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或る詐欺師の回顧録

或る詐欺師の嘲笑

作者: 村谷 直

「おお、天は身許にあれり!」

 仰々しい言い回しの声が広間に響く。男は主人の前で大袈裟に腕を掲げながら言葉を続ける。

「その祝福のいと厚きこと! 天は閣下の思う様になされよと仰せだ」

 派手な身形に似合いの道化ぶりだ、とレネは内心毒気付いた。こんな茶番を手を叩いて喜ぶのだから、お貴族様というのは揃いも揃って頭の天気な奴ばかりだ。呆れを通り越していっそ感心したくなる。

 とはいえ、そういうめでたい連中がいるお陰でこうしてレネも食い繋いでいられる訳なのだが。

「西の空に兆しが見えますれば、次は西の村落より租税を接収なさるがよろしいでしょう」

「兆しは確かに西の空に。藍の中天に輝く白き星、あれは吉兆でございましょう」

 派手な男の言を確かにするように、今度は嗄れた声の老人が主人へ告げる。

 彼らもレネも、ここの主人に雇われた預言者だ。主人の為に天の声を聴き、主人にことの吉兆や“天の意思”とやらを伝える。それが自分達の仕事だ。

 もちろんそんな声が本当に聴こえる人間はこの中に一人だっていやしない。大抵は主人のご機嫌を取るよう美辞麗句を並べて主人の望む通りの言葉を返すか、あるいは野心ある者ならば巧みに己の主張を織り交ぜ、より旨い汁を啜れるよう計らう。言を預かるなどとは虚妄であり、詐欺と言った方が潔いだろう。

 だがそれでもこうしてありがたがり、率先して重用してくれる物好きがいるのだから、世に蔓延する自称預言者達はその限り食いっぱぐれる心配がない。実に住みよい世界だ。素晴らしい。レネは思わず鼻で笑った。

 するとそれを聞き咎めるように派手な身形の男が眉をしかめてこちらを見てきた。釣られて周りの預言者どもやソファに悠々と身を横たえるこの城の主もレネの方を見てくる。

 自分が笑われたとでも思ったのか。ただの道化かと思えば、存外耳ざといらしい。いや、こういう仕事を飯のタネにしているのだから、他人や同業の挙動には殊更過敏なのだろう。どちらにせよご苦労なことだ。

「おやおや、隅で虫の鳴く音が聞こえたかと思えば。何ぞ楽しいことでもおありでしたかな?」

 まるで舞台役者のように手振りを交えながら男が歩み寄ってくる。見下ろす目には侮蔑の色が浮かび、ぐいと上げられた薄い唇は嘲りに歪んでいる。嘲笑されたことへの怒りか、あるいは他人を貶めることで矮小な自尊心を慰めたいのか。恐らくは両方であろう。そのついでに主人に自身を売り込もうといったところか。何にしても全身から無駄な矜持の高さが窺えるようである。

 レネは床に座ったまま男を見上げた。他の預言者達は己に火の粉が被らぬよう黙して見守り、それまで上機嫌で杯の酒をあおっていた主人も興味深げに目を向けている。

「ところで、先程から毛ほども動かれようとせず黙っておられるところを見るに貴殿は余程重大な言をお持ちのようだ。もったいぶらずそろそろ閣下へ申し上げてもよろしい頃合いなのでは? それとも、預言者ともあろうものが、まさか預かるべき言を何もお持ちでない、などどは仰いますまいな」

 あからさまな煽動に、レネは思わず声を上げて笑いそうになった。相手に恥をかかせてやろうという魂胆が見え見えなのだ。

 ここで挑発に乗らずにいれば預言者としての価値は失墜するし、かといって発した言が大したことのないものであればやはり笑いものになる。子供じみたやり口だが、古来より用いられてきた定石でもある。

