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  剣にかけて 作者:二上 ヨシ
第十八話         新たな怪物
 
 どよめき立つ客席を一瞥して侠輔が孝太郎に問いかける。
「どういうことだよ“ハメられた”って」
 その問いに答えようと孝太郎が口を開きかけたとき、二人の男がスッと立ち上がった。

「はいはい、みなさん落ち着いて」
 曲髪の男がパンパンと手を叩きながら観客に注意を促す。
 幕府高官の男に、にやりとした笑いを向けるとこう言い放った。
「皆さん、誰だって娘は可愛いものなんです。それは誰だって同じ。よーく分かりますよ、ね?」
 わざとらしく腕を広げ、演技ぶったように話す男に客席から怒号が飛ぶ。
「だからって何やったっていいってのかよ!!」
 そうだそうだと、あちらこちらから声が聞こえる。

「そう! 皆さんのおっしゃる通り。娘可愛さとはいえ、今回のことは許しがたい。なんせ我々を踏みつけて得たその地位を、我々の血税によって肥やした私腹を、庶民の娯楽であるこの大会で娘を優勝させるために利用するとは……」
 腰に手をやり、目を閉じて頭を振る男にこの会場の誰もが賛同していた。

「そこで皆さんどうでしょう。血を以って収めたものを奪われたのです、血を以ってお返ししていただこうではありませんか」
 冷たい視線を幕府高官の男に送る。
 ワッと沸き起こる拍手。
「違う! 私は……!!」
 幕府高官の男が何かを言いかけたが、観客たちの声にかき消され、聞こえなくなった。
 観客は異様な雰囲気に酔い、もはや善悪の区別すらつかない。
 そんな中どこからともなく「責任取れ!」という声が聞こえ始める。興奮した大衆を収められる人物はどこにもいなかった。


「マズイ……!」
 侠輔は令嬢のそばへ急いで駆け寄る。
「逃げろ」
 令嬢は大きな瞳でじっと侠輔を見上げた。
「何してんだよ! 早く行け!」
「何をおっしゃいます。私も父も無実です。どこに逃げる必要があるのですか」
 侠輔は令嬢の腕を掴んで促すが、令嬢は逆に侠輔を睨み付ける。

「そりゃ気持ちは分かるけどよ……」
「話せばきっと分かっていただけます」と侠輔の手を振り払って前に歩み出る。
 よせ、と侠輔がその後を追いかけようとした時、会場から投げつけられた下駄が令嬢の眼前へと飛んでいく。思わず目を瞑った令嬢だったが、一向に予期した衝撃がやって来ない。
 恐る恐る目を開けると、いつの間にか足元で真二つに割れた下駄。

「大丈夫か」
 令嬢の目の前には刀を抜いた、背の高い黒髪の侍の姿。真剣なまなざしでこちらを伺う、その漆黒の瞳に吸い寄せられるような感覚を令嬢は覚えた。

「憐……助!」
 侠輔が憐の傍に駆け寄る。
「何をしている。女一人満足に護れないのか」
「うるせーよ。途中で勝手に辞退したくせに」
「論点をすり替える前に、お前の頭をすり替えたらどうだ」
 憐の目線の先には舞台そでにて佇むマチコ。
「オレの脳みそはマネキン以下かよ!」
 侠輔といつもの言い争いをしていたが「こんなことをしている場合ではない」と客席を振り返る憐。
 刀を抜いた侍が舞台に上がったことで、全観客の目がそこに注がれる。

「おやおや、もしかして力で抑え込まれるおつもりですか?」
 曲髪の男の一言に会場がどよめき立つ。
「そんなつもりは毛頭ない。だがお前たちこそ殺気立ちすぎではないのか」
 納刀しながら男に鋭い視線を送る憐。
「権力者が悪なる力を行使すれば、それに怒るのは当然の権利でしょう、お侍さん?」
「“抵抗権”でも語る気か」と言う憐に、男は意外そうに笑った。

