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6th:そして、彼女がやってくる
 イダテが戻らない。
 不安を感じながら、ポップは彼を待ちわびた。目を皿のようにして、入り口を見つめる。いつのまにか、貧乏揺すりを始めていた。自然とその間隔が短くなっていく。
 瞬きをした、その一瞬に人影が現れた。
 まるで、煙のように。
「イダ……」
 彼の名をいいかけて、やめる。彼とは、似ても似つかない体格の少年だった。ポップにはなじみのない顔だったが、彼はここにくる全ての人間を知っている訳ではない。
 少年はポップを一瞥すると、そのまま少年達の溜り場に向かった。誰もが取るはずの行動だ。そこが中心だから。足どりも、背筋も堂々としていた。
 だが、ポップは違和感を覚えた。彼の足は、微妙に少年達の方向を向いていない。イダテが盗んだ鞄に足が向いているように感じられた。
 ポップの予想は当たる。少年は、鞄の目の前に立った。
 何かが、変だ。
「おい!」
 突然叫んだポップを皆が睨みつけようとして、異変に気がついた。
 少年たちが眉をひそめて、足元の鞄を見つめる少年を見つめていた。
「どうした?」
 リーダー格の少年が威嚇する。「てか、お前誰? 見ない顔なんだけど?」
 少年は、鞄から少年のたまり場へと視線を移す。誰もが、怖じ気付くはず。少年の権力が恐ろしいから。けれど、堂々としている。彼の事が怖くない。彼は態度で示す。
 白砂が流れるような沈黙と静寂が場を包んだ。
「ははっ、あははぁ」
 それを破ったのは、鞄の近くにいる、少年。狂ったように笑い始め、心底おかしそうに身体をまげて、腹をよじった。
 少年たちも、ポップも狂気に触れたかのような彼の態度に戸惑った。どうしたんだ? こいつは? 誰もが行動を見せない。
「ははっ。こんなんがギャング? チマチマしてて、馬鹿みたい。少しびびってたんだけど。大丈夫みたいね」高笑いの余韻か、少年は、一気にまくしたてる。「こんな臆病者チキン達なんてひとひねりだ」
 誰なんだ。こんなに堂々と言いたい事言うような、狂ったように笑う奴見たことなかった。
 それに、なんだろう? こんなの屁ではないとでも言いそうな笑い方。女っぽい喋り方も含めて、今まで一度も彼の耳から入った事がない。
「まぁさ、とりあえずそれ返して」少年は盗んできた鞄を指差した。
「駄目に決まってんだろ。ばーか。これは、皆の物だ」
 少年が言ったのは建前だ。金は少年と彼らの取り巻きが大部分を奪い取る。
「それ、私のなんだよね」男声ではない、女声。「あんたらの物じゃない」
 気が付くと、少年は鞄を手に掛けていた。遠目から見ると、彼が盗んだ物と瓜二つに見える。
「ほらこの通り」少年は腕を上げてそれを誇示する。彼らを嘲笑うかのように、鞄が揺れていた。
「いつのまに?」
 誰もが驚いていた。彼が動いた所を見ていない。けれど、鞄は彼の腕の中にある。手品を見せ付けられたかのようだ。けど、種はまだ見破れていない。
「どこ見てんの? 目の前見てみたら? こんなの偽物に決まってる」
 少年は、また高笑いを響かせた。
 確かに、彼が盗んだ鞄は少年達のすぐ近くに置いてある。まだ、盗まれていなかった。
「高価なのと、そうでない物の違いもわかんない癖に、当然のように取り扱うな! ばぁーか!」
「てめえ……」
 少年達は、怒りを隠さなかった。けれど、その怒りようは端から見れば、馬鹿の二文字に反応したからとも受け取れた。
「誰だ、お前?」
 驚きすぎて、他に出る言葉が見つからない。
 少年は、少しの間をおいて答えた。
「誰でもない誰か」少年は自身を指差す。「だけど、あんたらとは初対面だ、私は」
 そういうと、彼の身体が隠れた。粉をまぶしたような煙が彼を包みこみ見えなくした。
 煙は、出口を求めて外にでていく。段々と晴れていく視界には、直前とは似つかない姿が写し出されていた。
 少年達が息を呑む。ポップからは、うなじまで流れるような赤い髪。癖毛もないストレートのそれが肩にかかるかどうかの程度まで伸びている後ろ姿しか見えない。
 紅族の女の人だった。イダテに鞄を盗まれた、ローテである。
 民族の特徴をそのまま受け継いだ美貌。薄い素材だろう、上着は均整のとれた背中の形に沿って延びていて、腰の辺りでくびれていた。そんな、スタイルの良さを隠さない。ジーンズを穿いた下半身は、引き締まったお尻からすらりと伸びた両足が色っぽさを際立たせている。まだ子供であるポップも唾を飲む妖艶さが漂っていた。
「じゃーん」ローテは、つまらなそうな効果音を口にする。
「誰だ。お前」
 下品さを際立たせるように少年が尋ねた。醜く笑う。身体が自然と反応をするような、醜悪な妄想をしている事は一目瞭然であった。舌なめずりをして、溜まった唾をぴちゃぴちゃと音立てた。
「名乗る前に自分から名乗れって教えられなかったの?」
 見下したように、冷たい口調で彼女は答える。プライドが高そうだ。貧民なんて見向きもしないような、むかつくお嬢様みたいだ、とポップには思えた。
「無理かな? 不良だし」
 冷たく、突き放したような口調に、少年達がいきり立った。
「それに」無視して、ローテは回りを見渡す。「素顔見せちゃったし、この集まりも今日でおしまいね。私が潰すわ」
 冗談のように、ファイティングポーズを構えた。
「どっからでもかかってきなさいよ」
「舐めやがって」
 舌打ちをして、リーダー格の少年は懐から拳銃を取り出した。片手で握りしめたそれの銃口を彼女に向け、構える。
 嘲笑うローテ。「安全装置も解除しないで、狙い定めてんの? もしかして、懐に入れていた時から解除していたの。だとしたら、すごい度胸ね」
 知り合いの警備隊の隊長もしないのに。
 彼女はそう言った。
 明らかに馬鹿にして。
 少年が安全装置を解除してすぐに撃つまで時間はかからなかった。たったそれだけのため十分な理由となるほど、彼女の行動は彼を逆上させたし、彼の沸点は真夏の暑さくらいに低かった。
 発砲音。それは、飲み物のふたを開けるような安く、軽い音のように聞こえた。
 静まりかえった工場跡に聞こえた悲鳴。金属を耳元で引っ掻くような不快なそれが聞こえたのは、間もなくしてすぐの事だった


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