7th:無謀の代償
「あっ‥くぅ、ぁぐ、あああぁぁっ」
ガラス片に、爪痕が残りそうなうめき声。ローテは膝を押さえて崩れ落ちた。身体を赤ん坊のように丸めて、うずくまる。
膝からは、ポップの位置からでも見えるほど朱に染まっている。紺色のジーンズを鮮やかに染めるのにも飽きたらず、それが地面を濡らした。
「はっ、でかい口叩きやがって」
勝ち誇ったように叫ぶ少年。銃口を吹き消すような仕草をみせた。しまわずに手元に握ったまま。
「たっ、たま‥たまの癖…し、て」
「おっと。まだ減らず口を叩いていいのかな?××××」
少年は、絶対に言ってはいけない言葉を吐いた。特に、紅族に対して。
「お前の運命は、俺が握っているのにねぇ」
少年の粘着するような言い方に、ポップは嫌悪感を覚えた。
さっきまで怖じけづいていた癖に。
「‥ハッ。あ、んた‥みたいな奴が…いって‥も、様にな…‥‥あぁぁぁ!」
減らず口を叩く彼女に、少年は静かに近付くと、血にまみれた膝を思い切り踏み付けた。
悲鳴が歯ぎしりに変わるまで執拗に続けて。
「ねぇ。そんなにでかい口叩いていいの?」
足を地面に戻す。ローテは答えられない。うずくまった身体をさらに丸め、膝にくる激痛と戦っていた。悲鳴を上げた分だけ呼吸を奪われる。息が荒々しく、苦痛に歪む顔が、のどを突き出して、少年の目の前にさらけ出された。
「ぐぅぅ‥‥‥」
息を吸い込む合間に呟く声に力はない。
「紅族の女って珍しいよな? しかも、高価なんだってな。親父が言ってたよ。御偉いさんしか、『飼えない』って」
歌うような少年の言い草に、ローテは答えずに黙っていた。しかし、その瞳に微かに憎しみが宿る。
例え紅族が迫害されていたとしても、自分が紅族である誇りは捨てない。それが、紅族の矜持。
そんな事は、生きていく事だけしか考えてこなかった、ポップでも知っていた。実際、彼はそれを通す彼らを尊敬の眼差しで見上げていた。
そして、自分達の一族が馬鹿にされる事は、紅族にとって、屈辱以外の何物でもなかった。
もちろん、その性格を少年は知っていたわけで。
だから、彼女をなぶるために、それを利用した。
「自分がこの種族に産まれてきたのを後悔してるだろ? なぁ、そうだろ?」
少年は、拳銃を持たない手でローテの顎を無理矢理に持ち上げる。のけ反るような体勢になり、斜めになった視線を通じて、二人は目があった。
彼女は決して目を逸らそうとはしなかった。こんな奴に屈しない。そう宣言するような、赤色の色素が強い双眸が意思を物語る。
少年は、その意思を潰したい衝動にかられた。鼻っ柱が強い奴ほど折れた時にぐずぐずになって、そして壊れてゆく。
彼女の答えは、やはり否だった。
予想の範囲内。
「………あんたに、何が分かるの?」
息を詰まらせながらローテが吐き捨てる。
「あぁ、知ってるよ。あんた達は、男も女も慰み者にされるんだよ。だから」
勿体振るように、一息おいた。ここまで言えば、次の言葉は、誰でも予想できる。ローテの顔が歪んだ。まだ、一通りの経験は済んでいないようだ。
あと、もう一息。少年は、心の中で醜く笑った。
「お前も、俺達に犯されるんだ」
やめて、と力無く答える彼女の表情。青ざめ、屈辱に塗れながら、恐怖に微妙に逸らされる視線が、さらに少年の感情をそそった。
「どっちみち、お前に選択はできないよ? 大丈夫だって、俺達で優しくもてあそんでやるよ」
そう言いながら、顔つきは、邪悪そのもので、今まで黙っていた取り巻きも一斉に唾を飲んだ。
「い、嫌だぁ」
ローテは、少年から逃れようともがいた。けれど、逃げられない。
「なんでもする。なんでもするから……。だから、お願い。それだけは…」
今まで強気に出ていた、その瞳が潤み、縋るように少年に近寄る。濡れた瞳に微かな恥辱を垣間見せる。こんな男にと、屈辱を隠さないように、口元をひくひくと痙攣させた。段々と彼女が壊されていく。
「本当は、ヤリたくてたまんねえんだろ! この雌豚が!」
少年は、弱々しく襟元をつかみ、胸元を見せないようにしていたローテの両手をわしづかみ、力に任せて押し倒した。