「どのみちこの娘に罪は無いはずだ」
 男は憐の言葉に「その通り」とねっとりとした笑いを浮かべる。その瞬間、幕府高官の周りを囲っていた護衛たちが一斉に倒れ、その真ん中に現れたトサカ頭の男。幕府高官の首に刀を突きつけていた。

「父上!」
 首に刀を押し付けられながらも「逃げなさい」と叫ぶ幕府高官。父親の元へ駆け寄ろうとする令嬢を侠輔が止める。
「放してください! 父上は不正など働いてはおりませぬ! これは何かの間違いです!」
 
「父をかばう娘の姿。泣かせるじゃないか」
「違う! 私は何もやましいことなどしておらん!」
 疑いに満ちた冷ややかな視線を浴びせかける観客。
「本当だ!」
 幕府高官のその言葉に耳を傾ける者などいなかった。

 そんな観客の様子に満足気に微笑む男。
「確か切腹とは己の潔白を証明する、という意味合いがありましたよね?」
 そこまでしていただければこちらも信じる余地はある、と笑いかけた。
 トサカ頭の男が幕府高官を舞台前まで腕を引き、観客に向かって強引に座らせる。
「な、なぜ私がこのような……!」
「いいんですか?」
 トサカ男がささやくように口を開く。
「お前が今ここで切腹しなければ、怒った客たちがお前の娘に危害を加える可能性がありますよ」
「何……!?」
「このような混乱状態で、逃げ切れる可能性は限りなく低い。真実はともかく、娘を護るために今どうすべきか。その判断をすべきでは?」
 トサカ男の言葉に幕府高官は己の拳を握りしめる。
 そして意を決したように己の脇差に手をやった。

「父上!」
「いた仕方あるまい。己が身に降りかかった嫌疑を払うためだ」
「ですが……!」
「お前も武家の娘ならしっかりしなさい! 侍はこのように疑われてなお、のうのうと生きていけるものではないはずだ!」
「……父上……」
 静まり返る客席。だがその様子はこのような事態を招いた事に恐れを抱いた、というよりは、めったに見ることの出来ない見世物を楽しんでいるかのようだった。

「ま、せいぜいしっかりとその濡れ衣とやらを晴らしてください」
 にやりと笑う男に、「分かりました」と響く声。
 だがそれは幕府高官から発せられたものではなかった。

「誰だ」
 その言葉に舞台袖から表れる人物。

「そう、これはとんだ濡れ衣です。…………ね? 司会者さん」
 
 孝太郎の言葉にざわめく観客。



「何です、七十八番さん。私が何か」
 人の良さそうな笑みを浮かべる司会者。
「そう、そんな風に笑っていらっしゃいましたね」
「はい?」
「あなたの合図で我々が一斉に針と糸を手にした時、あなたはそこのご令嬢を見て笑っていました」
「おやおや、いけませんか?」
「その時なぜ気づかなかったんです? 彼女だけは針と糸、そしてすでに布を手にしていたことに」
 口元の笑みは崩さずに、孝太郎から視線をはずす司会者。

「司会者のあなたなら、おかしいと分かったはずですよね」
 孝太郎の指摘に頭を掻く司会者。
「いや~ばれましたか。実はあの方に金を積まれましてね? 娘を優勝させてやりたいから、と。私は断ったんですが、無理やり」
 脇差に手を掛けている幕府高官の男を指差す。

「よくもそのような妄言を……!」
 幕府高官は怒りで震えていた。

「そう言うと思いました。ではなぜこの司会者ではないあなたに、頼む必要があったのでしょうね」
「は?」
 すると舞台袖からおそるおそる出てくる、今の今まで司会をしていた男と瓜二つの男。

「縛られて物置に入れられていました。どうやら彼が本物のようです。もし最初から司会者の替え玉が目的なら、嫌がるあなたに無理やりお金を積んで、このようなことさせる必要がないのでは?」
 そこまで聞くと男は心底可笑しそうに笑った。
「いやいやいやまさか、そんなことで正体が明かされるとは……」
 偽司会者は己の顔に手をやると、その皮を破るかのように引っ張る。
 男は現れた本物の顔に、懐から取り出した細眼鏡を掛けた。

