陰謀
今日もアドウ工房脇の第二ハンガー……《ディーゴ》の周りは急がしそうである。
その中で動き回る十数人の内のほとんどが顔が皺くちゃの年寄りばかりである。
「ヒヒヒ、君は本当に面白いことを考えるね……ヒヒ」
「出来る?」
その中でも年齢が十代というクリュウは、この《デイーゴ》というHSAの持ち主である。
クリュウは、EoM技師であるウエマーに《ディーゴ》に搭載するEoMをオーダーしていた。
「ヒヒ、原理的には可能だ。ヒヒ、魔雷で証明されたように、魔素を含む燃料から発生したモノには、魔素が宿るとされているからね、んヒヒ」
ウエマーは笑顔を崩さずに続ける。
「……ヒヒヒ、それにしても今まで無茶な相談はいくつも受けてきたことはあるが、これほど滅茶苦茶なのは初めてだ、ヒヒ。ンフフ、何せ君は、こんな年寄りに、今まで作ったことの無いまったく新しいEoMを作れというのだからね」
技術というのは、積み重ねがあり始めて進歩する。
「でも、滅茶苦茶なだけで、無理ではないんだなヒヒ」
クリュウがオーダーするEoMは、確かに今まで類似する物が存在していないEoMだ。だが、それを実現する為の理論は確かに存在する。だから、無理では決して無い。
「……本当にいいの? オレなんかの為に作ってもらっても、儲けはない……かも」
「ヒヒッヒヒ、そんなのはどうだっていいのさヒッヒ」
ウエマーは周りを見渡す。
「ここにいる連中の誰もがそんなこと気にしてないさヒヒ。奴らは自分の経験をその手に生かしたいだけ、ヒヒッヒ」
そして、ウエマーは薄気味悪い笑みを浮かべる。
「ヒイヒヒヒ、それにね約束したとおり、"ぼくがかんがえたさいきょう"のEoMを積ませて貰えるんだろうヒヒ。それならこれぐらいのお膳立てはしてあげないとねヒヒヒヒ」
クリュウの背筋が一瞬凍りつく。先日ウエマーと約束したソレ……。無表情無口なウエマーをそこまで高揚させてしまう程のものであるのか。クリュウには安易にOKを出してしまった約束が、悪魔との契約であったのかもしれないと思った。
「くーちゃん?」
そんなときであった。サリナの母、ルリが現れた。
「くーちゃんに、お客様よ。事務所に通してあるから、行って来て」
「分かりました。ありがとうございます」
そうルリに告げると、クリュウは事務所へと向かう。
(誰だろう?)
そう思いながらクリュウは事務所の扉を開ける。
あけると、背広を着た男が椅子にも座らず立ったまま待っていた。
「こんにちは、クリュウ・イワザキ様ですね。私こういうものです」
そう言い、その男は名刺を差し出す。
名刺なんて見たことも無いクリュウは覚束ない手付きでそれを受け取る。
そこには、目前の男、トリオ・ナリタという名とアーヨー商会という会社名が書いてあった。
品良く微笑む彼は、クリュウが席についても立ったままニコニコとしているだけで、一向に席に付こうとしない。
クリュウが勧めると、ようやくトリオは席に着いた。
クリュウから見れば、トリオはまったく縁のない大企業同士が商談を行う場にいる……そんなサラリーマンに見える。
「実は、ここだけの話……貴方様だけにいいお話がありまして……」
そうトリオは小声で話す。
「こういった物をご用意して参ったので御座います」
鞄からパンフレットを取り出す。
パンフレットには、HSAのスペック表が書いてある。スペック表に目を向けるとトリオは続ける。
「実は、このHSA……あのアイザ・ヨーが乗っていた《スカイ》の兄弟機で倉庫で眠っていたのをこの度発見しまして」
スペック表には確かに、"ペンデュラム機構"といった《スカイ》に通じる物が書いてある。
「今なら、ご希望のローン回数でも金利が0……」
「いや、別にいらないけど」
そう言い、クリュウはスペック表を戻す。
確かにいい機体だとは思うけど、今のクリュウには必要が無かった。
トリオは度肝を抜かれたような顔をする。
「じゃ、じゃあ、貴方様の希望するお金をご融資させていただくのはいかがでしょうか? このローンというのも我々の経営する銀行で行っているものでして……」
