13th:事態は変わる
そんな険悪な状況などいざ知らず。こつこつと階段から響く音が、段々と大きくなっていく。誰かが、屋上へと向かっている。
皆、階段を注視して。
「やっぱりお前らか!」
階段から一人の男が現れた。フィルと比べたら、顔半分くらい背が小さいが、上背がある壮年の男性だ。口元に蓄えた熊みたいなヒゲが温和さを強調する。
「イアンさん!」
最初に気付いたローテが素っ頓狂な声をあげた。
「副長! でも、今日は非番じゃ?」
フィルが言う通り、彼は警備隊副隊長。
「確かに非番だ。だが、家内が郵便局長だと知っているだろう。『休みの日も家でごろごろしてないで手伝ったら』なんて冷たいからな。非番の日もこうして仕事するしかない。……手伝うと、家内の機嫌が良くなるし、いつもより食事が豪勢になるからな」
自分だけが知る秘密を漏らすかのように、楽しげに話す彼。その仕草には警備隊副隊長を勤め上げるような、厳しさはなかった。
「それも一段落してだ。ちょうど事務所の近くだったからな、紅茶の一杯でも貰おうかとよったら、誰もいない。レムリアに聞いたら皆、捕物に行って出払ってるってな。面白そうだから、見物しにいったら案の定お前らがいた訳だ」
見た目に違わないバリトンボイスで語る。
その声音か、存在感か、はたまた予想外の人物が現れたからか、険悪な雰囲気は忘れ去られていた。
そんな一大事に関わっていたことに、彼は気付くわけもなく。
イアンは、見知った顔を見つけた。
当然見知った顔の男の子も驚いたように視線を向けた。
「おじさん!」
イダテは口を丸くして叫んだ。
「よっ。坊主」
右手をあげて、イアンはそれに答えた。
「何、イダテ? この人とどういう関係?」
黙っていたというよりも、話に参加出来ずにいた、ポップがやっと口を開けた。
「いっつも郵便配達を手伝ってるんだ。今日貰った銀貨もこの人から貰ったんだよ」
誇らしげにポケットから銀貨をだすイダテ。
「それって、これか?」
イダテにつられるように、ポップもポケットから銀貨を取りだす。
二つの銀貨が揃った時、イアンは合点がいったと言わんばかりに両手を打った。
「そうか。銀貨を二つねだったのは、友達のためだったんだな」
ポップは驚き、イダテを見た。言っていた事と違っていた。
「おじさん。それは言わない約束だったでしょ」
慌てふためいて、イダテは二人を交互に見た。
「お前はすげえ友達思いの良い奴だな。なぁ、坊主の友達。こいつを大事にしてやんな」
言われなくても、ポップには分かっていた。だけど、決意を込めて頷き、イアンに答えた。
「それでだ、なんでこいつらがお前らと一緒にいるんだ?」
イアンは『こいつら』で視線をローテに移し、『お前ら』でイダテとポップに視線を移した。
イダテは言いあぐねた。おじさんが警備隊、それも副隊長だって分かってから、自分が盗みをずっと働いていた。とは言えなかった。言ったら、失望されてしまうのは目に見えていたから。
イアンの眼差しがイダテに向けられるとともにイダテに罪悪感が溜まっていった。
やっぱり僕、居なくなったほうがいいのかな?
沈んでいく気持ちを知ってか知らずか、それを吊り上げるように頭をわしづかみにされた。
ローテが二人の頭を掴んでいた。
「この子達は、今捕まってるギャングの使い走りをやらされていたんです。引ったくりとか、盗みとか。そうでもしなきゃ、生きていけなかったから。現に私も鞄盗まれてしまって。せっかく、ソルやセレンからお金を盗んで買った鞄なのに」
「やっぱり盗んだじゃないか」
「お姉ちゃん、最低」
言うやいなや。目ざとく、双子は姉の失言を見逃さなかった。矢継ぎ早に繰り出される言葉に、しまったと、言わんばかりにローテは顔をしかめた。
「ちょっと、待って! 今のは、言葉の綾っていうやつ! 聞かなかった事にして! あっ……二人とも。この前欲しい物上げたじゃない。ね、ね?」
『それとこれとは関係ない!!』
彼らは、決して揚げ足をとるような真似をしていない。と思っていた。
ただ、姉が盗みを働いた証拠が欲しかったのだった。高価な品物を盗む専門の魔術師のくせして、家族のはした金をちょろまかす姉を。
まるで、政治家が失言をしたように、慌てて言い繕うローテをイダテは見上げた。
なんで、なんで言っちゃうの? おじさんに幻滅される。
ただの意地汚い泥棒だ、って。
「本当か?」
それ以外の言葉を失ったかのように、漏れ出たように、イアンは問う。
躊躇して、イダテは頷いた。そのままの姿勢でイダテは固まった。イアンの顔を見たくない。
もう結果は見えていた。
「すごいな」
イダテの予想と違う、感心したような声。
恐る恐る、罠を警戒するかのように、イダテはすくめていた首を上げた。
「坊主、この魔術師から物を盗んで、逃げ切ったんだろ?」
イアンの声は何故か弾んでいる。
「はっ、はい」
どうして、怒らないんだろう? 泥棒なのに。悪いことしたのに。
「これは、傑作だ」
