……どこまでも見渡せる高い高い病院の屋上
青い空のキャンパスの上に飛行機が白いクレヨンで悪戯書きした飛行機雲……
一直線に空の向こうへのびていくそれを見ていると、自分の存在はどうしてこんなにも小さいのだろう? 鳥や飛行機はあの大空を飛べるのに何故人間は自由に空さえも飛べないのだろう? ……と答えの無い疑問に行き着いてしまう
「いや……」
ここから身を乗り出して大空へはばたけば、あるいは……
それは無いだろうよ、頭の片隅で声がした……
「………」
余命半年、先生からの死刑宣告になんら心は動かなかった……
自分の運命を呪うこともせず、先の無い未来を嘆くこともしない……
全てを客観的に見ていたら、それはまるで自分の人生のように思えなくなってしまっていたからだ
空を飛びたい、そんなくだらない事を考えるようになった自分……
これも自分の人生だと受け入れないための現実逃避なのかもしれない
ただそう感じた、とある晴れた日の午後……
「あなたの夢はなんですか?」
自分に話し掛けられていると気付くのに長い時間を要した
「……?」
「あなたの夢、あなたにも夢はありますよね?」
後ろを振り返ると車椅子に乗った少女がいた
その日、高瀬由香と名乗る一人の少女と友達となった
高瀬由香はよく喋った、自分の好きなこと、嫌いなこと、趣味や特技……そして将来の夢
「私、将来は飛行機のパイロットになりたいの」
車椅子に乗る少女の瞳には希望や夢が溢れている……
とうてい、自分にはこんな瞳はできないな……そう感じた
腐ったドブ川、いや死んだ魚のような瞳の自分とは対局に位置する自分…
それは彼女には明るい未来があるからだろうと思った
「キャビンアテンダントじゃなくてパイロットか? 変わってるな君は」
日に日に、卑屈になっていく自分に嫌気がさすもそれを止められない自分がさらに嫌だった
「なれるかな……私」
「さあね」
呪うこともせず、嘆くこともしない自分……
残りの余生を楽しもうという気さえ起きなかった
彼女と出会ってから約2ヵ月が過ぎた……
ある日、廊下を歩いていると聞きたくもない会話を聞いてしまった
215号室の患者は長くない……
高瀬由香の部屋、もちろん個室で彼女以外の誰でもない
そんなことを聞いても何とも思わない自分がそこにいた、自分の事ですら無関心なのに他人の事で悲観するはずもない
ある日彼女は自分の夢の真意を語った
「空を飛びたいの……」
「どうして?」
彼女は言った、神様に一言だけ文句が言いたいから
「そのためにはもっと近くに行きたいの、神様は人を無視するのが好きだから近くにまで行って言わないと耳に入らないと思うから」
「何を言いたいの?」
彼女は寂しげに微笑むとその問いには答えなかった
空を眺めていると心が晴れ晴れする……
病院の屋上から見渡せる町並みはいつも以上に美しく感じた
「君は神様に何を言いたかったの……?」
彼女は死んだ、ある日病室を尋ねると看護士さんが部屋を片付けていた
こんなもんなんだ……人、一人の死は
事務的に部屋を整える看護士さん
次に訪れる患者のためだ……
次に訪れる患者はこの部屋で叶わぬ夢を思い描いていた少女の人生など知りはしないだろう
「君は……夢を叶えられたの?」
きっと叶えられたと思う、彼女は神様のもとへと帰ったのだ
ならば自分は? 日に日に弱っていく体を見てみぬふり、遠い所からの傍観者……
でも最後ぐらいは向き合うことに決めた、人生に運命に……
落下防止用のフェンスをのぼる、名目上は落下防止だが実際は飛び降りを無くすためだろう
空が青い……
この空は誰の為にあるのだろう?
「……そっか」
彼女が神様に言いたかった文句が少しだけわかった気がした……
なぜ生きたいと思う人間を救わず、死にたいと思う人間を生かす? 無作為にただ時間を浪費する彼らに未来があってなぜ、必死になって生きた人に未来が無い? なぜ助けを求めても助けてくれない、助けてほしい、助けてください
生きてみたいという気持ちと生きられないという事実……
「君はちゃんと文句を言えたのかい?」
夢を叶えた少女……
自分も叶えてみようと思う、最後に見た夢を……
少年は両手を翼のように上げる…
「この夢は叶うのだろうか?」
少年は大きく飛び出すように、屋上から大空へとはばたいた
生きたいと願う気持ちと生きられない事実……
気付かなければ楽に生きていけたのだろうか
END |