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第四十九話 万引
 厳かなチャペルでの結婚式は私の夢だった。鳴り響く教会の鐘の音色の中、今にも泣き出しそうな父親と歩くバージンロード。それから神父様の優しいお説教。続いて愛する彼との誓いのキス。指輪の交換はすぐその後だ。そして、出席者全員で立ち上がり賛美歌の大合唱でフィナーレ。何もかもが理想的。そんな夢が今、叶った。
 非行少女だった私がこんな幸せな結婚式を挙げられるなんて嘘みたい。最高に幸せ。それもこれも全て彼のおかげ。
 あれは、そう、私がまだ高校生の頃だった。彼はとあるスーパーの店長で、私はその店の万引き常習犯。もちろん貧乏だからという訳じゃない。スリルが欲しかったのである。
 そんなある日……彼に捕まった。当然、警察に通報されると思った。でも彼はそうしなかった。当時の私に不安は無い。警察沙汰になるのは初めてじゃなかったから。逆に、警察に通報もせずただ懇々と私を諫める彼の態度に不安を感じたものだ。
(ひょっとして、私の体目当て?)
 本気でそう考えもした。だけどそうじゃなかった。彼は若い私がこのまま道を踏み外すことが心配だっただけ。懲りずに万引きしては捕まるというシーソーゲームを繰り返していくうちに、ようやく彼の性格が分かってきた。本当に不思議だった。赤の他人にここまで気を配れる人がいるなんて……
 私がこのお人好しの店長に恋するのは、そう時間のかかることではなかった。いつしか心の奥底深く片思いしていた私は、ついに十七回目の補導の時に告白したのだ。
「好きです、付き合ってください!」
 目を白黒させて驚いていた彼だが、最後はこくんと頷いてくれた。もちろん二度と万引きをしないことを条件に。以来、私はキッパリと足を洗った。そして付き合いはじめて三年目の今日、念願の結婚式をあげたのである。

 しかしだ。今、私は絶体絶命のピンチに陥っていた。昔のヒットソング“三年目の浮気”じゃないが、彼と約束して三年目の今日……私の万引き癖が再び鎌首をのぞかせてしまったのだ。
 結婚式の後に開かれる結婚披露宴。そのわずかな間に、お色直しの済んだ私がふと関係者控え室を見ると……彼の上司である常務さんの高価なハンドバックが目にとまった。彼は私たちの披露宴にて、スピーチをしてくださることになっている。
 ハンドバックがしっかり閉まっていれば気にもしなかったろう。でも、なぜか全開状態。そこから高そうな封筒の白い肌がのぞいていて……

 ああ、今、披露宴の席に座る私の胸元にはその封筒が挟まっている。何人もの友人知人が長々と挨拶してくれたが、私は上の空だ。やってしまったことへの後悔と彼に対して申し訳ないという気持ち。それからいつバレるやもしれぬ恐怖感で他の事などへ気を回す余裕はない。
 見れば……会場の片隅では常務さんが困ったような顔で奥様と話し込んでいる。チラチラこちらを見るのは何でだろう? いけない、そろそろ常務さんの挨拶が始まる。あっまた私を見た。やっぱり気づいているんだわ。足がガクガク震える。
 私の万引き癖のことを彼から聞いてるに違いない。ああ、どうしよう。こっちに来る。ステージに登りマイクに手をかけた。そしてニヤリと笑う常務さん。間違いない。知ってるんだ。そして、私のしたことをみんなの前で発表するんだわ……

「オホン、ええ、申し訳ありません。実はですね……長い時間をかけて準備していたスピーチ用の原稿を入れた封筒を無くしてしまいまして、いやはや面目次第もございません。家内に聞いても確かにハンドバックに入れたはずなんだがと言うばかりでして、いったいどうしたものかとさっきまで思案に暮れていた次第です。でも、まあ、神様が私の長いスピーチを嫌って原稿を取り上げてしまわれたのかなと、今は思うようにしました。ですからこのスピーチは極めて簡潔に済ませたいと思います。では、改めて、ええ、二人ともご結婚おめでとうございます。私からは以上です」

 割れんような拍手が会場を埋め尽くした。私は気づかなかったが、今までさんざん長めのスピーチが続いてお客さんたちみんな退屈だったらしい。彼の上司の簡潔な挨拶は大歓迎された。
 披露宴も無事終わり、私はこっそり常務さんの原稿が入った封筒を開いてみた。便箋に125枚の大作が出てきた。内容も退屈極まりないものである。もし、このスピーチをされていたら卒倒を起こす人もいたやもしれぬ。恐らく本当に神様が私を使ってこの封筒を盗ませたのだわ。
 そう思うと気が楽になった。このことは彼には内緒。余計な心配をかけたくないから。私は今、幸せです。


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