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奴隷商人は嘘をつかない  作者: 狼子 由
第10章 Like a Prayer
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17 歴史から消えた

【前回までのあらすじ】継承戦、エイジが勝った――と、思ったところで、カズキにナチルを人質にとられてしまった。しかも倒したはずのユズリハはぴんぴんして魔法出してくるし――どういうことだよ、これは!

「……うぅ……」


 抱えてたアサギが腕の中で呻く声で、意識が戻ってきた。

 ぴしぴしと、吹き上がった小石が時折降ってきて、頬に当たる。

 慌てて飛び起きた。


「アサギ!」

「……カ、イさん――!」


 少しぼんやりしていたアサギも、すぐに眼を見開いて身体を起こす。

 オレの手を離れて、周囲を見回した。


「エイジ様は!?」

「ここだ! 頼む、治癒魔法の続きを――!」


 少し離れたところで、エイジを担いだままのキリが手を上げている。

 そちらに向かって駆け寄ろうとしたアサギの足元に――


「『炎よ』!」


 紅い炎が走った。


「きゃ――!?」

「この――!」


 一瞬先に気付いたサクヤが、アサギの腕を引いて後ろに庇う。


赤鳥の騎士(ツバサ)か!」


 鋭い声を上げて、空中へ視線を向ける。

 オレが上空に伸ばしている触手にも、今更赤鳥の気配が伝わってきた。どうやら赤鳥の飛行速度は予想以上に速い。ツバサの気配にオレが気付いてから、炎が放たれるまでの時間の短さと言ったら。

 いつかサクヤが魔法で浮遊した時の速度なんかとは比べ物にならない。空中では最速と言って良いだろう。陸上最速の黒猫ディファイが不在で、射手であるエイジも地に伏せている今、ツバサが浮かんでいる限りは対抗する術がない。

 広げた羽をふぁさりと羽ばたいて、赤鳥の騎士はオレ達を見下ろした。


「そうだよ、そうやって這い蹲ってろ! お前らは飛べないんだから、ボクがこうして空にいる限り、圧倒的にボクの方が強い! ヒデトの言ったとおりだ!」


 あはははは! と耳障りな笑い声が、赤い羽毛に混じる炎とともに振り撒かれた。

 その振り散る羽毛の先、ナチルを抱えたままのカズキは背後にナユタを控えさせ、全くの無傷だった。ナチルの首元にナイフを突き付けて、こちらを睨み付けてくる。

 涙を滲ませるナチルの瞳を見て、オレにアサギの身体を預けたサクヤが一歩、足を踏み出した。


「ナチルを、離してくれ」

「――サクヤ!」


 声だけで伝わってくる決意の重さに、慌てて肩を掴む。

 いつかの再現のようなその状況――掴んだ途端に、すぱん、と払い落とされた。

 そんなオレ達のやり取りを見ていたカズキが、唇を歪める。


「ああ、お前もついにフラれたか、ノゾミ。お前さ、本当ウザかったよ……。エイジの味方の癖に、いつもいつもサクヤの後ついて歩きやがって。結局は親父からエイジの方へサクヤを取り込んでさぁ」


 そう言えば、この人ずっとオレをオレ(カイ)だと認識してないままだ。

 黄金竜ヴァリィの力を自覚した今、ノゾミ、と呼びかけられると胸のどこかが、ずくん、と疼く。


「お前ら見る度に、反吐が出そうだった……」


 本当に何かを吐き捨てるように呟いたカズキの頭上で、踊るようにツバサが宙を舞った。


「弟の癖に兄に逆らうなんて、生意気なんだよ、バーカ。……そんなことするから、死んだりするんだ」


 エイジは確かに大怪我だけど、死んでない。

 ツバサ、あんた誰のこと言ってるんだ……。

 聞きたいような気もしたけど、そんな話を呑気に尋ねるような状況でもない。くるり、くるりと上空を翻る赤鳥を完全に無視して、オレに背を向けたままのサクヤは、カズキとナチルに一歩近付いた。


「ナチルを返せ……!」

「返して欲しければ、姫巫女の名の下に誓ってもらいたいね」


 サクヤの行く手を阻むように、カズキとナチルの前に、ユズリハが割り込んできた。

 何であいつ、生きてるんだ。さっき確実にサクヤに喉を切り裂かれたはずなのに――血と泥で汚れたシャツの襟はそのままに、その喉には傷跡1つない。

 それじゃまるで。

 そんなのは、まるで――守り手みたいじゃないか!?


