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悪の華道

悪の華道を行きましょう

作者:真冬日
物語の結末を書くのが苦手なので、練習に短編を一つ。よくある悪役令嬢ものです。
病める時も健やかなる時も————


前世の記憶が蘇ったのは式の最中であった。
ここが似非貴族風の学園乙女ゲームの世界で、自分がヒロインに散々嫌がらせをした挙句、自分よりも年上の息子を持つ中年男の元へ無理やり嫁がせられる悪役令嬢だと思い出してしまった。

なんで自分はあんな馬鹿なことをしでかしたのだろう。


後悔しようがもう遅い。次期王太子妃をイビリにイビリ倒したあの日々は確かに過ぎ去った。
そもそも男爵令嬢のくせに婚約者であり侯爵令嬢である自分を差し置いて王子と親しくしていた方が悪いのだと記憶が戻った今でも言い切れる。
王子のことはステータスを上げる駒としか考えていなかったが、ことの他上等なソレである。横から掻っ攫われるのを指を咥えて見ているだけなど出来ようはずもない。

脚を引っ掛け頭上に水を降らせ悪評を流し物を隠し———定番中の定番な嫌がらせは、すればするほど裏目に出た。
学園でも人気の高い男達にチヤホヤと慰められる悲劇のヒロイン。
自分は彼女にとって美味しい場面を創り出すなかなかに優秀な舞台装置だったろう。
こんなに足のつきやすい何の捻りもない嫌がらせなど子供でもしないのではないかと今考えれば恥ずかしくなるが、頭がお花畑のお嬢様な私は常に直情型であった。

結果、婚約者の王太子に学園からの追放を冷たく宣言され、すごすごと家に帰れば別の人間との結婚が用意されていた。
相手はこの国の宰相であるハゲデブオヤジ。成人した息子がいるくせに、若い娘が大好物な色ボケで有名だ。
全ては王太子の差し金。
そんなにも婚約が嫌だったのならばさっさと解消してしまえば良かったのだ。
それを仕返しとばかりに断頭台へ送るかのごとく幼気な美少女を狒々爺の元へ嫁がせるなど酷い仕打ちだ。
王子はとんでもなく嫌な男だ。
……まぁ、そりゃあ私も悪かった。
キツイとかケバケバしいとか言われてる自分に対して、ヒロインの妖精のような可憐さに嫉妬していた。
身分差を考えない大胆な態度を恐れて出る杭は打とうとした。

でも……でも、だよ。
仮にも元婚約者をここまで貶めるのは如何なものだろう。
ゲームの時には考えもしなかったが、実際に体験してわかった。これは理不尽過ぎる。
果たして若い娘の未来を潰すほどの行いだったのだろうか。


「ふわぁ!白いウエディングドレス綺麗ですねぇ」
「そうかい? あの薄汚れた女が身に付ける白は僕には黄ばんで見えるがね。僕達の結婚式に君が着るドレスはあんなのよりずっと美しいだろうね」
「まぁ王子ったら」

厳かな式の最中にもかかわらず、アハハウフフと甘ったるい空気を醸し出す馬鹿ップル。
私を捨てた婚約者である王子とヒロインである男爵令嬢もこの式に参列していた。
まるで処刑を見物にきた野次馬のようだ。
そしてそれらは馬鹿ップルのみならず。
四方から感じる好奇と侮蔑の視線にベールの中でため息が漏れる。

————では、誓いの口づけを

自分の父親よりも年上の新郎がベールの中を暴く。

『観念することだ、お主はもう私の女だクフフ』

ねっとりとした口調で囁かれる言葉にうんざりしながら顔を上げた。

『さぁこれからたっぷりと可愛がってやるぞ』

…………あら?

にやりと歪む厚い唇。

………あらあら?

たっぷりと肉の付いた顎にちょこんと生える髭。

……あらあらあら?

