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第39話 山野の姉と心の傷

 お店をあがってスタッフルームに戻ると、そこになぜか姉貴の姿があった。


「よっ、弟。ちゃんと働いてるか」

「なんで姉貴がいるんだよ。ていうか勝手に店に入っていいのか?」

「平気よ。あつしが入っていいって言ったんだから」


 俺の姉貴――山野やまの恵理えりは大学四年生だ。高校卒業とともに髪を茶色に染めて、休日には都内のデパートのバーゲンセールに出かけるような、まあごく平均的な大学生だ。


 弟としては格好が些か派手なのが気がかりだが、それなりに俺のことを気にかけてくれる姉ではある。だからといって感謝を述べたりはしないが。


 ちなみに敦さんというのが姉貴の知り合いで、ここでスタイリストとして働いている人だ。今日ももちろん出勤している。


 姉貴は従業員でもないのに勝手に椅子に腰かけて、自販機で買ってきたペットボトルのお茶を飲んでいる。今日は朝から友達と遊びに行くと言っていたはずだが。


「今日は友達と遊びに行くんじゃなかったのか?」

「いや。可愛い弟が今日からバイトしにいくって聞いたから、ご褒美にお昼ご飯でも奢ってあげようと思ってね」


 姉貴はわざとらしく手をあげて、空々しく言ってくる。


 歳が離れているせいか、姉貴はやたらと俺をかまいたがる。それがまあ、弟としては鬱陶しいのだが。


 兄弟や姉妹のいない八神や上月がうらやましいかぎりだ。


「悪いが、俺はあんたといっしょに飯を食べるつもりなんてないぞ」


 俺が何食わぬ顔で帰り支度をすると、姉貴が後ろから抱きついてきた。


「相変わらず冷たいなあ――」

「うわっ、バカ。やめろ!」

「でもまあ、そこが可愛いんだけど」


 姉貴はこれから外出する気で満々なのか、首もとからフローラル系の強い香水の匂いがしてくる。一回でつける香水の量が明らかに多すぎだ。


「鬱陶しいから離れろ」


 こんな恥ずかしい姿を従業員の方々に見られたら、たまったものじゃない。しかし強引に突き放すと、姉貴は人差し指をくわえて甘えるような仕草をしだした。


「やん。もう、柊二くんのいじわるっ」

「はいはい。わかったから、ふざけてないであんたもそろそろ帰れよ」

「何よ。お店紹介してあげたんだから、もうちょっとかまってくれてもいいじゃない」


 姉貴はさも当たり前のように言うが、かまってやるのは普通、目上の人間が目下の人間に対して行う行為だぞ。


 その弟に平然と依存する体質をそろそろ真剣に治療してくれないか? もう成人してるんだぞ、あんたは。


「ずっといたらお店の迷惑になるだろ。もういい大人なんだから、こんなところで遊んでいないでさっさと帰れ」

「んもう。そんなに冷たい態度ばっかりとってると、女の子に嫌われちゃうぞぉ」


 うるさいだまれ。あと、その無意味な猫なで声を発するのはやめろ。弟として反応しづらいだろ。


 だが俺の呆れるような反応を見て、こいつはショックを受けるどころか、むしろ面白がっている。暖簾のれんに腕押しとは、このことを言うのか。


 俺は間違ってもこんなだらしない大人にはならない。そう胸に誓って――これで何度目になるのかはわからないが――俺はそそくさと帰り支度を再開させる。


「ところで、あんたの友達の方はうまくいったの?」


 俺がバッグを肩にかけたところで、姉貴が仕掛けるような言葉をかけてきた。


 俺の友達というのは、紛れもなく八神のことだ。俺は不覚にも、この姉に八神の恋愛相談をしてしまったのだ。


 こんなのでも一応は年頃の女子だからな。異性の気持ちを理解するためのツールとしてそれなりに機能してくれるのだ。


「いや、どうやら失敗しちまったらしい。勢い余って相手に告白しちまったみたいでな」

「あら、それはずいぶん先走っちゃったねえ。せっかく、あたしが色々とアドバイスしてあげたのに、残念」


 せっかくは余計だが、アドバイスを生かせなかったのは申し訳ないと思う。といっても直に謝ったりはしないが。


「まだコクるなとは言ったんだが、色々あって相手に気持ちを伝えてしまったらしい。それまではいい感じで進んでたんだがな」

「なあに、それが恋愛ってもんでしょ。計画通りに進んでたって、成功するかどうかは最後までわかんないしね」


 二十一歳彼氏なしが偉そうに語るな。


「まあ、その友達は失恋してへこんでると思うから、学校はじまったらいっぱいフォローしてあげなっ」


 いたっ。肩を思いっきりはたかれてしまった。


「あんたの方もまだ傷は癒えてないみたいだしね」


 そのひと言で俺の思考が急停止する。


「……なんの話だ?」

「あはは。なんでもない。それじゃ、駅前のファミレスにでも行こっかー」


 姉貴はさらっとスルーして俺の手をつかんでくる。


「だから、あんたといっしょに飯を食べるつもりはないって言ってるだろ!」

「何ケチくさいこと言ってんのよ。奢ってやるって言ってるんだから、黙って姉ちゃんについてきなさい」


 やれやれ。今日も俺の自己主張は完全スルーか。まあそれもいつものことだ。


 帰り際、スタイリストの敦さんがスタッフルームに入ってきたので、俺は頭を下げて裏口から店を出た。


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