#1 天使様のお仕事
此処、緑陽学園は、都内でも有名な男女共学の小学校から高校までのエスカレーター式進学校であり、問題を起こすような生徒は居ないごく普通の学園である。只、勉学での上で秀でた学生や、運動に長けた生徒が数多く通っているという事以外、目立ったことは皆無であったりする。サンサンと降り注がれる夏の太陽の下、その学園の屋上にて、青空を背景に立ち昇る紫煙。それを何気なく見上げている見かけが十八歳位の金髪の青年は、今一度息を吐く。そして吐き出されたそれは、追いかけるようにしてまた同じ紫煙を作り上げた。
煙草に手をつけ、もう半年は経つか? 指で煙草を玩んでは、口元にそれを近づけ吸い込む。これがどういう行為であるのか。その青年にはちゃんと判っている。世間一般。常識として、法律下としての年齢的には、禁止の行為。だが青年は、見かけと違い、実はもっと年を取っていたりする。というより人間ではない。
彼は……
「瑞希様おはようございます。本日のお勤め(スケジュール)についてですが、既に心の準備は整っておられますでしょうか?」
今一人、銀髪で細淵眼鏡を掛けた青年が、屋上のドアを開けてその金髪頭の青年の元へとゆっくり足を運んできた。
右手に、黒い革のメモ帳。左手にボールペン。それを携えて。まるで、その瑞希と呼ばれた青年の秘書でもやっているかの如く。
「礼司か……お前もよくこんな俺なんかに仕えてられるよな?」
屋上の柵に体を寄せていた瑞希と呼ばれた少年は、ヒラリと身を翻し一度フェンスに背中を預け振り返ると腕組みをし、口の端を引き上げ狡猾にそう言い放った。
「これが仕事ですから」
礼司と呼ばれた青年は、愛想笑いなのか、それとも社交辞令なのか。うっすらと笑みを浮かべて、静かにそう答えた。
「仕事ね〜こんなことして何が仕事なんだか? まあ、それで命を繋いでるんだから、文句言えた義理ではないがな。あ〜なんでこんな事してるんだろう。修行ももっとこう派手に行かないものかね〜」
瑞希は、右拳を作りバシンと言う音を感じさせられるくらい左掌を叩いた。
「それは、今の仕事を否定されると? 神に仇名す行為ですよ。瑞希様は神を恐れない人間のような事を言わておられます」
礼司は、両肩を引き上げ、呆れたと言った表情をした。
「神なんて居ないさ。ただの偶像だ」
疲れたとでも言いたげに、視線を明後日の方に向けた。
「そんな事はございません。少なくとも神は我々の心の中にちゃんとおわします。それこそが信心なのですから」
まるで、諭すかのような礼司の言葉は、これまで何度この言葉を言ってきたか知れないと言う意味合いを持たせるものであり、瑞希にとって口煩い説教に感じさせられる。
「お前はいつもそれしか言わないな。まあ、そう躾けられて来たのもあるんだろうが、今は俺に仕えてるんだ。もう少し味のある台詞でも言ってくれないか? 気分がまた萎えたぞ」
瑞希は、指に挟んでいる煙草を口元に持っていくと吸い込み、一息つくと、その煙草を右手で握り潰した。でも、その煙草の屑は、次に手を開いた際には綺麗さっぱり消えている。
「申し訳ございません。瑞希様もご存知と思われますが、私はこういう性格ですので、気の利いた言葉は持ち合わせてございません。それに、出すぎた行為は禁じられておりますゆえ」
礼司は言い切る。それが気に触るんだけどなと瑞希は思うが、直る事は無いのだと察しているので、普段の愚痴として止め、それ以上口煩く言い返すことは無かった。
「で、今日はどうすれば良い?」
瑞希は、気持ちを改め本日のお勤めとやらを頭に叩き込む事にした。結局は昨日までと同じことの繰り返し。愛だの恋だのと全く興味が無いモノを自らの手で結びつける。それが瑞希のしなければならないお勤めなのである。