肉に覆われた細い目の横には少しだけ刻まれた皺。

あらあらあらあら?

天辺から寂しくなり始めている頭。
前髪を大量のポマードで後ろへ撫でつけなんとか隠そうとしている様が物悲しさを誘う。

これが、私の夫?
……………………悪くないわ。

以前見かけた時はガマガエルそっくりなその容姿に嫌悪しか抱かなかったのに、何故か胸がときめく。
おかしい、何かが絶対におかしい。
下品そうなところはマイナスだけど渋みはまあまあね、とか何を考えているの私っ。

……これはもしや前世の好みではないだろうか?
よくよく考えれば私は生まれてこの方悪かったなんて思ったことは一度もない。
世間で言われているような我儘女なのではない、私が自身が法なの。自分に従わない人間がどうかしていると本気で思っていた。
それなのに今の私はヒロインへの嫌がらせに対して少なからず罪悪感を持っている。
今と前世の思考が混ざり合い、どこか中途半端でチグハグだ。

『ぐふふ、怯えておるな愛い娘だ』

今の己の状況に戸惑い視線を彷徨わせる私を勘違いした花婿はいやらしく笑う。
誰がこのようにいかがわしい男っ!と思った次の瞬間には違った感想が浮かぶ。
まぁいいわ。こうなったのも何かの縁でしょう。結婚してあげてもよくってよ。

嫌悪とときめきの間で揺れる乙女心……もう訳のわからない状態に目が回る。
ガマガエルの顔が近付き触れる唇の感触。
キツすぎるポマードの匂いと微かに香る加齢臭にげんなりうっとり忙しかった。




******

私は前世で所謂枯れ専というやつだった。
父親が早生している為に年上の男性の存在に憧れ、それを何時の間にやら恋愛対象として見るようになった。

しかも年々好みにうるさくなっていった気がする。
ただ草臥れていればいいというわけではなく、自分の身形に気を配れる大人な男性がいい。
それでも補えない加齢の波に日々悩みつつも無駄な努力の跡が見られると堪らない。
それでいて愛情が深く、家庭を大事にする男性にとても魅力を感じていた。
そんなヒトを理想に掲げているものだからいつもいつも一人で勝手に失恋して。
だってそんな人、大体既婚者じゃないか。
家庭を崩してまで自分の恋心を貫きたいとは思えないし、好意を悟らせるようなことは絶対にしなかった。
告げることも出来ない失恋をしては乙女ゲームの世界に逃げ込んでいたっけ。
二次元だったら若いイケメンにも萌えられるのに、現実ではおじさん達と比べてお子様にしか見えず恋愛対象にはならなかった。


やっぱり重ねて来た経験の差よね。
隣でガーガーとイビキを掻いて眠る夫を見つめてうっとり目を細める。
披露宴もそこそこにさっさと連れ込まれた寝室で繰り広げた初夜は、それはもうすんごかった。
ガツガツした若者には出せない、あのねっとりとした感じ。
それがキモいって人も多いが私は大好き。
耳元の加齢臭を嗅ぎながらポヨンポヨンな中年太りの腹を撫でる。

「ぐがーっ、ぐがーっ、んがっ……うぅん、セレスティーヌ? どうしたのだ?」
「起こしてしまいましたか? ごめんなさい旦那様」
「あ、ああ。かまわんよ」

裸でぴっとりと寄り添う私に戸惑う夫。

「昨夜はとても素敵でしたわ」
「そうかそうか。ワシもそなたの瑞々しい身体は最高だったぞ。やはり女は処女に限るな」

上機嫌に揺れる腹をうっとりと撫でさする。
言っていることは最低だが、そういう馬鹿みたいな発言も可愛く見える。まったく、いくつになっても坊やなんだから。
……もう駄目だ。私は完全に前世と同化してしまっている。今世のキツイ性格と相まってもう訳の分からない女が出来上がった。
でもそれも悪くないと思ってしまったのだから重症だ。

