16th:終わりの始まり
「だから、あれだけ手帳に予定を書いておけ。と言ったんだ。そうでなくても、お前は忘れっぽいだろうが」
イアンは腕を組み、ため息をついた。それでも不正を見抜くような鋭い目つきは変わらない。先程の明朗な雰囲気を一変させて、副隊長の威厳と厳しさを出していた。
「ごめんなさい」
「すみません。だろ」
「すみません」
イアンに口調を注意され、フィルは心持ち、ますます身体を縮めてしまったように見えた。
「僕、大丈夫かなぁ」
イアンのあまりの怒りっぷりに、イダテは思わず不安を口にだしてしまう。
「大丈夫よ、イダテなら。イアンさんは、悪いことしない限りは怒らないから。あいつは、しょうもないヘマばっかするんだから」
「でも」
イダテ自身、自分は失敗ばかりしていると思っていた。盗みなんて、何回失敗したか分からないし、他の事なんて数え切れない。
「イアンさんは、むやみやたらに怒らない。まして頑張ったなら、結果がうまくいかなくても、誉める人だし」
「でも……」
「この『魔術師』から鞄を盗んだんだから、誇りなさいよ。私からそうする奴は、ひと味違うに決まってるんだから」
「は、はい!」
イダテは、セレンに抱きしめられた時以上に固まった。明らかに、ローテは悔しそうだったから。猫のように細めた視線だけで、殺されそうだった。流石、現役の魔術師。
「それにしても、長いなあ。あいつ、どんなにヘマしたの?」
ローテの不満は、明らかに二人に向いていた。当て付けのように声を大にした。それなのに、彼らは気が付く様子を見せない。説教が続く。
ソルを呼ぶ。
「何?」
「トランプある?」
「あるけど」
ポケットを探り、ケースを取り出した。
「一枚ちょうだい」
絵柄の指定は? と、ソルが大袈裟に尋ね、御自由にとローテは答える。
一番上に重ねられたカードをめくり、うやうやしくローテに渡す。右手で受け取った彼女は、人差し指と中指でカードを挟んだ。親指の爪が肩に触れるまで右腕を曲げる。肘を警備隊二人のいる方向に突き出した。
「お姉ちゃん! 危険だよ!」
「大丈夫よ。二人とも現役だし。これが避けられなかったら、警備隊の恥になる。絶対に」
そうしたら必ず言いふらしてやるもんね。慌てる妹を傍目に、ローテはニヤリと笑った。左目をつむり、肘先を微かに動かした。
子供二人は、そんな彼女の仕草に息を飲み、目を見張った。
肘から先がしなる。
鞭が振るわれた時のような、空気を鋭く切り裂く音が響く。
指に挟んでいた、カードが円形の残像を残して飛んでいく。
狙い通りに。
「っ……危ない!」
最初に、気付いたのは説教されていたフィル。説教に飽きて、注意が他に向き始めていたのかもしれなかった。
フィルは、背中に羽織っていたマントを二人の前に投げ出した。
黒色の幕が二人の目の前に広がり、飛んで来たカードを迎え入れる。それでも、カードの勢いは止まらなかったようだ。ぶつかった箇所が突き抜けようとするかのように盛り上がる。
目の前に投げ出されたマントは、押し戻されて地面へと落ちた。
沈黙。
「よく気がついたな。フィル」
イアンが静けさを取り戻して、呟いた。
「伊達に、訓練は積んでないですよ」フィルは、そう答えて地面に広がるマントを拾う。片手で摘んで持ち上げると、真ん中の生地が互いに斜めにずれた。そうしてできた隙間からは、向こう側が見える。「あーっ! 切れてやがる!大事にしてたのに……」フィルは、力無くうなだれた。
「けれど、お前がこうしなければ、俺かお前。どちらかが怪我をしてたな」
イアンは右手に挟んでいた物を、ローテに投げ返した。彼女が投げたトランプ。今度は、中空を切り裂く事はない。床を滑り、ローテの足元にたどり着く。札を表にして。
スペードのエース。
彼女の投げた札。
「ローテぇ。お前って奴は……」
フィルが涙目で睨み付ける。
「警備隊続けてれば、いつかは破れるじゃない。そう考えれば、今破れてよかったんじゃない?」ローテは、飄々と言う。「それに、いつだって奇襲に備えなきゃ。警備隊っていえないし?」
「にしても、やり過ぎだな。そこまでする必要はあるのか?」
イアンの問いに、ローテは頷く。
「せっかく、新しい家族が出来たのに。仕事熱心もいいけど、ここで説教するのもどうかと思って。やってみました」
テヘっと、舌先を突き出した。なまじ、彼女が美人なだけに様になりすぎている。可愛かった。
「それもそうだな」
