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SHADE
作:青山 由梨



EPISODE22





(チッ―――どうするかな)
イチシは舌打ちすると、辺りを見回した。

ドームに侵入する時のトラブルは予想していたものの、前回保護地区を脱出した抜け道に来てみれば、当てが外れた。
人身売買を生業とする、いかがわしい連中の御用達であったはずの抜け穴は、ゴデチヤ政府の軍人たちが管理する資材搬入口へと変化していたのだ。

(面倒だ―――強行突破するか……)
そしてイチシは、自身のシェイドを高めようとしたが―――

「ウッ……!」
 急に吐き気をもよおしたイチシは、その場にしゃがみこんでしまう。

(くそっ―――!)

―――いよいよ寿命が尽きて来たのか。
腹から込み上げる熱いものに、イチシは思わず咳き込んだ。

「おい!そこに誰かいるのか!?」
「何だ?」
ゴデチヤ軍人が2人、物陰に潜んでいるイチシに気づきこちらにやって来るが、咳は止まらない。

(こんな時に……!!)
口を覆っている手をどけてみれば、赤いものがべっとりとこびり付いていた。

「何だ、ガキじゃねぇか」
「―――おい。こいつ、発病してんじゃねーか?」
軍人たちは持っていた電流棒の先で、イチシの顔を上に向かせ―――まるで汚れたものでも見る顔付きで嘲笑する。

「いいか、ガキ。この先はお前みてーなのが入れる場所じゃねーんだ。カタスならカタスらしく、汚染地域で勝手に死にな」
「おい、戻ろうぜ。オレらにまでうつる気がする」

―――ドカッ!!


置き土産に一発食らわすと、男たちはさっさと《中》に戻ろうとする――― 背中に痛みが走った後、イチシは自分の中に激情が駆け巡ったのが分かった。

「確かに……あんたらの巣には似合いの場所だぜ」
「ガキ―――今、何か言ったか……」
男たちが振り向くより早く、イチシのシェイドが2人を吹き飛ばした。

「ぐわっ―――!」
「うっ!!」
突然、激風によってドームの外壁に叩きつけられた2人は、そのまま壁に張り付けられたように動けなくなる―――


「う、あ、ど、どーなって……」
「あんたらにも分かる時が来る。―――《中》にどれだけの価値があるかって事がな」

―――数年前は自分もそこにいた。
だから知っている―――資格を失った時、《中》がどれだけ冷たい場所であるか。

「それとも―――今、終わりにして欲しいか?」
「うう……」
さっき自分が受けた苦痛には劣るが、シェイドの力で男たちの首を締め上げ、その高慢な口を閉ざす。

「どうした、命乞いしろよ。―――『助けてくれ』ってな」
イチシの目が本気なのに気づき、2人は途切れ途切れに言葉を吐き出した。

「す…すま……オレが、わ、悪かっ―――た、助けて……」
「た―――たす、け、たす、け……」

未来ある者が―――少なくとも自分よりは寿命のある者が、命乞いするのを見て―――イチシは力なく笑った。


―――ドササッ!!!


「ゲホッ!!ゲホッ!!」
「ガッ―――ゴホゴホッ!」
咳き込む男たちを置いて、イチシは先へと進む。

(オレには時間がない―――)
こんなくだらない連中にやる時間はないのだ。

軍服を剥ぎ取ろうかとも思ったが、それも面倒だ。
未だ冷めやらぬシェイドを身にまとったまま、イチシはドーム内部へと足を踏み入れた―――その瞬間。





ドドドドドッ!!!!!





その一瞬でイチシに理解できた事と言えば―――――複数の銃声。
そして自分に迫る風―――

それが侵入者用に設置された兵器であると気づいた時には、イチシはもう死んでいるはずだった―――だが。
―――次に目を開けた瞬間、イチシを銃弾からかばうように目の前に立っていたのは。



「もったいないなぁ―――人間一人殺すのに、弾をいくつ使うつもりなんだろ?人間なんか、そんな労力使わなくても、すぐに死ぬのにね」


(こいつは―――何だ?)
薄笑いを浮かべた子供の姿に、イチシは身の毛がよだつのを感じる。

人間の肉体が反応できないほど高速で発射された銃弾を、この子供は防いだのか?




