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辺境の街にて  作者: 山本ヤマネ
最初のお話
2/29

01 突然放り込まれたテンプルサイドの街にて

スタート地点がアキバでもシブヤでもないのに無理があるのは重々承知なんですが、アキバやシブヤで物語を展開させる自信がないし、地方の街に移動する理由も作れなくてという、そんな私の力量が理由。ごめんなさい。

 潜ったプールの底から、ゆらゆらとで水面に浮かび上がっていくような。



 あやふやな五感の感覚が一気に回復し、初夏の太陽が視界を一瞬真っ白に反転させ、木々を揺らす風の音がざわめく。感じる空気は私の住む東京都市部の燻ったものではなく、母の実家のある甲府郊外の田舎のものに似ている。

 高層建築物がないせいか、景色がやたらと横に広いように感じる。


 さて、ここは何処だ? 何が起きた?


 私はアパート内でパソコンの前に座り、システムメニューからログアウトボタンを選択しようとマウスを必死に動かしていたはずなのだが、この景色はテンプルサイド? じゃあ私はだれだ?


 改めて自分の体に意識を向ける。

 手はある。なんだかごつい篭手のようなものはしているが。

 足も感じられる。袴に隠れて見えないが。


 ああ、なるほど。私は〈エルフ〉の〈神祇官〉(カンナギ)櫛八玉(くしやたま)だったか。


 それならば知っている。

 身長は現実世界の私と同じく170cm弱。女子としては高めなこの身長は今となってはちょっとしたコンプレックスなのだが、このキャラクターを作成した当時、中学生だった私の持っていた〈エルフ〉のイメージは長身、細身だったのでそのように設定されている。

 現実の私の身長が丁度同じくらいまで育ってしまったのはなんという皮肉だろうか。

 黒髪のストレートヘアは現実世界のそれより長く腰まで届く。前髪はぱっつんでは似合う服が限られてしまうので、適度にシャギーをを入れて横に流している。

 現実の世界では、ここまで長くなってしまうと手入れが大変でやってられないのだが、女子というのはやっぱり長い髪には憧れてしまう物なのだ。

 格好は黒い袴の巫女装束の上に和風の鎧を無理やり装備みたいな、本物の神職の方々から怒られてしまいそうなもの。

 白衣や袴に過剰に凝った刺繍なんか入ってたりするのは、上位アイテムとしての差別化としてはオーソドックスな表現ではあるけれども、なんともゲーム的だ。


 私にはヤエと違ってコスプレの趣味はないので、巫女装束の着心地には違和感がありまくりなのだが、たしかについさっきまで液晶ディスプレイに写っていたエルダーテイル内での私の分身、レベル90の〈神祇官〉、櫛八玉の装備グラフィックと一致している。


 正直、命名は失敗だった。

 中学生だった当時の私にとっては「私の考えたカッコイイ巫女さんの名前」だったわけだが、日本神話のマイナーな神様の名前なんて、まさに中二病ではないか。おまけに初見ではまず正しく呼ばれない。

 実際、ゲーム内での知り合いには「クシ」と短縮して呼ばれることがほとんどだ。


 って、あれ?


 櫛八玉はたしかに〈エルダー・テイル〉を初めてから10年の付き合いになるゲーム内の私の分身だが、私ではない。

 でも自分の手足と感じるコレは櫛八玉のもので。


 肉体おいてけぼりで意識だけ取り込まれたってことだろうか。なんてオカルトな。

 思考はあっちこっちを不規則に行ったり来たりしている。混乱しているな、私。


 再び外に意識を向ける。

 舗装もされていない広場。ひときわ目を引くのは広場の外れに見える何かのモニュメントのような大きな構造物の崩れた姿。

 西に目を向ければ、そこには石やレンガで造られたまるで中世ヨーロッパの世界に迷い込んでしまったかのような街並みが広がっている。

 そしてもっと遠方、街の外には朽ちて植物の緑に侵食されたビルの姿がまばらに点在しているのも見える。


 そこから導き出される答えは、やはり此処が最近活動の拠点としていたテンプルサイドの街であるということ。私がその街の南東のはずれ、通称『駅前広場』に居るということ。

 となると、此処はやはり〈エルダー・テイル〉のゲームの世界の中ということなのだろうか。

 

