな俺の葛藤を止めたのは宰相ちゃんだ。
「……勇者様」
「ん? どうしたの、宰相ちゃん?」
「姫様とお話し、して下さい」
「……うん。分かったよ、宰相ちゃん」
天使は万物に対してその愛情を惜しみなく注ぐ。
ああ、自分を犠牲にしてまでティアを優先するなんて宰相ちゃんはなんて良い子なんだ。
……よし、彼女もそう言っていることだし、それにティアをこのままにしておくのもちょっとかわいそうだ。
俺はベッドでふてくされるティアの元へ行くと、謝罪の言葉を述べる。
「……ティア。ごめんね、一緒にお喋りしようか?」
「やだー! カタリ様は私が嫌いになったんだ! 私より年齢が幼い子が現れたからそっちに乗り換えるんだー! ロリが大好きなんだー! ホモでロリコンなんだー!」
「二度と口聞かないぞ?」
「冗談ですよ! カタリ様! さぁ、お話しましょう!」
まぁいい。まぁいいのだ。俺はティアにちょっとだけ優しくすると決めたのだ。
この程度の事で腹を立てていてはいけない。ホモでロリコンのレッテルを張られようが、この程度で怒っていてはいけないのだ。
「……はぁ。そうだなー、いろいろ聞きたいことがあったんだけど。じゃあ勇者って具体的にどういう点が勇者なの? 俺って土属性なんでしょ? そこら辺未だに分からなくってさ」
いつもディスられる可哀想な土属性。そして俺。
っというか、なんだかこちらに召喚されて一切冒険的な事をさせてもらっていないのだが、これはどうなっているのだろうか?
「そういえば、まだその話はしていませんでしたね! えっとですね――」
今気づいたと言わんばかりの表情。
ティアさんはどうやら俺への説明を忘れていたらしい。
流石賭けのネタとして呼び出された勇者だ。限りなく扱いが低い。
そんな苦々しい思いを抱きながら、俺はティアの説明に耳を傾けるのであった。
………
……
…
「……つまり、俺には土属性のなんらかの固有能力があるって訳かぁ」
「補足すると、勇者の固有能力はとても強力。その代わり、他の属性能力との相性、著しく悪い、です」
「例外は光の属性と闇の属性ですね。四大属性の上位に位置するこの属性は、四大属性を従属させる形で利用できます。例えば光ならば光属性の魔法をメインとして補助で四大属性魔法。と言った形ですね。能力も四大属性の勇者に比べて強力なので喜ばれるのですよ」
宰相ちゃんによる補足も含め、大体の概要がつかめてきた。
どうやら勇者には属性に関する何らかの特殊能力が備わっており、それは俺も例外ではないそうだ。
俄然ファンタジー感が強くなってくるが、何故今の今までそこら辺の説明が無かったのか不思議でならない。
確か何度か聞いたはずだ……ああ、そういえば面倒だと断られていたっけ。
だがまぁいいか、あまり気にすることじゃない。
そして土属性、いよいよお前の出番が来るかもしれないぞ?
「もちろん、勇者はそれだけで基礎能力が抜群に上がる効果がありますので、別に光や闇の属性でなくとも単体戦闘能力としては格別の物があります! だから勇者は兵器と呼ばれているのです!」
うーむ。要約すると、勇者は属性に応じた凄い能力を持ってるよ! けど他の属性は不得意だよ! でも光と闇はレアだから例外! って事だな。
しかし、固有能力か……。
俺の能力はどんな物なのだろうか? 考えるだけでテンションが上がってくる。
凄い能力だといいんだけど……。ん? 勇者の能力って具体的にどんな物があるのかな?
早速聞いてみる。
「過去の記録では、全身を炎に変化させる火の勇者や、遥か彼方の音を聞き分け敵を補足する風の勇者、いました」
「へぇ! そんな凄い事ができるんだ! ちなみに、俺の能力はどんな感じなの? めちゃくちゃ気になるんだけど!」
「実際に使ってみないとわからないですが、土は地味な属性なのであんまり期待しない方がいいですよ?」
「え? なんでティアまで俺をディスるの?」
ディスる必要性はどこにあったの?
俺は平然と我が愛する土属性をディスってくるティアのポイントを大幅に引き下げると、縋るように宰相ちゃんへと視線を向ける。
助けて宰相ちゃん!
「土属性は補助の属性、です。ゴーレム創造や、非金属を貴金属に変化させる錬金術など、ちょっと特殊な能力、あります。良い属性、です」
「ありがとう宰相ちゃん。また宰相ちゃんのポイントが上がったよ」
「です」
微笑む宰相ちゃんと軽くハイタッチ!
