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スクール・オブ・ザ・デッド〜ジ・アナザー・デッド
作:NAO



第A-5話・最初の扉越し


「加藤……なのか?」

 水野の友人であり、ソフトボール部員の加藤優理子。
 声に出した和輝は直後、しまった、という顔をした。

「今の、その声は……和輝? 和輝よね? 和輝!」

 地獄に仏とばかりに、うれしそうな声がドアの向こうで弾む。

「お願い、ここを開けて! みんな変なの、何かに取り付かれたように生徒同士で……それに、見たこともないようなものが沢山いて、襲ってきて、私、怖くて!」
「かと――」

 和輝は水野の口をふさぐ。喜びの声を中断された水野は、和輝を不思議そうに見上げる。

「今はまだ気づかれてない。今のうちなら、開けても大丈夫だから」

 扉の向こうで加藤が声のトーンを下げる。
 体育館に広がる暗闇の中、加藤は和輝たち同様、何者かから必死に逃げてきたのだろう。
 潜めた息の中には、抑えきれない息切れがあった。

「和輝? 和輝なんだよね?」

 返事が聞こえないことを不安に思ったのか、加藤が扉を控えめにノックする。

「ああ、和輝だ。聞こえてる」

 水野の口を押さえたまま、和輝が厳しい顔をした。刻まれたしわに深い影が落ちる。

「良かった……早く、開けて? 私ずっと逃げて、みんな狂ったようになって、もみくちゃにされて……もう逃げられないってあきらめてた……でも、和輝が生きていてくれてよかった。嬉しいよ……」

 扉にしなだれかかる加藤。
 そこには、明朗快活で男勝りなソフトボール部員の姿はない。
 正体不明の恐怖におびえ、すがるものを見つけた弱者の姿がある。

「和輝く――」
「水野さん、黙って」

 口をふさごうとする和輝の手を引き剥がす。慌てて真意を探ろうとするが、言葉尻を上書きされてしまう。
 和輝の声には、有無を言わせない真剣味があった。

「和輝? 他に、他に誰かいるの? 生きてるの?」
「いや、誰もいない。中にいるのは俺だけだ」

 どうして和輝は、自分以外の生存者の存在を隠そうとするのか。
 水野には理解できなかった。

「そ、そうなんだ……。でも良かった。和輝だけでも生きていてくれて。私、気がついたことがあって、どうしても和輝に言いたいことがあって、和輝に生きていてほしいって思って」

 扉を通して痛いほど伝わってくる綺麗な心。
 水野は加藤の気持ちが痛いほど分かっていた。
 伝えたい気持ちがある。どうしても、知ってほしい気持ちがある。あの人に、私が大好きな人に。生きていてほしい。一縷の望みだとしても。
 だから、私も生きていたい。
 再会して、伝えるまで。思いを伝えるまで、生きていたい。

「ね、だから、ね? 和輝、お願いだからここを早く開けて?」

 加藤の言葉が胸を打つ。水野は視線で和輝に訴えかけた。

 ――加藤さんを助けて。

 けれども、和輝は目を合わせることすらせず、扉をじっと見つめたまま。

「あ、あ……気付かれた……! 早く! 和輝! 開けて!」

 切迫した声に変わる。

「こっちに来る……! 生徒だけじゃない、何……? 何よ、あれ……嫌、来ないでよ……来るな!」

 扉に背を預けた加藤が、生徒、そして、未知のものに対して声を荒げる。

「和輝! 開けてよ! 早く!」

 背後に迫る集団が耳を貸さないことが分かると、扉に向き直る。

「和輝!」

 扉が叩かれた衝撃で、積まれたアンプが転がり落ちる。一番上に積んであった不安定なそれは、部品を撒き散らして転がり、睦月の足元で停止した。
 睦月は和輝の背中を見つめて――監視して――いる。
 口を引き結び、隣に立つ生徒会長に視線をくれる。視線を受けた生徒会長は、めがねのブリッジを持ち上げて、ゆっくりとうなづいていた。
 それは、確認だった。

「加藤……俺は」

 感情を押し殺した声。

「いや……嫌よ……こっち来ないで!」

 そんな声が危機迫る加藤に届くはずもなく。

「ねぇ、和輝! 助けて! 早く開けてよ! 私、まだ死にたくないの!」

 叫び。
 友人である水野の胸に突き刺さる。

「まだ、やりたいことがあるの! 私ね、週末、試合があるの! 楽しみにしてたの! あと、あと! 買い物だってしたいし! それにそれにそれに……お父さんと昨日けんかしたままで、まだ謝ってない! お母さんにも、会いたいの!  夏美に借りたノートも返してない! だから!」

 取捨選択すらできない、生の懇願。
 思い立った順に叫びとして変換される。
 水野の心身が震えた。
 心が音を立ててきしみ、痛みに壊れてしまいそうになる。体から汗が噴出し、扉に向かって手を伸ばす。