「喜んで頂けて嬉しいわ。でも、今後は私だけを愛して下さらないと嫌ですわよ?」
「ガハハハ、そうさな。暫くはそなたに夢中だろうよ。飽きっぽいワシのこと、いつまで続くか分からんがの」

揺れる二重顎の上の髭にちょんと口付けると、夫は笑うのを止めて肉に埋もれている目を丸くした。

「可愛い旦那様。ずっとずっとセレスに夢中で居てくださいませ」
「…………分かったよ」

とりあえず大人しく頷いた夫に満足し、たわわな胸元に顔を寄せる。
この完璧な男に足りないものがあるとすれば、それは愛だ。
この私の夫となったからには、永遠に妻を大切にして貰わねば困る。
深く深く愛して甘やかしてくれなくちゃ。
他に女を作るなんて言語道断だわ。そんなことさせない。



その後の夫婦生活はこれといった盛り上がりはないものの、穏やかで充実したものであった。

「旦那様、お食事が油っこ過ぎます。お野菜も摂取なさって?」

食卓に並ぶ豪華な料理の数々に見ているだけで胸焼けが起きそう。

「む? ワシはそのような草など食わんぞ」
「いけません旦那様。旦那様は私を未亡人になさるおつもり? そうなればセレスは寂しくて生きていられないわ。どうかご自愛下さい」

両手を組んで目を潤ませて訴えると、自分でも思うところがあるのか少し思案する夫。
夫の腹は魅力的だが、このままでは健康に差し支える。それを正すのは妻の特権だ。

「うぅむ、少し油モノを控えるか……そこ、サラダを持ってまいれ」

使用人に持って来させたサラダから、ドレッシングを取り上げる。
無駄なカロリーと塩分など取らなくてよろしい。
ニコニコ笑う私が見守る中、無言でモサモサ草を食む家畜……否、サラダを食す夫は少し涙目だった。可愛い。


「旦那様、耳の裏はきちんと洗いましたか?」
「む? うむ。セレスが言うので念入りに洗った」
「それは良かった。旦那様から香る加齢臭は強烈ですから。無駄な抵抗ですが少しはマシかと」

そんないい匂い振りまいては雌が寄って来てしまうもの。

「……………………」

——————プシュ

「あ、駄目ですよ旦那様。コロンなんて付けたら匂いが混ざり合って、この世のものとは思えぬ憤死ものな悪臭の完成ですわ」
「……もう一度風呂へ入ってくる」
「ええ、そうした方がいいわ。額の油のテカリも取れてませんもの。オイリーでとっても眩しいわ」
「……………………」

もうあなたという存在自体が眩しいです。
すごすごと風呂へ向かう丸まった背を目を細めて見つめる。


「お風呂上がったのね、あ。旦那様。頭のセットはお待ちになって」
「む? どうした?」
「ポマードは匂いが強烈ですわ。何故旦那様は数々の匂いを発しようとしますの? 」
「……しかし、髪はセットしなくては」
「少し短くカットしてみては? 前髪が長過ぎかと」
「いや、それは……」

分かってる。それじゃあ長い前髪を後ろに流してハゲを隠せないものね。

「そもそも何故隠すのです! 何故恥じらうのです!」
「え、あの……」
「その涼しげな焼野原は男性ホルモンの強い象徴! 誇るべきことであり隠すなど以ての外ですわ!」
「そ、そうか? 今時の若い者はそのように考えるのか?」

今時の若者など知らん。でもそうね。今時の若者である私の意見は今時代表よ。

「今時は常識よ。それに無駄な抵抗です。きっとこれからも頭皮はどんどん退……進化して、いずれは前髪なんかではカバー出来なくなるわ。その前髪さえ儚くなるのでしょうね」

私の話を聞き終わった後の夫の顔色はかなり青く小刻みに震えている。
にこやかな私の顔を涙目で見つめた後、無言でふらふらとバスルームへと戻っていった。
10分後、現れた夫の髪はツルツルピカピカになっていた。

