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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第一部(改訂中)
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第2話 『りん (2)』 改訂版

ヤバイ……この状況はヤバイのだ。

和宏の中の“何か”が、そういう警告を懸命に発している。

何故ならば、このままでは“彼女”がこの部屋までやってきて、「まだ着替えてないじゃないのぉ。早く着替えなさ~い!」と言いながら頬を膨らませるに違いないからだ。ただし、先ほどのような能天気な口調では怖くはないであろうが。

いずれにせよ、今はまだ寝起きのだらしない格好パジャマのままの身である。

まずは制服に着替えてしまうのが得策なのは間違いなかった。


和宏は、迷いなく白い洋服タンスの戸を開けて、ハンガーに掛けられたセーラー服を取り出した。

地にえんじ色、エリやソデのワンポイントラインに白が使用された、ごくオーソドックスなデザインの制服。

この制服に着替えるべく、和宏は一気に水色の花柄パジャマを脱いでいく。

当然、その過程で白いブラジャーとそれに覆われた胸が露わになった。


(うわ……なんか、めちゃくちゃ恥ずかしい……)


例えるなら、女子の着替えシーンを見ながら、自分もその場で着替えているような居心地の悪さ。

和宏も、気持ちは“男”であるから、女性の身体にはそれなりに興味がある。

しかし、今はこの身体をじっくり鑑賞しようという気にはなれなかった。

時間がないという理由が第一。そして何より、素肌と下着を晒している自分に対する気恥ずかしさの方が先に立ってしまうからだ。

早く服を着て身体を隠してしまわねば、卒倒してしまうかも……と和宏は思った。


約三分後、黄色のスカーフを胸元で結んで、無事着替えは終了した。

至ってスムーズに着替え終わったといえるだろう。


和宏は、先ほどの卓上ミラーを使って、着替え終わった姿を眺めた。

本当は全身を見てみたいところだったが、片手で持てる程度の小さな卓上ミラーでは無理な話だ。

鏡に映っているのは、上半身のみ。

だが、この少女の持つ魅力を再認識する分には十分すぎる程だった。


鏡の中の少女が、真っ直ぐに“自分”を見つめている。

程なく、和宏は心臓の鼓動が高鳴っていくのを感じた。


(やっぱり美人だよなぁ……)


思わず見とれてしまうほど均整の取れた顔立ち。

しかも、このえんじ色のセーラー服が飛び切り似合うほど清楚。


意図しないタメ息が、和宏の口からもれた……ちょうどその時だった。

部屋のドアが勢いよく開けられたのは。


「もう! 早く起きなさいって言ってるでしょぉ!」


「――っ!」


ノックもなく開けられたドアから顔を覗かせたのは、パーマ頭のおばさんだった。

外見の年齢は四十歳くらい。年相応のシワが顔に刻み込まれているが、その肌だけは、まだメイクを施していないにもかかわらずピチピチとみずみずしい。

言うまでもなく、この“りん”と呼ばれる少女の母親だ。


「あ、あらぁ~、もう着替えてたの……。ゴメンね~、りん」


そう言って、バツが悪そうに肩をすくめながら、舌をペロリと出す。

おっちょこちょいの早とちりっ娘が、自身の失敗を誤魔化す時によく使われる仕草だ。


「朝ごはん出来てるから、早く下りてらっしゃい。ホントに遅刻しちゃうわよぉ~」


おどけたように言い放った彼女は、さっさと階段を下りていった。


何とか回避された危機。

未だに口から心臓が飛び出そうなほど、胸がバクバクと激しく脈打っている。

着替えが間に合ったのは、本当に幸運だった。

もし、着替えすらまだ済んでいなかったら、「毎朝毎朝起こす方の身になってちょうだい!」などという小言が始まっていただろう。


(今のが“ことみ”母さんか……)


和宏は、風のように現れて、風のように去っていった彼女の顔を反芻しながら小さく呟いた。


母親の名前は“萱坂かやさかことみ”。

そして、この少女の名前は“萱坂かやさかりん”。


それだけでなく、この家の間取りや、りんの通う学校のこと……実に色々なことが和宏の頭の中に浮かび上がっていく。

全ては“和宏の頭の中にある、和宏のものじゃない記憶”の所為。

ある疑問に対し、記憶を手繰り寄せるだけで“りんの記憶”を参照することが出来るのだ。

頭の中に“和宏の記憶”にプラスして、この“りんの記憶”が収められている……という感じだった。

先ほど、セーラー服など触ったこともない和宏が、戸惑いもなくスムーズに着替えることが出来たのも、この“りんの記憶”のおかげである。


(と、とりあえず……この記憶があれば何とかなるんじゃね?)


