(いーんじゃない?そんなに頑張らなくてもさぁ。身体と心が疲れるだけで、なんにも得しないと思うけどなぁ。)
また、あの声が聞こえる。疲れて、疲れて、疲れ果てて、意識が、す…っと、無くなる。そんな時、あの声が聞こえる…。
「…ふぁ〜…あ…。」
「松橋君、また徹夜?」
「あ…、す、すいません、先輩。」
「ふふ。欠伸くらい、私には気を遣わなくていいわよ。でも、ちょっと無理してないかしら?」
「いえ、これくらい大丈夫ですっ!」
「………。」
「な、なんですか?」
「…くまが出来てる。あと、目やに。」
「えっ!?」
「ちゃんと鏡見て、顔洗ってきなさい。」
「は、はいっ!」
「………はぁ〜…。」
格好悪い所を見られてしまった。洗面所の鏡で自分の顔をまじまじと見ながら、彼、松橋大和は、深い溜息を着いた。
くまは別にいい。徹夜を何日も続けていれば、自然と発生してしまうものだ。頑張っている証とも言えるだろう。だが、目やにはさすがに恥ずかしかった。確かに今朝は、かなりぼやぼやしながら身支度をしていたが…。
「目やにを指摘されるなんて…俺、完全子供じゃんか〜…。」
しかも、よりにもよって桜先輩に言われるとは…。
「あ〜〜〜〜〜〜……。大失態だよ…。」
鏡の前で頭を抱える大和。桜先輩にだけは、恥ずかしい所を見せたくなかったのに…。
桜春音は、まさに憧れの先輩だった。新入社員の頃から面倒を見てもらい、同じプロジェクトに参加できたときは、毎日、仕事するのが楽しくて仕方なかった。逆に、桜先輩と関わりない仕事の時は、あまりやる気がでなかったりもしたのだが。
そして、今回の仕事。桜先輩からの指名だった。
「松橋君、あなたが責任者をやりなさい。」
認められた、と、思った。天にも昇るような気持ちだった。
絶対、完璧に仕事をこなしてやる、と、心に決めた。
…その頃からだった。あの声が、聞こえるようになったのは…。
(何をそんなに頑張ってるのさ。体中に力が入り過ぎてて、見てるこっちが肩凝りそうだよ。)
…うるさいなぁ…。ここが俺の踏ん張り所なんだよ。邪魔すんな…。
(あらあら、邪魔者扱いですか。ひどいねぇ〜。こっちはこんなに心配してる、っていうのに。)
…それが邪魔だ、っての…。ここで死ぬほど頑張って、この仕事をやり遂げれば、カンペキに桜先輩に認めてもらえるんだ…
(ふぅん…。好きなんだ、その先輩。)
ガキみたいなこと言ってんじゃねーよ…。ああ、好きだよ、愛してるよ。完全なる片思いだよ。なんか、わりーかよ…
(別に悪くはないさ。ふぅん…なるほどねぇ。じゃあ、頑張んなきゃねぇ。)
…言われなくても、わかってるよ…。
(…死なないようにね?)
…あ?
(さっき言ったじゃない。死ぬほど頑張る、って。だから、忠告。死なないように、ね?)
…バカか。ホントに死ぬまで仕事するかよ。
(ならいいけど。ふふ、まぁ、テキトーに頑張りなよ………。)
テキトーじゃ、ダメなんだよ………。
「…………。」
「…松橋君。」
「……あ、先輩…。おはようございます。」
「…顔色、悪いわよ。」
「え…、そうですか?」
「無理してるでしょ、絶対に。」
「そんなことないですよ、大丈夫です。」
「嘘はつかないで。」
「!…は、はい。」
「そんな病人みたいな顔色されて、大丈夫です、って言われても、かえって心配になるの。わかる?」
「…はい。」
「今日は定時で上がりなさい。そして、すぐに家に帰って休むこと。いいわね?」
「はい…ありがとうございます。」
「いい?責任者っていうのは、自分の体調も、しっかり責任持って管理しなきゃダメなの。いざって時に責任者が体調不良で動けないんじゃ、何の意味もないでしょ?」
「はい…。」
「わかったら、無理はしないこと。いいわね?」
「はい。」
(いやはや、お優しい先輩だねぇ。俺が惚れちゃいそうだよ。)
ふざけんなよ…大体、お前なんで今話し掛けてきてんだよ。
(ん〜?今話し掛けちゃ、いけないのかい?)
今までお前の声が聞こえるのは、俺が疲れて意識飛んでるときだったのに。今は疲れてるけど、しっかり自分の意識持って歩いてんだよ。介入してくんな。
(まぁ、確かにね〜。でも、今日は特例だから。)
はぁ?
(今、お前さんは、先輩のご厚意によって、定時で仕事を上がり、自分の家へと歩いていってる。そうだよね?)
…あぁ、そうだよ。
(なんで、定時で上がったのか。お前さんが無理し過ぎたからだ。)
…あぁ。
(今のお前さんは、身も心もボロボロのクッタクタ。先輩への気持ちだけで自分を支えてる。)
…おい。
(ん〜?)
…一体、何が言いたいんだ。回りくどいこと言わずに、はっきり言えよ。
(う〜ん、でも、はっきり言っちゃったら、多分ショックデカすぎだと思うしなぁ…。じゃあ、少しオブラートに包んで言うことにしよう。)
勿体振ってんじゃねーよ。早く言え。
(…がんばっちまったんだよ、お前さん。……………死ぬほどね。)
……………あ?
キキキキキィィィィーーーーーーーーッ!!!!!
「!」
(…だから、度々忠告してあげてたのにねぇ。頑張り過ぎるな、って。死なないよう、とまで言ってあげたのに、あっさり死んじゃうんだものなぁ…。…ま、こっちとしては、後釜が見つかって大助かり、だけどねぇ。)
(さて、お前さんにもわかったろ?頑張り過ぎるな、って意味が。………よ〜しよし。わかったんなら大丈夫だ。しっかり役目を果たせるよ。)
(ん?何の話だ、って?そりゃあんた、決まってるだろう。これからの、お前さんの仕事さ。……死んだらゆっくり眠れる、とでも思ってた?ふふふ〜、甘いね〜。こっちはこっちで、仕事はきっちりしなきゃなんないのさ。)
(なぁに、たいした仕事じゃないよ。私の代わりをやってもらうだけさ。頑張り過ぎてる現代人の枕元に立って、頑張り過ぎを忠告してやる。ただそれだけ。まぁ、聞き入れてくれないことが多いけど、そんなのはこっちの知ったことじゃない。きっちり忠告してやりゃいいだけさ。簡単だろ?)
(え?私はどうするのかって?…ふふ、現世に生まれ変わるのさ。実は、もうとっくに生まれ変わりの条件は満たしてたんだけど、後釜が見つかんなくてね。お前さんが死んでくれたおかげで、やっと生まれ変われるよ。いや〜、感謝するよ〜。)
(というわけで、後は頼んだよ?お前さんが得た教訓を、頑張り過ぎてる連中に、しっかりと伝えてやるんだ。…私も、次の人生は頑張り過ぎないように、せいぜい気をつけるとするよ。…じゃ、お達者で…。ん?霊魂にお達者も何もないか。はははははは……。)
頑張り過ぎの、皆様へ。
もし、声が聞こえたら、無理せず、ゆっくり休みましょう…。
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