ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
17th:彼女の描いた真相
 階段からの残響が聞き取れない程度までに小さくなる。彼らの気配がなくなると、ローテが先に口を開いた。
「私の名前が聞きたいんでしょ?」
 ポップは眉を潜めた。
「わざわざ、魔術師なんて言ったんだから。いい? もう一回言うから」
「ローテだろ? ローテ・ヒルト」
「なんだ。知ってるじゃん」ローテは素っ気ない。
「姐御の…って、そう言っただけでにんまりすんなよ!」
「だって、やっぱりこそばゆいし」
「調子狂うなぁ」
 ポップは軽く咳ばらいをした。本題に入ろうとする前に、彼女を睨み付ける。彼が今から質問する事に、ふざけて答えられたくなかった。
「なんで、嘘ついたんだよ」
「嘘?」
 睨み付けられても、ローテはまだ涼しい顔して立っている。
「どうして、イダテを殺さなきゃ家族にしないって言ったんだよ」
「あぁ、それ?」
 心底、どうでもいいとでも言うような、ローテの態度。身構えていた身体を手摺りに預けた。
「あんたは、イダテを絶対殺さないと踏んだから。絶体絶命だった私を助けようとしたから」
 暇になった右手で首筋に流れる髪を梳く。
「俺は、出来るだけ、約束は守る」
「守んない約束もあっていいんじゃない?」
「はっ?」
「私は、そうやって生きて来たから」髪を梳いていた右手を止める。「約束は破るためにある」ゆっくりと手摺りに預けていた体重を戻す。
 彼女の言っている事は、無茶苦茶だ。約束は守るためにあるものだ。ポップはそう信じていた。そうしなければ生きていくことができなかったから。
 しかし、ポップは言い返せない。いや、言い返したらいけない気がした。今まで、真面目とはいえない様子だった彼女が纏う異様な雰囲気。魔術師−この街。いや、国の中でも数人しかいないS級犯罪者―をやっている威圧感。
「もし…」そうでありながら、ポップは言葉を探す。「俺がイダテを殺してたら…」「もちろん」全てを言い終えない内に、ローテは言葉を被せた。「君も、彼の後を追うはず」
 冷ややかに断言する、彼女の言い方にポップの背中に寒気が走った。
「はっ……?」
「言わなかった? 私は、修羅場で一度も嘘を言ったことがないの。それに…」
 彼女は、口元を醜く曲げる。
「そうなったら、私が君を殺す。そうでなければ、『魔術師』なんて道化、やっていけないもの」
 彼女は、笑っていた。
 笑っていただろうか?
 微かに覗き見る悪意。
 底が見えない、暗黒。
 後ずさるポップに立ち向かう気力はなかった。
 しかし、それを咎める理由も存在しない。批判もできない。
 目の前に立ってみれば分かる。
 ギャングに立ち向かう時とは一味も二味も違う。
 孤独。
 簡単に言ってしまえばそうだ。
 実情? 複雑に絡み合っている。彼女の場合、それは人よりも何重にも絡み合って。
 誰にも解けやしない。
 活動写真を切り取ったかのように静止する。
 この場から、一刻も早く逃げ出したかった。ポップは、それでも、そうだとしても、逃げ出せなかった。影が足元に縫い付けられたように、動かない。
「ぼ…ず‥‥‥うず………坊主!!」
 突然聞こえた怒鳴り声にびくんと震えた。それがよかったのだろうか? 動かなかった身体が軽くなる。
 腰を回して、後ろを振り向いた。
「やっと聞こえたな」
 屋上へ通じる階段の横の壁に腕組みをする年若い男。先程、イアンに雷をくらっていた警備隊員。
 名前は、確かフィル。
 イアンからは、アクイースと呼ばれていた。
 あれ? ポップはその名に聞き覚えがあった。フィル・アクイース?
「俺の顔になんかついてるか?」
 フィルが訝しむ程に見つめていたようだ。
「あんた、フィル・アクイースって言うんだよな」
「そうだが?」
「どっかで会った事ねぇかな?」
「ないな」
 待てよ、フィル……
 ポップにずっと見つめられている、フィル。居心地が悪くなり、組んでいた腕を組み直した。
 金属が擦れる音が聞こえる。ベルトに挟んだナイフのホルダーが擦れた。
 紺色の鞘に収められた刃を固める柄は紅色。
 遠目からでも目立っている。特徴的な色遣い。
「あんた、まさか……」
「俺は、フィル・アクイースだ。それ以上、それ以下でもない」
 遮るように言ったそれがポップを黙らせる。
「聞きたい事はこれで全てか?」
 ポップはただ頷く。
「じゃあ、もう降りろ」
「だけど…」
「下であいつらが待ってる。すぐに終わると思ったんだろうよ。だから急いで、追い付いてやれよ」
「あ……ああ」
 有無を言わせない迫力だった。だから、ポップは階段を降りることにする。入り口まで近づいて、フィルの横に立つ。そのまま通りすぎようとして。
「今の事は、誰にも言うなよ」
 思わず掛けられた言葉に首を向けようとする。
「首を向けるな、それと…」
 立ち止まったまま。次の言葉を待つ。
「友達は、大事にしてやれよ。出来なかったら…」
 フィルは、言葉に詰まる。
「『黙殺』なんて、悪名で呼ばれちまうようになるからな」
 まさか…、駄目といわれていた首を曲げ、フィルを視界に入れようとする。
 フィルは、ポップに興味がなくなったように、彼とは逆の方向に歩き始め、背を向けていた。
 声をかける事も憚るしかない。ポップも階段を降り始める。
 しかし、あの人が、ポップは驚くしかなかった。
 『黙殺』フィル・アクイース。
 ポップとほぼ同年齢で一団を立ち上げて、僅か数カ月で一大勢力にまで築き上げた、伝説的存在。
 魔術師に、黙殺、警備隊の副隊長。なんだか、凄い人達の世界に入ってしまった。
 今更ながら、ポップは身震いをした。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。