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突発短編集

地蔵・ザ・セイヴァー

 地蔵、それは衆生を救済する者である。
 釈迦如来の入滅後、遠い未来に弥勒仏が訪れるその時まで六道を輪廻する衆生を救うため、地蔵がいるのだ。

 しかし、近代化により彼らの居場所は次第にその域を狭められていった。

 大きな寺に祀られている地蔵菩薩はまだ良い。昔よりも信者は減ったとは言え、それでもまだ人々に信仰されているし、風雨に晒されることも無い。手入れだってされるし、お供え物も供えられる。

 しかし、その一方で地蔵と言うのは必ずしも寺に祀られているわけではない。
 日本の各地に道祖神信仰と結び付き、町や村を護ることを願って建てられた無数の地蔵が存在する。
 彼らにとって、現代は苦難の時だった。
 かつては信心深い者達がお供え物を供え、祠の手入れをしたものだが、時の流れにより世代交代が進むと、その担い手は次第に減っていった。
 堅い石で作られているとはいえ、手入れをする者が居なければあっと言う間に朽ちるもの。
 そうして、多くの地蔵がその姿を消していった。

 そして今まさに、最期の時を迎えようとしている一体の地蔵が居た。



『……我も……ここまで……か』

 山の中の狭い道の途中で、横倒しになった地蔵が途切れそうになる意識の中で呟いた。
 山を旅する者達を見守るようにと建てられた彼は、長き時を道を見守りながら過ごしてきた。
 しかし、別の場所に広い道路が敷かれたためにこの道を通る者は地元のほんの僅かな人間だけとなり、それすらもここ数年はとんと姿を見ない。

『…………思えば我も…………長いこと……あったものだ……』

 かつては小さいながらも祠があったのだが、それも風雨で朽ちて久しい。
 大風によって薙ぎ倒されて横倒しになった身体を立ててくれる者も、居ない。
 祠を失い剥き出しになった身体は、風雨に晒されて少しずつその身を削られてゆく。

 人々を守り続けてきた地蔵に対して、あまりにも惨い仕打ちだった。

『………………悪く……ない……』

 しかし、それでも彼は決して、自分に見向きをしなくなった人々を恨んだりはしなかった。

『………………悪くなど……ない……』

 人間達が自分の護りを必要としなくなった……大いに結構。
 かつては自分が護らなければならなかった彼らは、強くなり巣立っていったのだ。
 それはきっと、素晴らしいことだ。
 その巣立ちを心から祝福しよう、と。

 大きな満足感と僅かな寂しさと共に、彼は意識を閉じ……。






(……て)




『………………』




(……けて)



『………………ん? 今、何かが……』

 意識を閉じようとした彼の耳に、何かが聞こえた。
 それは、地蔵である彼だからこそ聞こえる、遥か遠き場所からの声。



(…すけて)



『これは……呼ばれている?
 誰かが……』

 そちらに意識を向けることで、少しずつ声が大きく聞こえるようになってゆく。
 そして、声が届けば聞き違えることなどあり得ない。



(たすけて……っ!)

『誰かが救いを求めている(我を呼んでいる)!!』

 そう、これは遥か遠き場所で危難に際し助けを求める人の叫び。
 衆生を救済することを存在意義とする地蔵が、その声を聞き違える筈などない。
 何処とも知れぬ場所で、誰とも知れぬ者が、それでもその意図は明確に。
 救いを求めている(地蔵を呼んでいる)のだ!