「まぁ! その頭どうされましたの!?」
「どうせ死にゆくならばいっそ一思いにと考えてな……どうだろうか?」
「素敵っ! なんて男らしいのでしょう!」

思わず抱きつくと、デレっと好相を崩す夫。

「まさかのハゲスキン! 嗚呼なんて素敵な無駄努力! 剃ったことにより禿げた天辺が眩しく光り輝いてより強調されているわ!」
「え………?」

もうこの男はどれだけ私のツボを突けば気がすむのだ。

「セ、セレスはその、私のことをどのように思っているのだろうか?」

俯き加減でモジモジしながらそんなことを唐突に尋ねる夫。キモ可愛い。

「そうですねぇ。旦那様は普段上品ぶっているのに、クシャミの時は五月蝿く叫んで唾を撒き散らしていることに気付きもしない」
「………………」
「息もくさくてイビキも酷い」
「………………」
「夜の営みもネチっこくて助平」
「………………」
「センスのないオヤジギャグに周囲が冷え切っていることに全く気付かない憐れなほどの鈍感さ。そんなところが私は全て……」

全て大好きです!
これぞ私の理想!
そう叫ぼうとしたのだが

「もう、やめてっ!」

何故か突如崩折れる夫。

「こんなオヤジに無理やり嫁がされ、セレスがワシを嫌っておることは分かっている」
「え?」
「だが、ワシは少し生意気で我儘なそなたが可愛くてならん。これ以上厭うてくれるな」

イヤだわ旦那様ったら。厭うなんてとんでもない。私だって貴方に夢中よ。

「最初は王子に頼まれたようにセレスをイビリ倒してやろうと思っとったが、年を取ると駄目だな」

時に娘のように時に母のように時に妻のように寄り添う私に、年甲斐もなく恋したと夫は弱々しく語る。

「妻のようにって、私は旦那様の立派な妻よ?」
「……そう、そうさな。そなたはワシの妻だ。どうかこの禿げでデブで醜い老いぼれを見捨てないでおくれ」

崩折れながら見上げる夫の目は涙で濡れていた。

「いくら金を使ってもいい。好きな物を買いなさい。ワシの目に触れぬところならばこっそり恋人を持つことも我慢しよう。だからどうかワシから離れていかないでくれ」
「あらあら旦那様ったら。私は貴方一筋ですのよ。貴方のオムツを交換するつもりで嫁いだのだから、そのように寂しいことをおっしゃらないで」
「……セレスティーヌ」
「もし私が他の殿方に目移りしようならば、叱ってくれなくてはいやよ? 旦那様が他の女にうつつを抜かすならば、そうね。その泥棒猫と闘って必ず勝ってみせましょう。そして旦那様とは口をきいてあげないんだから」
「浮気など、絶対絶対せぬよ。ワシにはセレスしかおらぬ。だからワシの側でずっと笑っていておくれ」

縋るように上目で見つめてくる丸い頭に優しく口付けると、より目をとろんと潤ませてこちらに手を伸ばしてくる。
完璧だ。何この理想の男。
それが私の夫であるなんて神に……いや、元婚約者の馬鹿王子に感謝せずにはいられない。




********

我が妻は美しい。
ドレスの上からなぞられる完璧なボディラインは全ての男の目を吸い付けて離さない。
美しい造形の顔は整い過ぎて冷たい印象さえ与える。その美貌には己の不出来を思い知らされるような、そんな劣等感を抱かせる完璧さがあった。
妻の相手は並みの男、ましてや王子のような中身のない愚かな若造には務まるまい。

妻に視線を向けられあまつさえ微笑まれでもすれば、男達は全ての私財を投げ打ってでもその微笑みを自分だけに向け続けて欲しいと懇願するだろう。
月光に照らされ星々が煌めく美しい夜の空から生まれた女神のようだ。

