10th:彼女と双子
黙殺、アクイース。
彼がそのようにあだ名を付けられたのには、二つ理由があった。ご多分にも漏れず、一つはよく知られていてそうかと納得できるような理由。
もう一つは、ローテとその仲間、警備隊の中でしか知りえない事だった。
彼はその意味で『黙殺』と呼ばれる事を酷く嫌う。自分の過去を勝手にほじくり返される気分がするからだそう。
その出来事があったからこそ、彼は警備隊に勤めようと決意したのであって、また、もう二度と自分が経験した体験を人に味わせないようにと力を尽くしていた。
彼がどうしてそうなったのかは、また別の話。
…………………………
タオルに舌を絡ませて、どうにか舌を刺すような辛みを抑えた。やっとである。思わず、ローテの顔が綻んだ。
今度からは、弟達に料理を任せないで、自分でやらなきゃ。とまで決意した。何度めだろう?
けれど、弟達が料理を自らし始めた理由が、姉の料理があまりにまずかったから。それならば、自分達でやったほうがましだ、と結論づけた事を彼女は知らない。
「まだ料理下手か?」
「五月蝿いな、人には向き不向きってものがあるのよ」
二人の周りには、まるで嵐が去った後の枝葉のように人があちこちに倒れていた。
皆が一様に気絶している。いつの間にか手にした武器を全てローテに持って行かれて。彼女の足元に無造作に投げ捨てられていた。
ほぼ全員が、フィル一人にやられてしまった。
少しだけ、ローテを狙った奴らだけは、彼女が倒した。
「だけど、流石よね。伊達に『黙殺』の通り名は持ってた事だけの事はある。あっ、先に言っとくけど『声も出さずに溶けたような気配をもって相手を潰す』意味でね」
ああ、面倒臭い。
ローテは、武器と同じくらいにぶっきらぼうに置かれた鞄を大事そうに持ち上げる。
傷が付いていないかもう一度確認。隅々まで確認して、変化無し。安堵する。やっと安心して持って帰れる。
「こいつらが弱いだけだ。俺が現役張ってる時よりもヘタレになってるんだ。こいつらもみんなも」
腹の足しにもならないと、口走るフィル。
ポケットから、袋を取り出した。中には、白い粉が舞っていた。
相手にした少年達のポケットを探ると案の定、出てきたのだった。
「やることは、いつの時も同じなのにね」
「全くもって、気に入らないな」珍しく、フィルが怒りを隠さない。「こんな、クスリごときで人生狂わせるなんて…。狂っていく経過を黙って見てるしかない身にもなってみろ」
「同感」
そう言ったローテは再度、タオルに顔を埋めた。
「…からい……」
「どうすればそんな辛い物が作れるんだ?」
「大きなお世話」
再度、舌を拭ってしかめっつらを見せた。
「私だって、本気になれば美味しいの作れるんだから」
「本当かよ?」
「最後の晩餐にしてやるわ」
「くたばれって言いたいのかお前は?」
「どうして、そこだけ聡いかな?」
「舌出して照れても、ダメだからな」
「リーを口説こうとして失敗したのに?」
「また蒸し返す」
「リーは性格きついけど、中身はとても優しいんだから。黙ってないで攻めて攻めて、攻め続けるのよ。『何、あいつ。あたしから誘えっての。そんな野郎こっちからお断りだ』リーからの伝言」
「リーさんって厳しいよな。よくあれで、医師が務められるよな。感心する」
「それは、患者さんがすぐに病気にならないためにやってるのよ。甘くしたら、リー目当てでやってくる患者が増えるかもしれないからだって。人気あるし。実際、何もないのに来る患者もいるんだって。『恋の病』とか真顔でいった奴には飛び膝蹴りかまして、入院させたらしいけど。本当は、強くて頼りがいのあるお姉さんなんだから」
「へぇー」
「応援してるから。多分、二人はいい仲になると思うんだ」
「それは、おめでたい。助言は受け取っておく」
フィルは、肩をすくめると工場の出入り口に向かった。
「ちょっと。まだ終わってないんだけど」
「仲間がもうそろそろ来る頃だ。大体の場所しか教えてないから、出待ちしなければならない。それに、家族水入らずの中に俺は邪魔だろ? 怒られとけ」
フィルはそう言うと振り向いた。「お前は十二分に必要とされてんだ」
決めゼリフのような言葉を吐くと、そのまま出入り口に消えていった。
あぁ、もう。わかりましたよ。外へ出ていった彼にふて腐れるように彼女は一人ごちる。黙って殺すとか言って、臭い一言吐くから微妙なのに。
倒れ伏す少年達を見回して、ため息をつく。
それに気付いたのは、フィルを待つために一人で時間稼ぎをしていた頃。もしかしたら、色っぽく、ぶざまな演技をしていた時からいたのかもしれない。
しかし、彼女が一人になっても何も反応はない。ギャング達が気絶している光景に変化はない。
普通、自分達から動かないよね。
誰がいるかって?
彼女は知っている。
両手の側面を口に沿えて、くちばしのように両手を丸めて。
「ソル! セレン! いるのは分かってるからね!」
工場内に響き渡る大声。 むくりと起き上がる、ギャングの内二人。
素で驚いた。
ひっ、と声を漏らすと後ろに一歩引きさがる。
左右同時に起き上がったから。
だけど。
「中途半端に驚かせるような教育はしてないのに」
っていうより、何故に怪物のように歩く?