「あ……あいつ……」
 侠輔が驚いたように目を見開く。侠輔はこの男に見覚えがあった。
 そう二頭の化け物と対峙したとき、遠くから見ていた三人の男のうちの一人。

「すいませ~ん、何かばれちゃいましたー」
 曲髪とトサカ頭の男たちに向かって謝罪する己槻。

「あの……何でオレらが仲間だってバラしちゃったんですか……」
 トサカ頭の男の言葉に「あ、そっか。重ねてすみません」と笑う。

 そのやりとりに観客たちの怒号がとびかった。
「おい、どういうことだ!」
「お前らが不正してたってのか!?」
「説明しろ!」


「ウルサイですね~、これだから愚民は」と呆れたように頭をかく己槻。

「どうするんです?」との曲髪の男の問いかけに、「僕らのことが知れてしまった以上、生かしてはおけません」
 己槻のその言葉ににやりと笑うと、曲髪の男は懐から筒を取り出した。
 それを床に置いた途端中からウゾウゾと動き出す、黒いイソギンチャクの様な物体。

「な、なんじゃありゃ」
 気色悪ぃと、眉をひそめる侠輔。

「ああ、あれですか? 可愛いでしょう? 吸命性(ウィ)新型()植物(ター)っていうんです」
「ウィ……ウィルター?」
 訝しげな顔をする侠輔。
 一方で観客たちや舞台上の参加者たちは危険を察知したかのように、一斉に客席後方の出口へと駆け寄る。
 ウィルターはそんな客たちを目掛け、その触手をのばして次々と捕らえた。
 
「は……放せー!!」
 暴れる客たちだったが見る見るうちに、その元気を失ったかのようにぐったりとし始める。

「どうなっているんだ……!」
 よく見れば客を捕らえたその触手の中を、光の玉が通り過ぎていく。そしてその光はウィルター本体に蓄積されていくようだった。

「ウィルターは融心石と同じ、人間のエネルギーを奪う。融心石と違うのは、それを体内に蓄えられるってところですね」
 楽しそうに笑う己槻に侠輔が拳を握りしめる。
「おっと、動かないほうがいいですよ? あれは動くものを標的と捕らえるんです」
「何!?」
 ギャーギャーと喚いて逃げ惑う客たちを的確に捉えるウィルター。次々と意識を失う人間が山積みになって行く。
「そしてこれも融心石と同じ。力を奪いつくされた人間は、その生を終える」

「テメーら……目的は何だ、一体何者だ!」
 侠輔が怒りを押し殺すように尋ねる。
「目的? 国家転覆……なんてね。何者か……」
 己槻はメガネをクッと押し上げた。

「闇を支配するもの、ですかね」
 口元に笑みをこぼした。
「答えになってると思ってんのか?」
「やっぱり天才の言うことは、凡人には理解していただけませんかー」
「天才だ? ただのイカレ野郎だろ!」
 侠輔はそう言うと急いで舞台から飛び降りる。
「侠!」
 孝太郎の制止も聞かず、侠輔は落ちていた幕府高官護衛の刀を一振り奪い取ると、一目散にウィルターの下へ駆け寄っていく。

「動いちゃだめだって言ったのに。イカレ野郎はどっちですか」
 呆れたようにつぶやく己槻。

「あいつ……」
 憐も侠輔の後を追いかける。
「あなた方は動かないでくださいね」
 そう令嬢たちに告げると、孝太郎もその場を立ち去った。

「あーあ、面倒なことになったなー。奴らに死なれると困るのに、今は……」
 己槻はその言葉を裏腹に、どこか楽しそうだった。


 侠輔の動きを感知したウィルターがその触手を侠輔に伸ばす。侠輔はそれを次々となぎ払いながら本体へと近づこうとする。
 だが斬っても斬っても降り注ぐように襲い掛かる触手に、容易には近寄れない。