 無尽蔵の魔力を使い、死を超えて生きるモノ。

 まるで、姫巫女サクヤみたいな……?

 だけど、姫巫女はここにいる。

 なら、獣人と魔法と世界の謎――それを解けば、こんな存在になれる、なってしまうということか?


 くす、と笑ったユズリハが、楽しそうに口を開いた。

 次に求められる言葉を、多分オレは理解してる。


 止めなきゃいけない。

 だけど――


「……サクヤ、ダメなの。私なんか、こんな奴なんかを――や、この!」

「ちぃ、痛ぇんだよ! くそ、このケダモノ風情が!」

「きゃあ!?」

「――ナチル!」


 暴れてカズキの手を引っ掻こうとしたナチルが、ナイフで手の甲を刺されて悲鳴を上げた。

 サクヤの焦った声を、ユズリハの手が遮る。


「ダメダメ。近寄りたければ、先に誓って」

「何を誓えば良い! 同胞の為にこの生命捧げろと言うなら、捧げてやる! だからナチルに手を出すな!」

「サクヤ……」


 凛と張る低い声を、オレは絶望とともに聞いた。

 結局オレには、この人を繋ぎ止めることなんて到底出来ないんだ。

 どこまでいっても、この人の中で姫巫女としての責務を越えるものは、きっとない。


 それは推測なんかじゃなくて。

 さっき繋がった時に、全部見えたから。


 サクヤにとってオレは唯一。

 家族じゃない、ただの仲間でもない、他に代わりのないモノ。

 それは認める。オレは愛されてる。

 ――だけど、絶対の存在、じゃない。

 サクヤにとっての絶対は。あいつの全ては、同胞リドル達に捧げられている――。


 分かってる。

 分かってて、そんなところも含めて好きになった。

 でも――


「じゃあ、ここで宣言して。この先は、僕の命にどこまでも従うと」


 でも、あんたを、誰かに取られるなんて――


「姫巫女の名の下に誓う。我が同胞に危害が及ばぬ限り、俺はユズリハの命に従う」


 ――嫌だ!


 ぞわり、とオレの胸元で何かが動いた。

 意識しないまま蠢いた触手が、真っ直ぐにサクヤの元へと向かう。


 その人を求める余りに、自分の支配下に置きたくなる。

 そんな欲求に自分で気付くよりも一瞬前に。


「まずは君の魔力、貰うよ――聖転移魔法エンタイアディスプレース!」


 ユズリハの唱えた魔法は、いつかサクヤが唱えた転移魔法。

 サクヤの身体からうねるような魔力の奔流が生まれ、ユズリハの指す地面へと抜き出された。魔法陣も長い詠唱もなしに、光の柱がサクヤとオレの間に生まれる。

 光の壁で中と外を断ち切り移動させるその呪文にぶつかって、バチバチと焼き切られた触手が、心臓を絞るような苦痛を伝えてきた。


「――っがぁ!」

「カイ……!?」


 振り向いたサクヤが、ユズリハに持っていかれた魔力の欠如で、くらりと身体を揺るがせる。

 その身体を――


「……ふぅ。今回はうまくいったみたいじゃねぇか」


 光の中から現れた、掠れた声の人影が支えた。

 外見は、こないだ見たばかりの第四王子シノの魔法使い。だけど中身は――


「あんた……ヒデト……!」

「はい、ご名答。魔法使いってのがこんなに役に立つとはなぁ。俺らが散々苦労した攻略戦、あっという間に終わっちまった。こうと知ってりゃ掴まえる方を間違えたと分かったあの時(・・・)に、追い打ちかけてたんだがなぁ」


 あの時(・・・)

 それは、まさか――


「ヒデト――お前……!」


 ヒデトの手を振り払って、身体を離したサクヤが、思い描いていることが。

 繋がっていない今ですら、手に取るように分かった。


「あぁ? そういや言ってなかったか。姫巫女(おまえ)を掴まえるつもりで島を襲ったのに、あいつらが掴まえて帰ってきたのはお前の姉だった。どうやら、人間のお前が一族リドルの代表だと、人間達には理解出来なかったようだな――」


 ヒデトの言葉を聞いた瞬間に、さっきサクヤと繋がってた時に見た、その記憶が蘇ってきた。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


「ここが姫巫女の家か……」


 新月の昼間。

 最も泉の魔力が薄れるその時間を狙って。

 島を守る結界の綻びを見つけ出し。

 真っ直ぐにこの家に向かってきた人間達の。

 その用意周到さはどこから来ている?