『このまま朽ちても構わないと思っていた。
 人々が我を必要とせぬのなら、我は要らぬと思っていた。
 それがこの世界の意志であり運命なのだと……』

 そう、彼はつい先程までただただ朽ち果てて最期の時を待つばかりだった。

『……だが!』

 しかし、今は違う。
 このまま朽ちることなど、あり得ない。

『今こうして! 助けを求める人が居る!!
 これを救わずして……何のための地蔵か!!!』

 地蔵は衆生を救済するために存在する。
 故に、救いを求める者が居るのならば、救わねばならない。
 それが何処であろうと、それが誰であろうと、救いを乞われれば助けるのが地蔵の矜持。

『ぬおおおおおぉぉおぉおぉぉおぉぉおーーーーーッ!!!!』

 そして、奇跡は起こる。
 最早力など入らぬと思っていた身体に渾身の力を籠めて、彼はその身を起こした。
 そう、地蔵が独りでに中空に浮かび起き上がったのだ。
 しかも、彼の全身からは光が放たれ、それは少しずつ強さを増していく。

(誰か、たすけて!)

『行くぞ行くぞ、今行くぞ!
 救いを求める声に応え、地蔵が行くぞ!』

 そして次の瞬間、一際強い光が放たれ辺りを眩く包んだ。



 数瞬後、光が消えたその山中に地蔵の姿は無かった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「たすけて!」

 森の中で少女が助けを求めながら必死に逃げていた。
 彼女を追うのは、角を持った数頭の獣である。

「お願い! 誰か、たすけて!」

 食糧を得るために村の外に出てきた少女は、木の実を集めている間に森の深い場所へと入り込み過ぎてしまい、獣達に追われることとなった。
 助けを求めてはいるが、その声が誰かに届くことなどないことは、彼女自身が一番良く分かっていた。
 村人はこんな森の奥までは来ないし、通り掛かる旅人などもいる筈もない。

 まだ幼さの残る少女の足では、四足の獣達には遠く及ばない。
 そんな彼女が未だ逃げおおせているのは、単に獣達が狩りを愉しんでいるからに他ならない。
 その気になればいつでも仕留められるにも関わらず、トドメを刺さずに敢えて甚振っているのだ。
 それが分かっていても、襲われる恐怖に少女はただただ走り続けるしかない。

「きゃっ!?」

 しかし、そんな逃走劇も少女が木の枝に足を取られたことによって終わりを告げる。
 彼女は転倒し受け身も取れずに地面に叩き付けられた。
 獣達は狩りを終わりにすることにしたのか、少女の周りを取り囲んだ。

「あ……」

 最早、万事休す。
 運が良ければ喉笛を噛み切られてその命を終えるが、最悪の場合は生きたまま腹を裂かれ腸を引き摺り出され、その身を貪られる。
 少女の命は時間の問題だった。

 獣達はジリジリとその輪を縮め、少女へと迫る。
 彼女は恐怖にギュッと目を閉じ、心の中で叫んだ。

(たすけて!)

 それは誰に向けてのものでもない、ただただ救いを求めるだけの言葉。
 当然、その心の声が誰かに届くことなどなく、全ては無意味──ではない。

『無論!』
「え?」

 誰にも届かない筈の声に、答える者が居た。
 思わず疑問の声を上げる少女だが、次の瞬間上空から何かが物凄い勢いで飛来し、少女のすぐそばの地面を直撃した。

「きゃああっ!?」

 轟音と共に地面は小さなクレーター状に窪み、激しい揺れが少女や獣達を襲う。
 もしも彼女が立ったままであれば、耐えられずに倒れていたところだろう。

『む? 勢いのままに跳んできたが……一体何処だ、ここは?』

 舞った砂埃が晴れてくると、そこには……石で出来た人型の像が立っていた。
 少女はそれが何なのか知らぬが、言わずと知れた地蔵である。

『何やら大地や大気の雰囲気が異なるな。
 それに、先程までいた地よりも遥かに力が漲る』

 地蔵は興味深く周囲を見回した。
 先程まで居た地では彼は身動き一つ取ることが出来なかったが、この地では不思議と奥底から法力が湧き出してきて、身体を自在に動かせた。
 尤も、地蔵の手足はかたどられた状態であるため、歩いたりすることが出来るわけではない。
 その姿のまま、法力を噴出して中空に浮かぶだけだ。