 そんな有り得ない光景に再度思考を放棄しそうになったその時、白衣の袖を誰かが引いた。


「ねえクシ。あなたクシよね?」


 目が大きめで童顔な顔。150cmほどしかない身長は実際の年齢よりも幼い印象をより強調している。

 髪型は毛先にパーマが入ったショートボブでハニーブラウン。

 着ているのは魔法攻撃職っぽい、くすんだ紫を基調としたローブ。


「うん、ヤエ。ああ、ヤエなのか・・・」


 振り向いて見下ろした先には、現実世界でも何度も会ったことのあるヤエの雰囲気とほぼ一致する容姿をもった〈妖術師〉(ソーサラー)が不安そうな表情で私を見上げていた。

 その傍には呆然とした表情で立ちすくむ、長身の武闘家(モンク)と思われる装備を纏った男性。



 ああ、私だけではなかったのだ。



 ◆



「はじめまして、ではないですね。この前の合コンでお会いしたのを覚えています。ヤエさんとお付き合いさせてもらっている山城と申します。ああ、この状況だとユウタというキャラクター名のを名乗ったほうが妥当でしょうか」


 〈武闘家〉姿の彼が自己紹介をする。なんとなく見覚えのある顔だとは思ったのだけれど、やっぱりヤエの彼氏さんだったのか。

 身長は私よりも高い。180cmにはちょっと届かないくらいか。髪は眉に掛からない程度の短めショートレイヤーで、清潔感のある感じだ。

 なんだか礼儀正しいし、やさしそうな顔をしている。


「そうですね。ヤエにはクシと呼ばれてますし、私も櫛八玉(くしやたま)と名乗っておきます。あの合コンではなんというか失礼しました。ごめんなさい」


「ヤエはヤエザクラだけど、まあ本名も八枝だし、ヤエだよね。変な名前はクシだけ~」


「うう、変な名前なのは重々承知してます・・・」


 私達はテンプルサイドの街の中を現在移動中である。


 テンプルサイドの街は現実世界でいう吉祥寺の位置にある、ソロプレイヤー向けの狩場へのアクセスに便利な中規模の街だ。街の西にはその狩場、〈テンプルサイドの森〉が広がっており、その中心には〈落ちた天空の寺院〉(フォーリンテンプル)がそびえ立つ。出現するモンスターのヒットポイントが同レベル帯のモンスターより少ないものが多く(その分経験値は低いのだが)、単独または少人数での狩りに向くというのが一般的な見解だ。

 そのような性質から、この街はあまりまとまった時間ゲームをすることのできないプレイヤーが集まる場所になっている。



 とりあえず私たちは駅前広場から、私が購入した屋敷に向かうことにした。

 広場には他にも20から30人ほどのプレイヤーと思われる人たちが居たのだけれど、皆混乱していたし、まずは安全確保を優先しようということになったのだ。

 〈エルダー・テイル〉において大多数の家屋は独立したゾーンとなっており、購入または賃貸契約をした家屋では許可していない人物の侵入を防ぐことができる。

 システムメニューは意識をすれば頭の中にふわっと現れ、素早くとはいかないものの操作できることは確認済で、ゾーンの設定ができるのであれば、多少は安全なのではと言う事になったのだ。


「しっかし家持ちなんて、いつのまにそんなに貯めこんでたのよ?」


「いや此処、ホームタウンじゃないし、安いよ。驚くくらい」


 テンプルサイドの街は聖堂や銀行をもつホームタウンではないので、アキバなどに比べて不動産価格が10分の1以下と安く、ある程度の資産をもったプレイヤーならば多少無理をすれば購入が可能だ。