―――人間ではない。


生きていない




同じような存在をイチシは知っていたが、それよりもこの子供は邪悪なものな気がした。


「―――何で逃げるの?クレストは平気だったのに」
瞬時に危険を把握し、駆け出したイチシの背中を見て、ドラセナは口の端を歪めた。

「命の恩人に対して、ひどい仕打ちだね」
そして言葉と同時に、ドラセナは一瞬にしてイチシの前に回り込む―――

逃れられるはずがないのだ―――ドラセナの前から。


「くっ!!」
自分よりはるかに小柄な少年の姿が、越えられないドームの外壁よりも威圧的に見えた。

「君の目的地は《中》じゃないの?こっちには、死にかけのドブ鼠しかいないよ」
「………」
次にイチシのとった行動は―――諦める事だった。

「そう、やっと僕の話を聞いてくれるんだね―――うれしいよ」
イチシは、目の前にいる邪悪で危険な存在が無邪気に笑うのを、見ているしかできなかった。




イジョウジタイハッセイ
イジョウジタイハッセイ
イジョウジタイハッセイ




未だ侵入者が排除されていないと知ると、辺りに異常を知らせるサイレンが響き渡る。

「うるさいね―――少し静かにしててよ」
ドラセナは右腕をスッと伸ばしてみせる―――



ドウッッ!!!!!



たったそれだけで―――ドラセナが片手をかざしただけで吹き飛んだ軍用機を見て、イチシはこの少年がどれだけ危険なものかを再認識した。




カサイハッセイ
カサイハッセイ
カサイハッセイ




しかしサイレンは止むどころか、ますます大きくなるばかりだ。

「ああ、分かったよ。僕らが移動した方が良さそうだ。じゃあ、《イチシ》―――」




ドクンッ



―――名を呼ばれただけで、イチシの心臓は激しく鼓動した。

「ゆっくり話せる場所へ行こうよ」

感じたのは視界がブレた事だけ―――頭の中をかき回されたような衝撃を受け、イチシは意識を失った。






―――――◆―――――◆―――――◆―――――






「あたしはメダリアへ行く」
マディラは4人の捕縛士がそろうと、開口一番にそう言った。

「ご帰還の予定は?」
テラが尋ねると、マディラは首を横に振った。

「ここに戻る事はないだろう」
「マディラ様!?どういう事ですか―――!」

自分以外の捕縛士たちは驚いた様子だったが、マディラの秘密に感づいていたホーリーはこれしきの事で動じるはずもなかった。
(何を話してたんだか知らないけど。―――特級捕縛士が顔を合わせる機会なんて、そうあるもんじゃない。きっと、何か大きな任務があるんだわ)


「オレたちもお供します、マディラ様!」
「クィン!勝手な事、言わないの!」
先走りするクィンを、パートナーのテラが一喝する。

「あたしはここに残りたいと思います。マディラ様に義理立てしてるわけじゃないし、パートナーの同意も得ていません。でも、あたしの意志でそうしたいんです」
「テラ……?」
「そういう事よ、クィン。勝手に《オレたち》ってくくらないでくれる?」
「だってさ―――」
揉め始めた先輩捕縛士をよそに、(主に)ホーリーとジラルドは静かなものだった。

一向に目立った反応のないパートナーに、ジラルドは恐る恐る問いかける。
「ホーリー、お前の考えは…?」

「あたしはここを出ます。そして、自分の信じる道を行きます」
ホーリーは、マディラに自分の意思を告げた。

マディラは4人の反応を予想していたのか、あまり表情を変えなかった。
「話の続きをしたいんだけど?」
「あっ、はい!!」
パートナー同士の話し合いに没頭し始めていたテラとクィンは、慌ててマディラに向き直る。