一歩がすごい短い癖に、かなり遅い。
何の冗談?
「後一歩でも近付いたら撃つからね」
脅しにぴくりと、二人の動きが止まる。朝日を浴びた吸血鬼のように、床に倒れ伏した。
まったく。
芸が細かい。
「嘘だ」
短い否定が左側から聞こえる。
「嘘じゃないに決まってるじゃない。今まで、私が嘘をついたことがある?」
「何度もあるじゃん」
疑問に答える声が右側から。
「まず一つ目」
左側に倒れていた、ギャングがよろよろと立ち上がる。
「今日早く帰ってくるって言ったの誰だっけ?」
同じく、右側に倒れていたギャングがよろよろと立ち上がる。
「二つ目」
「いっつも、朝早く起きるって言ってるのに」
「起きないし」
「三つ目」
「お酒は、二十歳を過ぎてからって言ってるのに」
「こっそり飲んでるでしょ?」
交互に言い終えるたびに一歩ずつ近づいてくる。声音は、似ているけど微かに高低の差が耳に残る。
「あぁー! 分かった。訂正するから」
手を上げ、降参だと。
苦笑いするローテ。
「許さないから」
「いろいろとね」
二人は同時に顔に手を掛けて、素顔をさらした。
銀色の髪は、性別を示すように特徴的。刈り上げた髪と、肩まで届く髪。
双子だ。中性的な顔立ちは、どちらの性別からも好かれるようだ。
歳は、ローテとポップの中間だろう。
二人とも、ローテの家族だ。血は繋がっていないけれど。
「で、その手に持っているブタさんの貯金箱はなにかな? ソル?」
「どうして、これが貯金箱だって分かるんだい? 姉さん」
右手に豚の置物を持った刈り上げ髪の男の子、ソルが悪意を持った笑顔を見せる。
「姉さんには、ずっと黙っていたと思うけど」
「そっ……それは」
「お姉ちゃん。もう観念しなよ。もう、お縄につかなきゃ」
最近流行りのラジオドラマ、『東国の武士』の口まねをみせる女の子、セレンが自白を促した。
「でさぁ。この鞄、かっこいいね」
「ぐぅ」
何となく、図星というよりも、思わせぶりに近づいていく追及。真綿で首を締められるような気分をローテは味わった。
貯金箱だって分かるのは、私が鞄を買うためにお金をその中からくすねたからよ‥‥‥なんて、死んでも言えない。
墓穴を掘らないように、黙ることにする。黙秘権、黙秘権。
「姉さん、お金を盗んだでしょ?」
「お姉ちゃんだけだよ。こんなに器用に盗まれた後に裏工作するの」
セレンがいうやいなや、ソルが豚の置物の向きを返る。頭の向く位置が逆になり、ソルに向いていた面がローテに向けられる。
そこには、豚の胴体を囲むように手術したような跡が、四角の形をして微かに残されていた。
それも、一寸の違いも許さずにまた、張り合わせられている。
「こんな面倒臭いことするのは姉さんだけだ」
呆れた、とソルは暗に言っていた。
「まさか、弟妹からも盗むなんて」
セレンが嘆く。
「これは、罰だね」
「これに懲りればいいけど……」
セレンは五歩程度の距離から小走り、唐突にローテに抱きついた。
彼女は逃げずに、迫ってくる妹を受け止めた。
手を回した背中は、震えている。
「心配したんだから。なんで、私達はお姉ちゃんがいらない。なんて思わなきゃいけないの? こんなに大好きなのに!」
あぁ。とローテは理解する。やっぱり、私が撃たれたって演技してた時からいたんだ、と。そこまでは気付かない。恥ずかしい行動してる時も平然としようとしていたのに、愛すべき者が近くにいることも知らないなんてね、我ながら情けない。
「姉さんは、無茶ばかりだ」
言葉は少ない。けれど、ソルも立ちながら涙ぐんでいた。
ローテは二人の仕草を見て、しかたないと力を抜く。二人とも、純情なんだから。
でも、そうであるなら。 彼等が汚れないように守らなければ。
汚れるのは、私だけでいい。
「辛気臭い顔しないの」 セレンの背中を二三度叩き、見上げた彼女を勇気付けるように笑う。何事もないように。
「ほら、ソルも」
泣き顔をみせていたセレンが、きょとんとした顔を見せたのを確認すると、ソルにも顔を向ける。
ソルはもう平静を装っていたけれど。多分、見せ掛けだろう。
「で。あの男の子、どうかな?」
ローテの問いに、まず、セレンが答える。「どうせ、お姉ちゃんのことだから大体は分かるけど」
「ソルはどう思う?」
「そんなの当たり前に決まっているさ」
朗らかに答えるソル。
『人が多ければ多いほど、楽しくなる』
謀ったのか、偶然か、双子の声は調子とともに揃っていた。
「そうこなくっちゃ、っとその前に」
ローテは鞄から縄とハサミを取り出した。セレンと距離をとり、縄を均等に一定の間隔で切っていく。
「警備隊が来る前に、彼等の手足を縛っとかなきゃあね。少しは、恩でも売っとかなきゃ。手伝って」
左手に束ねた縄を持ち上げてローテは言った。
もちろん、双子は姉の頼みを快諾する。
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