 どうせ何も言えまいと高を括って見下してくる男に、レネは皆に聞こえるように今度こそはっきりと鼻で笑った。

「いやなに、あんたらの茶番が面白すぎてな。よくもまあそうもすらすらと詭弁瞞着(きべんまんちゃく)を並べ立てられるものだと感心していたんだ」

「詭弁ですと?」

 道化男が不快に眉根を寄せる。それは一瞬のことで、男はすぐにまた元の薄笑いに戻った。しかしその一瞬だけで、男の狭量さを測るには十分だった。

「よもや、この崇高なる使命を嘲る者がいようとは。それも、その人物は我らと同じく預言の使者を名乗る者と来た。ああ、なんと嘆かわしい! 貴殿は天命を預かり、その御意思のもと人々を教え導くというこの責務がいかに尊いものかまるでお解りでないようですな! そのような者が預言者を名乗るとは、実に烏滸がましいことだとは思いませぬか。ええ、皆様方?」

 そう言って男は大袈裟な身振りで背後の人々を振り返り、同意を仰ぐ。

 厄介ごとには関わりたくない、とばかりに他の者達は視線を交わしあい、控えめに頷くだけである。

 この機に便乗してこちらを叩こうとする気概のある者は存外ないらしい。なんとまあ気の弱い。同業者を踏み台にするくらい業突く張りでなければあっという間に生存競争の波に飲まれてしまうだろうに、そんなことで彼らはこの先やっていけるのだろうか。

 なんて、窮地に追い込まれようとしている自身の立場はどこへやら。レネは呑気にも他人の心配などしていた。

 レネにとってはこの程度、歯牙に掛けるにも値しない小物だ。迂遠(うえん)な嫌がらせと過ぎる茶番劇にはもう飽き飽きしていた。

「いい加減ここの生活にも飽いた。ここらでお暇させていただこう」

「返す言葉も見つからず、遂には尻尾を巻いて逃げ出すか!」

 道化男が勝ち誇ったように卑しい笑みを浮かべる。

 あまりにも予想通りの反応でレネはむしろ笑いを堪えるのに必死だった。

 緩みそうになる口許をどうにか抑え、レネは立ち上がった。

「では負け犬は負け犬らしく、遠吠えしてから退散しよう」

 何を、と道化男が口を差し挟む前にレネは主人に向け、そしてその場の誰にも聞こえるように、よく通る声ではっきりと告げた。

「凶事の兆しは西より来たり。白き星の輝きが最も強まる頃、雲の流れよりも疾く速く、地を嘗め尽くす業火と共に惨禍の雨が天より降るだろう。災厄の火は絶えずあらゆるものを焼き焦がし、業の雨は怒涛となってすべてを押し流す。逃れる術はなく、やがて何もかもが飲み込まれていくであろう」

 しん、と場が静まり返る。

 だがレネは構うことなく背を向け、立ち去ろうとした。

「ま、待て! それは一体どういうことじゃ!」

 慌てて主人がレネを引き留め、当然の疑問を投げかける。

 周囲の預言者達も色を失ったように互いに目を見合わせ、時折レネに視線を向けてくる。

「ただの負け犬の遠吠えです。お気になさらず。それでは皆様、御機嫌よう」

 引き留める声にも耳を貸さず、レネは颯爽と広間を後にした。

 動揺する主人を宥めようとあの道化男や他の預言者達が必死に取り繕う様子が聞こえてきたが、最早レネには関係のないことである。

 ……さて、次はどこで仕事を探そうか。もっと東に行かないと駄目だろうなあ。

 出来れば今度は口喧しくない同業か、あるいはいい女のいる所にでも就職したいものである。

 今し方のやりとりなどもうすっかり頭にはなく、レネの思考はとっくに次の生活のことへ移っていた。






 西の大都市クノンセルが魔物の大群の襲撃を受け、数日ともたず壊滅したのは、それからひと月と経たないうちだった。

 西の空には、異様なまでに強く輝く白い星が浮かんでいたという。









 

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