2nd:弱みを握られた男の末路
二人は自然と街中を歩いていた。腕を仲良さそうに絡ませているその光景は、まるで恋人のように甘い。
が、その行動の裏に絶対零度の心理戦が行われているとは誰が知ろう? 当事者二人だけが知るなり。
「仕事さぼってさ。早く捕まえてよ」
蜂蜜のように甘いローテの囁き。まるで、恋人同士のように、フィルに身体を寄せる。しかし、彼がガードを緩めた途端、鋭い毒針が突き刺さる。絶対に。
「俺も毎日が仕事ってわけじゃない。今日は、本っ当に珍しい休みの日なんだからな、少しくらい楽したっていいだろ」
返しながら、今にも壊れそうな吊橋を渡っているような気分になっていくフィル。だんだんと、肩が強張る。でもどうにか、悟られずに笑ってごまかした。
「だけど、お前が盗まれる立場ってな」
「泥棒一人も捕まえられない警備隊に言われたくないわ」
ローテはあからさまな皮肉を返した。まだ、大丈夫だ。牽制程度。
「仕方ないだろう。そういう方針なんだから」彼は、彼女の耳元で囁く。
「『いつも、踏ん反り返って、警備隊を馬鹿になさる大富豪様は自分の身は自分で守れるでしょう? だったら、勝手に自分等で警備をなさってください』って」
「じゃあ、今のは?」
食ってかかるように、フィルの眼前で言い放つ。彼の漆黒色の髪がふわりとローテの吐息で浮かんだ。
「あれが魔術師なわけ?」 感情にまかせたようなローテの言い草に、ふとフィルの口が緩んだ。
「自分のケツは自分で拭けってことだ。今までやってきた行為のつけだな」
「セクハラ発言だ。イアンさんに言い付けるから」
イアンは、警備隊第二部隊の副隊長。そして、フィルの上司。
彼の名前が出て、フィルの顔が一変する。
恐れていた事が起こってしまった。
例え、それがセクハラとしては軽度だとしても、彼女にかかれば大騒ぎでは済まなくなる。火のない所に煙はたたない。が、燃え広がっているようには見せ掛ける事はありうる。ローテにとって、そんな情報操作は朝飯前だった。
「ちょっと待て。イアンさんが聞いたら、俺の休みが減らされる! 今日だって一ヶ月ぶりの休みだってのに!」
フィルは職場である警備隊の中でも最も年下であった。実力主義、なのに、微妙に年功序列が適用される組織の中で、実績のない若者は双六のスタート地点にいるようなものだ。どんどん休まずに進めと言わんばかりに、休みが冗談抜きにない。
人気ある職業の内情はこうである。しかし、就職の人気は冷めることがない。
もちろん隊長や上級職のクラスになると、週休二日。有給休暇もあるという。もっとも、それらを優雅に使える程、管理職は甘くはないし、フィルの上司達も休みを簡単に求めるような、無能ばかりではない。
休みがないというのも、彼を含む若手組は、仕事が山のように多いからだ。ほとんどが掃除、密偵活動、お茶くみといった、雑事だけど。そうした仕事を通して、警備隊のなんたるかを知る。
そして、発生した事件を先輩や同僚と協力して解決することで一人前になっていく。
そうした仕事を彼は、数年間続けていた。
ここ数年の中の、最年少入隊者である彼にはつらすぎる内容であった。実力で入ったわりに常識が虫食い穴のように欠落していた彼は、主に下仕事に回された。一人前となる技量にはまだ及ばない。
それなのに、砂漠で見つけた水みたいに貴重な休みをこれ以上無くされたら堪らない。
勿論、警備隊に入隊するにはそれ相応の実力が必要とされている。
フィルに実力が無いわけではない。経験が足りないのだった。
「じゃあ、その休みを少し伸ばしてあげようか?」
ローテが出す魅力的な提案といったら。
「あぁ、俺と一夜過ごしてくれるのか」
性懲りもない、問題発言。毒をくらわば皿までというよりは、失敗した後でぐだぐだになってしまったかのようだった。
ローテは、フィルに手の平を差し出す。
「百万ウート頂戴。それ以下だったら、イアンさんに言い付ける。『尊敬すべき、そして愛すべき素晴らしい警備隊のフィルさんが、お金で私の貞操を買おうとしてました』って」
「なんで、金を払わなかったら言い付けられるんだよ。普通、逆だろ?」
もちろん彼にそんな大金は持っていない。預金もその半分あるかないかだ。下っ端の彼でも、最低限の給料はでる。けれど、給料日前の食費に悩む程、やり繰りが下手だった。
「言い付けるよ」
非情にも、ローテの言葉が響く。弱みを握った人間が見せるような優越感をひらひらと見せて。
「ごめんなさい、言い過ぎました」
長身の男が小柄な女に頭を下げる図はどうみても、奇妙に見えた。まるで、浮気を詫びるかのよう。実際、ローテはフィルの弱みをさらに握ったけれど。
