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4th:集団で孤立する二人
 渦を巻くように、煙をくゆらせる煙草、蒸せるような強い匂いが廃工場の内部に充満していた。
 その中で少年達が円を組み、地面に足を崩して座り、手元にある手札を凝視する。賭けトランプが彼らの中で行われていた。
 彼らの頭は派手に彩られる。着ている服も、皆が皆、眼がちかちかする配色。服装は乱れ、それを良しとする雰囲気だ。
 その中の一人が入って来た二人に気付く。
「おぅ。遅かったな」
 派手な彼らの中で一段と際だった金髪の少年が目線を動かした。その口調は不機嫌を隠さない。撫でるような金属音が聞こえ、鉄パイプの束の上に座っている状態から立ち上がった。
 この集団のリーダー格。それを証明するかのように、いっそう派手な迷彩柄の服を身につけていた。
 でも、お世辞にも似合っているとは言い難い。
「ちょっと、手間取ってしまいました」
 イダテは答えた。敬語なのは、彼が恐いから。以前、打ち解けた口調で話したら、彼が気の済むまで殴られたからだった。
「何、手間取ってんだよ。役たたず」
 鉄パイプに蹴りを入れ、それが、音を立てて崩れる。恫喝するように聞こえるやかましい音にイダテは肩を縮めた。
「テメエ、誰のおかげでここにいられるのか分かってんの?」
 イダテの足がすくんだ。威圧感よりも、彼自身が怖がっていた。
 むやみに怖がるイダテを見て、少年達はおもしろがっていた。
 ポップは、どうしようもなくなったイダテの前に立ちはだかった。もう、これ以上見ていられない。
「これを見てくれよ」
 ポップはイダテから鞄を奪い、少年に示した。
「これか」
 少年は、ひったくるように鞄を持ち去った。舐め回すように底から、上から、眺める。
「高そうじゃないか」
 これ位のものを盗むのが当たり前だ。と、言外に匂わせる。
 けれど、その言い草とは真逆に、少年は満足そうにうなずいた。
「ありがとうな」
 今まで聞いたことがないような猫撫で声で発せられる褒め言葉に思わず、イダテは信じられないとでも言うように、少年の顔を見つめた。
「これ、彼女にプレゼントするわ。前からあいつが欲しがってたやつだし」
 えっ? イダテの顔が曇る。プレゼント?
「売るんじゃないんですか?」
 思わず、尋ねてしまう。言ってから、しまったと口を閉じた。
 けれど、発した言葉は取り消せない。
「どうして売るんだよ!!!」
 少年の怒鳴り声が響いた。顔が怒りにねじまがる。額に青筋がたっていても、鼻から湯気が出始めても、おかしくはない。
「物を得るか売らないかは俺の勝手なの! つーか何!? 俺の決定にケチつけんの!? お前いつから、そんな偉そうな口聞けるようになったわけ!」
 彼の突然の剣幕にイダテもポップも言葉を発せない。逃げ出そうとしても地面にくっついたまま、足が離れない。嵐を避けるように身体を縮こませることしか出来なかった。
「許せない」
 少年は興奮覚めやらぬまま、ズボンのポケットから、それを引き抜いた。
 真っ黒い害虫のように光る、拳銃。
 少年はためらいなく人差し指に引き金を掛けた。ポップは見た。撃つ気だ。
「待てよ!」
 慌てて、再度彼らの間に立つ。「また、同じくらのもんぬすめばいいんだろ」
 言い終えたその時に、頬が熱くなった。ぶたれた。地面に倒れ込んだ。
 ポップは殴られた頬を触り、よろよろと立ち上がりながらも少年を見上げた。上目使いで睨みつける。端から見れば、反抗しているように、見えるように。
 なら、お前がやれよ。とポップは毒づいた。もちろん心の中で。あんたみたいな、孤児じゃなくて金持ちの息子で悪ぶりたいだけの野郎なんて大っ嫌いだ。
 ポップのその態度を見下ろしていた少年は、またしゃくに触る。
「てめ……」
「ごめんなさい!!」
 少年が怒鳴りかける寸前で、イダテが謝った。ポップのそばで、彼が立ち上がるのを手伝う。
「もっといいもの持ってきますから…。だから、許してください。ほら、ポップも」
 イダテは無理矢理、ポップの頭をつかんで、地面に近づけた。
 二人は、揃ってひざまずき、許しを請う。そうしなければ、もって酷い目に合わされるはずだった。
 なんでだよ。ポップはイダテに納得がいかない。愚痴の一つくらい言いたかった。
 けれど、出来ない。
 わしづかみにするように髪の毛を掴む手は震えていたから。必死に謝る声にもうこれ以上、火に油を注ぐ真似は出来ない。
「次、失敗したらただじゃ済まないからな」
 別に彼らは失敗したわけではないのに、捨て台詞を吐くと、少年は乱暴に鞄を扱って、元の場所に戻っていった。
 イダテが大切に扱ってきた鞄をぞんざいに扱われ、まるで彼の仕事が無下に扱われているみたいでポップは歯を噛み締めてまだ治まらない怒りを押さえた。
「いいんだよ」
 あきらめたようにイダテはうなだれる。
 何がいいんだ、そうポップはそう言いたかった。けれど言えない。微かにでもそれを口にしたら彼らにやられる。彼自身、もそうだ。一人一人を相手にすれば倒せる可能性も無きにしもあらず。けれど、失敗する確率が高い。そのうえ、この場合は数人に対して。勝ち目はないことはわかっていた。
 こんな奴らを屁にも思わないくらいに、ポップは強くなりたかった。
 イダテにも迷惑をかけているし。こいつは、一生懸命やってんのに。
「ごめんな。イダテ」
 だけど、それは何に対しての謝罪だろうか?
 不様に土下座をしてまで謝ったイダテに対して?
 盗んだ鞄の分のお金を貰ってないから?
 全てがイダテに向けての謝罪しか考えることが出来なかった。
 だけど、彼に落ち度はあるだろうか?
 やり場のない訳の解らない気持ちにポップは戸惑った。
「これからどうしよう」
 独り言のように不意に吐き出された一言を聞き、ふと我に帰った。
 イダテは放心したように、目線を宙にさ迷わせていた。
「ひさしぶりの大物だったんだ。持ってる人もぬすみやすそうで、これ以上なかったのに」
 虚ろに響く声は据わらない。「これ以上なんて滅多にないのに、無茶だよ」
 イダテの独白は止まる気配を見せなかった。
「イダテ?」不穏な空気を悟って、ポップは呼び掛けた。
 その声が届いたのか、イダテは力無くポップを見返した。
「ごめんね、ポップ」
「なに言ってるんだよ! イダテ!」
 うなだれるイダテの肩を、元気づけの意味も込めて力強く掴む。「また、頑張ればいいだろ!」
「頑張ってる!」
 怒鳴り返したその声は投げやりだった。
「だけど、頑張るだけじゃダメなんだ」
 そう言うと、イダテは肩を握るポップの両手を力無く振り払う。立ち上がり、幽霊のようによろよろと歩いていく。
「イダテ?」
 問い掛けた言葉は、震える背中を振り向かせることは出来なかった。なすすべもなく、ポップは見送るしかなかった。


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