「………」
「………」
「あ、あの……?」
しかし、マディラはこちらを見つめたままで、まだ何も言おうとはしなかった。


若い捕縛士たち―――彼らはシュラウドを崇拝し、自分たちの未来を信じて止まない。
マディラやドラセナとは違う、光溢れる存在―――彼らの生き様を見る度に、マディラは古い記憶を蘇らせられる。

何かを信じる気持ちなど―――今のマディラにあろうはずもない。
あるのは―――貫き通すしかない信念と、やり残した仕事だけ。

(そのためには―――あたしは闇に堕ちる覚悟をしなくちゃならない)

―――自分が消える事になろうとも、誰を犠牲にしたとしても、マディラはドラセナを滅ぼさなければならない。


「あんたたちの人生だ、好きにしたらいい。ただ―――」
それでも―――マディラは非情に徹しきる事はできなかった。

「―――次にあたしを見たその時は」
何者にも情を移さぬよう心がけて来たが、マディラにはまだ人の心が残っていた。

「敵と思え」
その言葉を告げたマディラの瞳に、4人は絶句した。



「マディラ様―――!?」
最初で最後の忠告を終えると、マディラは歩き出した。

トレードマークだった白衣を脱ぎ捨て、ただの一人の母親として―――


「マディラ様!オレたち、待ってます!ずっと―――ここを守っています!」
クィンが叫んだが、マディラは振り返らなかった。



(あたしらに帰る場所なんていらない―――何かが必要だとすれば、それは……)

マディラは瞳を閉じて、こんな自分を慕ってくれた2人の若者の姿を思い浮かべ―――そして、消した。

最強の捕縛士―――必要なのは、《孤独》とそれに耐える《意志》だ。






―――――◆―――――◆―――――◆―――――






「―――ドラセナを止めて」

マディラの願いを、ソーク=デュエルは表情を変える事もなく、ただ聞いていた。

「殺して。―――跡形もなく」
マディラはもう一度告げたが、やはりソーク=デュエルが何を考えているかは読み取れなかった。


「やるのか、やらないのか、はっきりしな」
ソーク=デュエルの瞳は、何にも興味を示す事がない―――マディラはこの男を前にすると、苛立ちを隠せない。


「オレはシュラウドの命以外では動かない」
そしてソーク=デュエルの反応は、予想通りのものだった。

「―――だろうね。ルドベキアを焼き払ったのも、シュラウドの指図だ」

鮮明に残る記憶―――赤い炎に包まれ、その身に灼きつけられた苦痛。
―――灼熱の生き地獄の中、まるで人形のような無表情で佇んでいた男の顔を、マディラが忘れるはずがない。

「あんたはいつだって、シュラウドに対して盲目だ―――何故だ?何故、自分の意志で生きていない?何故、あんたほどの力を持つ男が、あんな奴に縛られている!?」
「お前の言葉とも思えんな。―――それとも」




お前も理解できるようになったという事か?




「なんだって?―――冗談でも言うんじゃないよ!―――あたしが、あんたらを理解する!?そんな事があってたまるか!!」
マディラは声を荒くしたが、やはりソーク=デュエルは相変わらずだった。

「シュラウドには《感情》がない!―――あいつはドラセナと同じ、人の心を失った《化け物》だ!!」
言った後で―――マディラは胸が痛むのを感じた。

ドラセナを―――自分の子を《化け物》に変えてしまったのは、マディラだ。
死してなお、解放される事のない苦痛を与えたのは、ソーク=デュエルだ。

死の残像に溺れるドラセナを、マディラはもう一度殺さなくてはならないのだ―――



「いいだろう」



―――今のは《答え》だったのか?
ソーク=デュエルが何と言ったのか、マディラには理解する事ができなかった。

「お前は貴重な女だからな」



(―――貴重?)
珍しく饒舌なソーク=デュエルに、マディラは眉間にシワを寄せた。

「お前には復讐の赤い炎がよく似合う―――そういう事だ」
「随分な褒め言葉だね」

マディラはこの男に、自分が味わった苦痛の炎をぶつけてやりたい衝動に駆られたが、今ソーク=デュエルを殺すわけにはいかない―――もっとも、自分のシェイドがこの男に通用するかは疑問だった。