 家を購入して家具を揃えたり、執事やメイドのノンプレイヤーキャラクターを雇って箱庭気分を楽しむプレイヤーも少ないながらも存在する。

 3ヶ月前に大手戦闘系ギルドを脱退した際、引退も視野に入れていた私は溜め込んでいた結構な数のレアアイテムを友人に売るなどしていたため、結構な金額を手にしていた。そこで今までにやり残していたコンテンツということで、この街に屋敷を購入していたのだ。


「つきました。これが我が家です」


 テンプルサイドの街の中心地の商店街から3本ほど奥の道ぞい、現実世界では大手生活雑貨チェーンのビルがあった辺り。元は貴族の別荘とかいう設定がある西洋風の建物。

 ディスプレイで見ていたときは感じなかったが、実際に見ると結構大きくて立派だ。

 メイド一人では管理ができず、メイド2人に執事1人を雇う必要があっただけはある。


「立派な屋敷ですねえ。これが購入できるならゲームの世界もアリでしょうか」


 ユウタさん、なかなかに図太い。この状況でそういう事を言えるのはちょっと頼もしいかもしれない。


「では入りましょうか。内装はまだあんまり手とか入れてないから、期待しないで下さいね」


 と、両開きの玄関のドアを私は開けた。開けたのだが。


「「お帰りなさいませ、櫛八玉お嬢様」」


 そこにはナイスミドルな執事さんと、10代中盤ほどの年齢に見える2人のかわいいメイドさんが並んで頭を下げる姿があったのだ。

 いや、確かに雇った覚えはある。あるのだが、明らかにゲームの時の決まった言葉しか返さないノンプレイヤーキャラクターとは違う。まるで生きている普通の人のようだ。


 この人達、誰!?



 ◆



「そうですね、私達自身は〈大地人〉という言葉を使っています。反対に櫛八玉お嬢様のような方々の事は〈冒険者〉と呼ばせていただいております」


「私のことはクシでいいですよ。お嬢様とか言われるとむずがゆいし、呼びにくい名前ですし」


「それではクシ様とお呼びさせていただきます」


「様もいらないんだけどなあ。まあ一応雇用主だし、それも不自然か」


 現在、執事さん(バルトさんというらしい)に色々質問させてもらっている。


 現在私達の居る応接間も含め、屋敷の内装は外観以上に豪華だ。床には高級そうな絨毯が敷き詰められているし、天井の高さも私の住んでいるアパートの倍はある。柱や家具に使われている木材も落ち着いた光沢をもつダークブラウンで、素人目にも高級だと判る。


 彼が言うには既に2年、この屋敷で雇われているらしい。というか雇っているのは私なのだけれど。

 私の感覚だと、この屋敷を購入したのが2ヶ月前なので、12倍の速度で時間が経過する〈エルダー・テイル〉がゲームだった時の設定とも確かに一致する。

 ただし、今のように私と会話する機会は皆無だったとのこと。ゲーム中ではそんな必要がなかったのでしょうがない事ではあるのだが、無関心で心無い雇い主であったようで申し訳ない気分になってしまう。


「執事さんも後ろで立ってるメイドちゃんも立ってないで座ろうよ~。せっかく立派なソファーもあるんだしさ~」


 とは、この部屋の中で誰よりも偉そうにソファーにダラっと座っているヤエ。

 お前のその態度には文句を言いたいが、言っていることには賛成だ。


「使用人として、それはさすがに憚られます、ヤエ様」

「応接間のソファーにお嬢様方と同席など、私達には恐れ多くて、とても・・・」

「怖いから無理。です」

「ゆ、ユーリ!!そんな失礼な言葉!!申し訳ありません、申し訳ありません、クシ様!!」


 なんかすごいことになってきた。

 そうか、あのちっちゃい方のメイドさんはユーリちゃんというのか。

 怖い、怖いねえ。貴族と平民ってやつかな。無礼を受けたら斬り捨て御免とか?いや、それよりも・・・


「ユーリちゃんは私達というか〈冒険者〉が怖いの?」


「怖い。強いことは知ってる。それ以外知らない、です。知らないから怖い。です」


 む、ユーリちゃんは余程緊張しているのか、話すのが苦手なのかな?