「ゴ、ゴーレム?」

 突然現れた地蔵に呆然としていた少女が、思わず呟いた。
 石造りの動く像。
 見たことは無いが話には聞いたことがある、魔法使いによって作られた石人形のことを思い出した彼女は目の前のそれをゴーレムだと思った。

『ごおれむ? 何だそれは。
 我は地蔵だ!』

 しかし、ゴーレムという言葉は彼の地蔵によって否定される。
 彼は頑なに自分を地蔵であると主張した。

「ジゾー?」
『じぞーではない地蔵! ZI・ZO・U、だ!』
「ジゾゥ様?」
『むぅ……まぁいいか』

 まだ微妙に発音がおかしかったが、呼び方が「お地蔵様」に近かったため、何だかホッコリとした地蔵は妥協することにした。

「ぐるるる……っ!」
「ひぃ!?」

 少女と地蔵の語らいに対して、横槍が入れられた。
 無視された形になっていた、獣達だ。

『狼? ……いや、角の生えた狼など見たことが無い。
 妖の類いか……ふん』

 地蔵は最初その獣達を狼かと思ったが、よくよく見るとそれらの額には角が生えており、彼の知る狼とは姿を異にしていた。
 故に、それらを妖怪だと判断した彼は、取り囲む獣達に向かって宣言する。

『妖共よ、この娘は地蔵が救うと決めた。
 故に、手出しは許さん。
 今なら見逃してやる、疾く去ね』

 地蔵は少女を救うためにやってきたのであり、獣達を調伏しにきたわけではない。
 このまま立ち去れば何もしないという彼の言葉は、しかし獲物を前にした獣達には届かない。

「ぐるるる……っ!」

 唸り声を上げながら少女と地蔵を囲む輪を狭める獣達、その意は明らかだ。

『……よかろう、ならば是非もなし』

 少女を救う、それは決定事項だ。
 故に、それを邪魔する者が居るのなら、実力を以って排除するのみ。
 ただし、仏の教えの制約により不殺生で。

『ゆくぞ! 地蔵乱舞!』

 その叫びと共に、足元から凄まじい勢いで法力を噴出した地蔵は、まさに乱舞の言葉が相応しく縦横無尽に飛び回った。

「ぎゃん!?」

 その軌道上に居た獣達は重い石の塊の直撃を受け、激しく撥ね飛ばされることになる。
 当然、少女には傷一つ負わせては居ない。

 数瞬後、全ての獣達は意識を失ってその場に倒れた。





「助けてくれてありがとうございます、ジゾゥ様!」
『地蔵の使命だ、礼には及ばぬ』

 倒した獣の内の一体の上にズシンと乗っかり、少女と向き合う地蔵。
 命を救われたことを感謝する少女に、地蔵は微笑ましく思いながらそう返した。

『ところで、娘。ここは一体どこなのだ?』

 これまで居た地とは大分離れていることは地蔵にも分かったが、具体的に何処かが分からなかった。

「え? ええと……モーランの村の近くの森です」

 しかし、少女からの回答は地蔵が全く知らない地名だった。

『もおらん??? 国の名は?』
「ランドール王国です」
『聞いたことの無い国の名だな……欧羅巴(よーろっぱ)か』

 国名すら聞いたことがないものだったが、その言葉の響きから当たりを付けた地蔵は納得した。
 ……無論、的外れだが。



『時に娘よ、そなた……まだ救いを求めているな?』
「え?」

 唐突な地蔵の言葉に、少女は聞き返した。

『隠すな、我には分かる。
 先程の獣達に襲われていた危難から助かっても、そなたは真の意味で救われたと感じていない。
 まだ心の何処かで救いを求めている、そうであろう?』
「それは……」

 地蔵の指摘が図星だったらしく、俯く少女。
 そう、確かに獣達に襲われていたことは命の危機であったと言える。
 しかし、遥か遠くの地蔵に届く程の救済を乞う気持ちは、それだけでは説明が付かなかったのだ。