 剣を構えた人間達に向けた指先。

 迸る魔力の火花で、解けた白銀の髪が舞い上がる。


「姫巫女は、俺だ」


 同胞達と同じ色に。

 魔力を湛えた瞳が変わっていく。

 身体の中をぐねぐねと動く魔力の流れを感じる。


「あん? 人間じゃねぇか。髪と瞳の色はリドルっぽいが……耳がねぇ」

「いや、姫巫女は人間だって言ってなかったか?」

「聞き間違いじゃねぇ? 獣人の長なんだから、獣人だろ」


 ――何故?

 何故、知っている!

 同胞達しか、知らないはずの……


「あー、湖? 沼? ……いや、泉が向こうにあるんだったか?」

「泉は姫巫女が捕まえられりゃあ、それで問題ないんだろ」


 誰が――何故――!?

 何故、人間がその話を知っている……!


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 感情に翻弄された身体が跳ねて、記憶の中に飲み込まれそうになっていたことに初めて気付いた。

 黄金竜ヴァリィの力で得た記憶は、本人の中で色あせても、触手からはまるで現在その場で起きているかのように生々しく伝わってくる。多分、経験した当時のものが、頭の中(こころのへや)にはそのまま保管されてるからだろうと思うんだけど。例えそれが埃を被って、本人からは見えなくなってしまったとしても、引っ張り出せばやっぱり昔のままなんだ、きっと。


 ましてや。

 それが、本人にとっても生々しい感情の迸る記憶であれば、なおさら。


 オレの視線の先、ギラギラと光る紅の瞳が、ヒデトを睨み付けている。


「――サクヤ!?」

「ヒデト! 貴様があの時――俺の同胞を!」


 火花を散らしながら、掲げたその手を。

 背後からユズリハが呆れた声で抑えた。


「ダメだよ、サクヤ。ヒデトにはまだ利用価値があるんだ。僕の研究も完成してない。君、今誓ったばっかだろう」


 止められたサクヤは、自分の言葉を思い出して息を呑む。

 それでも、一度振り上げた腕をただでは下ろせなくて。

 憎しみを吐き出すようにして、囁いた。


「お前のせいで……義姉イワナが――」


 ぎりっと食い縛った奥歯の軋みに、ヒデトの笑い声が被さる。


「俺のせい!? 否定はしないがな、分かってて眼を逸らすな。お前が言いたいのは別のことだろう。誰に責任があるかって言えば……一族を守れなかったのはお前、自分の代わりに義姉あねを生け贄に差し出したのもお前――義姉が死ぬまで救えなかったのも、お前じゃねぇか」


 心臓の止まる音が、聞こえるんじゃないかと思った。

 表情を失ったサクヤの、自分を責める心の刃の音が。


「サクヤ――!」


 呼ぶ声は届かない。

 差し出すオレの手に、ヒデトの冷たい一瞥が向けられる。


「……なるほど。弱いもの同士、傷を舐め合ってんのか、お前ら。まあ勝手にしろよ。だけどな……俺の同胞は今も昔もたった1人しかいない。世界の秘密も知らずに平和に暮らしてきた貴様らなんぞに、『同胞』の重みは分かんねぇだろうよ」


 無警戒とも言えるような気軽さで、オレに背を向けたヒデトが、ユズリハに歩み寄り肩を叩く。

 もちろん、同じ黄金竜ヴァリィの力を持つオレには、その触手がオレの動きを見張っている様子がはっきりと見えていたけど。


「姫巫女だけじゃダメだ。宝玉を回収しろ。あのガキが持ってるアレが――歴史から消えた最後の神の欠片――黄金竜ヴァリィの宝玉だ」


 やはり気付かれてた……!

 反射的にオレは、尻ポケットに手を突っ込んだ。

 ツルツルした宝玉の冷たい感触を握りしめて、向かってくる敵にいつでも対応出来る体勢をとる。

 オレの顔をちらりと見たユズリハが、大げさな溜息をついて、サクヤの頬に手をかけた。


「サクヤ。さあ、落ち込んでないで、僕の言う通りにしておくれ。あの少年の持ってる宝玉を僕のところへ持ってきて。宝玉さえ手に入れば少年の生死は問わないよ」


 ゆっくりと顔を上げたサクヤの眼は。

 完全に表情を失っていた――

2016/06/24 初回投稿

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