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葬送
作者:明銀
この小説は縦書きを前提として書いています。
 『葬送(そうそう)
             作:明銀


  目次

 ◆第一頁〜 (裏)草葬

 ◆第六頁〜 (表)蒼奏

            ページはPDF版のものとなります。




  (裏)草葬(そうそう)

 空気が重い。足下から頭上へ網目のように這う緑と、この場に満ちる無数の細胞たちが吐き出す、粘つくような甘苦い香りがそれに拍車をかける。
 生い茂った緑の葉にさえぎられ音も光も届かない、時さえも絡め取られたかのような無音。この場に漂うのはまぎれもなく死の気配だった。
 ひそやかな呼吸をくり返し、暗い土の奥深くへと根を拡げるモノたちにむしばまれ、ゆっくりと帰化していくところ。
 だから、この場所を選んだ。
 足元がたよりなく沈む。水を吸って腐った畳に、灰色や赤褐色の菌類が群落をつくっている。黒緑のぬるりとするカビに覆われた、小さな布の塊。踏み出すごとに鉄さびのような色をした液体をじゅくじゅくと吐き出す。もともとは子供用の布団だったのだろうか、くるまや飛行機の柄が描かれているのが微かにわかる。
 首の折れた扇風機、われた酒瓶、倒れた障子、闇にうずもれながらもなお、強く人間の匂いを発している。植物に覆われて朽ちていくそれらのものたちを踏み越えて歩いた。
 この家を覆う植物たちはゆっくりと締め付けながら、人が生きていたあらゆる記憶を飲み込んで、闇の奥へとかえしているように思えた。口に含んでいた錠剤をまとめて飲み込む。
 想像してみる、ゆっくりと植物たちに同化していく姿を。根に食われ、芽吹きは皮膚を破り、喉から樹木を吐き出して泥のように崩れて行く。過去も痛みも罪もすべて、木々の一部となり融けていく未来を。
 視界を白いものがよぎった。一羽の蛾だ。らせんを描きながら上へと登って行く。光があった。崩れ落ちた天井から植物の間をぬって太陽の光が降りていた。眼球の奥で光の温度を感じる。胸の奥のほうへとゆっくり暖かさが拡がって行く。音もなく舞い昇っていく蛾が、光の中へと消えた。
 
 
 どれくらいそうしていたのだろう。突然、胸の奥で小さくはじける音がした。音は身体のなかのあちこちに散らばってだんだん増えて行く。それと同時に、身体の中心で何かが膨張を始めた。太陽の光だ。光と熱が音を立てながら身体の中ではじけている。
 胸の底が、皮膚の裏が、全身が熱い。内側から膨れ上がって行く痛みはまるで、痛覚を直接刺激しているかのようだ。息もできないほどの痛みを伴う衝撃のなか、ついに身体がはじけ飛ぶのを感じた。
 
 やわらかく降りてくる熱を感じた。ばらばらに散らばった自分の欠片が、熱のくる方向へむかって引き寄せられている。そうするうちに、欠片はさらに分裂し、そしてまた分裂する。欠片と欠片との間を光の粒がかけまわった。まるでいくつもの自分が存在するようだった。
 どれほど上へと昇ったのだろう。自分の数がかなり増えたことに気付く。それと同時に自分たちの中にある大きな力を知った。光の粒はいよいよ激しく自分たちの間を飛び交う。激しい衝動が渦を巻いた。上へ、上へ、内からこみ上げる力だけでなく、外側からも力が注がれている。まるでどこまでも昇っていくような気がした。そして、そうする間にも自分の欠片は果てしなく増えて行く。
 暖かい泡のようなものが、自分たちを包み込んでさらに上へと押し上げた。つぎつぎと湧き出す大きな泡がいくつも連なって、大きな渦となりながら上へと昇って行く。自分の欠片が増えるだけ、昇る力も増していった。
 