『案ずるな、我はそなたの味方だ』
「実は……」

 少女を安心させるように優しく諭す地蔵に、彼女はポツリと話し始めた。

「不作で作物が全然実らなくて食べるものがなくて……」
『ふむ、飢饉か。確かにそれは大変だな』

 元より蓄えもそこまでない村で不作と言うのは大きな危機となり得る。
 実際、少女の住む村でも冬を越すことが危ぶまれていた。
 しかし、彼女を襲う危難はそれだけではない。

「前の優しかった領主様が亡くなって新しい領主様に変わったのですが、新しい領主様は税を沢山取るようになって、払えない村は代わりに娘を差し出せと……」
『それはけしからん領主も居たものだ。
 領民を守ってこその領主であろうに!』

 ただでさえ不作であるところに新領主による搾取。
 その上、支払えない場合は年頃の娘を差し出せと言う暴挙に、地蔵も思わず呆れた。
 しかし、彼女を襲う危難はそれだけではない。

「ついでに、封印されていた魔王が復活して魔物の軍勢があちこちの街や村を襲っていて、この村も危ないって噂になってて」
『ふんだりけったりだな!?
 ……魔王だと?』

 次々と少女や村に襲い掛かる危難に、地蔵も思わず叫んだ。
 がすぐに、聞き慣れない言葉に疑問を抱く。

「はい、大昔に恐怖を振り撒いた古の魔王です。
 勇者様に倒されて封印されて居た筈なのですが、長き時によって封印の効力が弱まって解けてしまったのだと、村に来られる神父様が仰ってました」
『ふむ、妖の王……鬼のようなものか』

 厄介事が盛り沢山のこの状況、仮に勇者がこの場に居たとしても匙を投げたであろう。
 しかし、ここに居るのは勇者ではない、地蔵だ。

『フッフッフ……』
「ジゾゥ様?」
『結構! 大いに結構! 実に救い甲斐がある!』

 地蔵が救うことに臆することなど、ある筈もない。
 むしろ、最高に猛る。

『娘よ、安心するが良い。
 そなたらの危難、地蔵が救ってしんぜよう』
「で、でも……」

 少女に向かって宣言する地蔵だが、彼女の反応は芳しくなかった。

『む? どうした?』
「村は貧しくて……その……お礼とか出来なくて」

 助けてもらうためには、当然お礼が必要になるだろう。
 しかし、村には最早そんな余裕はない。
 お礼が出来ないと救ってもらえないのではと、少女は暗い表情になる。
 しかし、そんな不安を地蔵は笑い飛ばした。

『何だ、そんなことか。
 要らぬ要らぬ、救済は地蔵の使命だ。
 どうしてもと言うのなら、祠を立ててお供え物の一つもしてくれれば十分だ』

 呵呵と笑う地蔵に安心したのか、少女も笑顔になった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『ふむ、これは……』

 ソフィーヤと名乗った少女の後にフヨフヨと浮かびながら着いていった地蔵は、やがて彼女の住む村へと辿り着いた。
 村の入口に入って周囲を見渡す地蔵。

『寂れているな』
「うぅ……」

 地蔵の容赦の無い感想に、ソフィーヤは思わず落ち込んだ。
 しかし、地蔵がそのように言うのも無理が無い程、村は寂れていた。
 家はボロボロであちこちが崩れており、地面には雑草が生えている。
 人の姿も少なく、活気が感じられない。

『まぁ、案ずるな。
 地蔵の法力を持ってすれば、この程度の不作などあっと言う間に豊作に変えてくれる!』
「ほ、本当ですか!?」
『うむ、試しに何かの種を村の畑に埋めてみよ!』
「は、はい!」

 地蔵の指示に従い、ソフィーヤは走って家に戻るとなけなしの種を握りしめて帰ってきた。
 一人と一体は村の端の方に設けられている畑へと赴いた。
 畑は荒れ果てており、食用になりそうな作物は全くと言っていい程なっていない。