二人は阿吽の呼吸だ。横で土属性をディスるワガママお姫様とは違うのだ。
「なんでーー!?」
「流れるように俺の属性をディスったからです」
「だってー!」
……暴れるティアを宥めて小休止。
後で俺の能力の調査については相談するとして、今のうちに他の事もいろいろ聞いておきたい。
ワガママなティアさんの事だから次が何時になるかわからないのだ。
「ちなみに、他にはどんな能力とかがあるの?」
「そうですね、勇者の能力は様々ですが、基本的に戦闘特化型と言った感じでしょうか? なので戦時では絶大ですが、平時では一般の魔法使いや通常の固有能力保持者の方が人気があったりします」
「……ん? 固有能力って勇者以外にも付くんだ」
はたと気が付き尋ねる。
勇者のみと思っていたけど、そうじゃないのか……。
「そうですよ! 能力の強さは千差万別ですし、かなり希少で持たない人の方が多いですけどね!」
「それも勇者の能力と一緒で四大属性とかになるの?」
「これは少し、違います」
どうやら一般の人たちが持つ固有能力というのは少し特殊らしい。
それらは生まれ持った物や、弛まぬ研鑽でなどにより他の人が容易に使える事ができない能力を指すとの事。
そういう能力は大抵非常に役立つ物が多いらしく、国の興りや要職、英雄等と密接な関係があるらしい。
勇者は属性に縛られるけど、他はそうでもないって事かな?
「へぇー……そういう風になってるんだ。……ん? もしかして、ティアや宰相ちゃんもあるの?」
ふと疑問に思い尋ねる。
特にティアは何か能力を持っていそうだ、なんか「適切なタイミングで人をおちょくる」能力とかなんかそんな感じで……。
宰相ちゃんは「皆を幸せにする」能力だな! 間違いない。
「はい! ありますよ! 特に宰相ちゃんは声に関係する能力を持っていまして。その強さから普段あまり声を出せませんしね」
「不便、です」
「あ、喋るのが苦手なんだと思ってたけど違うんだね」
困り顔で答える宰相ちゃんの表情にほんわかした気持ちになる。
独特の口調から宰相ちゃんは喋るのが苦手だと思ったんだけど、実は違うのか。
まぁ、宰相ちゃんは天使だから別に能力がなんだって問題ないんだけどね……。
「はい、です。強力な能力なので万が一声に能力が乗ると迷惑かかるかもしれない、です。だから勇者様と沢山喋ってごめんなさい、です」
心優しい少女の健気な言葉に思わず目頭が熱くなる。
かつてこれ程までに他者を思いやる子がいただろうか? いや、いない。少なくともこの国では彼女以外見たことが無い。
ならばこそ、俺は宰相ちゃんの献身に答えよう。君が苦しむことは無いと伝えよう。
いつもの様に、宰相ちゃんと視線を合わせる様に屈みこむ。
そしてまっすぐに瞳を見つめる。
「そんな事気にしないで。宰相ちゃんの能力が何か分からないけど、俺はどんな物であっても気にしないよ。宰相ちゃんも頑張って能力が出ないようにしているんでしょ? なら安心だよ」
「でも……」
「それに、宰相ちゃんと喋るのはとっても楽しいしね。」
諭すように話しかける。
宰相ちゃんの能力が何かは分からない、けどそれに関しては正直どうでもいい。
重要な事は、彼女の能力がなんであれ、俺は宰相ちゃんの味方だと言う事だ。
「勇者様からのお願いだよ。俺ってば寂しがり屋だからもっとお喋りしてよ」
何故か泣きそうな表情を見せる宰相ちゃんに「ねっ?」と同意を取る。
やがて彼女から悲しみが消え、出会って初めて見る太陽の様な笑みを見せてくれる。
「はい、です!」
元気な声に安堵する。
良かった。
ニコニコとゴキゲンな宰相ちゃんを見て俺も幸せな気持ちになる。
「そういえば、どんな能力なのかな?」
「秘密です」
目をつむり、フルフルと可愛らしく首を振りながら秘密にしちゃう宰相ちゃん。
うん、秘密なら仕方ないね! ピコピコ愛らしく揺れるお耳を眺めながらそう判断する。
穏やかな雰囲気が流れる中、何かを思いついた様子の宰相ちゃんは、いそいそと自らがいつも持ち歩く本を取り出して何やら熱心に書き始める。
「……宰相ちゃん? 何を書いてるの?」
「勇者様の事、書いてました」
「宰相ちゃんは日記を書くのが趣味なのです!!」
「え!? 俺の事!? なんか恥ずかしいなー!」
ニコリと返された答えにティアが補足してくれる。
なんだか途端に恥ずかしくなる。と言うことはさっきの言葉も今日の出来事として宰相ちゃんの日記に書かれる訳か……。
うーむ。むず痒い。
と言うか、他にはどんな出来事が書いてるのだろうか? 心優しい宰相ちゃんの事だ、きっと綺麗なお花さんのことや、追いかけっこしたチョウチョさん、小鳥さんとお話した事など心温まる事に違いない。
なんだか凄く興味が湧いてきた。
人の日記帳を見るなんてあんまり褒められた事ではないが、ここは一つ宰相ちゃんにお願いしてみよう!
