BLACK MAIL縦書き表示RDF


BLACK MAIL
作:暁月


 
―――あまりにも突然なその手紙は、少年の背中に戦慄を奔らせるに事足りていた。
ただ、それが単に自分を試す為に送られたのだという事には思いを寄せずに....

夏休みを前に控え、コナン....というより“工藤新一”宛の手紙が阿笠邸に届いた。
宛名は“阿笠邸気付け・江戸川コナン”となっていた。
阿笠よりそれを受け取ったコナンの眉が俄かに釣り上がる。

――何かがおかしい....

そんな覚束ない疑問を胸に、コナンは封を開けてみた。
中に収められた二枚の便箋に目を通す事暫し。
瞬時にコナンの表情が険しくなった。

「どうかした?」

そんな彼の雰囲気の変化にいち早く気付いたのは、緋色のみぐしを湛えた同年代の少女だった。
彼女は何の気無しにページを繰っていたファッション誌から視線を外すと、コナンに向かって窺いを立てた。

それに対してコナンの当惑しきりの顔が少女に返る。
言葉無く少女に歩み寄ると、コナンはその手紙を彼女に渡した。

「なあ灰原.... オメーはどう思う?」
「どう....って、何が?」

灰原と呼ばれた緋色髪の少女が一つ吐息をつく。
“そんな事、あなたの方が判ってるでしょ”とでも言いたげに。

『親愛なる工藤新一様

 突然このような手紙を受け取り、さぞびっくりなさっている事と思います。
そしてそれ以上に、私があなたの正体を知っている事に警戒心を抱かせてしまったかも知れない事をお察し致します。
でも私の側から見れば、あなたはたった一人の希望の光。
あなたを知っていて当然の事なのです。
大体、実はあなたも私を知っているのだから、何等不思議はないのです。
そう....一つだけ明かすなら、今の私達は相入れる事の出来ない関係といった処かしらね。

それを踏まえた上でのお願いがあります。
一度会ってお話がしたいのですが如何でしょう?
勿論あなたの立場上、私のお誘いを断る事も出来ますが。

ただその場合、あなたの一番大切な人が危険に曝されてしまうかも知れません。
逆に言えば、それだけ私があなたに会いたいという表れです。

最終的にはあなたの判断にお任せしますが、良い判断を熱望します。

会って戴けるのであれば、明日の19時に杯戸公園にて....』

「私にはよく分からないけど、少しは危険な感じがするわね」
「だろ?」

コナンから手渡された手紙に一通り目を通すと、哀は一言だけ口にだした。
彼女が察した危険性。その根拠は手紙の内容ではなく外観から見当がついた。
真っ黒な封筒に真っ黒な便箋。そこに書かれた文面は真っ赤な文字という奇怪さ。
並大抵の趣味でない事は明らかで、コナンや工藤新一の周りにはそんな感じの人物は居ない筈だ。
念のため、過去に関わってきた事件の犯人も含めて記憶の引き出しを開けてみた。
しかし、やはり思い当たる人物は皆無だった。

コナンの眉間に困惑の色が見え始める。未知への興味と恐怖の入り交じったように。
分からない事が多過ぎて、考えが上手く纏まらないジレンマがコナンの肩を叩く。

「こんな差出人の分からない手紙に踊らされるだなんて....
工藤君、少し冷静になりなさい」
「......灰..原?」
「もう一回最初から読んでみたらどうかしら?
もしかしたら何かの手掛かりが見つかるかも知れない。
―――まああんまり期待は出来ないでしょうけどね」
「.......................」

哀の涼しげな流し目がコナンに向けられるが、彼はそれに気付くゆとりが無かった。
哀の言うように頭から手紙を何度も読み返し、髪を掻きむしるのに夢中のようだ。
もし少しでも脇に意識を遣れたなら、哀の口許が綻んでいた事に気付けたかも知れないのに。

未だ答えに辿り着けないコナンを、陰から見ていた阿笠も悪戯顔で見つめていた。
どうやら“参った”の声が聞けそうだと、不意に目が合った哀とほくそ笑んだ。

「......分かんねー。分かんねーよ、灰原....!!」
「あなたらしくないわねぇ。その手紙には、工藤君の大好きな謎が隠されてるのよ?
いつものあなただったら目を輝かせて喜んでる筈よ。
尤も......どうしても分からないんだったら、私が解いてあげても良いけど?」

哀の揶揄いに、漸くコナンは冷静さを取り戻した。
目に強い自信の火が点り、僅かに笑みまで浮かべて。
普段の謎解きをする時同様に、瞳の奥はギラつきを見せている。
名探偵“江戸川コナン”の本領が発揮される前兆だろう。

「面白ぇじゃねーか!この挑戦....受けてやろーじゃねーか」

得意げに言い放つと、コナンは手紙を手に毛利探偵事務所に帰って行った。
彼を玄関まで見送り姿が見えなくなると、哀はリビングに戻ってソファに腰を下ろした。
先程のファッション誌を手に取り、適当にページを繰っていると、奥から声が掛かった。

