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9th:真意
「ちょっと待てよ! なんだよ。それ!」
 ローテが条件を提示してから、少し間が空いた。ポップは慌てる。条件が突飛すぎたから。どうして、イダテを殺さなきゃいけない?
「まだ、話している最中なんだけどさ」
 勿体振るように、ローテは拳銃の先端を唇へと動かす。吹き消すように、ではなく、唇を二つにわかつように。静かにしろと示す仕草だった。
 大それた話をしているのに、気にしない。まったく人を喰った行動。
「ふざっ!」
 問答無用と、ポップはナイフで掛かろうとする。が、ローテが思わせぶりに拳銃を鳴らすと、すぐに黙ってしまった。
「いい子ね」
 褒めたようでいて、そうでない。
「こういう、跳ねっ返りの強い子。大好き」
 からかっていた。
「早く。つづきは?」
 軽くあしらわれたポップは、いら立ちを隠さない。
「もう一つ? 簡単じゃない? イダテ君を殺さずに二人仲良くギャングをやってればいいのよ」
 ローテは、銃口を上に向ける。その行為には別に意味はない。
 隙ができたといわれる程の隙でもない。
「さて、どうするのかな?」
「決まってるだろ」
「本当に?」
 ローテは拳銃を向け直した。「イダテ君さえいなくなれば、君は楽になれるんだよ? 足手まといがいなくなるし」
「足手まといっていうな! イダテは……」
「彼自身がそう言ったけど」
「嘘だ」
 そう言ってはみたものの、確信がなかった。あんなに落ち込んでいたら言い兼ねない。
「あんたの言うことを信用できるか」
 けれど、考えてしまったから、強く言えなかった。しりすぼみになりながら、弱っていく自信。
「受け取り方はどうだっていい」ローテは拳銃を下におろした。「だけど、彼は『死にたい』そうはっきり言った。あたしは別に、あんたを惑わそうだなんて考えてない。ただ事実をいっただけ。あんたがどう捉えようとしたってあたしには関係ない」
 温度を感じさせないような言葉が、ポップをここに留めた。
 この人は、何かがおかしい。けれど、ポップは何も言い返せない。おかしいのは、ここにいる奴ら皆同じだから。だけど、彼女は何か違う。
 ローテは固くしていた表情をふと緩めた。
「外のトイレの中に閉じ込めたわ」
「本当か?」
「本当だとも。私は、修羅場っぽいところで嘘ついたことないからね。保証する」
 ポップはきくやいなや、すぐに、撃たれる可能性も無視して工場の外に出ていった。
 彼が見えなくなるまで、ローテは見つめていて。
 背中が見えなくなると、ため息をついた。
「あぁー、疲れた」
 背伸びをして、一言。
「まったく、悪役って面倒臭い。もっと、簡潔にしたいけどさ。迫力でないよね」
 まぁ、彼の選択は予想がつくけど。
 演技とはいえ、弱い女だった私を助けようとした。その勇気を買って。
「これで、私は一人になってしまいました」
 それでもまだ、おどけている。
「結局、拳銃持ってこんな風に脅しても、人数かけて攻められたらひとたまりもないのにね。二丁拳銃だなんて、ロマンがあるけどね。女ガンマン」
 確かに、彼女の言うことには一理ある。
 拳銃に装填できる弾の数はせいぜいが一桁だろう。ここにいる相手は、数える必要がないほどに多い。無我夢中に撃つだけではうまくいくはずがない。
「まぁいいや。結局、あの子達に醜態見せなくていいし」
 にんまりと、地獄の極値か天国の極値、どちらかを振り切るような笑顔。
「どうするかな? 無力な女一人と血気盛んな不良少年ズ。結果見えてるよね? 絶対」
 ようやく、彼女の言っている意味に気付き、彼らがそわそわし始める。まだ垣間見ることも許されない、見目麗しい肢体を想像して、鼓動が高なる。もうすぐ、夢が現になる。
「その前にさ、一つ種明かしでもしていい? 壊れる前に、これだけはばらしときたいのだけど」
 反応がないということは、それだけの時間を許してくれたのだろう。お人よしが多い。
 これは、賭けだ。配当はどれくらいだろうと考えようとして馬鹿馬鹿しくなった。取り分なんて一つもない。
「なんで、私の膝にトウガラシ水が入ってたと思うかな?」
 はい、君答えて。と右にいた少年を指す。
「トウガラシ好きなんだろー?」
 けだる気に答える少年の目だけは血走っていた。
