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crimson
作:満月欠ケル



第六章


 もう遅かった。

 既に警察沙汰になる可能性は出来た。目の前の何やら古風な格好をしている金髪の日本人がその証明。

「……」
 話し出すことは一瞬ためらわれた。
 そもそも何を言えばいいやら。
「やぁ、初めまして」
 それを察知したかのように相手はコミュニケーションを取ろうとしてくる。
「あぁ」
 可もなく不可もなくといった反応で返した。

「君は何者だい?」
 相手は優しく微笑むだけ。裏があるように見えなくもない。
「知ってどうする」
「僕が怖いかい?」
 冷静に答えたつもりだったが見抜かれている。
「ごめんよ、考えを見抜くのは僕の得意分野なんだ」
 相手は微笑みを崩さずに軽く手を上げていた。
「君もだろ?」
 その直後に飛んでくる鋭い視線。それだけで何かを語っているように見える。そして、その不可解な台詞に答えられる解答。分かっていた。
「あぁ」
「予想通りだ」
 それをわざと言葉に出す道理が分からない。ある種の不思議を醸し出すと言えばいいのだろうか、とにかく奇妙な人間が目の前にいることだけは分かった。
 何せ古風な服と金髪に合わせての不可解な言動なんだから。
「じゃあ君は戦えるんだね」
「馬鹿言うな」
 相手が言った言葉を否定した。戦うなんて。そう思う人間にとってこれ以上の仕打ちはない。出来るならその舞台から消えたいぐらいだ。

「自身の意見に関係なく自衛能力はあるかなって聞いてるんだけど」
「あるけどそれがどうかしたか?」

 空気が変わった。
 今までそこにあったはずのまだ軽いものが吹き飛ぶような感覚。

「いや、悪かったね」
 相手はバツが悪そうに軽く頭を下げた。それはそれで構わないんだ。ただその技量を図るようなその言葉が何か嘲笑しているような気がしていたから。
「悪気はないんだ」
 そんなことを純粋に聞くやつはいない。言おうとするやつもいない。
「……」
 黙る。話す道理は元からない。

「今ここでは、三つ重大な事件が起きているんだ」

 こいつは。
 何を知っているんだ。


「まずは惨殺事件」
「知ってる」
「人が引き裂かれ、内臓はえぐられ、血は辺りに散乱している」
「ニュースでやってる」
「それは僕たちのような奴の犯行だよ」
「……」「例えば剣や刀のような切断に特化した力を持つ者だ」
「――確かにそうだな」
「そしてそいつは極めて凶暴でうかつには手は出せない」
「……という考え」
「うん、そうだね」

「次に惨殺事件」
「さっき言ったよな」
「何者かが不特定多数の人間の体中の血液を搾取している」
「……」
「これも同じ。吸血鬼のような奴がどこかにいるんだろう」
「予想か」
「しょうがないよ、まだ情報すら開示されてないんだから」
「はぁ」
「これも多分危険だ。相手の力は未知数だからね」

「最後に失踪事件」
「知ってる」
「消えている人には法則性はない」
「当たり前だろ」
「今のところはこいつが一番やっかいだと思う」
「ふ〜ん……根拠は」
「不特定多数の人間の消去が可能。即ち、相手は物理的な戦法が効くかどうかすら疑問だからね」
「随分頭が回るな」
「まぁね」