トリオは未だに驚きを隠せずに次の提案を始める。
これにはクリュウも悩んだ。
確かに現状、《ディーゴ》の修理に協力している人達に対価を払えそうも無い。
そんな時にこういった良い話が飛び込んできたのだ。
その話に聞き耳を立ててる人物がいた。
ルリにお茶を持っていくように言われ、サリナはお盆片手に事務所の前に来ていた。
クリュウにお客だなんてどんな人だろうという興味もあった。
決して盗み聞きしよう、とかそういう事を思っていた訳ではない。だけど、中から聞こえてくる、
『ここだけの話』
だとか、
『貴方様にだけ……』
それだけでなく、
『金利が0』
という、怪しい言葉が飛び出すと黙っていられなくなった。
誰がどう考えても真っ黒にインチキ臭いではないか。それも相手はあのHSA以外まったく無知なクリュウである。
先日もサリナからみれば騙されて買わされた《ディーゴ》の事を考えると……。
サリナは事務所に突入する。
「アンタ! ちょっと何やってるのよ! 」
「な、何ですか、あなた!?」
トリオを引っ張り出す。
「こんな疑うことを知らない相手に詐欺をするなんて最低よ!!」
追い出すように敷地外へと突き出した。
「良い話だったのに」
と、クリュウは残念そうに言う。
「アンタねぇ……どう考えてもあんなの詐欺師の口実じゃないのよ!」
少し強めにクリュウの頭をど突きながらも、サリナは安堵する。
(まったく、どうしてコイツはこんなに騙されやすいのよ……)
今回は自分がいたから良かったけど、そうサリナは思った。
大2RB大会であるWCC締め切り間近となって、マスコミ各社にとあるニュースが飛び込んできた。
そのニュースは、あのアイザ・ヨーがWCCに出走登録をしていないというものであった。連日、記者達が、アイザの屋敷に通いつめるも彼女が出てくる様子は無い。WCCの執行部がアイザの家を訪れても門前払いという結果に終わると、新聞の見出しにはこういったタイトルが乗るようになる。
『アイザ・ヨー引退か!?』
大企業クロバ工業ですらこの情報に困惑する始末であった。アイザを倒さずして、ギドレーがチャンピオンの称号を得たとしても、肩書きを拾った形になりこれでは格好が付かない。
関係各所があたふたとする中、一人ほくそ笑む人物がいた。
「くふふ」
真っ赤でふかふかな椅子に腰掛けながら、テレビをつけながら色々な新聞を広げては投げ、広げては投げを繰り返す。
「……お嬢様……それはあんまりにもお行儀が悪うございます」
ゴンドは主人であるアイザに忠告する。
「だってぇ~。くふふ、こんなに愉快な事ってある? ほらほら……『アイザ・ヨー引退か!?』ですってよ」
もはや、アイザは可笑しくて可笑しくて腹を抱えている。
アイザの部屋は今カーテンも締め切っており、こんな行儀の悪いアイザを見れるのは執事のゴンドだけである。趣味悪く、こういう算段を考え、ニヤニヤと笑うアイザを見るものがいればファンも減るのではないかと、ゴンドはため息をつく。
「お嬢様、WCC執行部からのお手紙が……」
「破り捨てなさい」
アイザの興味はWCCにはまったく無かった。
関係各所が大騒ぎすればするほど、アイザの気はスっとした。アイザはHSAとは無関係な口実で持ち上げられることに、ほとほと嫌気が差していた。
「そういえば、例の件はどうなったの?」
楽しげにアイザはそうゴンドに尋ねる。
「……実は、」
とうとう来たか、とゴンドは思う。これほど楽しそうにしている主人の気を害しそうで黙っていたのである。
「失敗したそうです」
「は!?」
アイザは目を点にする。
「あれほど良い条件を提示したのに!?」
「それがいけなかったのかと……逆に怪しまれたそうです」
「じゃあ、適度に怪しまれないようにしなさい」
アイザはHSA以外の事に関しては興味も関心も薄い。だからどうしてもHSAに関係ない駆け引きに対して爪が甘い。その為のゴンドであった。
