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14th:双子が添える彩り
 気まずく、渇いた雰囲気が場を支配した。さっきまで、あんなに嬉しがっていたイアンでさえも、何を言えばいいのか分からず、黙り込む。
 だから、彼らのため息は、吸い込まれるように、音を残して溶けていった。
 張本人は、双子。
「なんか、変な感じ」
「だね」
 水を注すように双子が言葉を紡ぐ。しかし、それは波紋を描くように皆に聞こえた。
「イアンさん。そんなにすぐに決まっちゃうなら、イダテ君も困るよ」
「私達だってお姉ちゃんと出会った時は、ぎこちなかったから」
「そうか?」とイアン。
 双子は揃って頷いた。
「ずっと」
「泣いてばかりで」
「そのたびに」
「お姉ちゃんを困らせて」
「正直」
『思い出したくない』
 まるで掛け合いのように交互で喋り、朗らかに笑っていた双子の顔に陰が射す。それもつかの間。すぐに、晴れあがった表情に様変わった。
「そんな僕らでも」
「こうして、笑ってる」
『だから』
「彼らも笑う事が出来ると思うんだ」
「私達みたいにね」
「だから、こんな場面を鮮やかに変えて見せる」
「それが、私達の役目だったりするけど」
 二人ともが一歩踏み出し、双子のどちらかが彼らに呼び掛ける。
『とか言っておいて、自分達から動くけれどね』
 双子は、数歩だけ動く。ちょうど、屋上にいる人誰にでも、等距離になる位置に。
「袖に注目」
 ソルは着ていた上着を脱いで、ハンガーに架けるように肩を持って吊した。
「出てくる?」
 不安そうな物言い、の割には自信に溢れた顔つきのセレンだ。
「ほら、ゴエモン。出番だよ」
 セレンが、パンパンと袖元で二回、目覚ましのように手を叩いた。
 けれど、何も出てこない。沈黙を保ったまま、数秒が過ぎた。
 あれ? と双子は首を同時に傾ける。
『ゴエモンは?』
「もしかして」
 ソルが片手で上着を逆さまに吊した。地面を向いた右手の袖を二三度、埃を掃うように波立たせた。
 そうすると、肩口がもぞもぞと動いた。真ん丸に膨らみ、そのまま、するりと袖から降りていく。
 マッチ棒のような足が二本、飛び出した。だが、姿を現すと思ったら付け根の辺りで止まった。
 足が苦しそうにじたばたと円を描く。合間から、白色の羽根が何本か宙を舞い踊る。
「ゴエモン?」
「もしかして…」
『太った?』
 双子が声を合わせている間にも、苦しそうにもがく足が段々と力を無くしていった。
「わぁ! もう少し辛抱してよ!」
 セレンが叫ぶ。
「少し落ち着くんだ。ほら、もう大丈夫だから」
 ソルは、両手で持っている上着を放す。けれど、中空に浮いたまま、上着は地面に落ちなかった。
 宙に浮いている上着の襟元に、両手を突っ込んだ。ズボンを穿くように手を動かすと、それに合わせて丸い物体が上がっていく。袖口から見えた足はもう見えない。
 ソルは、卵を扱うようにそれを取り出した。そして、両手のひらをくっつけ、上に向けて足場をつくり、それを乗せた。
 汚れのない、純粋で清らかな白色の羽毛を持つ丸々とした鳩だった。くちばしと瞳の黒が目立っていて、驚いたように両方とも忙しそうにキョロキョロと動く。それにつられて、首がピストン運動を繰り返す。
 そうしながらも、首を左右に動かして、呼び出した二人見る。それにつられて何かが揺れた。
 首にかけられたのは、笛だろうか?
「ゴーエモーン!」
「大丈夫だった?心配したんだよ?」
 鳥は、首をすくめて双子の反応に答える。
「二人とも」くちばしを上下に震わせて、鳥が喋った。「私は成長期なのです。太ったなんてことは言わないで下さい」
「でも、ゴエモン」
「昨日、ご飯いっぱい食べてたよね?」
「こ、これと、そ、それとは、は、話しが別です」
 鳩は、慌てたように言葉に詰まった。
「鳩が喋った?」
「よね」
 双子のように、言葉を繋ぐポップとイダテ。
 心なしかピストン運動が速まっていた鳩が、落ち着いたそぶりを見せて、彼らに首を向けた。
「鳩が喋ってはいけない、なんて決まりはありませんよ。お坊ちゃん方」
 鳩らしからぬ丁寧なそして、滑らかな喋り方。
「はじめまして。私はゴエモン。名は、飼い主様から頂きました。あだ名は、なんとでも。余りに掛け離れていなければ、了承しましょう」
 ソルの手の平に乗って、ゴエモンは軽く首を振りながら自己紹介をした。
「挨拶がわり」
 セレンが言う。何も起こらない。
「ゴエモン?」
 鳩はそっぽを向いた。
「怒ってる?」
 ソルの問い掛けにも同じ動作だ。気のせいか、丸い頬がさらに丸々と膨らんでいるように見えた。
「熟睡しているところ、あんな風に叩き起こされたら、誰だって悪態をつきたくなるでしょう。うだうだ文句を言わないだけでも、感謝するべきです。それに太ったなんて濡れ衣を着せられるのですから」
 二本の足を器用にも、時計の針が回るように動かして、背を二人に向けてソルと対面する。ソルは、答えるかのように、両手を水平に保ったまま高く上げ、ゴエモンをまっすぐに見つめた。
「そう言っても、ゴエモン」
 ソルは口元を吊り上げる。
「今、夕方だよ」
「はいっ?」
 セレンの言葉に、ゴエモンは首を捻った。
「今が夕方な訳があるわけないでしょう。私の体内時計は鳩時計よりも正確だって……」言っている最中に、ゴエモンは空を見上げた。
 鴉が甲高く鳴くのが似合うような茜空とちぎれ雲。沈む太陽は、紅かった。
 朝日は紅いだろうか?