「これでいいんですか?」
『うむ、それで良い。
 少し離れているがいい』

 種を撒いて土を被せたソフィーヤが尋ねると、地蔵は鷹揚に頷き彼女に下がっているようにと告げた。
 なお、地蔵の首は曲がらないため、頷くと言うより全身を傾けたと言った方が正確かも知れない。
 ソフィーヤが下がると、地蔵は彼女が種を撒いた場所の上へとフヨフヨと移動する。

『法力……照射〜〜!!』
「!?」

 地蔵が叫ぶと、彼の身体から眩い光が放たれる。
 ソフィーヤはその光に一瞬目が瞑るが、少しして目が慣れてきたため怖々と目を開く。
 そこには、信じ難い光景が広がっていた。

「こ、これは……!?」

 つい先程種を撒いたばかりの場所から芽が出ている。
 それどころか、見る見るうちにその芽は高さを増して伸びてゆくではないか。

「す、すごい……」

 その時、異変に気付いた村の人間が次々と集まってきた。
 彼らは一様にその光景に驚いて、その場に立ち竦んだ。

「こ、これは何事だ……何故作物が?」
「一体、どうなっているんだ!?」
「ジゾゥ様が救ってくださったんです!」

 困惑する彼らに向かって、興奮気味のソフィーヤが満面の笑みを浮かべながら叫んだ。

「ジゾゥ様?」
「はい、この方です」
『地蔵である』

 ソフィーヤが手で指し示すと、法力の照射を一段落させた地蔵がクルリと振り向いて宙に浮かんだまま胸を張った。
 曲がらないので後ろに傾いただけとも言う。

「ありがたやありがたや」
「きっと神様の遣いに違いない」
『神ではない、地蔵だ』

 ソフィーヤの説明を聞き、地蔵が村の畑に作物をならせたことを知った村人達は、口々に地蔵に感謝を告げ、拝んだ。
 しかしその時、村の入口の方から一人の村人が走ってきて叫んだ。

「りょ、領主の遣いが来たぞ!?」
「そ、そんな……この前税を払ったばかりなのに、また取り立てる気なのか!」
「折角、ジゾゥ様の御力で作物がなったと言うのに、全部持って行かれるのか!?」

 男がもたらした知らせに、騒然となる村人達。
 その時、村の入口から長い毛を持った獣に跨った男達が数名入ってきて、彼らの前に停まった。

「村長は居るか!」
「は、はい……この村の村長はワシですが」

 獣に跨った数名の男達の中から、一際立派な服を着た男が一歩前に出ると、村人達に向かってそう問い掛ける。
 畑の前に集まっていた村人達の中から、杖を突いた一人の老人が前へと進み出た。

「この度、領主様の命により追加の税を徴収することとなった」
「そんな!? この前税を払ったばかりではないですか!?」

 村長に対して、男は獣に跨ったまま見下ろし、そう告げてくる。
 その言葉に、村長は悲痛な叫びを上げた。

「魔王の軍勢と戦うため、軍備を整える必要があるのだ。
 貴様らを守るためでもあるのだから、大人しく従え。
 ……む? 作物がなっているではないか! これだけあれば支払えるであろう」
「そ、そんな……やっとなった作物なのです。
 これまで取り上げられたら、我々は餓死してしまいます!」

 村長の反論に対して説明する男は、ふと村人達の後ろにある畑に沢山の作物がなっているのを見付けた。
 先日、彼が同じように徴税に来た時には完全に枯れていた畑に、だ。
 男はその作物を収穫して差し出すように告げるが、村長はそれを何とか拒もうと懇願する。

「やかましい! 貴様、領主様の命に逆らう気か!」
「そ、そのようなことは……っ!
 しかし、これ以上は本当に無理なのです!」
「ええい、差し出せと言ったら差し出さぬか!」