そんな遠い存在を穢れ多き地上へ引き摺り降ろしてみたくなり、王子の申し出に頷いた。
式の時には加虐心でいっぱいであった筈なのに、いつの間にか夜の空に取り込まれたのは自分の方だった。


思った通り彼女は我が儘であるが、それ以上に可愛らしく美しく素晴らしい女性だ。
彼女はベッドの中で恋する乙女のような目で自分を見つめてくる。
若く美しい男であれば、そのようなこともあるだろうが、彼女が見つめるのは他でもない自分だ。若さも美しさもない。あるのは金と権力と脂肪の、自分だ。
それが演技であるかないかなど宰相を勤める自分に分からない訳はない。
素人から玄人まで数多の女を抱いてきたが、女達の目には必ず情欲以外の途方もない欲が灯っていた。
常に自分の目にも宿すものであるので相手にそれがどれだけ浮かんでいるかは一目瞭然。

勿論悪いとは言わない。それを利用して美味しい思いをしてきたのはこちらだ。
だが、行為の後には物凄い虚しさが蔓延る。
彼女達が寝たのは金と権力。彼女達が喘いだのも金と権力。
玄人などはそれを隠すのがやはり上手く、しかし絶対に見つけてしまう。
ならば最初からそれを前面に押し出す慣れない若い娘の方がまだ気が楽である。

美しい妻も例に漏れず膨大な欲を宿しているだろうと思った。
聞こえてくる噂からも絶対に欲まみれな筈だ。
だが彼女は初夜のあの日、自分が欲まみれで伸ばした手を、温かい愛で包んでくれた。
その予想外の心地良さに暫し唖然とした。
それからも妻はただひたすらに私に純粋な好意だけをぶつけてくる。
最初は嫌味だと思っていたこちらの心をグリグリと抉る台詞も、どうやら本気らしかった。欠点ばかりの私を魅力的だとうっとりとした目で語られれば、胸の奥が今まで感じたことのない甘い痺れに支配される。
恥ずかしいことに、この歳にして初めて愛される心地良さを知り、愛することの喜びを覚えた。

私は妻を穢れなき神聖なもののように捉えているが、彼女が純真無垢などとは思っていない。寧ろそのようにつまらぬ女ではない。
今まで蝶よ花よと過保護に養育された彼女は金を使う。
間男に本気になり出て行った元妻の三倍の額が月に必要なので、結構な浪費なのだろうが我が家の家計は一切揺るがない程度。まったく問題ない。
妻は自分を利用して金を出させてやろうなどとは一切思っていない。
あるから使う。それだけ。
『旦那様のお金は私のお金でしてよ?』とは、普段は離れて暮らす息子がドレスを新調する彼女を批難した時の返しだ。
傍若無人の極みだが、そこまで突き抜けていれば逆に名言のようにも聞こえる。
『だって夫婦ですもの』と笑みを浮かべる彼女には欲など少しもない。ただただ幸福で溢れかえっていた。




そんな愛する妻を連れ国王主催のパーティーへと参加する。
会場に着くなり男達の視線が一斉に妻へと向かう。
当然だ。彼女はいつも美しいが、今日は格別なのだから。
夜の女神にふさわしい光沢のある深い藍色のドレス。小さなダイヤが沢山縫い付けられたそれは、煌めく夜空を纏っているようだ。
大胆なカットのスリットと、谷間を隠せていない胸元。
下品にもなりかねないデザインだが、彼女が身に付けると色気と上品さだけが前に出る。