「今日は一件ですね。一年A組の石川玲於奈の願いを叶える様にとの事です。今朝、私の家の翼箱に入っておりました伝令です。瑞希様はその女性を把握されておられますでしょうか?」
礼司は、ゆっくりとした口調で問いかけた。
「石川玲於奈? う〜ん……あ、あの気の強くプライドだけは人一倍高い、いけ好かねえ子だな。俺だったら無視するな……好みじゃない」
好みとかそんな事は関係ないが、興味の無い上に、好きじゃない者をどうこうするのは余計気が滅入る。
「で、相手は?」
瑞希は、そのまま続けて問い返した。その相手もとんだ迷惑だろうにと思いながら。
「二年B組の桂雛です」
その礼司が発した名前に、一瞬絶句した。そして、その内容を一度問う。
「桂雛って……確か女の子だよな」
人気が高いので、一応噂には聴いてるし、瑞希自身、ああいう女の子は嫌いではない。と言うか、好みという枠に組する。人懐っこく白いフリルが似合いそうな可愛らしい女性だ。だから、この礼司の発言に吃驚したのは言うまでも無かった。
「はい。桂雛は、女性であると書かれております」
こういうケースは初めての経験で……基い、初仕事となるわけで……瑞希はその場に突っ伏したい気分になった。
「おい……これを神は許すというのか礼司?有り得んだろう!」
突込みどころ満載だぞ! と瑞希は思わずにはいられなかった。
「瑞希様? これもお勤めです。初めてのことでは有りますが、こういう愛の形も有ると言うことですね? では、そろそろ仕事に入りましょう。私達は、この学園を任されているのですから」
礼司はメモ帳を閉じ、それを整然と制服であるブレザーの胸元にしまい込むと、瑞希に屋上から教室に行くようにと促した。
「お前って……本当に自分に対する感情が無いんだな? つか、そんなので楽しいのかね〜」
瑞希は、礼司によって開かれたドアをくぐる際、一言ぼやく。
「楽しいも何も、そういう役回りですから」
瑞希がくぐったドアを確認すると、礼司は、そのドアをくぐりドアを閉める。
「俺は、そんな天使にはなりたくないな……」
「そうですか? 瑞希様は瑞希様であればそれで良いのです。それが、私のお仕えする、天使(愛の)様なのですから」
そう、彼は……瑞希は、神々しくも気高い天界から派遣された、修行中の見習い天使様なのであった。
天使には階級がある。それは、階層構造と言われるものである。まさにピラミッド。底辺と頂点を指すのであるが、人間界と同様、それは天使にも有る。
先ずは地上に降りての三年間の修行見習い。それを通して、階級を配分されるというテストでもあった。が、生まれつき、特別に階級を判別され優遇された天使もいる。しかし、瑞希のような天使が一般であろう。そして、そういった見習い天使に付き従う天使。そう、礼司のような天使は、執事的な立場であるが、実の所パートナーでもある。だけど、階級的には、下の下。見習いという立場にもなれない天使であった。よって、瑞希という天使に付き従う礼司は、瑞希を支える為の召使いであるといっても過言ではない。まさに、天使も人間同様苦労が耐えない上下関係と言うものがあるのだ。
そして、今、瑞希がテストされているのは、人間界での恋愛対象の天使としての技量。そう、まさに愛のキューピット役である。天使の役職は沢山有る。が、先ずはこれを試されるのが一般的ではなかろうか? いや、これは天使ガブリエルの守護下に置かれての範囲での事であるが。とにかく天界での勉強を終え、地上に降りて知るべき行為。それが、人間を知り、そして心を知り、人と人を結びつけるものである。簡単そうに思えるが、実、簡単な事ではないというのは私達人間が一番知っているはずだ。一筋縄では行かない不可解な感情でもある。好き、嫌い。はっきり判別できる感情ではあるが、結局その根本的な感情には、環境や人間関係が存在する。よって、このテストは、かなり繊細なお勤めなのである。