「私はクシ様がこの屋敷を購入される前は、前所有者のアスフォード伯に雇用されており、現在と同じくこの屋敷を管理させていただいておりました。正直に申し上げますと、クシ様というか〈冒険者〉の方々がどのような態度を望んでおられるのか見当もつきませので、私は貴族の方々と接する態度を取らせていたいております。リーネとユーリにもそのように指示しております」


 さすが執事様、適切なフォローです。成程、手探り状態は私達だけではないってことか。

 そして、もう一人のメイドさんはリーネちゃんね。

 さて、怖がられるのも遜られるのも趣味じゃないし、そこらへんからいきますか。


「まず、信じてもらえるかどうか分かりませんが、私達3人はそちらから危害を加えられない限り暴力を振るわないし、もちろん雇用関係があるからと言って不条理な労働も強要しません。それは、他の〈大地人〉の方々に対しても同様と考えてもらっていいです。ヤエもユウタさんも、これはいいよね?」



「あったりまえじゃん」

「全面的に同意します」


 うん、我々善良な小市民。反対する理由はないよね。


「で、次に私達への態度なんですが、説明が難しいな。私達自身は貴族様の反対となると、平民?に近い感覚とうか、そもそも貴族様ってのがよくわからないというか・・・」


「クシ、じれったい。そうだね~、街の人気の食堂で人手がたりなくなりました。大人気です。そこでリーネちゃんが給仕さんとしてお給金をもらって働くことになりました! そのとき食堂の女将さんとはどんな感じでお話しする? はい!リーネちゃん!」


「え!? えええ!?」


 ヤエがびしっと、ちょっと年上そうな方のメイドさんを指差す。

 年上メイドさんことリーネちゃんは目を白黒させて混乱中。

 ヤエは我侭だけど愛嬌があるからもてる。人と仲良くなるのは得意だ。まかせてみようか。


「ええと・・・、丁寧な言葉は使うと思いますけど、それは街のおばさん達とお話するような感じとあんまり変わらなくて、ええと・・・」


「じゃあ、その食堂には美人で綺麗でやさしい先輩給仕さんがいました。その人とは? もいちどリーネちゃん!」


 なんか雲行きが怪しくなってきた気がする。ヤエちょっとまて。


「えと、お友達とお話するみたいにできたら嬉しいかなって。あ、でも先輩ならお仕事教えてもらわなきゃいけないし、綺麗な方だったら緊張しちゃうかもしれませんし・・・」


「おーけー。んじゃ、そっちのクシは女将さんでオバサン。ヤエは美人で綺麗でやさしい先輩給仕さんだと思ってくれればいいよ~。ユウタ君はその中間くらいかな」


「ちょっとヤエ! オバサンは酷いだろ! 私だってまだお姉さんだ! お姉さんがいい!」


「え~、クシはえら~い雇用主様だしさ、メイド虐めとかするんだよ、きっと。リーネさん、窓枠に埃が残ってますわよ。これで掃除が終わったなんておっしゃるのかしら? とか言うんだよ」


「苛めないし! 言わないし! ダメだからね! このおばか女の言うこと信じちゃダメだからね!」


「ははは。というわけで、僕たちはこんな感じです。お互いに分からないことだらけで手探り状態だとは思うんですが、一緒に上手くやっていけると良いなと思ってるので、よろしくお願いします。」


 あ、ユウタさん、綺麗にまとめようとしてる。ずるい。優等生さんだったのか。

 真面目な話をしていたはずなのに、私だけが道化みたいじゃないか。


 バルトさんが困った顔をしている。

 リーネちゃんが私とヤエを見ておろおろしている。

 ユーリちゃんは、ちょっと笑ってる?



 この人たちも怖がって、困って、笑うんだ。だったら私達と同じだ。きっと仲良くなれるよね。

 ヤエと口喧嘩をしながら、なんだかちょっと嬉しい気分になっている自分に気づいた。

 さっきまで感じていた押しつぶされそうな不安な気持ちが少し楽になったような気がしたのだ。

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