 ふいに冷たさを感じた。大きくて冷たい塊がある。壁のように横たわるそれは、とてつもなく大きな力に流されていた。壁より先に進むことが出来ない。けれど、自分たちの間でうずまく激しい力は先へ、先へとうながした。その衝動にかき乱されて、渦潮に押し流されるようにして上へ下へと運ばれる。たくさんの自分たちがぶつかりあい、ひしめきあう。そして、ぶつかり合うたび、光の粒をいくつもはじき出した。
 やがてぶつかり合っていた自分たちのうちのいくつかがつながって一つになる。そうして徐々に重たくなっていく。光の粒はさらに密度をまし、ばちばちと音を立てた。
 
 ついにそれが始まった。起こった最初の瞬間、全ての自分がその時を待っていた事を理解する。また続けてそれが起きる。自分たちの間を埋めていた光の粒が、轟音を伴い束となって外へとほとばしったのだ。同時に、つながりあって重くなった自分たちのいくつかが、糸に引かれるようにいっせいに同じ方向へと進んでいく。重力に引かれて落下しているのだ。
 内から湧き上がるものなのか、それとも何か大きな力に動かされているのか、ただただ先へと進んでいくのは、ひたすら心地よかった。光の束はいよいよ激しく轟きながら飛び交い、自分たちは結合しながら、彼方へと落ちて行く。
 
 気が付くと、周囲をたくさんの煌めきが満たしていた。
 落下の先にある温度のない暗くて分厚い壁。自分たちは呑みこまれるように、その中へと消えていった。そして壁のむこうから光のらせんが現れる。炉から流れ出る金属のような光を放っている。まるで駆け昇る流星のように、自分たちが消えてゆくたび、つぎつぎと壁から光のらせんが湧き出てくる。
 小さならせんは、時に大きならせんに取り込まれ、そしてさらに大きくなって別のらせんを取り込む。ひとつの大きな流れとなって押し寄せてくる様は、さながら太陽を流れる炎の大河のようだった。
 ゆらめくような光焔のなかで、内に吹き荒れる衝動的な力のままに、飛び交いぶつかり合い結合し、そして黒い壁へと落ちて行く。自分の欠片がきえてゆくほどに、自分と自分でないものの境があいまいになっていく。
 
 
 泡がひとつ、浮かんでいた。ゆらりゆらりと、みえない波に運ばれ今にも消えてしまいそうな泡だ。ふるふると小刻みに揺れながら闇の中をただよっている。
 彼方に幾千の灯火がともる。それらは大きな弧を描きながらゆっくりと近づいて来た。近くになってみると、それらひとつひとつが無数のらせんのあつまりである事がわかる。
 
 一条の光が、そっと泡にふれた。
 光が、泡をひとところにつなぎとめた。暗闇の中、その居場所を見失わないように。彼方から続く無数の光が、帯となって小さな球体に力を注ぎ込んだ。
 いつのまにか、泡とは呼べぬほどに成長したそれは、光の衣に抱かれながら青く澄んだ輝きをたたえて力強く回転をはじめる。
 
 
 水滴が頬を叩いた。
 分厚い雲が割れて、今、太陽が顔を覗かせた。遠のいていく雷鳴が聞こえる。強い風が雨の名残を飛ばしてくる。
 目を閉じて、幻の中の光景をまぶたの裏に浮かべる。目を開けて見える景色と、まぶたの裏の幻がつながる。
 青い空から射してくる光を散らして、白い蛾がよぎった気がした。手をのばして捕らえようとして、知る。身体がまるで動かない。大気が身体を押さえつける。まるで重たい水の底にいるようだった。
 急に空が遠のいた。
 
 たぐりよせられるかのようにして、意識が深い所へと引き寄せられているのを感じる。その先は、温度の感じない暗闇だ。最後の一滴となった自分が、黒い壁へと融けていくのだとわかる。視界は炎のような輪に埋め尽くされていた。命あるものたちの放つ、荒々しいまでの衝動を秘めた光。
 そして唐突に闇が来る。


 程なくして、全てが消えた。




 *なかがき*

 わかりにくい前半だと、ぼくも思います。
 後半を読むと、多少なぞが解けるかもしれません。
 


 (表)蒼奏(そうそう)