この街全体に響くかのような、拍手を一回。たかが一回だけなのに、空気がびりびりと振動した。
「イアンさん笑いすぎ」
「お前が盗まれる場面を想像できない。だけど、坊主はやったんだ」
頬をわざとらしく膨らませるローテと親しげにからかうイアンだった。
「気に入った。親の顔が見てみたいな」
何の気無しに呟く。
みるみるうちに、イダテとポップの顔が曇っていく。
「どうした?」
「イアンさん。デリカシーがないですよね」
呆れたようなローテの声。イアンは彼らがどうしてこうなったか理解した。確かに、この歳で使い走りさせられているような生活を強いられているならば。親は無関心を貫いているか、もしくは……。
「親がいないのか?」
そう問われるのが、彼らにとっては負い目となっていた。他の奴は帰る場所があるのに、自分達にはなかった。暖かい食事も、無償で渡される愛情も。安心できる場所も。
お前には、分かるもんか。と睨みつけるような視線が彼らの答。
それを、イアンは正面から受け止めた。逃げも隠れもしない。警備隊副隊長の肩書きに賭けてよりも、彼自身の生き方だった。
まっすぐにしか生きられないから、辛酸も泥水も数え切れないほど身体に浴びてきた。
「こいつらの行くあてはあるのか?」
「私が引き取ろうと思います」
「お前の職業で、こいつらを養えるのか?」
「養えるから、そう答えました」
「一気に四人に増える訳だか」
「回りくどい。単刀直入に言えませんか?」
「あの坊主をうちのガキにしたい」
イアンの要求にローテは、別に驚いた表情を見せない。淡々としたそれに感情は表さない。
「イアンさん」ため息と同時に「この子達はこの子達の意志がある。私にそういわれても、返事は返せない」
「ヒルト、今年でいくつになる?」
「十八ですけど……」
矛先を変えた質問の意図がローテにはわからなかった。
「まだ、俺の半分しか生きていないじゃないか。それで、お前以外の四人を養うのか?」
「何が言いたいんですか?」
困惑よりも苛立ちが雑じるローテの口調。
そんな年若い彼女をいなすかのように、イアンは一息置いて言った。
彼女の二倍生きた、その経験を込めて。
「お前くらいの若さで、四人を背負うのならば……そうならば、それは重過ぎないか?」
「そんな訳無い!」
拒絶するかのように叫ぶ。自分自身、思ってもみない行動に、ローテはふと我にかえる「私にはできます」とだけ付け加えた。
「自分の物買うために、自分の親しい人間の金盗むくらいなのにか?」
「フィル……」
「少しくらい、強情っ張りを治したらどうなんだ」
「‥‥‥私は、魔術師よ。足りないお金は金持ちから盗むわ」
「お前、それは本心から言っているのか?」
ローテの中身を掘り進めようとするような、イアンの問い。じっと静かに、けれど動物が敵に対するような威圧感を向け続けているような緊迫感が充満していた。
饒舌を飛ばしていたローテの口が動かなくなる。
「そんな硬い顔を見せるな。せっかくの美貌が台なしになるぞ」
肩の荷物を下ろしたように、イアンの口調が穏やかになる。
「実際、こいつら二人とも魔術師になったら大変になるからな。警備隊に一人入れたかっただけだ。それに子供もいない。どうだ? 坊主。うちに来ないか?」
イダテは返事を迷っていた。彼自身はどちらでもよかった。けれど、できるならポップといたい。
いい機会じゃない。とローテが言う。
「イアンさんのとこに行っても、何時だってポップには会えるわ。イアンさん、君の事、十二分に可愛がってくれるはずよ」
後押しするような言い方。ポップは信じられないとでも言うように、ローテを睨んだ。
「僕は……。わかりました。おじさんについていきます」
イダテは、彼等の言いたいことを充分に理解してしまっていた。長い間、ギャングの中にいたせいで、俗に言う『空気を読む』のに長けてしまっていた。
「イダテ……」
掛けられる声さえ考えられない。これじゃあ、大人の都合じゃないか。
そうか、とイアンは破顔する。「そうと決まったなら、こっちに来い。イダテ!」心底嬉しそうに彼を招いた。
イアンの元へ掛ける前。イダテは、ポップの方向に振り向いた。「いつも一緒だよ」それは、別れの挨拶とは程遠く、微かに困った表情。
イアンには見えない角度だった。
イダテは駆け寄る。
「もう一度だけ、自己紹介だ。俺は、イアン。イアン・ブルームス。イダテはイダテ・ブルームスになるんだな。よろしくな!」
子供が産まれたように、弾ける笑顔を見せていたイアンに対して、戸惑うような表情を浮かべていたイダテ。「どうした?」と訝しむような声をかけられて、ようやく「お願いします」と言った。浮かべた愛想笑いに。
どうして、素直に笑えないんだろう? とイダテ。もう一歩が上手く踏み出せなかった。
せっかく、望みだった家族の中に入れたのに。
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