 男は声高に命に従うように告げるが、一向に従う様子を見せない村長。
 そんな彼に苛立ち、背中から剣を振り抜くと村長に向かって振り被った。

「村長ーーーー!」
「きゃあああぁぁぁーーー!?」

 村人が命の危機に晒された村長の姿に悲鳴を上げる。
 誰もが村長が斬り捨てられて落命する姿を脳裏に浮かべたが、そこに割って入る者が居た。

『待てぃ!』

 勿論、地蔵である。
 地蔵は男と村長の間に割って入り、村長の代わりに振り下ろされる剣をその身に受ける。
 しかし、堅い石で出来た上に法力で強化された地蔵の身体は、並みの剣では欠けることすらない。
 それどころか、剣は甲高い音を立てて中程から折れ飛んだ。

「な、何だ貴様は!?」
『地蔵だ!』

 突然現れた地蔵の姿と剣が折れたことに驚愕する男。

「おのれ、化け物が!」
『化け物ではない、地蔵だ!』
「ええい、貴様ら!
 こやつを斬り捨ててしまえ」

 男が後ろに控えていた者達へ命令を出すと、背後の男達はそれぞれに剣を抜いて地蔵へと斬り掛かろうとする。
 しかし、それより先に地蔵が動いた。

『させぬわ、地蔵回転乱舞!』

 ソフィーヤを獣達から救った時に見せた縦横無尽の体当たり攻撃に、更に回転を加えた地蔵回転乱舞。
 それを受けた男達は乗っていた獣ごと弾き飛ばされて地面に叩き付けられた。

「ぐ、ぐうう……お、おのれ……」
『この村人達は地蔵が救うと決めた。
 何人たりともそれを妨げる者は、この地蔵が許さん』
「覚えていろ、貴様ら。
 この報い……高く付くぞ!」

 地蔵によって倒された男達はそう捨て台詞を吐くと、獣達を起こして這う這うの体で逃げていった。



「ジゾゥ様、危ないところ助けて頂き、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」

 村長や村人達が地蔵に礼を告げる。

『構わぬ、全ては地蔵の定めのままに』

 鷹揚にそう返しながらも、地蔵は何処か満足そうだった。

「しかし、領主様の徴税官を追い返してしまって、大丈夫でしょうか?」
「なに、構うことはねぇ!
 どのみちこれ以上食べ物を持っていかれたら、みんなで飢え死ぬしかねぇんだ!」
「そうだそうだ!」
「だが、領主の兵が攻めてきたらどうする?」
「そん時はそん時だ、戦うしかないだろう!!」

 これまで鬱憤が溜まっていたことの反動で、村人達の口からは次々に過激な発言が飛び出した。
 中には不安そうな者も居るが、全体としては徹底抗戦の方向に進んでいた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 徴税官を追い払ってから数週間後、領主の派遣した百名程の騎兵がその姿を見せた。
 村人達は農具を手に村の前に並ぶが、両者の戦力には隔絶した差がある。
 村人達もそれは分かっているのか、表情は硬い。

 しかし、状況は突如変わった。それも悪い方に。
 並んでいた領主の兵達が突如背後から攻撃を受け、総崩れとなったのだ。

「領主軍が逃げてゆく……っ!?」
「な、なんだ!? 何が起きているんだ!?」

 村人達は突然の出来事に呆気に取られる。
 しかし、領主軍が散り散りになってその場から居なくなることで背後に存在する者が見えるようになると、自ずとそれは理解出来た。絶望と共に。


 大小や種別も様々な魔物達の軍勢がそこに居た。
 巨大な蜥蜴のような魔物、羽の生えた獅子、動く彫像、蠢く液状生物、動く人骨に巨人。
 通常であれば共に行動することがあり得ない様々な種類の魔物が、整然と並んでいる。
 その光景から導き出される答えは、たった一つだけだった。

「ま、まさか魔王軍……!?」

 そう、魔王の軍勢による襲撃だ。
 その証拠に軍勢が左右に割れ、そこから一人の人物が姿を現した。

「フッ、他愛も無い。
 このような弱兵ばかりでは、この国の兵力も高が知れているな」

 それは、意外にも女性だった。
 銀色の長い髪を翻した女性で、紅い甲冑ドレスを纏っている。
 外見は普通の人間と殆ど差はないが、耳が多少尖っていることと人並み外れて胸が大きいことが特徴だった。
 そう、彼女が古より復活し、人間の世界を蹂躙している魔王だった。

