ドキュメンタリー「あるレスラーの誕生」PDFで表示縦書き表示RDF


ドキュメンタリー「あるレスラーの誕生」
作:○


 夜の10時、私はいつも楽しみにしている番組を見るためにリモコンを手に取った。
 32型の液晶テレビがリモコンに反応してタイトルを映し出す。ちょうど番組が始まったようだ。
 私はゆったりと椅子に座り、グラスに注いだビールを片手に画面を眺めた。初老のアナウンサーがいつものように穏やかな笑みを浮かべている。
 バックにナレーションが入り、静かに番組が始まる。
「悪役レスラーデル・ソル。今こそ屈強な肉体を誇るレスラーだが、昔は唯のひ弱な少年だった。そんな少年だった彼がいつどのようにしてレスラーの道を歩みだしたか。今回の『その時歴史がぴくりと動いた』は、イタコの千代ばあさんに聖徳太子の霊をおろしてアメリカのスラム街に連れていって放置、生還するまでを生放送でお送りする企画をごり押ししたプロデューサーの矢野は死ねばいいと思う」
 妙なナレーションが終わると、画面に司会のアナウンサーが現れ、口を開いた。
「それではまずデル・ソルの少年時代からみていきましょう。世界ふしぎ発掘」

 画面が切り替わり、粗末な小屋が映し出される。
 抑揚を押さえたナレーションが雰囲気を演出する。
「デル・ソルの朝は早い。師匠と共にハードな鍛錬をするためだ」
 画面に元気のありそうな少年が現れ、布団の上でぼーっとしているくたびれた中年の男に駆け寄った。
「師匠、おはようございます!」
「……うむ。早寝早起きは全ての基本だからな」
「はい!」
 少年が元気よく返事をする。師匠と呼ばれた男は布団にもぐりこんだ。
「それじゃあ私は寝る」
「え?」
「早寝だ」
「早すぎませんか?」
「物事に早すぎるということは無い。常に先手を打て」
「でも……それじゃいつ起きるんですか?」
「目が覚めた時だ」
「師匠、それは唯の不摂生……師匠? 師匠ー!」

 画面が切り替わり、初老の司会が微笑んでいる。
「厳しい自己管理でおのれを鍛え上げるデル・ソル。少年の頃からレスラーという夢に向かって全力疾走です」
 そこでいったん言葉を切ると、カメラは隣に座っているパンクな黒人を画面に映し出した。
「さて、本日のゲストはロスのスラム街にお住まいのジョージさんです。冗談を真に受けて本当に連れてきたADの佐藤は死ね。ジョージさん、これまでの所どうですか?」
「What?」
「師匠について、アメリカ人の立場からみてどうですか?」
「HAHAHAHA」
「死ねよ糞外人」
「ナンダト?」
 パンク黒人の表情がただならぬ物に変わる。張り詰めたような雰囲気の中、ナレーションは淡々と番組を進行させていく。
「デル・ソルの修行が厳しさを増していきますそれでは続きをご覧下さい」

 画面が切り替わると、そこは山の中のようだった。
「山奥の訓練基地。デル・ソルと師匠はさらに奥にある崖の前にきていた」
 ナレーションの後、画面の中で少年と師匠の男は崖の近くにいた。
「いいか、デル・ソル。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とし、はい上がってきた子だけを育てるという」
「はい」
「強い者だけが生き残るのだ」
「はい!」
 真剣な表情で頷く少年。
「これから私が手本を見せるから良くみておけ」
「は?」
 戸惑う少年にかまわず、師匠は雄叫びをあげながら崖に向かって走り出す。
「うおおおお! これが男の生き様だと思うー!」
「待ってください師匠! そこは断言した方が!」
 あいまいなまま、師匠は谷底へと消えていった。

 あんまりな内容に、せっかく用意したビールを飲むのを忘れていた。
 ぬるくなったビールを一気に飲み干し、冷蔵庫から新しいビールを取り出す。
 テレビの前に戻り、グラスにビールを注いでいると、画面の中で司会がどこかのビルの玄関前にいた。いつもと進行が違うような気がする。
「現在、スタジオがジョージさんとその友人の皆さんに占拠されてしまったので、国営放送玄関前からお送りしています。人質になっているディレクターの山本は責任とって死ね」
 うっかりビールをグラスからあふれさせてしまった。あわててタオルで拭き取る。
「とりあえず代打ゲストとして、警視庁の鈴木さんにおいでいただいています。鈴木さん、師匠の覚悟についてどう思いますか」
 司会は、近くにいたよれよれの40半ばの男にマイクを向けた。
「は? 誰ですか、それ」
「そこは空気を読んで適当にそれらしいコメントをしてください」
「? 何を言っているのかよく分からないのですが」
「チッ、だから空気読めよ」
「はあ? なんだとこの民間人が。だいたい銃で武装した外国人を入国させんな」
「それは俺じゃねえよ。文句は入国管理局に言えよこの税金泥棒が」
「ああ? この糞地味野郎が。前から思ってたけど少しは華のある番組にしろよ」
「おまえには関係ないだろうが。毎週みてんのか。そんな事する暇があったら検挙率を上げろよ」
「カチーンときたぞこの野郎。よく考えたらおまえん所は受信料泥棒じゃねえか。占拠される暇があったら、もっと面白い番組作れよ」
「だからそれは俺のせいじゃねえっつうのにこの国家の犬コロが」
「あったまきた。適当な罪状で逮捕するからそこ動くな」
「ふざけん