「これはまた……元々美しくあったが、一段と磨かれたな。驚くべき美貌だ」

真っ直ぐに国王へと挨拶に向かえば、妻に目を逸らさず呟かれた。

「ありがとうございます陛下。あまり実感は湧きませんが、お言葉通り私の容姿が以前より磨かれているのであれば、それは一心に愛を注いでくれる夫のおかげですわ」

強すぎる美貌が恥じらうようにヘニャリと崩れると、国王の鼻の下も緩々に伸びる。
あまり面白くない。

「して陛下、例の発表はこれからで間違いございませんね?」
「あ、ああ。その予定だ」

ようやく鼻の下の長さに気付いた国王は、顔を引き締める。

「分かっておる」

しっかりと頷いた国王に満足しその場を辞す。少し首を傾げながらもしっかりと腕を絡めて付いてくる妻と、早くも二人きりになりたくなってきた。

「セレスティーヌ……か?」

かけられた声に振り向くと、そこにはポカンと口を開けた王子と件の男爵令嬢がいた。
表情には出さないが、妻の掴む手に力が入る。そんな彼女に微笑みかけ二人にゆっくり対峙する。

「ご無沙汰しております殿下」
「あ、ああ。結婚式以来か」

挨拶に対して返事はあるものの、その目は妻の美貌に縫い止められて離れない。
そんな王子の様子に隣に並ぶ男爵令嬢は不安そうだが、彼は気付きもしない。

「式へのご出席ありがとうございました。お陰さまで夫婦円満に過ごしております」
「……ああ」
「殿下にはとても感謝しております。こうして女神のごとき麗しい妻を迎えられたのは偏に殿下方のおかげです」
「まぁ旦那様ったら。恥ずかしいわ」

頬を染めて焦る妻の姿を見て更に瞠目する王子。周囲の男達もパートナーを放り彼女に魅入っている。
何が妻をここまで劇的に変えたのか。
彼女の容姿は結婚以前と全く変わっていない。昔から他の女性の追随を許さぬほど洗練されていた。
変わったことがあるとすればそれは妻が先程国王に言った通り、自分と結婚したこと。近寄り難かった女神のような妻は、自惚れでなければ恋し愛する乙女の顔をしている。
美しさの中に純粋な愛らしさを併せ持つようになった彼女は最早最強なのだ。

「そうだな。惚気てばかりでは笑われてしまうな。いやはや殿下のお相手の御令嬢も、まるで道端の野花のように素朴でお可愛らしい方ですな」

まるで取って付けたような世辞。いや、世辞ではなく嫌味だ。
小さな背丈とくびれの無い腰周りに小さな胸。可愛らしい顔立ちだが、この程度ならば探せばいる。
王子が劣等感を刺激され妻を疎んでいたことは知っているが、何故この男爵令嬢だったのかは理解し難い。
支えてやらねば折れそうなほど儚げなところが云々と、妻との縁談を持ちかけられた時にぬかしていた気もするが、半人前の若輩者が戯けたことを。
不安定な足元でふらふらの中、そんな女を抱え込めば共倒れは必至だろうに。

上から下までサッと男爵令嬢を流し見た後、隣の妻をうっとりと眺める。そうしてもう一度男爵令嬢に顔を戻し鼻で笑う。
男爵令嬢は馬鹿にされたことが分かったのだろう。
屈辱に顔を真っ赤にさせ唇を噛み締める。そして助けを求めるように隣を見上げた。
だが肝心の王子は未だ妻から視線が反らせないようだ。

「その……随分、変わったな」

思わずと言った様子でポツリと呟いた王子に、妻が満面の笑みを浮かべる。
輝かんばかりの美しい笑顔に所々息を飲む音が聞こえる。

「やはりお判りになられますのね」
「ああ……」

魂を吸い取られたように惚れ惚れと頷く王子。

「実は少し痩せたのです。それにヘアスタイルも思い切って一新しまして。香水も消臭成分のあるものを調香師に作らせましたの。同性にも分かるほど魅力が増したのですね。流石私の旦那様……」

