まず言っておかなければいけないのですが、この物語の結末は、拙作「刀の時代」とほぼ変わらないものになる予定です。
結末が分かってる話なんかつまらねぇよ、という方は、その点、ご留意くださいませ。
第一話 壬生浪士組
素振りが八百回を越えたあたりで、忘我の境地に入る。
「九百八十二、九百八十三……!」
太さ、重さ、ともに普通の木刀の倍はあるだろう。これを朝昼に千回ずつ振る。天然理心流の基本の稽古である。これに加え、源三郎は夜にも千回、木刀を振るを常としていた。
「九百九十八、九百九十九、千!」
太い息を吐く。
木刀を構えたまま、呼吸が整うのを待った。呼吸、鼓動、ともに平常に戻ったところで、木刀を下ろす。
「総司か?」
背後に問う。淡い灯りを放つ燈籠の影から、すぅっと沖田が歩み出てきた。
「いやあ、さすがですね、源さん」
よく言う。
源三郎は苦笑した。
気配を消して近づいてから、相手に気配を悟らせる。沖田のよくやる遊びだった。沖田が本気で気配を消したら、源三郎には到底、察知できまい。
「何か用かい?」
「呼びに来たんですよ。清河さんが、重大な発表がある、と言ってたでしょう」
そういえば。稽古に熱中するあまり、すっかり忘れていた。
「行きましょう。みんな、もう本堂に集まってますよ」
沖田は先に立って歩き出す。砂利の上だというのに、全く足音がしない。改めて、沖田の才を目の当たりにして、源三郎は内心、舌を巻いた。
境内を通って、本堂に上がる――と、いきなり大声が聞こえた。
「話が違うではないか!」
芹沢だ。清河に詰め寄っている。
「いったい、どうしたのかね?」
源三郎は、ちょうど近くにいた山南に尋ねた。
「実は……」
山南が語るところによると、清河が江戸に戻ると言い出したのだという。それに対し、芹沢が反発している、というわけだ。
「我ら浪士組は、将軍上洛の際、その警護をするために集められたのだろう! 今、江戸に帰るということは、そもそもの目的に反するではないか!」
「何を言う!」
清河も負けじと大声で反駁する。
「我らの本来の目的は攘夷、すなわち外国を打ち払うことにある! 我ら浪士組の存在が朝廷に認められ、攘夷の急先鋒となるよう命が下ったのだ。今さら、将軍、いや幕府にこだわることなどない!」
「攘夷のためにこそ、幕府を支えるべきではないか!」
「考え方が古い、と言っておるのだ! 攘夷に関して幕府主導である必要はない! これからは尊皇、朝廷を核として事にあたるべきなのだ!」
「何を、貴様!」
「清河先生」
低い声が響いた。近藤だ。胡坐をかいたまま腕を組み、清河を正視している。
「我らは結成に際して、幕府から禄を食んでいるはずですな。そのあたりについては、どうお考えか」
清河は鼻を鳴らした。
この田舎者めが。
言葉にせずとも、そのような思いが伝わってくる。
「幕府からの禄など、微々たるもの。攘夷という大義の前に、そのような些事にこだわってはおれん」
「だが、幕府がなければ、我ら浪士組が結成されることはなかった」
「それが些事だと言っているのだ」
「なるほど」
近藤は、すっくと立ち上がった。
「私は京に残ります。義理も感じぬ犬畜生と行動をともにはできません」
そう言い捨て、本堂の出口へと向かった。土方が後に続く。山南、藤堂、永倉、原田、といった試衛館の面々がそれにならった。
清河は顔を真っ赤にして、何か叫んでいる。
「じゃ、僕たちも行きましょうか、源さん」
そう言う沖田に軽くうなずき、源三郎は近藤の後を追った。
結局、浪士組のほとんどは、清河とともに江戸へ帰還した。
京に残ったのは、近藤派、芹沢派を含め、二十四名。近藤らは連名で京都守護職の会津藩に嘆願書を提出した。これが認められ、会津藩御預かりとなる。彼らは壬生の郷士、八木家を屯所とし、壬生浪士組を名乗った。局長は近藤勇、筆頭局長に芹沢鴨。
一方、江戸に戻った清河は一ヵ月もしないうちに、幕府の刺客によって暗殺された。尊王攘夷を標榜するあまり、幕府をないがしろにする清河を、幕閣が危険視したためである。
早すぎたのだ。後になって、源三郎は思った。たとえば薩長同盟の後に、同じような行動を起こしたならば、清河もあのような末路を辿ることはなかったろう。
ともあれ、ここに後の新撰組の母体が生まれた。文久三年(一八六三年)のことである。
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