そんな、テストを三年間毎日繰り返していると、どんな天使であろうと不可解な気分になり、心身ともに疲れる。
だからこそのテスト。勿論、瑞希自身このテストを受け始めた頃はがむしゃらに毎日天使様(愛のキューピット)をこなしてきていた。それも、好奇心と向上心からの新人としての心の持ちようであった。
しかし、三年目。そう、この学園に入った三年目を迎えようという後半年を残す今、人間と同様疲れを見せていた。まるで五月病。それはこの仕事に対する疑問。それが退屈と、飽きたと言う気持ちにさせるのである。
実際、天使には性別の区別などは無い。よって、恋をするという感情を知らない。が、しかし、その感情について人間を通じて知り、考え、そして自らが、どうあるべきなのか?を学び始め、好きや嫌いの感情を知り始める。それは不必要な感情であるのかも知れないが、実際、天使は機械でもなければ人形でもない。よって、好みというものも芽生える。
特に瑞希に関しては、女性に対する柔らかな感情を大切に考える節があり、男性の豪胆な感情は好きになれない。といった特徴が見られた。その為に、今回の仕事に関して、既に比較というものがなされ、人間を区別するという天使にはあってはならない感情を思わず口にし始めるなどという行為に至っている。つまり、天界では失格の烙印を押されてしまい減点対象だったりするのだ。天使は平等でなければならないというその常識を逸脱しているのであるのだから。
しかし、そんな瑞希ではあるが、お勤めに関して、今まで一度も失敗したという報告書が天界に流されている訳ではない。実際、瑞希は優秀なのである。よって、後、半年間を上手くクリアすれば、それなりの階級は約束されているという訳なだったりする。但し、内申書的な普段の発言を天界がどう判断するかに依るのではあるが。瑞希と礼司の関係及び天使としての有り方については以上である。
さて、今回のお勤めである、女の子同士の恋愛という物に、話を戻そう。
今までには無かった恋愛の形。実際、心を考えると純粋なものであり、天使という性別の無い者達にとってのこのお勤めは、自然な形とも取れるが、人間界では異常だ。
よって、頭を悩ませるものとなる。その上、一人は瑞希にとっての高感度の高い者。もう一方は嫌悪的な者。その二人にどう赤い糸を紡ぐべきであるのか? 考えてはみるが、何と難度の高いものであろうか。頭を捻らずにはいられなかったりする。
「あ〜〜〜〜クソっ、わからねえ〜!」
此処三年A組の授業中、瑞希は思わず一人ごちた。
「そこ! 煩い! 授業に集中しろ!」
教師の持っているチョークが瑞希の抱え込んだ頭に飛んくる。それは見事に瑞希の頭に当たった。
「頭冷やしに、顔洗ってきます!」
瑞希はそう言って、その場を離れた。こう言って授業を抜け出し、次の段階に足を踏み込む。それが瑞希の常套手段であった。
「ちゃんと帰って来いよ〜!」
教師は、言ってはみるが、きっと帰って来ないと毎度の事判っている。それもいつもの事。見放されているのか、厄介事を回避するつもりなのか。それは瑞希にとっては何の問題でもない。単位を落とさない程度に瑞希は授業を配分する。それで良いのだ。
「さて、面白くも無いが、石川玲於奈の教室にでも行ってみるか?」
そう言って、姿隠しの呪文を唱えると姿は空気に溶け込んだ。そして、自らの翼を広げる。そこから先は、パートナー兼執事の礼司にしか見えないこの人間界でのお勤めなのであった。
ゆっくり更新していきます。
色んな愛の形の一部のお話ですが、
天使のお仕事みたいな感じで書いてます。
でも、小悪魔とか出てきてたり。
愛って何ですかね?
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