あっさりと、イアンは引き下がる。「で、用はなんだ?」
「せっかく、二人が新しく家族になったから歓迎会開こうかな、って思ったんですけど。イアンさんの家でやるのはどうですか? ミアナさん。今日、腕によりをかけて料理するんでしょう?」
「そうだが。量が足りないし、あいつだけでは到底捌ききれんだろう。そこは、どうするんだ?」
「それなら」
「私達が手伝うよ!」
双子が話に割り込む。
「それに、帰り際にお店で材料揃えれば、全部解決するし。この際、警備隊の皆も呼んだらどうです?」
「名案だな。どうだ? イダテ、ポップ?」
イアンが、子供二人に尋ねると、二人は揃って頷いた。いくばくかの不安が残っていたけれど。見知らぬ顔が一気に増えてしまうなかで、彼らとうまくやれる自信がなかった。それが、自然と顔にでてしまう。
「心配しないで大丈夫だ。奴らは宴会好きだからな。お前らもすぐ楽しくなるぞ。うちの新入りは、皆そうやって溶け込むからな。なぁ、アクイース」
「そうっすね」
イアンが、フィルの背中を景気よく叩く。自然に、フィルの答えも気分良いようになる。
「俺達、騒ぐときは騒いでやるときはやるんだ」
フィルの言葉に自信が満ち溢れていた。それだけ、仲間を誇り、信頼している証拠だった。
二人は、彼らがそこまで自信を持って語る、彼らの仲間に、自然と興味を抱いた。
「それならさ」
「行こうよ。イアンさんの家ってびっくりするくらい広いんだから」
双子が、彼らの手を取る。彼らも、無理矢理引っ張られるのではなく、自分から足を動かした。
「でも、兄貴」
「どうした? ポップ」
ほんの数歩、歩いたところでポップが足を止める。ソルに声をかけて、怖ず怖ずと彼を見上げた。
「俺、姐御に話があるんだけど」
「姐御?」
ソルも、同じく足を止めていたセレンも、いや、屋上にいた誰もが首を傾げる。『誰?』空気がそこだけ止まってしまったように、凍り付く。
四方八方からくる、疑問の声にポップはたじろいだ。
「魔術師だよ」
ローテの名前を呼び捨てにするか、さん付けにするかどうしようか、一瞬悩んだ彼は、通称で彼女を呼んだ。しかし、その声は唾を吐くように投げやりで、ぶっきらぼうだった。しかし、今にも消えてしまいそうだった。
「私?」ローテは、悪戯っぽく自分を指差す。「なんだか、マフィアになった気分。この際、ヒルト一家でも名乗ろうかな? ちょうど私、犯罪者だし」
姐御と呼ばれて、浮かれたように喜ぶ彼女。
大好きな人に告白するよりも、ポップは恥ずかしくなった。
「ダァーッ! いいだろ! 姉貴って使っちまったんだから!」
ソルと握った手も上下に揺れる程、ポップはじたんだを踏む。
「ポップ。面白い」
笑いを堪えているソルを悔しそうに睨み付けるポップの目尻が潤んでいた。
「お姉様とかお姉でもいいんじゃない?」
火に油を注ぐかのように面白がっていた。
ポップは、歯をぎりぎりと鳴らした。
「別になんでもいいだろ?」そっぽを向き、ふて腐れた。
「うん」今までの出来事が嘘でした。とでも言うかのような、ローテの態度に思わずこけそうになる。
「なんでもいいのかよ…」
「大王でも魔王でも女王様でもなんでも大丈夫」
全部、王様だ。さりげなくフィルが思ったのは言うまでもない。心にしまっておく。
「で、どうするの?」
「どうするって」
イダテの前で尋ねられる質問ではなかった。
「ソル、セレン。あんた達先に行っててくれない? ポップは、私が連れていくから。後、鞄持って行って。玄関に置いて頂戴」
ポップの気持ちを知ってか、知らずか。ローテはそう指示した。
何も知らない彼らは、疑う事なく了承する。そして、ローテから投げられた鞄を受け取る。全てのきっかけとなった鞄を。
「分かった。それじゃあ、行こう。イダテ」
セレンがイダテの手を引き、また歩きだす。
「ポップ…」
突拍子のない提案をした彼を、イダテは不安に感じた。もしかしたら、二度と会えなくなるかも。と。
心配そうに見つめるイダテに、ポップは大丈夫、と自信を持っているように頷いた。
それを見ても、まだ不安は募っていた。けれどイダテは、セレンに引かれるようについていった。
屋上から、また一人、一人と人が消えていく。
ポップの眼前には、手摺りに寄り掛かるローテしか見えなかった。
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