(この男も《感情》がない―――だから、すべての痛みを打ち払える《最強の捕縛士》なんだ)

―――だからこそ、ドラセナも殺せる。
心を痛める事もなく、多くの人間を灼き殺せる。

「―――ドラセナ=ロナスの死因は《焼死》だな?」
ソーク=デュエルは、ドラセナを殺す事など大した仕事とは思っていないようだ―――淡々とした口調で、そう尋ねる。


「―――そうだ……」

―――ドラセナは人間を滅ぼす。
ドラセナを殺さなければ、すべてが破壊される。
ドラセナを殺せるのは、ソーク=デュエルしかいない―――



それでも―――マディラは一つ、嘘をついた。



ドラセナを滅するためとはいえ、同じくらい危険な男に屈する事に、マディラにはまだ抵抗があったのだ。

「お前はメダリアに、シュラウドの元にいろ。―――それが唯一の条件だ」
「冗談じゃないよ。―――ドラセナの最期はあたしが見届ける」

マディラがこの世界に留まるのは、ドラセナを止める為―――今度こそ、ドラセナの死を受け止める為。



「お前も死ぬぞ」

「そう―――あたしも死ぬさ」
ドラセナと共に―――マディラにはドラセナしかいない。
マディラが自身の姿を保っているのは、ドラセナがいるから。

(ドラセナがあたしの全て―――あたしの命だ)

今更気づいても、すべてが遅すぎる事は分かっている―――だから。

「―――消すんだ」
死人は皆、この世に留まれない事を知っている―――その身がどんなに呪われたものか気づいている。

「ならば、シュラウドの元に報告に行く。判断を下すのはシュラウドだ」
「ソーク=デュエル!」
「―――お前も来い」


やはり―――この男に《情》を求めるのは無駄なのだ。
マディラやドラセナを殺した自責の念なそ、一片たりとも持ち合わせてはいない。

シュラウドの元へと歩き出したソーク=デュエルの背中を追いながら、マディラはそう思った。

(何故―――すべてに無感情なこの男が、何故、シュラウドの命令だけに従う?)
ソーク=デュエルを惹きつける何かが、シュラウドにはあるというのか。

(あたしは諦めたわけじゃないんだ―――あんたたちを殺す事だって)

自分を殺した相手を目の前にして、湧き上がる感情が《殺意》や《憎しみ》以外に何があるだろう。
生前、同じ相手にどんな感情を抱いていたとしても―――



―――昔のマディラは知らなかった。
どんなに無表情を装っていても、その仮面の下には《心》があると、当たり前のように信じていた。

(それが―――こんな結末、予想もしなかったさ)

―――もう信じる事なんてできない。
マディラの心も、後は枯れていくだけだ―――





「ソーク=デュエルだ」
シュラウドの実験室の前にたどり着いた2人は、扉が開くのを待つ。

(シュラウド―――ここにあいつがいる)
殺人人形を操る男―――全ての人間を弄ぶ男が。

実物を見るのはこれが初めてだった―――故郷ごと自分を焼き払った人間の顔を、マディラは知らないのだ。

(どんな面して、このあたしを迎えるのか―――見物じゃないの)



「同伴者は誰だ?」
中から聞こえて来たのは、ごく普通の男の声だった。

「マディラ=キャナリーだ」
「―――入れ」

―――そして、扉が開く。
全ての悪夢の元凶に会える―――マディラは体中を駆け巡る激情を抑え、視線の先にいる男を真っ直ぐと見据えた。



「ようこそ。歓迎しよう、マディラ=キャナリー」



そして―――マディラは目の前にいる男の顔を、信じられない思いで見つめた。

「まさか―――あんたが……!!」












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