「さて、そこの寂れた村を早々に踏み潰し、それを皮切りにこの国を攻め落とすとしよう」

 女性は手を空へと上げると、勢いよく前方に振り下ろした。
 それを受けて、魔物の軍勢は前進し始める。

「ひぃ!?」
「ど、どうすれば……」

 領主の兵だけでも大きな戦力差があったが、魔王軍とは更に隔絶した差がある。
 その光景に、村人達は最早戦意など欠片も無く、絶望に支配されていた。

 しかしその時、ある者が前へと進み出る。

『………………』

 それは宙に浮かぶ地蔵だった。
 無言だが、魔物の大軍へと向かって進むその意図は明白だ。

「ジゾゥ様!? そ、そんな幾らジゾゥ様が強くても、無理です!」
「そうです! どうか、ジゾゥ様だけでも逃げてください!」

 村人達もそんな地蔵の意図に気付いたのか、口々に止めようとする。

『それは出来ん。
 地蔵が救済から逃げるわけにはいかんのだ』

 そう言い放つと、地蔵は一気に魔王軍に向かって突撃を仕掛ける。

「ジゾゥ様ーー!?」

『地蔵乱舞!』

 地蔵は派手に飛び回って魔物達を跳ね飛ばす。

『地蔵回転乱舞!』

 そこから更に畳み掛けるように、回転を加えて魔物達を蹂躙する。

「なんだ、あの間抜けな形のゴーレムは?」

 地蔵の姿に気付いたのか、女魔王が不思議そうな声を上げた。

『地蔵斜め捻り回転乱舞!』

 斜め方向に回転しながら飛び回る地蔵。

「何をやっている! 所詮はゴーレム一体、さっさと叩き潰してしまえ!」

 しかしその時、魔王の指示を受けて魔物達の動きが変わる。
 バラバラだった動きが統一され、地蔵を囲むように追い詰めてゆく。

『ぬぅ……』

 地蔵が如何に強力であっても多勢に無勢、勢いを止められてしまうと途端に苦しい状況に追い込まれてしまう。

 羽の生えた獅子が振るった爪が地蔵の胴体を直撃する。

『ぐ……っ!?』

 空中へと跳ね上げられた地蔵に対して、追い打ちのように飛び上がった巨大な蜥蜴の尻尾が叩き付けられた。

『ぐあぁ……っ!?』

 激しく打ち据えられ、地面へと叩き落とされる地蔵。

「ジゾゥ様ーーー!」

 魔物の攻撃を受けた地蔵の姿に、ソフィーヤが悲痛な叫びを上げる。

『こ、この程度……ぬあ!?』

 地面に叩き付けられた身をなんとか起こそうとする地蔵だが、そんな彼を巨人の手が掴み強く握りしめてくる。

「このままじゃ、ジゾゥ様が!」
「し、しかし俺達ではあんな化け物達相手にどうにも出来ないぞ」
「一体どうすればいいんだ!?」

 慌てる村人達だが、彼らの力では束になって掛かったところで、地蔵が戦っている魔物の一体も倒せないだろう。

「お願いです、誰か……誰か、ジゾゥ様を助けてください!」

 ソフィーヤはその場に跪くと、手を合わせて必死に祈りを捧げた。

「誰かジゾゥ様を助けてください!」
「ジゾゥ様を助けてください!」
「ジゾゥ様を助けて!」

 ソフィーヤの行動を見た村人達も、彼女にならって跪いて口々に祈りを捧げ始めた。

「ジゾゥ様を助けて!」
「ジゾゥ様を助けて!」
「助けて、ジゾゥ様を!」
「助けて、ジゾゥ様を!」
「助けて、をジゾゥ様! あ、間違えた」
「助けて、ヲジゾゥ様!」
「助けて、ヲジゾゥ様!」

「「「「助けて、オジゾゥ様ーーーーッ!!」」」」




 そして村人達の真摯な祈りが──

『『『『『『『『『『『『『『『よかろう!!!』』』』』』』』』』』』』』』

 ──奇跡を起こす。


 上空から雨が降り始める。
 いや、よく見ればそれは雨ではない……石の塊?
 物体としてはその通りだが、本質はまるで違う。
 大量に降り注ぐそれは、一体一体が右手に錫杖を、左手に珠を持った人型の像──地蔵だ!

