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きよしこのよる
作:葉月ここの


「……はあ。」

 街に降り積もる雪を窓越しに見つめ、俺は溜息を吐いた。時は師走。街中がクリスマスムードに染まり、大いに賑わっているのだろうが、俺の心は重い雲がかかっているようだ。
 原因は両親の事だ。いつもクリスマスになると、家を空ける事が多くなる。そして24、25は家に帰ってこない。それは俺が物心付く頃、いや、もっと前から、毎年続いている。仕事で忙しいのは分かる。それ自体は大した事では無い。問題はその日だ。
 12月24日は、俺の誕生日だ。
本来ならば家族で盛大にとはいかないまでも、両親が祝ってくれるものだ。だが俺は、一度も祝ってもらった事が無い。友人の誕生会に招かれる度に、羨ましく思っていた。そしてある日、その感情は爆発し、俺は両親に問い質した。何故家では誕生日を祝ってくれないのか、と。両親の言葉は至って単純だった。

『私達は、サンタクロースなんだ』
 今考えれば、信じようも無い馬鹿みたいな話だが、当時の俺は純粋で、その言葉をそのまま信じてしまっていた。勿論それを友人に話して馬鹿にされた。サンタはフィンランドから来るものだと言われているのだから、日本にいるわけが無い、それは嘘だと散々に言われた。その日から俺はクリスマスが嫌いになった。嘘を吐く両親と、クリスマスイヴに生まれたが故付けられた、『聖』という自分の名も……。


「……はあ。」
 これで何度目の溜息だろうか。眼前の窓硝子は結露と俺の溜息で白く曇っていた。それをぼんやり見つめていると、突然後ろから何かに抱き付かれた。いや、抱き付かれた、というよりは圧し掛かられるみたいな感じだ。
「どーしたよ、キヨ。景気の悪そうな顔してさ!」
 後ろから聞こえた声に何とか首だけを後ろに向ければ、そこには幼い頃からの親友の顔があった。
「何でもない、つうか離れろ。気持ち悪い」
 親友をなんとか引き剥がし、俺は窓を背にして親友に向き直った。
「何だよ。何か辛気臭い顔してっから、俺様が元気付けてやろうとしたのに」
「要らん。余計なお世話だ」
 とは言え、さっきまでの重い気持ちが紛れたのは事実だ。少しはコイツに感謝だ。
「で、本当にどうしたよ」
「んー……寒くなってきたと思ってさぁ……」
「そりゃ12月だからだろ。……ん?そういや、もうすぐクリスマスだよな」
 その言葉に、俺の気持ちは再び重くなった。それでもその感情を抑えて、なんとか頷いてみせる。
「お前は今年も彼女とデートだろ?」
「おうよ!俺とあのコの絆は強ぇーぜ!」
 明るく言う男に、俺は羨望の眼差しを向けた。誰かとクリスマスを過ごせる幸せ、俺が今まで体験した事の無い事だ。
「羨ましいと思うなら、お前も彼女作れよ!」
 簡単に言ってしまう親友に、俺が何か言おうとした時、親友を呼ぶ教師の声が聞こえ、親友は廊下の奥へ消えていった。
 ……彼女、ね。そんな簡単に出来るものでもないのだろうがな。俺は再び窓から外を見つめた。


 今年で何度目だろう。両親のいない、一人きりのクリスマスは。自分の年齢を考えれば簡単に答えは出るが、数える事すらも億劫でならない。何をする気にもなれず、俺は体をベッドの上に投げ出した。雑誌を見たりテレビを見てたりしたが、眠気はそう簡単に訪れなかった。それでも寝てしまおうとするが、努力に反比例して目は冴えていった。その時だ。

 コンコン

 誰かが窓を叩く音が聞こえた。一瞬空耳かと思ったが、何度も聞こえるその音は空耳ではなかった。だが俺のいるこの部屋は7階にある。ベランダも無い、足場になるものもない窓を、誰が、どうやって叩くのだろうか。俺は窓を開け、外を覗いた。

 そりがあった。そりが宙に浮いていた。そしてそのそりの後ろの方に白い大きな袋を乗せ、誰かが乗っていた。
「Merry, Christmas!」
 そう俺に言ったのは、赤い服に身を包み、白い髭で顔を包まれたそりの上の人物。
「と、父さん!?」
 間違う筈は無い。いくら顔が隠れていても、その声は紛れもない俺の父親の声。
「漸く気付いてくれたな、聖」
 父はにっこりと微笑んだ。信じられない。今目の前にいる父の姿はサンタクロースそのものだ。ずっと嘘だと思っていた、あの話は本当だったのだ。
「父さん、どうして……」
「乗るか?」
 俺が何かを言う前に、父は俺に言った。俺が恐る恐る頷くと、父は俺に手を差し伸べた。俺は窓から身を乗り出し、その手を掴んだ。俺の体はふわりと浮かび、すとんと父の隣に収まった。
 父が何かを言うと、そりはゆっくりと動き出した。俺は最初驚き慌てふためいたが、父は優しく大丈夫だ、と言い続けた。
「どうして、そりが空を飛んでるんだ?」
 少し落ち着いた俺は、父に尋ねた。父は
「クリスマスの奇跡」
と言ったが、恐らく父自身も知らないのだろう。
 その他にも父は色々教えてくれた。トナカイは維持費がかかるから使っていない、とか、プレゼントが自然に袋から出て子供の靴下に入る事とか、毎年プレゼントを運ぶ地区が違う事とか、今年は母は違う地区だったためにで俺に会えなくて寂しがっていたとか。「聖、下を見てみろ」
 俺は言われるまま下を見た。俺は感嘆の声を漏らした。下に広がっていたのは、街のイルミネーションが広がる幻想的な光景だった。
「父さん」
 俺の声に、父は俺を向いた。俺も父の顔を見た。
「俺も、サンタクロースやりたい」
 俺の唐突過ぎる言葉に、父は目を丸くしていたが、すぐにいつもの優しい顔になった。

 この日俺は、クリスマスと両親と、『聖』という俺の名前を好きになった。


―end.―














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