「で、それがどうした?」
「これは前置き」
「じゃあ本文はなんだ」
「僕は失踪事件の犯人を知っている」


 情報。
 明らかに戦略的情報と推測を集めてまとめている。策略家だ。
 相手は微笑みを崩さなかった。
 受け身になって聞いていると、相手の持っている情報が二枚分の壁を通して耳に入ってくる。事実ばかりがあるように思う。信憑性はないが妥当な答えに近付いてると思う。こいつは。
「だから三つ聞きたいんだ」
 微笑みだけは崩さない。
「まずは……」
 相手は振り返り、俺に背中を見せた。警戒心がないのか、信頼してるのか、良くは分からない。
「この子によく似た子を見なかった?」
 こっちを向いてそう言ったかと思うと、相手の脚にしがみつく女の子がいた。朱と黒の混じると言う言葉が合う長い髪に、生きた感覚がない人形のような皮膚の色。目は虚ろだが、確かにこっちを見ているのはかろうじて分かる。
「よく似た子だからね」
 そう、よく似た。同じではなくよく似た女の子。でもそんなものは幻にすらなかった。
「見てない」
 彼女の目には何も映っていなかった。俺の瞳には彼女が映っていた。
「分かったよ。ならこの子を覚えておいてくれないか」
 とりあえず刻みこむ。
「二つ目」
 まばたきをしたときには女の子は消えていた。
「バラバラの方の惨殺事件の犯人は知ってるかい?」
 確定しない情報が頭の中をよぎった。これは言うべきか言わざるべきか。
 相手は未だに微笑みを崩さない。
「知らない」
 決める前に動く口。
「ありがとう」
 言った後に動く相手。俯いたように見える。何を思って俯いたのだろうか、分からない。
「最後に名前でも教えてくれないか」
 何かそこにあった固まった空気を軽く砕くように彼は言った。今までよりも優しく映る笑顔だった。
「……構わないけど、そっちから名乗るのが礼儀じゃないか」
 軽く返した。

「僕は西園寺誠。よろしく」
 誠と名乗った相手がこっちに手を差し伸べる。
「笠見錠夢だ」
 一瞬のためらいが映らないように手早く握手をする。

「僕はこれで」
 誠は手を離すと一歩分後ろに飛んだ。
「また会えたら」
 そして彼は常人とは思えない跳躍力で飛ぶ。見えなくなるのはもはや時間の問題だった。



「……で、兄ちゃんはそんな荒唐無稽な嘘つきになりました、と」
 雅が一言吐いた。
 本当に俺に似てやがる。髪から体格から全てが瓜二つ。細かい癖と声だけが唯一の別物。
「残念だけど俺にはそんな才能はない」
 偶然だった。あの後、外を歩いていると雅が歩いているのを発見する。半分は嘘で固めたが、こんなことを普通に話せるのは今やこいつだけ。何せ似たような力を持っているんだから。
「知ってる」 軽く返される。
「でもにわかにもその考えを信じるのはバカかぱぁの二種類だけだよ」
「あぁ分かってるよ」
 流暢に話が進んでいく。互いに考えてることが何となく分かりあってるのだろう。

「それでも自分にはどうしようも出来ないよ」

 雅は確かにそう言った。
「兄ちゃんの問題は自分の力じゃ解決は出来ない。姉ちゃんの考えてる事が分からないみたいに」
 至って真面目に話している。
「でも、つたないアドバイス程度なら多分出来る」
 真剣な目を向けられた。足が止まる。
「困ったら助け合う。お互い様さ」
 俺の瞳が笑みを写す。
 俺も笑ったらそう見えるのだろうか。いや疲れてる。頑張っても苦笑い。奇跡で愛想笑いだな。
 つい最近の事実関係を言ったのは初めてだったから、最低限の気は晴れたとは思っている。でも問題だけは無数に残されている。確実な処理法もないままに伏し転がって待っている。思索を他方に巡らせる天才がいても、非現実的問題には目も向けないだろう。それを直視したのちに何とかするということが俺には設定されている。
 誰かによって。
 誰かによって。

「兄ちゃん?」
 気付くとまた足を止めていたらしい。
「どうしたんだよ、具合でも悪いか?」
 相手を思いやる瞳がこちらを見る。こいつには関わってほしくない。
「大丈夫だよ」