 画面に「しばらくお待ちください」という文字の入った一枚絵が映し出される。
 意味がよく分からないが目が離せない。
 一瞬、テレビが暗転して、白が印象的な室内が映し出された。
 白く殺風景な病室。青年が立っているそばで、さっきのVTRに出ていた師匠が白いベッドに横たわっていた。
 この状況で番組を続けるつもりらしい。私はビールを一口飲んだ。
「デル・ソル……おまえにはもう教える事はない」
「そんな……師匠、まだ自分は未熟……」
 師匠は手をあげて青年の言葉をさえぎると、窓の方に目を向けて静かに語りだした。
「自分の身体は自分が一番良くわかる。あの窓の外にある木の葉っぱが全て落ちる頃、私の命も尽きるだろう」
「師匠、あれ窓の模様ですが」
「そうか……」

 飲んでいたビールを少し吹いてしまった。いつからコント番組になったんだ。
 また画面が切り替わり、ニュース番組のスタジオが現れた。全く表情の変わらない、若い女性アナウンサーが淡々と手元の原稿を読み始める。
「番組の途中ですが、ニュースをお伝えします。今日午後10時20分ごろ、隣のスタジオが銃を持った外国人数名に占拠されました。現場と中継がつながっています。現場の徳川さん?」

 さっきのビル前が出てきた。初老の司会とよれよれの刑事がお互いの胸倉を掴んで振り回している。
「ハゲチワワは無人契約機にでも入ってろ」
「なんだとこのテカ頭。心の正当防衛で撃ち殺す」
「やれるものならや

 途中で画面がスタジオに切り替わる。
「失礼しました。現場の徳川は死ね」
 女性アナウンサーが、全く表情筋を動かさないまま棒読み一歩手前の調子で頭を下げた。
「新しい情報が入り次第続報をお伝えします。それまで番組の続きをどうぞ」
 また画面が暗転する。隣? 逃げもせず一体何をやっているのだろうか。これがプロの魂か。
 グラスのビールに口をつけると、テレビの中にうっそうと繁る木々が映し出された。
 これだけはいつもと変わらないナレーションが、マイペースにステレオで流れてくる。
「デル・ソルは真のレスラーになるため、猫の穴に来ていた。ここを突破すれば本物のレスラーへの道が開かれる」
 画面内でデル・ソルは眼前にある、全てを拒絶するような黒い穴を決意をこめた目で見つめていた。
「ふ、猫の穴の挑戦者か」
 突然デル・ソルの背後から声がした。
 デル・ソルははじかれたようにその場を飛びのき、声の主の方を向いた。
 そこには黒いマントをはおり、黒いフードをかぶった怪しげな男が立っている。
「ふむ、中々の反応だ。名前を聞いておこうか」
「……デル・ソルだ」
「デル・ソルよ、この猫の穴に挑戦する気か?」
「ああ」
 黒ずくめの怪しい男は黒くぽっかりとあいた穴の方を指差した。
「この穴は今まで100人以上の者が挑戦したが、いまだ突破できた物はいない。さらに夕べの大雨で土砂崩れが起きて中全部埋まってしまって、挑戦中の3人と私の家財道具一式、さらに財布と通帳と金庫、おまけに大事にとっておいたチャンピオンベルトも土の中で明日からどうすればいいんだ」
「大変だな」
「ああ」

 真面目に見てしまった。時間を返せと抗議電話をかける事にした。
 受話器を手に取ると同時にテレビはスタジオの女性アナウンサーを映し出す。
「続報は入っていませんが、ニュースをお伝えします。編集の水上は……死ね」
 初めて女性アナウンサーの顔に表情が現れた。あれは放送していいのだろうか。
「今日武蔵野の幼稚園に、ハッタミミズのニョロちゃんがやってきて園児達と楽しいひと時を過ごしました。体長70センチのニョロちゃんは、焼けた鉄板の上に乗せられると情熱的なダンスを披露して、私はこんなニュースを読むためにアナウンサーになったんじゃないッ!!」
 女性アナウンサーは、突然手元の原稿を破り捨てると背後のモニターに蹴りを入れた。
「スポーツ担当だったのに! 野球だったのにッ! 大体ミミズとかあんなキショイもんニュースにすんなッ!!」
 肩で息をする女性アナウンサーが自分の姿を撮っているカメラに気付いた。
「何だその目はッ! 見るなッ! 私を見るなッ! 撮るなッ!」

 画面に「しばらくお待ちください」という文字の入った一枚絵が映し出される。
 まるで意味が分からないが目が離せない。
 しばらく待っていると、さっきのビル前が画面に現れた。
 若い男が戸惑った様子でカメラの前に立っている。
「えーと、現場の佐藤です。あの、自分で本当に大丈夫っすか? ADっすよ、自分。あ、はい、そうっすね。しょうがないっすね。これ読めばいいんすね」
 若い男は手に持った白い紙に目を落としながら、たどたどしい調子で声を出した。
「えーと、あん、いやん、よりこはよくぼうにぬれたこえをもらしながらにくぼうを」

 画面に「しばらくお待ちください」という文字の入った一枚絵が映し出される。
 もう番組はどうでもいい。一体どう片をつけるつもりなのか。もはや興味はそれ一点に絞られた。
 固唾を飲んで見守っていると、画面が切り替わった。そこには爽やかそうな青年がにこやかに立っている。
「明日の日本列島は太平洋高気圧に覆われて、全国的に晴れでしょう」
 コンセントを引っこ抜いて電源を切った。














ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう