姫の本音
結衣はまさかの暗証番号の数字の並びに、驚きを隠せないでいた。
(まさかこんなところでルート3の語呂合わせが役にたつとは……人生どんなところで数学が役に立つか、分からないものだね)
いつかこの抜け道を使うかもしれないと思い、結衣は忘れないよう語呂合わせで暗証番号を記憶した。
歩きながら彼女がそんなことを考えている間、フローラは隣で不思議そうな顔になる。
(ルート3?何のことかしら。小さい頃から色々と勉強してきたけれど、初めて聞く言葉だわ。世界には、まだまだ私の知らない言葉がたくさんあるのね)
くねくねとして、所々に分かれ道がある抜け道をしばらく進んでいると、突然フローラが結衣の方を振り向いた。
「ねぇユイ、あなたはあのひねくれ者のクラインと、どうやってあそこまで仲良くなれたの?聞けば、まだ会って半日だそうじゃない」
(いやいや、私とクラインの仲が何だって?どこをどう見れば仲良しにみえるんだろう……)
「そこまででもないよ?むしろフローラとクラインの方が、よほど仲良しだと思うけどなぁ。実際、幼馴染なわけだしさ」
結衣のその言葉を聞いたフローラは、少し辛そうな顔になる。
「前までは、ね。幼い頃は唯一無二の親友だったわ。でも……変わってしまった、クラインが私の騎士になってからは。最初なんて呼び方はもちろん、クラインは私と一定の距離を保つようになったわ。仕方のないことだと我慢してた!これ以上距離が開くことはないと信じてたもの!なのに……なのにね……」
隣国の王子との結婚が決まった途端、今まで以上に距離を感じてしまったのだと、フローラは語る。
「本当は結婚なんて嫌だったの。結婚なんてしたら、またクラインとの距離が遠くなってしまいそうで……」
「フローラ……」
ポロポロと泣きながら、フローラは本音を結衣にぶつけた。
まるで今までため込んでいたダムの水が、一気に放たれたかのように。
きっと誰かに止めて欲しかったのだ、フローラは。
出来ないと分かっていても、彼女はそれを望まずにはいられなかった。
フローラも、きっとクラインのことを想っているのだろうと結衣は察する。
だがクラインは、止めるどころか自分が騎士を辞めると言い出した。
フローラにとってその言葉は、一番恐れていたものだったのだろう。
「フローラ!」
抜け道に、結衣の声が響き渡る。
「ちゃんと言おう!クラインに今の気持ちをちゃんと伝えないと、絶対に後悔するよ!」
(フローラもクラインも、このまま別れるなんて絶対に駄目だ。私だってお母さんが危篤と聞かされたとき、たくさん後悔した。まだ話したいことがたくさんあるのに、声が聞きたいだけなのに、どんなに話しかけても返事は返って来なかった……)
そこまで思って結衣は、はたと気付く。
「もしかして私の使命って───そっか!きっとそう、そうだよ!」
「……ユイ?」
「へっ?……あっ、ごめん何でもないない!」
夢で見たあのバッドエンドの光景が、結衣の脳裏に蘇る。そして、涙をいっぱい溜めた目で不思議そうにこちらを見ているフローラの顔を、結衣は見返した。
(そうだよ、きっと私はあのバッドエンドを避けるためにここにいるんだ。それが、私の使命。私が送られて来た理由。ならばなおさら、その主人公達が後悔するような結末なんて、私は望まない!)
「とにかく、フローラの気持ちをクラインにきちんと伝えよう?手遅れになっちゃう前に」
結衣の真剣な表情にフローラは泣くのをやめて、コクリと頷く。
「分かったわ。今日の夜、ちゃんと話してみるわね」
「うん!」
フローラの決意が報われることをただ祈りながら、結衣も笑顔で頷いたのだった。