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第三十九話 執念
 水面にポツポツと雨粒の波紋が広がりはじめた。
 と思いきや、いきなり本降りの雨。
 ザザア、ザザアとたたきつけるような大粒の水滴が曇天から滝のように落ちてくる。
 止む気配はない。

 ここはとある川の河川敷。
 少し上流にはダム湖がありバス釣りを楽しむ人達には有名な場所。
 平日の昼間だというのにバスフィッシャーがちらほら見える。
 しかし、生憎のこの雨だ。
 三度の飯より釣りが好きなフィッシャー達も、流石に店じまいして三々五々帰り支度を始めていた。
 そんな矢先のこと……

 いまだ平然と釣り糸を垂らしている者がいるのは、なんとも奇妙奇天烈な光景であった。
 人影は二つ。
 レインコートも羽織らずこの雨の中でも平然と釣りを続けている。
 顔を上げるのも辛い土砂降りの雨なのにおかしなことだ。
 そして、いま一つおかしなことはバス釣り天国のこの川でルアーフィッシングとは違う特殊な釣りをしていることだろう。
 それはひっかけと呼ばれる釣り。大きなかぎ針を使い特に冬場のボラなどをひっかけて釣るのだ。
 もちろん今は夏場だし、しかも河川の上流域であるここに海の魚であるボラなどいるはずもなく……まったく不思議な光景であった。
 実はこの二人は親子連れ。
 ただ、釣りに熱心なのは父親だけのようで、息子の方はさっきから何か言いたげに父親を見上げていた。

「ねえパパ、雨が降ってきたよ」
 ついに我慢できなくなった息子が言った。
 されど父親の答えはそっけない。
「……ああ、降ってきたな」
 一瞬、挫けそうになった息子だがなんとかこらえて話を続ける。
 今日こそは言わねばなるまい。
「ねえパパ、ママは心配してないかな?」
「……ママは心配してるかもな」
 父親の表情がわずかに曇る。
 やはり気にはしているのだ。
 だがそれでも彼は竿を握って離さない。
 息子はさらに言った。
「もうずっとここにいるね」
「……もうずっとここにいるな」
 そう、かれこれもう5年になる。
「いつまでいればいいのかな?」
「……いつまでいればいいのだろうな」
 平行線をたどる親子の会話。
 息子はため息をつくと口を閉じた。
 これからもずっとこの釣りは続く。
 そう思っていた。
 だが、今日はいつもと様子が違っていたのだ。

「あれパパ、なんか竿がしなってない?」
「……ああ、しなってるな」
 そっけないセリフとは裏腹に父親の声は弾んでいる。
 興奮がすぐに伝わったのだろう。
 息子も嬉しそうに笑った。
 重そうにしなる竿を持ちつつリールを必死に巻き上げる。
 ついに獲物が見えてきた。その糸の先についていたものは……

「あ、僕だ!」
「……ああ、お前だな」
 ようやく見つけ出した。
 息子の遺体。すでに白骨化した子供の頭蓋骨を釣り上げたのだ。

「……これでもう行けるな」
「うん、ありがとうパパ。ママによろしくね」
 そう言うと息子はすうっと消えていった。
 翌日の新聞にこんな記事が載った。
【5年前川遊びをしていて行方不明になった息子の遺体を父親が発見! 執念の釣りに警察も脱帽】と。


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