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3rd:彼らはきづかない、監視する二人
 二人の子供が、建物の前に立っていた。
 建物、とはいっても廃墟だ。ガラスがはめ込まれていただろう窓枠にはなにもはまっていない。外壁のペンキも禿げかかっていて、周りの建物も皆同じ姿をさらしていた。
 辺りは寒々としている。栄えていた時は、労働者ばかりで活気があり、煙突が煙を吹いていただろう、工場地帯。だが、それも昔。現在は、一帯がスラム街の様相を表していた。時折の、すすり泣くような木枯らしの風音が寂しさに拍車をかける。
「遅かったな」
 二人とも服装がぼろぼろだ。つぎはぎだらけの服は、もう繕えないような破れがちらほらと見られた。
「頑張ったんだよ。これでも」
 もうひとりは、額に汗を浮かべながら、大事そうに両手に高価な鞄を持っていた。ローテから盗んだ物だ。それは、殺風景なこことは場違いに見えた。掃きだめに鶴と言うたとえが似合いそうだ。
 ほら、と。手ぶらの子供が手ぬぐいを渡す。
「ありがと」
 受け取るかわりに顔を突き出した。
「顔ぐらい自分でふけばいいだろ」
「手がふさがってんの」
「置けばいいだろ?」
「むり。だって」
 両手に抱いている物に視線を下ろす。
「地面におくと、汚れるから」
「これが?」
「高いと思うよ。売ったら、しばらく仕事しなくていいくらい。だから、汚さないようにしなきゃ」
 マジ? 手ぶらのほうの子供の顔が輝いたが、すぐに疑問を浮かべた。
「だけどよ、手で持っても汗で汚れないか?」
「あっ……しまった! どうしよう?」
「しょうがないな。おれが持ってやるよ。そのあいだに、おまえは顔ふいてろよ」
 ありがとう、と男の子は再度そう言うと、もう一人に鞄を預けた。その交換に手ぬぐいを受け取るとすぐに、顔を拭き始めた。
 一通り顔を拭き終えて、手ぬぐいから顔を放すと、目をしばたいた。
「さっぱりしたー」
 満面の笑みを顔中に浮かべた。その表情は、一仕事を終えたときのそれと似ている。
 そうだ。と鞄を持ってきた男の子がズボンのポケットを探る。目当ての物を探し終えると、手を握ったまま、向かい合った二人の合間に伸ばした。
 じゃーん。プレゼントを望む子供のように、期待に満ちた効果音を出して、手を開くと。
 なんだろう、と不思議に思っていたもう一人の男の子が驚きの声を上げた。
「どうしたんだよ。それ!」
 驚いた声に満足したのか、にへへと照れたように笑った。
「郵便屋さんのお手伝いしたらもらったんだ」
 手の平に乗っている銀貨が二枚、誇らしげに光っていた。 
 そのうちの一枚を手に取ると、鞄を持つ彼に手渡した。
「あげる」
「どうして?」
 銀貨をもらったのは彼ではないのに。
「だって、ぼく一人でもってても使い道がないもん。それなら、ポップに使ってもらったほうがうれしいの」
 彼の言葉に、ポップと呼ばれた男の子は、言葉を詰まらせた。何を言おうか? 素直にありがとう、って言うのも恥ずかしかった。
「もっと早くもってこれねえの?」
 精一杯背伸びした口調をするた。少年とはまだ言い難い、子供のままで半ば照れながら、年上の真似をする。
「これ以上無理だよ。でも、どれくらいで持ってくればいいの?」
 鞄を持ってきた彼も、まだ子供だ。話す相手より額一つ分、背が小さい。だから、幾分彼の方が子供に見える。
「おれが目をつむって」
 いったとおりに目を閉じる。
「開けたら。おおっ、よくやった。ってな風に」
 すぐに目を開いた。
「むりだって」
 苦笑。いつもの冗談だな、彼は軽く流した。
「おまえの足でも?」
 尋ねた方はあくまでも真剣だ。
「じゃあ、ポップも誰かと戦ってるとして、僕がそうしてる合間に倒せるの?」
「やってやるよ、イダテとは違うぜ。俺は」
 ポップと呼ばれた男の子は、胸を張った。彼は喧嘩が強いのだ。
「魔術師にも?」
 イダテが尋ねる。魔術師とは、ここ数年、街を賑わせている泥棒だ。盗む物も彼らとは段違いに高額な物ばかり、けれどまだ捕まっていない。正体もまだ分からない。性別でさえも。
「朝めし前だぜ。あんなこそ泥なんて」
 ポップは自分達の立場をわきまえていなかった。
「そうなの! じゃあ僕もすぐに盗めるように頑張らなくちゃ」
 目を輝かせた。
「頼りにしてるぜ。お前の足は、大人でもかなわないんだから」
 両手で、イダテの両肩を景気よく叩く。
 だけど、イダテは浮かない表情を浮かべた。彼の顔を見ないで、俯いた。
「イダテ?」
「これでよろこんでくれるかなあ?」
 怖ず怖ずとポップを見上げる。その顔に不安に満ちて溢れる。
「大丈夫だって。大物だろ? きっとほめてくれるって」
 景気よく言ったつもりだった。けれど、堅さの残る声。それで、イダテを安心させられない。
「だけど……」
 言葉に詰まる。
「とにかく、いってみようぜ」
 打ち消すように。ポップは不安そうなイダテの肩を支えるように、建物の中に入っていく。
 眺める人影は気付かれないままに彼らを監視する。