 ――放送機器をどけて、加藤さんを助けたい。

 水野は和輝の束縛から逃れようと抵抗する。

「まだ生きていたいの! 死ぬのは嫌! 死にたくない!」

 水野の手が、山積された放送機器に伸びる。

「助けて……助けてよ! 和輝……和輝!」

 裏返る声。

「私は! 私は!」

 こぶしを叩きつける加藤。されど、バリケードと化した扉は開かない。

「気がついたの!」

 叫びに涙が混じりだした。

「私、自分の気持ちに気がついたの!」

 もがく水野を、和輝は必死に押さえつけようとする。

「朝、話したよね! ね? 明日一緒に登校しようって、胸が痛くって、なんでだろって! 私! 考えて!」

 もがく水野を、背後から忍び寄った睦月と生徒会長が押さえつけた。背後から睦月に羽交い絞めにされ、手と口を生徒会長に押さえつけられる。

「怖くって、生きたくて、死にたくなくて。そうしたら、和輝がいるの! 私の頭の中が和輝でいっぱいになったの!」

 水野の目から、大粒の涙がとめどなく溢れ出した。
 目の前の闇に陽炎が立ちのぼり、風景をぼやけさせていく。

「触らないで! やめて!」

 扉の向こうで、加藤が引き倒される音。
 醜悪な音が加藤を取り囲む。

「私、私――和輝が好き! 気がついたの!」

 魂を揺さぶる加藤の声。
 呼応し、水野は叫ぶ。涙を爆発させるように。
 松葉杖はとうに放り出していた。
 怪我した足さえも駆使して、扉を開けようとする。けれど、その足でさえ、加勢した佐藤によって拘束されてしまう。
 水野の叫喚は、生徒会長の手の中で消失し。
 水野の抵抗は、睦月の力の前に押さえ込まれ。
 水野の歩行は、佐藤によってがんじがらめに。
 唯一自由を許された涙腺だけが、滝のような涙を流し続ける。
 生徒会長の手を涙でぐしゃぐしゃにしながら、水野は心中でわめいた。

 ――加藤さんを助けたい、と。

「初めて誰かを好きになったの!」
「……加藤、ありがとう」

 積まれた電子機器に手を添える。
 睦月はあわてて和輝の名前を呼ぼうとする。
 ……が、声に出る直前、振り返った和輝によって制された。
 声による確認ではなかった。
 生徒会長のときと同じように、アイコンタクトだけで意思は統一される。
 再び扉一枚向こうの加藤に向き直る和輝。
 水野はそこに、わずかな希望を見出す。

「……でも、俺は加藤のことをなんとも思ってない」

 水野はデジャヴを感じた。

「……え、え?」

 扉越しの戸惑いは、疑心へ。

「加藤、お前は――俺にとって領域外の人間なんだ」
「か、ずき?」

 やがて疑心は、絶望へ。

「嫌……嫌よ、嫌! 助けて……お願い、助けて!」

 水野は動きを止めていた。

「見捨てないで! お願い! 何でもするから!」

 すがりつくように、がりがりとつめで扉を引っかく。
 死に物狂い。
 加藤のつめが扉に食い込み、無残にべりべりと剥がれた。つめが無くなった指先は血で染まり、扉は真っ赤な画板になる。

「好きなの! 和輝!」

 友人が悪魔に陵辱される。
 友人が好きな人に見殺しにされる。
 友人が殺される。
 友人が死んでしまう。

「離して! 触らないで! 嫌、なにこれ……化け物……来ないで! 近寄らないで!」

 布が引き裂かれる音。扉を乱暴に叩く音。

「死にたくない! 何で? 私、死にたくないよ!」

 和輝は積み上げられた機械の前。動き出す気配はない。

「痛い! やめてええぇっ! 痛いぃ! まだ何もしてない! 私、何も悪いことしてない!」

 引きずられる音。加藤の肉体を痛めつける鈍い音。

「かずきいいぃっ! 助けてよおおおぉっ!」

 耳孔をふさいでしまいたい。熱暴走する心臓を止めてしまいたい。
 のどを裂傷させる絶叫が響く。
 耳に入れば、それは殴られたような激痛へ変化する。

「取って! 和輝! 助けて! はがしてよおおっ!」

 どんなに加藤が叫んでも、和輝は微動だにしない。

「いや……あが……かず、きぃっ!」

 水野は思い出す。

「私の……げ、ぐ……腸……ださ……な……で」

 宿題を忘れたことを悪びれず、ノートを見せてと、子供のような顔で舌を出した友人の姿を。

「たすけ……和輝……」

 今朝、階段で私を助けてくれた友人の姿を。

「かずきぃぃっ……たすけ…………て」

 うがいをするような脆弱な声。
 風前の灯は、言葉通り、水野の意識が途切れる瞬間。
 あまりにもあっけなく……



 ――消えた。


興味を持ってくださった方、読んでくださった方、ありがとうございます。
部屋が綺麗になりました。パソコンが壊れました。
でも、頑張ります。
評価、感想、栄養になります。











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