「なんなんだよ、こいつ……!」
 その内一本の触手が侠輔の足に絡みつき、逆さ状態になる侠輔。
「く、くそ!」とそれを断ち切ろうとするが、その腕も絡め取られる。徐々に押し寄せる脱力感にも似た感覚。
 そのとき不意に体が空中に放たれた。受身も取れないままドサリと落下する侠輔。
「いっで~……」
「ボサッとするな」
 体をさする侠輔の見上げた先に、彼がこの世で最もいけ好かない男。
「全く。何度オレに助けられたら気が済む」
「誰も助けてなんて言ってねーし」
「そうか。なら次からは助けんぞ (仕事の書類を含む)」
「望むところだ (仕事の書類は除け)」
 侠輔は立ち上がると憐と共に前を見据える。

「うっし。気合入れていくぞ」
「ああ。お前に言われんでもな」
 一斉に駆け出す二人。ウィルターの触手を次々となぎ払いながら、憐が道を開ける。

「行け! 侠輔!」
「くらえぇぇえーー!」
 侠輔の一太刀を浴びたウィルターは妙に甲高い叫び声を上げると、跡形も無く消滅した。


「今回は失敗……か」
 曲髪の男に続くように、トサカの男も己槻も静かにその場から姿を消した。



「何でオレが呼び出しくらうんすか……」
 ブツブツと文句を言いながら、倒れた人々の診察を終えた千之。
「いえ、だってここから一番近かったものですから」
 申し訳無さそうに笑う孝太郎。
「文句言うなよ。前回大罪を見逃してやったばかりか、新しい医療行為許可証までやったんだからよ」
 はいはい、と言いながらキセルをふかす。
「それで、どうだったんだ。観客たちの容態は」
 憐が深刻そうな表情で尋ねる。
「ま、オレも初めての症状だったんでアレなんすけど、みたところ皆元気と記憶がねぇ以外は、特に異常ありませんでした」
「おそらく侠があのウィルターとやらを倒したことで、奪われた力が戻ったみたいですね」
 そのショックで抜けた記憶は戻らなかったようですが、と孝太郎。
 
「それにしても結局あいつら何だったんだ。何であんなところに……」
 夕日に照らされた瞳を細める侠輔。
「これはあくまで僕の推測ですが、おそらく彼らの筋書きはこうでしょう。幕府高官を切腹させた後、あの会場の人々を皆殺しにする」
「皆殺し? 何でンなこと……あの幕府高官の命が欲しかったんじゃねぇのか?」
「いや、奴らは国家転覆を図るのが目的だと言っていたからな。おそらくあの幕府高官に“無辜の民惨殺”の罪をなすりつけ、民の間に幕府への不信感をつのらせようとしたのだろう」
 その憐の言葉に侠輔は眉をひそめた。

「何か色々大変っすね」
 大して興味も無さそうに自分の首を揉む千之。
「っつーか今日のオレの報酬出るんっすよね?」
「お望みなら僕の財布から一本でも二本でも積みますよ?」
「いいっすね、民の税で何不自由なく暮らしている方は。だから国家転覆なんて図られるんですよ」とキセルの煙をくゆらせる千之。

「いえいえ、それは勘違いですよ。侍たちは明治時代職を追われ、各自様々な事業に手を伸ばしました。僕たちの今ある莫大な財産は、その事業に運よく成功したことで得たものです」
 本当は富と権力が一極集中するのは良くないのですが、と肩をすくめる孝太郎。

「ですが今回のことで、いかに我々幕府への信頼がもろいものなのかが分かりました。日々精進しなければいけませんね、まだまだ勉強不足です……」
 神妙な面持ちをする孝太郎に、憐が口を開く。
「お前が勉強不足なら、アイツはどうなる」
「おい、それはオレのこと言ってんのか?」
「何だ自覚はあるのか」
「お前の思考は読めてんだよ」
「少しは進化できたのか単細胞」
「誰がミジンコだ!」
「ミジンコは多細胞っすよ」
「進化どころか、退化しているではないか」 

「もうテメーら絶対に許さねー!!」
 ワイワイとウルサイ四人組が、長い影をその道に映し出し、赤く染まる小道を歩いて行った。


一言:
 王府井に旅行した時、ミッキーらしき着ぐるみの口からオッサンの顔が見えて、複雑な心境になった。

 閲読ありがとうございました。
 


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