 …………………………

「あの子だ」
 ローテは、彼らから遠い距離、建物を二つ挟んだ所、工場だった場所の屋上から、双眼鏡を覗いていた。
「へえ、あの子がねえ。あんなに小さいのか」
 寝そべりながら、答えるフィルは裸眼で眺めていた。ふざけているのか、両手を丸めて目に当てながら。
「これで見えてるの?」
「いや」
「じゃあ、暢気に寝そべるな」
 ローテは突き刺し、地面に縫い付けるかのごとくフィルを足で踏み付けた。
「へっ。そんな攻撃、いつもの訓練に比べっ!?」
 転がりながら避けたはいいけれど。
 手摺りに派手にぶつかった。
 錆び付いたそれが、残像を残しながら震える。
 建物の屋上だから、もし手摺りがなかったら、真っ逆さまに落ちていた。痛み分けというところ。
「いってえー」
 背中を丸めて悶え苦しんだ。
「天罰よ。まともに働いていないから」
「まともに働いてるぞ、いつも」
「イアンさんのお茶に雑巾の残り汁をいれてもそういうの?」
「違う、俺がいれたのは唐辛子をしゃもじ一杯……って何言わせてんだよ!」
「へえ」
 意味ありげにフィルを見下ろした。彼は黙っていても弱みを見せてくれる。
「えと……何も考えていませんよね? ローテさん」
 立ち上がって、恐縮したように、年下の女の子に敬語を使う警備隊の一員。かなり、情けない。他人に見られていないだけ、救いがあった。「とりあえず。あの子達から潰すとするわ」
 そんな態度の彼を無視して、ローテはひとまず作戦を立てる。警備隊の弱みを握っている場合ではないのだ。
 人差し指を口に当てるのが彼女の癖。切手の裏のように、指を舐める。
「で?」フィルがその先を促す。
「中のギャングも一網打尽に捕まえる。だめだったら助け呼ぶから」
「一人で行くのか?」
「だって、やっぱ賞金もらいたいし。結構もらえるんでしょ? でも、手伝ってね」
 たとえ、子供達の集まりといえど、犯罪行為を行うような集まりを潰すと賞金は殺人犯を捕まえる程度である。かなり多い。
「金の亡者め」
 勿論、ローテに聞こえないように、フィルは言った。彼は、あまり乗り気ではないようだ。
「お前はどうなんだ? 他のギャングと繋がりがあるのか?」
「別に私はギャングとはしがらみないし。どっちかっていうと、嫌われる方だしね」自嘲するように、赤髪を手に巻き付ける。
「むしろ、むかつく。徒党組んでしか行動できないヘタレだし。何にも出来ない癖して、態度でかいし。それに……」
 突然、ローテは口を閉ざす。
「どうした?」フィルの問い掛けに、ゆるゆると首を振る。
「なんでもない。それで、手柄はフィルにあげるから、お金もらえるように手を回してよ」
「お前って案外、金に執着するよな」
 ほんの軽い気持ちで言ったつもりだった。
「あんたには、わからないわよ」
 突き放したような言い方。氷をそのまま力強く突き立てたようだ。
 慌てるでもなく、ただ必死さを言外にフィルは感じた。
「ごめん」
 すぐにローテは謝る。彼女にしては珍しかった。
「気にすんな。お前らの事情を考えられなかった俺も悪いから」
「ああ、」ローテの口調の歯切れが悪い。
「で、やばくなった時の合言葉なんだけど『月と太陽』それでいい?」「いいけど。お前って、本当にあいつら好きなんだな」
「弟と妹だもん」
 彼女の弟と妹は、それぞれ月と太陽に由来した名前を持つ。
「最近、悪戯ばっかりしててさそれが、また可愛いんだ。驚かせようと思ったけど、先に懲らしめようって思いついたの。今日買った鞄も持ち合わせが足りなくて、貯金をくすねたくらい」
「犯罪だな。窃盗罪で逮捕してもいいぞ」
「今から、盗んだ奴を懲らしめるのよ。フィル」


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