 重たい風が吹いてきた。潮風のねばっこさとは違う、ぶあつくて強い風だ。
 黒くそびえる入道雲を見上げ、淙汰(そうた)は妹のイサナを急かした。イサナは、てのひら程もある大きな緑のカエルが入った虫かごを大事そうに抱えている。波にかぶらぬようにと掲げて歩くため、淙汰より遅れてしまう。
 まるで淙汰の不安をあおるかのように、黒雲がにぶい雷鳴を轟かせる。かみなり雲が見えたら急いで海から出るように、ときつく言いつけられていた。とにかく進もうと足を速めるが、すぐ近くにあるように見える砂浜になかなかたどりつかない。海は距離の感覚を狂わすのだ。淙汰のひざ程まである海面も、足を重くさせた。
 後ろでイサナが足をもつれさせて倒れこんだ。両手をふさぐ虫かごのせいでバランスがとりづらいのだ。虫かごを取り上げると、腕をつかんで無理やり引き上げるが、立とうとするたび波がイサナを押す。淙汰は無言でしゃがみこみ、背中におぶさるよう促す。
 「やっぱりお前なんて連れてくんじゃなかった」
 背中でしゃくりあげる妹に「泣くなバカ」としかりつけながら、彼はもっと早くに帰るべきだったと自分を責めていた。

 淙汰の住む小さな島から三百mほど離れた所に、遠浅の瀬でつながった親島と呼ばれる大きな島がある。学校や商店等の町の主要な部分は親島にあり、通称“はなれ”と呼ばれる島の住民は徒歩や、時には船をつかって二つの島を行き来していた。
 島をつなぐ、珊瑚の死骸と砂でできた道は潮が引いている大半の時間は歩いて渡れるのだが、満潮が近づくと地形の関係で、あっというまに海の下に沈む。大潮の時などは淙汰の身長など十cm以上も超えて、水深は百五十cmにも達するのだ。
 そういった不便さからか、はなれの島の住民は減る一方で、残されたのは年寄りと、草まみれの廃屋と、物好きな家族だけになってしまっていた。
 そのような訳で、淙汰も長い夏休みを退屈せずに過ごすため、はなれの島を抜け出して、親島にすむ友人のところへあししげく(・・・・・)かよっていた。もちろん干満の差の事はよく理解しており、十分に注意を払ってはいた。しかし、やはり小学生。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。青池で見かけた大きな魚影を、誰が一番に釣り上げるか競い合う間に太陽は西へ西へと傾いていった。釣竿を友人の家に預け、あわてて帰路につく頃には、瀬はすでに波の下に沈んでいた。
 おりしも新月の近づく頃、満潮ともなれば船でも出さない限り家に帰ることは出来ない。夕立を予兆する入道雲は空の片隅を飾る程度だったし、はなれの島まで三百m程、走れば間に合うかもしれないという期待、もたもたしていればあっという間に水位が上がってしまうという焦りが淙汰の背を押した。

 瀬を渡りはじめて五十m程進んだ頃だろうか。ふと空を見上げた淙汰は自分の目を疑った。つい先ごろまで空の片隅を飾るほどだった入道雲がいつのまにか、視界を大きく埋めていた。まるで一つの生き物であるように、見る間に膨れ上がっていく。
 目を見開いて立ちすくむ淙汰の背中を、汗がひとすじ流れ落ちた。

 突然夜がやって来たかのようだった。どうにか島にたどり着いた頃には、台風のような激しさで雨がふりだしていた。遠くに見えていた青空の欠片も、太陽に照らされた海面も、厚い雨のカーテンに隠された。もう少し島にたどり着くのが遅いか、雨の降り出すのが早かったら、岸の方向を見失って遭難していたかもしれない。
 心臓を殴りつけるような雷鳴を轟かせて、稲妻が視界全体を白く光らせた。すぐ近くに雷が落ちた。金属で出来た釣竿などもっていたら、間違いなく雷の標的となっていた事だろう。自分たちの幸運を淙汰(そうた)は感謝した。
 「カエル、だいじょうぶ?」
 イサナが口を開いたとたん、再び雷が炸裂した。淙汰は肩に置かれた手がきつく食い込むのを感じ、妹をおろす事をあきらめた。それから、近くに比較的屋根のしっかりした廃屋がある事を思い出す。そこで雨をしのぐ事にした。
 淙汰は息が苦しくなるほどの雨の中、顔面を流れる雨水をぬぐうことも出来ずにもくもくと足を進めた。
 