精一杯、けれど鳥籠に押し込められた雛のようにしか抵抗できない彼女の衣服彼の手でが乱され、ほのかに薫るような、薄紅色の素肌が見え始めた。上着のボタンが争ううちに外れ、膨らみが見え始め、彼女が言葉にならない悲鳴を出し続けた所で。
やめろよ。声がした。
少年と取り巻きは、声の方向に視線を向ける。
ポップが手を震わせ、睨みつけていた。
なんだよ。と少年が不機嫌な声を発する。後、もう少しなのに、と邪魔すんなと。
「なんで、この人にそこまでしなきゃいけないんだよ」
盗まれた鞄を取り返しにきたのならば、素直に返せばいい。ここまで来る。そこまでの理由があっただろうから。
もし、イダテだったらそうする。イダテが盗んできたものなのだ、イダテが好きなようにすればいい。
だが、何もしない少年達がえばり散らしているのが気に食わなかったのと。
無力な女の人に向かっての卑劣な行動に怒っていた。自称、喧嘩っ早い、ポップでも、決して自分よりも弱い者には、今まで一度も暴力は振るわなかった。
だから、弱い者に向かって当たり前のように脅している少年が気に食わなかった。
何が、ギャングのリーダーだ。
ただ、金持ってるだけの野郎なのに。
「うるせーよ」
気だるげに言った少年の手には、拳銃。今まで、まともに撃ったことがなかった彼は、彼女に銃弾を当てた事で、気を良くしていた。当たるのが当然と言うように、ポップに狙いを定める。
ポップの体が強張った。さっきので、拳銃の威力を知ってしまったから。恐怖心が心の中に満ちていく。口答えをして許してくれるはずがない相手だ。
このままだと撃たれてしまう。
だけど、どうすることもできなかった。
少年が引き金を引こうとしたその瞬間。
少年の胸元に今まで弱々しく抵抗していたローテが釣りにかかった魚のように食いついてきた。そのまま、上下の体位が逆転する。赤い髪が、少年の首筋に枝垂れかかった。
その勢いで上着を止めていたボタンが全て外れて、上着が羽衣のように腰に纏わり付く。下着だけとなった彼女の上半身が寒空の中で匂う。柔らかい二の腕を首に回し、少年に身体を重ねた。
抱きしめられた少年に身体を動かす自由はなく、彼女の素肌が少年に密着する。潰れた胸の何とも言えない感触が、少年に喜びを与えた。
耳元では、囁くように、ピンク色の煙に閉じ込められたような、なまめかしい喘ぎ声が聴覚を刺激する。羞恥からか、彼女の身体は細かく痙攣していた。彼らの身体が小刻みにくっつくごとに、隙間から追い出される甘い香りが少年の鼻に吸い込まれる。
少年は、何も考えられない。周りに人がいることも、自分がなにをしているのかも。ただ、天にも昇るような心地良い気分の真っ只中にいた。
経験は何度もあるのに、こんな体験は初めてだ。しかも、飛び切りの美人だ。紅族の。
彼女はおもむろに、少年の首にかかった両手を離す。彼にのしかかる事をやめ、右脇にのいて彼と垂直に正座した。地面に手をついて、ゆっくりと上半身を反らせる。
年の割りに発達した胸が、下着によって膨らみを制限されていた。それでも、触ってくださいとでも言うように、少年の真上で胸だけが迫り出していく。上気した呼吸のせいで、盛り上がるそれが別の生き物のように、ふるふると動く。
彼女から解放された彼は、もちろん拳銃を手放して、上半身を起こし、その誘いに乗ることにした。体を回れ左する。まるで、宝物に触るかのように、膨らみにおそるおそる手を伸ばす。
世に言う青春時代真っ盛りである、少年にとってこれ以上ないご馳走だった。だから、それ以外全く目に入らない。少年は二人だけの世界に埋没していた。
ポップは、黙ってその光景を見ていた。拳銃を向けられていた、つい先程までの恐怖が抜けきらないまま。二人の行為を眺めていた。美人である彼女の行動には、まだ子供である、彼も思わずぞくりと、鳥肌が立っていた。けど、その行動はポップを守るためのような気がして、申し訳なさ、やる瀬がなかった。
彼女がおもむろに、背を逸らすとき。彼女の顔は、ポップに向いていた。
髪の毛が逆さまに垂れて、段々と彼女の顔があらわになって。
ポップは更に鳥肌を立てた。
逆さまに垂れ下がった女の人の顔が。
凄惨な表情で笑っていたのだった。
ポップにしか見えない。
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