実際には、何一つ問題が解決したわけじゃない。

だが、“正体がバレる”という最悪の事態は当面回避できそうだ……そう思いながら、和宏はホッと胸を撫で下ろした。


安心して、わずかながらに緊張が緩んだのが引き金だったに違いない。

次の瞬間、“りん”の身体に、ある重大な問題が発生していた。


(オ、オシッコ……)


朝、起きてから今の今までトイレに行っていないのだから、当たり前といえば当たり前の話だ。

和宏が尿意それに気付いた時、すでに我慢の限界に近かった。


(マ、マズイ。マズイマズイマズイ……)


思わず内股になってモジモジしてしまうほど情けない事態と相成った。

高校生にもなってお漏らしなど断じて許されることではない。

一難去ってまた一難。和宏にとっては抜き差しならない再度の緊急事態だ。

この事態を打破するために必要なのは、いうまでもなく“トイレ”である。

和宏は、懸命に“りんの記憶”から家の間取りを手繰った。


(階段を下りて……すぐ右!)


ついに判明した、今、最も重要な情報である“トイレ”の場所。

脱兎の如く部屋を飛び出した和宏は、階段をドタドタと下りて、脇目も振らずにトイレに駆け込んだ。


(ま、間に合った~……)


まさに危機一髪。

用を足しながら、和宏は安堵のタメ息をもらした。


「ちょっとりん! 階段は静かに下りなさいって、いつも言ってるでしょぉ!」


トイレの外では、“りん”の母親であることみのお小言が響いている。

不可抗力なんです。スイマセン……と、和宏はトイレのドアに目を向けながら苦笑した。


(しかし……出るとこ違うから、なんかスゲェ変な感じ……)


いわゆる、男と女の身体の構造上の違い。

用を足し終わった直後の和宏にとっての、偽らざる感想であった。

だが、その爽快感は、男も女も同様である。

スッキリした気持ちで大きく息を吐き出した和宏は、水を流しながら、改めて身体を見下ろした。


えんじ色のスカートから伸びる白い足。

いつも履いているズボンと違って、がら空きの股間。


(うぅ、やけにスースーするなぁ……)


例えるなら、風呂上がりにタオルを一丁腰に巻いた状態に似ている。

しかも、その中は下着一枚のみ。

心許ないこと、この上なしである。


世の女性は、よくこんなもの(スカート)を履いて平然としていられるものだ……と妙に感心しながらも、和宏は「制服だから仕方がない」で諦めるしかなかった。


(さて……と)


トイレを出る前に、和宏は少し考え込んだ。

この後“りん”がすべきことは“朝ごはんを食べること”だ。

もうすでに朝ごはんの支度が出来ていることはハッキリしていたし、和宏自身も空腹を感じている。

だが、一抹の不安は『一緒の食卓で食事なんかして、正体がばれたりしないだろうか』ということだった。


“りんの記憶”はある……が、仮にも“母娘”だ。

不自然な対応をすれば、一発で見抜かれてしまうこともありうる。

とはいえ、このままトイレに篭っているわけにもいかないだろう。


(ええい。ビクビクしても始まらねぇや。出たとこ勝負だ!)


一歩間違えば“無謀”。

だが、この思い切りの良さは、和宏のいいところの一つだ。


和宏は、覚悟を決めてトイレを出た。

短い廊下を通って、いざ居間リビングへ。


恐る恐る居間リビングに顔を出すと、片手にハンドバッグを持ったことみが忙しそうにパタパタと動き回っていた。

毎朝、ことみは、りんと一緒に朝食を摂った後、「遅刻しちゃうぅ~」と喚きながらパートに出て行く。

出勤の準備のためにアチラコチラへ動き回ることみの姿は、朝の萱坂家における日常風景だった。


「あら、りん。待ってたわよぉ。早く朝ごはんを……」


食べましょう……ということみの台詞が途中で止まり、同時に、りんの姿を見たことみの表情が突如として凍りついた。

明らかに“りんの異変”を感じ取った母親の表情。

そして、和宏を刺々しく刺すのは、睨みつけるようなことみの視線。


「ちょっとアナタ……」


簡単なメイクだけが施されたことみの顔が、真剣さを漂わせながら和宏に歩み寄っていく。

ついさっきまで感じられたことみの能天気さは、もう微塵もうかがえなかった。


(き、気付かれた……!? まだ何もしてないのに……っ)


まるで、忙しなく流れていた時の刻みが止まってしまったかのように静まり返る、二人きりの居間リビング

和宏の背中に、冷たいものが流れた。



――TO BE CONTINUED

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