 その言葉。
 直視する義務。
 別世界へ行く権利。




 考えれば家へ帰るのは約二日ぶりだ。
そこらへ家出するティーンエイジャーよりは遥かに早い帰り。ではあるけど怒られるのは致し方ない。何せ心配性の妹がいるくらいだから。美鈴は雅を無視して俺に飛びついてきた。大丈夫だったと聞かれたから大丈夫だと答えてやれた。嘘ではない。しかし真実でもない。でも結果としてこの状態があるわけだから大丈夫なんだ。それだけは唯一言える真実。現に俺はまだ生きている。

 実感したわけじゃない。
 直感しただけ。

 気付けば月すらも落ち始めている。起きた時間が時間だった。ベッドに転がり続けるだけ。眠れない。無駄に目が冴える。布団まで被っているのにお構いなし。精神は身体を休めることを許さなかった。それだけ。
 起き上がった。曙とはよく言ったもの、寒いばかりでいいことなんてない。体は布団の中に一旦戻る。思考が回らない。半ば眠りかけていたのか。起きている時間はそんなに長くはなかったはず。まぁその時間の感覚を半ば忘れかけているのは抜きにして。

 何を考えていただろうか。
 たった二、三日間に何か様々なことが起きている。無論『謝肉祭』と称する狂ったものに関連したもの。

 吸血鬼騒動。
 無差別殺人。
 連続失踪。
 真夜中を超えた時分あたりから、ニュースはこれらの事件で持ちきり。所々で様々な言及をしている。三つの事件には関連性はないというまともな説から、全てがリンクしているというカルトな説まで、飛び交う意見は実に様々にある。

 こいつらには分からないだろう。
 俺が置かれた状況を。
 望まない戦いを強いられ、成すがままに流されるこの苦しみを。

 でも考えても仕方がなかった。
 今はそんな時間でもない。カレンダーにはしっかり休日と書かれている。そして友達と勉強するとも書かれている。非現実的問題と現実的問題が板挟みに襲いかかる。もちろん優先事項は現実。朝日もまともに昇っていないが、とりあえず準備はしておこう。後にとっておくものでもない。

 あとにとっておけないものばかりあるのにそれから目を逸らすなんて。
 一概に安堵出来る瞬間なんてないに等しい。俺はいつ殺されてもおかしくない状況に立たされている。だからといって、いつでも気を張れるかと言えばそうでもない。

 だから。
 明日ぐらいは。

 何も考えないで、普通に過ごそう。異常を頭から締め出して、友達とのんびり過ごそう。人間に与えられた権利なんだから。


 そうこうしている内に朝になる。
 平和な朝は久しぶりだ。寝てないけど。
 出始めた睡眠欲を抑えるため顔を洗う。いつもよりさっぱりとした感覚。矢継ぎ早に着替えも済ませる。リビングに出ると美鈴と雅がいた。親父と母さんがいない。

「なぁ、親父と母さんは?」「二人でドライブ」
 先に口を開いたのは美鈴だった。
「お兄ちゃんが行かないとか言うからおいてけぼり。あーあつまんないなー」
 不満を強調するように言いつつ、不満を込めた表情を浮かばせる。
「姉ちゃんの言う通りだよ、諦めな」
 ため息でもつくかのように雅。
 何を諦めるんだ。

「まぁとりあえず行ってくるわ」


 さぁ、この後一体何が起きたかは創造がつくだろうか?
 つまり俺は禁句を発してしまったわけであった。雅も美鈴も考えずに放った一言は容易に怒りを引き出してしまう。

「……ふざけてるよね」
「聞き捨てならないなぁ」
 こう抗議の意見が返ってきたわけ。


 結果は戦争。
「ふざけんなこのバカ兄貴っ」
「おい、兄に向かってその態度はありなのかよ!」
「何であたしたちだけ留守? 兄弟差別反対!」
 物が飛び交い互いに罵倒しあう。

 でも楽しかった。
 少なくとも、今までの緊張感を削ぎ落とすには充分な語り合いだった。














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