……妻よ。王子の「変わった」とはそなたのことを申されたのであり、中年親父の体重やら髪型やら体臭のことではないのだよ。

「殿下は相変わらず大したお変りもないようで」

上から下までサッと王子を流し見た後、隣の私をうっとりと眺める。そうしてもう一度王子に顔を戻しふふふと上品に笑った。
そう、まるで私が男爵令嬢にしたのと同じように。
……妻よ。その優越感に浸ったドヤ顔で放った嫌味は全く相手に伝わっていないよ。
どこの世界にこんな中年親父に羨む女性がいるというのか。
年若い美青年の王子に勝さる筈がないというのに、自信満々で黒い笑顔を浮かべる妻が愛おしくてならない。

「ところで殿下。妻のこのドレス、如何ですかな?」
「とても、とても似合っている。とても、だ……」

熱に浮かされたように「とても」を繰り返す殿下にニヤリと口端を上げる。

「実はこのドレスの生地はソリィエのモノでして」
「なんと。どうりで美しいと思えば彼の国の生地か」

ソリィエとは現在我が国が国交を結ぼうと目論んでいる小さな島国。
軍事力こそ大したことはないものの資源が豊かで大変魅力的な国だ。
しかしどうにも閉鎖的で他国との交流も少ない。
島国である為に今まで侵略を免れていたようだが、航海術の進歩が目覚ましい昨今ソリィエも自国の危うさに気付き始めている。
そこでいくつかの大国へアピールを始めたようで、我が国もその一つだ。
他国に遅れをとってなるものかと近年交流を図り始めたばかりである。
資源が豊富なソリィエには交渉の武器も多い。
その中でも注目度の高いのが、ソリィエにしか生息しない特殊な蚕から紡がれた布である。闇夜にも光り輝きとても美しい。
まさに女神の妻に相応しい代物だ。
そっと彼女の腰に手を回して引き寄せる。

「セレスティーヌや、お礼を言いなさい。そなたのドレスは殿下が手に入れて下さったものだ」
「あら、そうでしたの?」

意外そうな妻と首を傾げる王子。
彼が元婚約者にドレスを贈ったという話に険しい表情の男爵令嬢。

「どういう意味だろうか、セレスティーヌのドレスを僕が用意したというのは? 憶えがないのだが」

戸惑いながら尋ねた王子の言葉に返答する前に、大きく張られた声が会場に響き渡った。

「お集りの皆様ご注目を! 只今から陛下よりお知らせがございます!!」

会場の視線が国王へと集まる。
国王はゴホンと咳払いをすると重々しく口を開いた。

「本日は皆に発表がある。我が息子、第一王子の結婚が決まった」

何事かと気を引き締め拝聴していた周囲は、なんだそんなことかと安堵したり落胆したり。
既に王子と男爵令嬢との婚約は私達の結婚式で発表されていたので、今更な話題で刺激が足りないのだろう。

「陛下ったら。突然で困っちゃうわ。ねぇ王子?」

そう言いながらも嬉しそうな男爵令嬢。
王子の方はその問いかけに妻と彼女を見比べつつ複雑そうな顔で小さく頷いた。
緩やかになった雰囲気は、だが次の一言で激変する。

「お相手はソリィエの女王陛下だ」
「「……え?」」

一瞬、会場から音が消えた。

「第一王子は13番目の夫となるべく、明日我が国を立つ。盛大に送り出して欲しい」

ソリィエの文化は特殊で、女性のみが王位を継承出来る。
御歳50歳を迎える女王はとても色を好むらしく、夫を現在12人抱えているとか。

「父上、御冗談はおやめください……」
「冗談ではない。これは既に決定事項である」

寝耳に水な王子が震える声で笑うが、国王が真剣な表情で首を横に振るものだから今にも倒れそうなほど真っ青になってしまった。

「王子は私と婚約しているのですよ!? 」

男爵令嬢の悲鳴のような叫びに、王子の目に希望の光が点る。

「そうです。私は彼女と正式に婚約を済ませております」
「うむ、そのことはソリィエの女王もご承知だ。お前の第二夫人として一緒にソリィエへ連れて来ても構わないと申されている」