ちなみに、フィルの名誉のために。彼はそこそこ顔立ちがいい。警備隊の一員であるから、体格もがっしりしている。なによりも長身だ。歳もまだ若い。彼がナンパをすれば、宝くじにあたるよりは上の確率で成功するだろう。
だが、そんな容姿も彼女の前には通用するはずもなかった。
「冗談よ」
けれどその顔は、冗談を言っているようには見えないし、聞こえない。
「嘘だろ。なんでもしますから、とりあえずそれだけは言わないでください」
休みを削られる恐怖は、敬語を使うほどまでにあった。不当労働だって言うことも出来るが、仲間に恵まれている手前、そんな事は言えない。
それに、辛いながらも、仕事は楽しいのだ。でも、やっぱり休みは欲しい。
「じゃあ、交換条件」
本当は、その言葉を待っていた! と言いたいところだった、ローテ。
彼女は、ぴしっと人差し指を立てた。
「最近の窃盗被害の状況を教えて」
「そんなことか」
フィルはほっと胸を撫で下ろした。その前の条件は、今思い出しても身の毛のよだつほどぞっとするものだった。
二番隊隊長のカツラ疑惑を解明せよ。
結局、疑惑は嘘だと判明したが、今でも隊長には目を付けられている。
それに比べたら、情報提供なんて軽いものだ。
窃盗被害なんて、ここ最近多発しているから。
「先に言っとくけど、その窃盗の犯人は目星ついてるから」
「子供だろ? 最近、多いらしいな」
警備隊で発表されている、窃盗被害報告書より。その被害者も子供にとられたと証言していた。
「それくらい分かってんなら早く捕まえなさいよ。ダメ警備隊員」「それは、賞金稼ぎの仕事だろ」
とはいっても、窃盗の犯人を現行犯で捕まえても、報奨金は、雀の涙程度だ。彼らが、そんな仕事にやる気を出すはずがない。
警備隊も、割り振りが隊ごとに決められているが、公務以外の仕事は、B級(暴行事件)。A級(殺人事件)。特A(特別指定事件)。といったクラスの事件に関わるのみである。それも、賞金稼ぎと競ってである。窃盗はC級だ。
「目星はついてるでしょ?」
「ついてることはついている。が……」
歯切れが悪いのには、理由があった。
犯人は、巷をにぎわす、少年ギャングの一員であることは分かっていた。
「カイザーズだ」
「はっ? なにそれ?」
「知らないのか?」
フィルの問い掛けにローテは頷く。本当に知らなかった。
「少年ギャングだ」
しかし、警備隊が目を付けるほどその組織は大きくなく、子供の集まりだからとさして気にもしていなかった。
賞金稼ぎがつぶしても恨まれるだけだった。賞金稼ぎもそれなりにすねに傷を持っている奴らが多い。純白な賞金稼ぎなんていないに等しいし、逆に賞金首になっていたりする。彼らのようなギャングと懇意にしている賞金稼ぎも多いのだ。無闇に壊滅させたとして、他の勢力とも関係がこじれてしまう。
フィルもまた、そのような関係を持つギャングや少年達がいた。彼も、そのような出自であるし。 そして、一番の問題なのがギャングの頭が富豪の子供だということ。
だから、持て余す他なかった。もし理由もなく捕まえたら、圧力をかけられ、息子を帰すどころかいちゃもんつけられて、動けなくなるかもしれなかった。
だが、金持ちがどうこうという話は、ローテにするつもりはフィルにはない。
彼女は、金持ちを毛嫌いしている。
「アジトはどこにあるか知ってるの?」
「ああ」
「案内してよ」
「何するつもりだ?」
聞いただけ。何をするか予想はついた。
「当たり前じゃない」彼女は獰猛に笑った。
「潰すのよ」
「本気か?」
「やる気満々。潰した手柄は、あんたにあげるわ。そうすれば、休みは増えるでしょ」
平然と言い放つローテ。休みが増えるのは、喜ばしいけれど。
「やめろとか言わないでね。私が誰だか知ってるでしょ? それに、鞄取り返さなきゃいけないし」
ローテはフィルの手を引いた。
「皇帝を名乗って、こんなちまちましたことしかしない奴らに負ける気がしないもの」
振り向いて、フィルに最高級の笑顔を見せた。
最高級の悪意とともに。
「私が誰だか知ってるでしょう?」
ウート→西地方の基本通貨。東西南北それぞれ、通貨は違うが価値は同じくらいである。観光記念になることが多かったりする。物価は、現代日本と同程度。
賞金稼ぎ→事件解決に支払われる報奨金を目当てにする職業。誰でもなれるが、一応組合がある。組合に入ったほうが情報が入るため有利である。正義とはいえ殺人を犯すと逆に賞金稼ぎに狙われる羽目になる。
警備隊→一般の治安組織。事件内容に合わせて班が分かれている。入隊試験が異様に難しい。別の経路でも入隊出来るが、A級程度の事件解決が必要。
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