『来たぞ来たぞ、今来たぞ!
 救いを求める声に応え、地蔵が来たぞ!』

 地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  地蔵  

 百、千……いや、最早数えることも能わないが軽く万を超える大量の地蔵の群れが、上空から降り注いでいるのだ。
 無数の地蔵達は、羽の生えた獅子の脳天を直撃して昏倒させ、巨大な蜥蜴の全身を打ち据え、巨人を吹き飛ばす。

「うわーー!? な、なんだ!? 一体何が起こっている!?」

 突然起こった異変に女魔王は混乱し、慌てふためく。

『知れたこと……村人達の救いを求める真摯な祈りに、地蔵が応えるのは自明の理』
「貴様、いつの間に……ッ!?」

 いつの間にか巨人の手に掴まれていた地蔵が抜け出し、女魔王の前へと現れた。
 女魔王が慌てて周囲を見ると、彼女の軍勢は大量の地蔵に蹂躙され、総崩れを起こし始めている。

「こんな……こんな莫迦なッ!
 ジゾゥだと!? ジゾゥとは一体!?」

 小さく寂れた村など、僅かな時間で蹂躙できると思っていた。
 それが蓋を開けてみればこの惨状。
 女魔王は全身から冷や汗を流し、後ずさる。

『地蔵とは……』

 女魔王の問う言葉に徐に言葉を発しながら、ギュンギュンと音を立てながら回転を始める地蔵。
 喧騒の中、地蔵の声は静かなものであったにも関わらず、不思議と辺りへと響いた。回ってるからだが。

『地蔵とは……』
「ひぃ!?」

 地蔵の放つ不気味な威圧感に怯んだ女魔王は、後ろを振り返り一目散に逃げ始める。
 しかし、地蔵はそれを見逃さずに回転しながら物凄い速さで女魔王目掛けて飛んだ。

『救う者だ!』
「いやあああーーーーッ!?」

 背後から迫りくる地蔵の姿に気付いた女魔王が、恥も外聞も忘れて悲鳴を上げる。

『奥義、地蔵救世金剛掌ーーー!!!』
「ぎゃん!?」

 その直後、背を向けて逃げる彼女の臀部を地蔵の頭が痛打した。
 掌と言いながら、頭突きである。
 そもそも、百八まで存在する地蔵技は全て頭突きか体当たりしかない。

 凄まじい勢いの頭突きを受け、女魔王は遠くに吹き飛んでいく。

「──────ッ!?」

 そして、統率していた魔王が敗退したことで、魔物の軍勢は蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったのであった。









 こうして、大量の地蔵達による救済によって、村は魔王の魔の手から救われた。
 やがて村は地蔵の加護によって発展し街になり、国へと成長する。
 その国の名は聖オジゾゥ法国、国中の至る所に人型の像が祀られた異様な宗教国家だ。
 地蔵の加護で護られたその国には、魔王ですら生涯手を出さなかった。

「ジゾゥ恐いジゾゥ恐い」

 その国の名を聞くとトラウマが蘇るためという噂もあるが。















『ふむ、次は亜米利加(あめりか)にでも出向いてみるか』

 なお、地蔵達は未だここが別の世界であることに気付いていない。















 一方、その頃の日本。

「お、お地蔵様がみんな消えてしまわれたーーッ!?」
「終わりじゃーー! この世の終わりじゃーー!!」
11月23日は「いい地蔵の日」(勝手に設定)

ちなみに、本来のお地蔵様を祭る日は別にちゃんとあります。

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