「ねぇ、宰相ちゃん。どんな事書いてるの? ちょっと見せてよ」
「え? えっと……」
「取っちゃえ! 取っちゃえ!」
「ちょっとだけだからさ、見せてよ?」
ティアがノリノリで煽ってくる。
まぁ、ティアさんはこういう事大好きそうだからなぁ……。
けど、俺も今回ばかりは興味がある。宰相ちゃんは戸惑い気味だが、もう少し押してみよう。
「えっと、えっと……」
「ね? お願い!」
「宰相ちゃん! どうなるか興味あるので是非カタリ様に見せてみて下さい! 命令です!」
全力で煽るティアさん。何故か俺以上にノリノリだがこの場ではそのフォローがありがたい。
そして二人で押したのが効いたのか、恥ずかしげにしながらも、遂に宰相ちゃんが自らの日記帳を差し出してくれる。
「わかりました。どうぞ、です」
やったぞ! 宰相ちゃんの秘密の日記帳ゲットだ!
「ありがとう! どれどれ…………っ!?」
ワクワクと楽しみにしながら早速本を開き、――絶句する。
そこに書いてあったのは「勇者様が優しくしてくれた」の一文だ。
もちろん、それだけなら何も問題は無い。だがその文字が日記帳の一面にびっしりと書き綴られていたらどうだろう?
焦りながらぱらぱらとページをめくる。どのページも文字で真っ黒だ……。
だが10ページを超えた辺りだろうか? ようやく内容に変化が訪れる。
しかしながら、次に書かれていたのは事細かに書き示された俺の行動だった。
仕草、口癖、喋った内容、食べ物の好み。考えている事の推測に性格の分析。自分でも知らないような俺の行動が分単位でこれでもかと盛り込まれている。
少し気になって夜中にトイレに向かった時の事を記しているであろうページを探す。
当然の様に、思春期特有のちょっと人には言いたくない出来事もバッチリと書かれていた。
大きく深呼吸し、思考をクリアにする。
……うん。分かるよ宰相ちゃん。こういう人の事、俺テレビで見たことあるからね……。
これ、ちょっと駄目な系統のアレだね、うん。
チラリと伺った宰相ちゃんは両手で顔を隠しながらイヤイヤと恥ずかしがっている。
ほんと、見た目に騙されるってこういうことを言うんだな……。
俺は口角が引きつり上がるのを必死で抑えながら、宰相ちゃんになんと答えるか考える。
これは、こういう場合の対応は。
……よし! 見なかった事にしよう!!
「さーって! お話の続きをするかなーっとぉ!」
笑顔で宰相ちゃんに日記を返す。
ありがとう宰相ちゃん! これからも俺と仲良くしてね!
「カタリ様! どうでしたか! 何が書かれていましたか!?」
纏わり付いてくるティアをやんわりと引き離す。
そして満面の笑顔で彼女に答える。
「知らないなぁ! あっはっは!」
「恥ずかしい、です」
日記を見られて恥ずかしがる宰相ちゃんも可愛いなぁ!
俺は先程の出来事をどこか遠いところへ押しやると、気持ちを一気に切り替えて彼女達と語る話題に思いを巡らす。
もちろん! 日記の話はこれ以上無しだ! 俺は何も見なかったからな!
俺の幸せな日常、宰相ちゃんとの友情はこれからも続くのだ! そこに一点の曇もない! 無いと言ったら無いのだ!
「姫! 大変ですぞ!」
その微妙な空気を切り裂いたのは、ガタンと突然勢い良く開かれた扉だった。
取り敢えず勇者能力の話でもしようかなと思い立った俺の行動を阻んだのは、慌てた様子で部屋に入って来たじぃやだ。
「じぃ! カタリ様とお話をしているのですよ! ノックくらいしなさい!」
「別にヤってる訳じゃないのですから良いでしょうが! それより一大事なのですぞ!」
突然の無礼な来訪に口を尖らせ注意するティア。
じぃやはその言葉に対して暴言を持って答えると、慌しい様子で捲し立てる。
「――ガイゼル地区のゴミ共が反乱を起こしました!!」
……それは、予想にもしない事件の訪れを知らせるものであった。