ソリィエはとても性に奔放な国で、同性だろうが複数だろうが愛し合うことを批難されることはない。
女王は若い女も好むようで、その場合どうやら酷く加虐心をそそられるという噂だ。

「幸いお前の弟達も優秀である故、国のことは気にせず安心して出立するように」

そう言って締めくくられた国王の言葉に、王子は精も根も尽き果てたようにその場に膝をつく。

「嘘よっ! そんなの嫌よ私っ!!」

男爵令嬢の方は酷く取り乱し婚約は解消すると喚き散らしているが、もうソリィエ行きは正式に決まっているので逃げられはしない。

「殿下方の縁談のお陰でソリィエの布の輸入を優先的に取り付けられましてな。これで妻の美しいドレスを沢山作ることが出来ます」

多少痩せはしたが未だ出っ張っている腹を揺らして笑う。
愛する妻へ極上のドレスを贈りたい。
今回のこのサプライズはそんな思いつきから発展したものである。

しかし王子は妻との縁を結んで下さった方。本来感謝こそすれ、このような仕打ちをすることはないはずだった。
だが若造はあろうことか宰相の私に牙を剥いた。乳歯の小さな牙であったが。

王子は今の地位から引き摺り下ろそうと私の悪事の証拠を集めていたようだ。
勿論疚しいことは数え切れないほどしてきたが、結婚を機に派手な私利私欲に走ることは控え身辺を整理していた。
少なくとも、何故か私のことを美化する傾向にある妻に失望されぬよう必死だ。
勿論そのようなことをせずとも、こんな若造に尻尾を掴まれるほど耄碌していないが、売られた喧嘩は買ってやろう。

王子の思惑を深く調べると、どうやら男爵令嬢の助言が発端らしいことが分かった。
宰相との婚姻により一層権力を手にした妻が、自分達に復讐を果たそうとすることを危惧し私ごと潰してしまおうという計画のようだ。
そうして新しい宰相には知り合いの侯爵を据える予定だったとか。
まだ年若い侯爵は随分と男前で、彼女とは親密な関係だった。
王子はそれを知らぬまま私を陥れるべくせっせと画策していたというのだからお笑いだ。

なんの知恵も持たぬ者がなんと愚かな。
そもそも王族とは代々我が一族の傀儡に過ぎない。
この国の王族に求められるのは叡智でも剛気でも慈愛でもなく、何も考えないということだ。王は玉座に座り微笑んでいるだけの存在。
それが出来ないのであればこの国から出て行ってもらうのみ。

「いやぁ本日は実にめでたい。若い二人の門出をお祝い致します。ワハハハハ」

私の差し金だということは明らか。周囲は顔を引きつらせているが、遠慮せず盛大に笑う。

「ふふ、ちょいワルな旦那様も素敵ですわ」

妻の艶やかな笑みに、もう王子や男爵令嬢のことは頭から吹っ飛んだ。
早く二人きりになりソリィエのドレスをじっくりゆっくりと脱がせたい。

「寄る年波には勝てませんな。久々の祝宴にどうやら疲れてしまったようです。皆さんこれにて失礼致します」

周囲に宣言し、改めて愛する妻を強く引き寄せる。

「セレスや。帰ろうか」
「ええ、そうしましょう」

王子は会場の真ん中で放心状態。男爵令嬢は髪を振り乱して未だ何事かを叫び続けている。驚愕の発表に周囲は大混乱。
そんな中、夫婦で優雅に悪の華道を進む。
その後の人生も、ずっとずっと二人寄り添いながら。



乙女ゲーム全然関係なかったですね。
年上の義息子は堅物なイケメンで全然父親と似てないとかいう設定もあったけど、話が散らかるので登場は断念しました。
反省点も多かったですが、最後まで書き切ったので良しとします。
お読みくださりありがとうございました。

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