 ゴエモンの顔が豆鉄砲をくらったようにみるみるうちに、変化する。
「どんな手品を使ったんです?」
 大まじめに尋ねる、鳩が一匹。
「それは、『夜ふけまでゴエモンと手品をやってたら鳩時計がずれてしまったのさ』って感じかな」
「うん。それでいいんじゃない」
 ただの寝坊だというのを、オブラートを包んではぐらかした。
「そうですか。それなら、良かったです」
 疑う事なく安心するゴエモンもゴエモンだ。
「んじゃ。手品始めようか」
「ここで、うまくいきますか?」
「うまくいくに決まってる」
 そうですか。と鳩は、何も言わずに首を前に傾けた。くちばしで首に掛けた紐を手繰りよせる。するすると、笛までたどり着くとそれをくわえた。
 首を後ろへと反らし、その反動で前に突き出し。
 笛を高らかに、吹き鳴らした。
 のに。
 音が全くしなかった。
「お兄さん。音が鳴らないじゃないか」
 ポップが口をとがらせた。
 ソルは、ゴエモンを両手に乗せたまま笑う。
 セレンが代わりに答えた。人差し指を横にして、唇を隠して。
 ポップが彼女の仕草通りに口をつぐむと、セレンはその手を耳に沿え、音が集められるように囲った。
 彼女の示す通りに二人は、耳をそばだてると。
 微かな異音が聞こえた。右から。左から。上から。四方八方からそれが近づいてくる。
 と、地面の色が橙から灰色へと変化した。
 天気が変わったのかと、二人は空を見上げた。
 彼らがそうすることをまえもって知っていたのだろうか?
 同時に、突風が地面にたたき付けられる。
 見上げた彼らは、突然のそれに思わず目をつむる。風が止み、目を開くと。
 辺り一面が白を中心とした色に様変わり。
 鳩が所狭しと整列していた。
 ゴエモンを中心に、まるで半円を描くように。
 二人は息を飲み、その光景をじっと見た。すごいと、自然に声にだしてしまう。
 鳩の一群を見回したゴエモンがどうだと言わんばかりに胸を張った。
「だけどな」今まで、沈黙を守っていたイアンが声を発した。「これは手品か?」苦笑混じりの声色。
「手品っていうのは、人が驚けばそれはそれで成立すると、僕は思う」
 しどろもどろにもならないで、流れるように言うソル。まるで、それが身上であるかのように。
「けど、これで、手品になるかしら?」
 セレンはソルに近づいて、ゴエモンの嘴に手をかざした。
 手が嘴から離れると、ゴエモンはいつの間にか、葉を加えていた。
「こんなものでどうでしょう?」
 セレンの手には、今までゴエモンが加えていた笛が握られていた。
「流石」ローテが、拍手して軽い音色を響かせた。「私の弟妹ね」
 双子は得意そうな顔をローテに向けた。
 セレン、とゴエモンが呼び掛ける。
「笛を返して下さい。彼らを帰さないと」
 彼らとは、呼び寄せた鳩のことらしい。
 そうね。と、彼女は笛を嘴に加えさせた。直前。ゴエモンの顔が戸惑いを見せた。
 人間には、到底とれなさそうなリズムで、リズミカルに笛を吹き鳴らすゴエモン。その音色を聴いた鳩達は、一様に首を斜めに傾げて、それでも納得がいかないといった様子でそれぞれ飛び去っていった。
 最後の一羽が飛び去って、数秒。ゴエモンがソルの手の上で溜息をついた。
「また、彼らにエサを奢らなければ……『また、しょうもない事で』って信用を無くされてしまいます」
 指揮する者の悲哀を感じた。
 というよりも、そんなに大変だったのか。鳩の社会は。
「すまない。ゴエモン」
 申し訳なく、ソルがうなだれた。
「いいんですよ。観客に喜んでもらえれば」うつむくソルを見上げ、翼をはためかせるゴエモン。「鳩をまとめるのは、私の領分ですから……って」ゴエモンが声を荒げた。「全然反省してるって顔じゃないですか!」
「ゴエモンだって、深刻に考えてないだろ?」
「鳩の世界にも政治力はあるのです」
「ゴエモンに匹敵するような鳩さんっているの?」
セレンの問い掛けにゴエモンはしばし沈黙した。
「……いないですね」
「だったら、大丈夫よ」
「ゴエモンが、普段通りにやってれば嫌われる訳がない。僕らが保証する」
 それは有り難い。ゴエモンは、そうとだけ呟くと首を傾けた。それにつれ、瞼が瞳を覆い隠していく。
 3時の方向に頭が向いた時、突然、電気が走ったようにゴエモンが震え、直立した。
「まだ眠いので、これでお開きにさせて下さい」
「ゴエモン。ご褒美は? どうしよっか?」
「抜きでお願いします。やっぱり、太ったなんて言われてしまうと、気にしてしまいますから」
 ゴエモンは、双子の返事を聞かずに、ソルの上着に近づいた。
 首の部分に足を入れると、膨らみがするすると入っていき、背中の部分が盛り上がる。それもつかの間。風船が萎むように、膨らみが消えていった。


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