「そう思い指示を出したのですが、当人に接触出来なく」
「ああああ!! もう、それじゃ意味ないじゃないの! いいわ、あたしが行くわ」
「いけません」
気がついたら即行動、年相応のアイザをゴンドは静止する。
「飛走都市までは、延べ2日も掛かります。間に合いません! それに記者会見はどうする気ですか?」
ゴンドは駄々を捏ねるアイザを引き止めるのに苦労した。
そして、WCC締め切り日が過ぎた。
「おいおい、何する気なんだ。あのお嬢様は……」
世間の注目を浴びるアイザの記者会見にチャンネルを向けながらアドウは呆れる。
この日ばかりは、アドウの工房で働く者だけでなく、第二ハンガーのクリュウに協力しているもの達までもが小さなテレビの前に集まり、部屋の中はひしめき合っていた。
テレビの中でアイザが舞台に向かう姿が現れると、沢山のフラッシュが焚かれた。
アイザは工房を訪れるときとはまた違った、貴族然とした格好で優雅に壇上に上がるとスカートの端を摘んで一礼する。
大衆が噂するような、アイザの引退会見ではないと、ここにいる皆は確信している。
「あのお嬢様がHSAから降りたら、何も残らねぇじゃねぇか。第一そんなタマかよ」
引退で間違いないとコメントするテレビの中のアナウンサーをハタが笑い飛ばす。
『皆様、この度はあたくしの会見にご足労願い、まことに感謝いたします』
アイザの会見が始まる。
「ぷっ!」
始めの一言で、既にアドウとハタは噴出してる。彼らからすれば、猫を被っているアイザが変にみえて仕方がない。
『あたくしから申したいことが幾つか御座いますが……先に何名からかの質問を伺いたいと思います』
そうアイザが言うと記者のほとんどが手を上げる。
『では、そこの方』
『はい、自分は2RB日報の者です。皆が気になっている事だと思っているのですが今回、2RBを引退するというのは本当なのでしょうか?』
出て当たり前という質問が飛び出る。
『うふふ。あらあら、どうしてそんな虚言がでたのかしら?』
「こいつ狙ってやってるだろ」
得意気に笑うアイザを見てアドウはそんな言葉しか出てこない。
『それは、アイザさんがWCCに出走していないからで……』
『それじゃあ、WCCに出ないと何故あたくしは引退してしまうの?』
『う! …………』
その質問に記者は答えることが出来ない。
前回のチャンピオンなのだから出るのが当たり前だろう……そういう常識を皆が持っていたからこそ、アイザが勝ち逃げ引退をするのではないかと噂された……これが真実である。
『ごめんなさい……この質問は少し意地が悪かったですね』
アイザはそう謝辞する。
『あたくしがこの度WCCに出走出来ないのには意味があります』
世間が注目する回答が今……答えられようとしている。
『あたくしは同日程……菖蒲の29の日にとある大会の主催者として参加する予定です』
会場にどよめきが走る。
『その大会は既に出走を締め切り、優秀な……』
アイザは視線を横にそらす。そこにはゴンドがおり、コクコクと頷いている。
『……ライナーが参戦登録をされております』
アイザの顔がアップでテレビに映る。
『またあたくしの方で一名に招待状を送っております』
テレビの前にいる全ての人物が今凍りついた。
写されているアイザはこの一言の間、少し自信なさげな表情をしている。
『もちろん出てくださる……出てくれる……よね?』
と、若干不安な声が混じる。
記者から質問が飛び出る。
『その2RBの名前は!?』
『SC……スカイレイルカップといいます』
テレビの前の皆の視線が一気にクリュウへと向いた。
こんばんは、呉璽立児です。
今回の話は前回の伏線回収回となっています。
少々短めに仕上がっていますが、「ほお」「へぇ」と思っていただくと尺者的には嬉しい限りです。
今週はこの話でおしまいです。……本当に日曜日にアップはないですよ。ホントにホントですよ。
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