「上手くいくじゃろうか?新一のヤツ怒りゃせんかのう....」
「あら、たまには良い薬よ。あの自信家さんには、これぐらいの事なんでもないんじゃないかしら?」
「しかしのう......あの手紙はやり過ぎのような気がするんじゃが........」

確かに....哀もその点には同感な面もあった。悪ふざけが過ぎたかも知れないと。
何故なら彼女は知っているからだ。“自分”が宛てた例の手紙。その様式を好んで用いる輩の事を。

「あれは工藤君への警告の意味も含まれるの。
彼はホントに『組織』を甘く見過ぎてるんだもの。
ここいらで一辺釘を刺しておかないとね」
 
つい今まで愉快そうに口許を緩ませていた哀の表情が曇った。
声色まで低く押し殺し、それから視線を落とし....
嫌な過去を思いだしたせいか、突然に気が滅入ってしまったのだと見て分かった。

「.........哀君...」
「ごめんなさい。今日はもう休むわ......
明日は名探偵さんとの勝負だものね......」

そう言いつつも、寝室ではなく地下の自室に消えた哀を、阿笠の目が追っていた。
彼の胸中に、いつにも増して深い焦燥感が沸き上がる。
一体いつになったら全てが終わるのだろう。いつになればあの子等は普通の幸せを追えるのだろうか。
正直、見守る事が辛い。出来る事なら夢で済ませてやりたい。
要らぬお節介やも知れないが、これも彼なりの親心だった。
それを知ってか知らずか、哀やコナンは相変わらず無茶をしているのだが.....
思い浮かべて一人愚痴ごちると、阿笠は一つ溜め息をついて哀しげに床を睨み付けた。


一方で、事務所に戻ったコナンは、もう一度手紙を読み直した。
どこかに不審な点は無いものか、筆跡から内容....そしてその他諸々まで細かく。
するとコナンは“ある事”に気付いた。それが手紙の謎を解くヒントとなり、後は容易に答えを引き出す事に成功した。

「何だ....そういう事か..!!
あんにゃろー!!覚えてろよ..?!!!」

少しの憤りと目一杯の安堵感がコナンの表情に浮かび上がる。
何が理由で今回の件に至ったのか想像がつくからだ。
日頃の慢心こそが起因だろう。更には、薄れかけた危機感をコナンに取り返させる事が目的だとも。
不器用ながら、自分の事を考えてくれる気持ちに、何だか熱いものが湧いてくる。
現段階では憶測の域を出ないのかもとは思う。それでもコナンは、そうであって欲しいと素直に願った。
とにかく....気付いてしまった手紙の違和感が物語っている以上は、自分の考えが最有力に違いない。

「まあ明日になれば全てがはっきりするんだし....今は焦っても仕方ねーな」

そう呟いたコナンは自嘲気味に溜め息をついた。不意に、哀にこんな事をさせてしまった事が悔やまれたからだ。
彼女が自分に伝えたいメッセージが、まだ別の処に隠されているような気がしてならない。
警告だけにしては、必要とは思えない内容が、この手紙には含まれていたのだ。

そう考えてみると、哀のもう一つの狙いが読み取れた。
鈍感なコナンには奇跡に近いその結果も、もしかしたら哀の気持ちが届いたからなのか。
当人が聞いたらにべもなく否定するに違いないが、実際にその想いは手紙の文面に溢れていた。

「..........バーロ」

呆れ顔で一言、囁くように零したコナンは、便箋を元に畳むと封筒にしまった。
大切なもののように優しく手に持ち寝室へと向かい、高鼾たかいびきで眠りこける小五郎を一瞥した後、布団を頭から被って瞼を閉じる。

―――明日の19時に杯戸公園で....か......

どんな事になるかは分からないが、とにかく行ってみるしかないだろう。
次第に遠く感じていく意識の中、コナンはもう一度同じ言葉を声にして呟いた。

「明日の19時に杯戸公園で....」


翌日、コナンは定刻に杯戸公園を訪れた。
が、広すぎる為に差出人――哀の姿は見て取れない。
心配しつつ、コナンはもう少し待ってみる事にしたのだが。

―――何だ?この感じは....

突然の不安がコナンを襲った。理由は分からないが、とてつもなくヤバい空気が辺り一面を包み込んでくる。
少しでも気を抜けば、たちまち飲み込まれてしまいそうだ。
嫌な汗が背中を伝う。比例して緊迫感が強まる。
そして、脳裏に浮かんだ衝撃的な場面に息を呑んだ。

「ーーーまさかっっっ?!!!」

コナンにある考えが浮かんだ。もしかしたら自分の導き出した答えは間違いだったのではないかと。
あの手紙は実際に『黒ずくめの組織』からのもので、疑問を持った哀が単独でここにやって来た。
そこへ『組織』の人間が待ち伏せしていて、哀は運悪くその人間に遭遇してしまった。
そして逃げ切れずに捕まってしまったのではないか....