「残念。もう少し捻った答えないの?」
 ローテに罵倒された少年は、げへへと気持ち悪い笑みを見せた。
「どうしてか、なんて簡単じゃない。悪戯がしたかった。たったそれだけ」
 反応を探るかのように、周りを見渡す。一瞬だけ、その表情を変化させたが、誰も気付かない。
「私には、弟と妹がいてさ、二人ともすっごく可愛いの。もう大好きで大好きで。あの子達がいなくなったりしたらどうしようってくらい。だけどね、私がいなくなったとしても、大丈夫だと思う。普通に暮らせると思うんだけど。私はあの子達なしでは生きられない」
 話している途中に彼女はしんみりとし始める。
 早く終わらせろ。と外野からの野次がとんだ。
「わかってるわ。でね、彼らが悪戯するのよ。反抗する年頃だし」
 ローテは拳銃を持つ手を天に伸ばす。空いた手を、肘関節の内側に添えて。
 その手で肘を突いた。
 もちろん、拳銃を持つ手は内側に曲がる。
「膝カックンするのよ。まったく、信じられる? ガキ臭い事ありゃしない。まぁ、そこら辺がズッキンってくるとこなんだけど。でも、気配無しで忍び寄るんだから。だから、そうした時に驚かそうかな、なんて思い付いちゃって。ほら、悪戯しただけなのに、一大事になっちゃってさ、あら大変。ってな感じで。あーあ、あの子達が驚く顔見たかったのになあ。もうできないや。月と太陽見るように反応が違うんだけどなぁ」
 ローテは、上をむき、わざとらしくため息をついた。
「なぁ、もういいか?」
 待ち切れなくなったかのような、男達の鼻息が聞こえた気がした。
「まだまだ。なんで、こんなどうでもいい話を長々としたか、解るかしら。お兄さん方?」
「怖いからだろ?」
「何が?」
「俺らを相手にするんだぜ」
「ああ、怖いよ…。だから、時間稼ぎしたの。―まったく、遅いったらありゃしない」
 と、思わぬ方向から悲鳴が聞こえた。サンドバッグをたたき付けるような音を立てて、悲鳴をあげたそいつは地面に叩き伏せられた。
 その彼の背に不謹慎にも片足を乗せる人。一人。
 本来は背中にあるはずの、幾何学模様を楕円の中に潜める紋様を持つマントが目の前にはためいた。
 人間と記したのは、そのマントで顔を隠しているから。
 相変わらず、演出が臭い。とローテがため息混じりに情けなく思っていたことは置いといて。
 ギャング達には、効果があったようだ。
「なんで警備隊が!?」
「そんなの決まってる。私が呼んだのよ。ねえ、アクイース」
 ローテがマントの人間の名前、わざと名字を言った途端に、工場内がざわついた。
「今なんて言ったよ」
「ア……アクイースつったぜ?」
「マジかよ! でもどうして」
「『黙殺・アクイース』が?」
 その通り名を皆が口にすると、マントの中から含み笑いが聞こえた。
「まだ、その名が通用するのか。どこのたまり場も全然、変わってないな、今も昔も」
 マントを脱いで、素顔を表す。先ほどまで散々にローテに弱みを握られていたフィルがいた。
「いかにも、俺がアクイースだ。『黙殺』の通り名はとっくの昔に捨てちまったが。で、お姉さん。白馬の騎士が助けにやって参りましたよ」
 右手を左肩にあて、仰々しくローテに礼をするフィル。
「何が『黙殺の通り名は捨てた』よ。いっつも、女の人、口説く時は、『黙って殺してお持ち帰り作戦』とか言ってる癖に。そのうえ、失敗だらけ」
 罵声を浴びせた。
「ちょっと待て。なんでお前がそれ知ってる? しかも、それをここでばらすな!」
 もちろん丸きこえである。ギャング達の、こそこそしている声がまるで釘を打ち下ろすかのように、フィルの心に突き刺さっていった。
「遅いのよ。白馬の騎士とか余裕ぶっこいてるなら、早く倒しちゃってよ。こいつら」
「分かった。って、てめえらも笑ってんじゃねえ!」
 怒鳴りつけるフィルを片目でみながら、彼女は安心した。これで、勝ち越せる程度までどうにかできそうだ。さて、どうやって始末しようか。
 彼女は、人差し指を口に持って行き、舐めた。
 考える時の癖。
 彼女が作ったトウガラシ水がためらいなく口の内部に入っていく。
 ちなみに、彼女が作る料理は…。
 すぐに指を吐き出してしかめっつらを作った様子を見てわかるだろう。


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