 
 目印となるガジュマルの巨木が見えた。淙汰はイサナを背から降ろし、カエルの入った虫かごを手渡した。イサナは大切なものを眺めるようにかごの中を覗き込む。
 目指す廃屋は樹の少し先を右に曲がった路地のおくにある。すでに全身ずぶぬれになっていたが、むきだしの肌に絶え間なく打ち付ける雨粒は淙汰の体力をうばっていた。雨を避ける、というより身体を休めるために急ぎ足で歩く。
 先に駆けていったイサナの手元から緑色のかたまりが飛び出してきた。その直後、淙汰はやわらかくて弾力のある何かを足の下に感じる。思わず声がでる。長い足をけいれん(・・・・)させて、緑のカエルがつぶれていた。
 大声をあげながら駆け寄ってきたイサナの表情がこわばる。鮮やかな赤色をした血液と、白い腹が破れてこぼれた桃色の内臓がひくひく動いているのが見えた。
 先ほどまで生きていたそれを見下ろしながら、二人はしばらくの間立ちつくす。空が割れたような炸裂音とともに、雷がどこかに落ちた。イサナが歩き出す。淙汰は踏み潰した感覚の残る右足から、いやなものが背筋を這い登ってくるような気がして、何度も足を地面にこすりつけた。
 
 
 ガジュマルの樹の下に人影がしゃがみこんでいた。親子地蔵と呼ばれている三つ組みの石像に向かって頭を下げている。
 「あ、イワウラのヨネばぁ」
 はなれの島の島民はみな顔見知りだ。淙汰はどことなく陰鬱な印象のあるこの老婆を苦手に思っていた。
 「雨宿りかい」
 気づかれないように通り過ぎようとした淙汰に、老婆が声をかけた。ふりむくと目と目があう。しわの奥にうずもれた無機質な瞳に思わず足が止まる。
 「あんた、そっちはいっちゃいけねぇ。ここへきな」
 その声に逆らえず、二人は樹の根元へと入る。しげった葉とツタのからんだ根に守られて、地面はまだ乾いていた。ふたりの身体からたれる滴が、黒い染みをつくる。
 三つ組みの地蔵のうち、一番小さな子地蔵の前に泥の団子が供えてあった。どこから摘んできたのだろうか、ハイビスカスの花も添えてある。老婆の指先に土くれがこびりついているのが見えた。ふいに淙汰は強い嫌悪感を抱く。わざと音をたてるように、右の足で地面を蹴った。
 
 「雨はすぐやむよ。こりゃ、送り雨だからね」
 まるで独り言のようにつぶやく声に、イサナが空を見上げる。雲は低い位置で垂れ込めて、鈍い光と音を放ちながら次々と雨の粒を吐き出している。
 「あれは送り入道だよ。哀しく死んだ人間のタマシイがああやって雲になるのさ。風がふけばじきに散る」
 地面をえぐるような勢いで落ちてくる雨粒のなか、あたりは言いようのない静けさにつつまれていた。それから、ふと大気が軽くなっているのを淙汰は感じる。土から立ち上るにおいに混じって、潮の香りが鼻先をかすめた。
 
 
 老婆の言ったとおり、雨はすぐに上がった。降り始めてから十五分もたたぬうちに、シャワーの栓を締めるかのようにして激しい雨は唐突にやみ、風が吹き始めた。
 雲を割って射してきた光の中、風が草木についた雨粒を払ってきらきらと滴を光らせる。狐につままれたような顔でぽかんと空を見上げる二人をよそに、老婆は一人歩きはじめた。早足で去っていく小さな丸い背中を見送って、淙汰は大きなくしゃみをした。
 
 やがて二人は、遠のいていく雷鳴を聞きながらどちらともなく歩き始める。
 道にのこった水溜りが、深くあおく空を映し出していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
物語の中にいろいろと込めてみました。
ちなみに、カエルにはなんのうらみもありません。
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