もし本当にそうなら、哀は非常に危険な状態でいる筈だ。
払拭出来るならそうしたい。しかし考えれば考えるほど気持ちが空回りした。

そしてコナンは、最悪の事態を考えた。途端に恐怖が全身を襲う。

別に『組織』に対する恐怖ではない。そんなものは当に捨てている。
この時コナンを襲った恐怖の正体。彼はそれに気付いて駆け出した。

「ーーーーー灰原!! 灰原っっっ!!!!!!」

誰憚らず叫び上げるコナンの声がこだまする。
薄暗い公園内を何度も何度も、辺り構わず駆けずり回り、終いには声は掠れて叫びにならなくなった。

「............灰原」

精も魂も尽き果て、立ち竦んだコナンが肩を落とした。
絶望感と焦燥感が否応なしに彼を闇に連れ去らんとしている。
もうどうする事も出来ないのか....と、コナンは掠れて聞き取れない声でもう一度その名を読んだ。

「................灰原..」と。

「何よ。あんなに叫ばれたら恥ずかしくて出て来れないじゃない」

背後から掛かった叱責の言葉に、コナンの肩がピクリと跳ねた。
恐る恐る振り返れば、哀のジト目が彼を睨み付けていた。

「灰原....おま..........」
「お手洗いに行ってただけよ。それなのに戻って来たらあの騒ぎじゃない?
帰ろうか迷ったんだけどね」

鳩が豆鉄砲を喰らったかのように、呆気に取られて身じろぎも出来ないコナン。
そんな彼を他所に、哀は相変わらずクールに言葉を続けた。

「どうせ余計な事でも考えた..って処かしら?
でも私だってバカじゃないわ。それに....あなたなら直ぐに気付くと思ったんだけど..買い被り過ぎかしら」

フウ..と息をついた哀が、淋しげに微笑む。
儚げなさまが薄闇に相俟って神秘的な美しさを感じさせた。

「..........心配だったんだ」
「――――――――え?」
「オメーが居なくなったんじゃねーかって....怖かった....」
「工藤君......」

思いがけないコナンからの告白めいた言葉に、哀の眉が釣り上がった。
何かの呪文を唱えられたように、その場に立ち尽くして身動きが取れない。
固まってしまった神経を無理に働かせ、やっとの事で哀はコナンに瞳を合わせた。

「......ったく、オメーはやる事が回りくどいんだよ。
でも....サンキューな?お陰で自分の気持ちに気付いた..っつーか....
まあとにかくだ。無事で良かったよ」

照れもあるのか、言葉尻を濁すと、コナンは逃げるように歩き出した。
数歩遅れて哀が追い掛ける。
二人は直ぐに肩を並べ、歩調を合わせて家路を急いだ。

帰途、哀に問われてコナンが応える。
手紙の意図や差出人に気付いた理由など何点かの質問に、コナンは哀の欲した通りの答えを用意してくれた。
逆にコナンからの問いに、哀は白を切ったのだが。

―――哀がコナンに話したかった事。それを今はもう言う必要はないのだと。
はっきりとではないが、応えはコナンからもらってしまっていたのだから、今更ほじくり返す事は恥ずかしくて出来ない。
多分コナンも分かっているだろうと、勝手ながらそう判断した。
全ては哀の杞憂。ちゃんとコナンは自分を見ていてくれる。
それだけで満足だった。

数日後、偶然コナンの携帯を目に留めた哀。
彼女の目に映ったのは、例の手紙の封印に使った一枚のシールだった。
某有名ブランドのロゴにも採用されている広葉樹と同じもので、哀を象徴するものでもあった。
自分が想いを託したそれに気付いてくれた事の喜びは例えようがない。
哀はクスリと微笑んで、暫く携帯を大切に握り締めた。

知り合いに遭遇する恥ずかしさから、つい遠くで告白を思い立った。
結局は叶わなかったが、いつか必ず自分から....
そう考えて空を見上げると、遥か高くに真昼の太陽が燃えていた。

それから....コナンが阿笠に愚痴った処、彼も共犯だと判明した。
苦笑いして謝る阿笠に、コナンがジト目を向けたのは言うまでもない。
更に阿笠からの言葉に、今度は顔を曇らせた。
もしコナンに想いを受け止めてもらえなかった時には、哀は『組織』に戻って殺されても構わないと洩らしていたらしい。
彼女が手紙で言っていた“大切な人”
哀はそれを自分であって欲しいと願ったのだと。
言わば、哀はコナンを試したのだ。自分がコナンにとって、どんな対象であるのかを。
コナンが自分の気持ちに気付いていなかったように、哀もまたそれを知らなかったのだからある意味滑稽ではあるが。
哀側からしたら、今回の件はまさに奇跡。本当に思いがけない結果となった。

「..............バーロ」

コナンはそう呟くと、普段哀が座っているソファーの一点を見遣った。
今は主のいないその席を愛おしむようにいつまでも見つめ続けた。


今回も読んで下さった方、どうもありがとうございますm(__)m
まるっきり作者の趣味な為、コ哀好きな方にももしかしたらお勧め出来ない内容だったかも知れません。
もし不快に思われた方がいましたら......
すみませんですm(__)m













ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう