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犬山と猿川。二人は天性の犬猿の仲であった。
短編集 by伊之口浩作
作:伊之口浩作



犬猿の仲


 三年A組の犬山と、B組の猿川は仲が悪い。それも、普通の不仲ではなく、相当な不仲なのである。
 彼らが半径三メートル以内に入ろう物なら、すぐに小競り合いが始まり。目を合わせた途端に殴り合いが始まる。更に、彼らが出会って口を開くと、罵詈雑言の嵐である。また、普段は互いが互いを嫌悪しあっているので、近付くことすら希である。
 二人の不仲は徹底的だった。犬山は右利き、猿川は左利き。犬山が文系なら、猿川は理系。犬山がソバを食べるなら、猿川はうどんを食べる。犬山が右足から歩き出せば、猿川は左足から。それも、意識してやっているのではなく、完全に無意識の次元である。正に、生まれながらにしての水と油。決して調和することは無いのである。

 時は十月の初め。この学校では毎年恒例の体育祭が催される。組は抽選で振り分けられるので、誰と誰が同じ組になるかは、全く予測不能である。
「さて、三年生の組み分けを始めましょう」
 放課後の会議室で、三年の学年担任の先生と、クラス担任の先生が集まって組み分けが行われた。方法は、生徒指名の書かれた紙切れを箱の中に入れ順々に引き、奇数で引かれたら赤、偶数で引かれたら白、といった具合である。
 組み分けは順調に進み、日暮れと共に終了した。
「お疲れさまです」
「お疲れさま」
 先生達が会議室を後にする。その時、A組の大木先生とB組の小田先生とが鉢合わせになった。
「大木先生。どうですか? 今年は」
「そうですねえ。ウチのクラスの野球部は全員白組でした。小田先生は?」
「私のクラスはですねえ…。おお、島村、小村、高遠の陸上部トリオが赤でしたね」
 会議室に一角にて、他愛ない会話が続く。
 その時、大木先生はあることを思い出した。
「そうそう。ウチのクラスの犬山がですね、赤になったんですが、そちらの猿川はどっちですか?」
「ああ、猿川は確か……」
 小田先生は、手元の名簿に目をやる。
「赤ですね」

 体育祭当日。赤組の応援席はただならぬ空気に包まれていた。不仲で有名な二人が、あろう事か同じ組になったのである。
「…………」
「…………」
 互いにそっぽを向き顔をしかめて背中合わせになる。
(何でクソエテ公馬鹿なんかと……)
(何でボケイヌ畜生なんかと……)
 互いの心中はこんな感じだった。憎しみと怒りが悶々と渦を巻き、心の壺の中でその濃さを増す。二人の堪忍袋の緒は、同じ組である事だけで切れる寸前であった。
 その時だった。
「おい。大丈夫か!?」
 赤組の先生が叫んだ。
 周囲からのどよめきから察するに、けが人が出たらしい。
「参ったな。二人は二人三脚の選手なのに……」
 現段階での白と赤の関係は、赤が若干不利であり、次の二人三脚で勝てば、まだ最後のリレーでの勝機がある。赤組勝利の為に、ここの二人三脚は絶対に落とせないのである。
 その時、替えの選手を選んでいた先生は、互いに背を向け合う二人を見て直感し、こう持ちかけた。
「犬山と猿川。二人三脚に出てくれ」

「てめえ! ちゃんと走らなかったら山の中に埋めるぞ!」
「てめえこそ、しっかり走らないとビルの屋上から突き落としてやる!」
 互いに罵倒しあい脅迫しあいながら、二人は凄まじい勢いで走ってゆく。校庭のトラックで半周以上突き放されていたにも関わらず、彼らは直ぐさま一位に躍り出た。
 天性の犬猿の仲なのであり、その犬猿の仲ぶりは徹底されていた。犬山が右足から走り出すなら、猿川は左から。それは、二人三脚において、絶対の条件である。つまり、彼らが不仲過ぎることは、結果的に二人三脚にて最大の強みになっていたのである。
 そして、彼らが速いことにはもう一つの理由があった。
(早くこの野郎と離れたい!)
 口には出さなかったが、二人は共通の目的を達するために、早くこのレースを終わらせようと考え、互いに全速力で走っていたのである。肩を組み、足を紐で固定するというルールも、それを手伝った。
 韋駄天の如き速さで駆け抜け、ゴールテープを両断した二人は、その競技において英雄となった。

 体育祭は赤組の逆転勝利という形で幕を下ろした。最終競技のリレーでの奮戦もあってのことだが、それ以上に二人の二人三脚の成果の方が大きかった
(俺がいたから勝ったんだ)
(俺がいたから勝ったんだ)
 二人はしばらくの間そう主張し合ったが、『関わりを持ちたくない』という共通の理想の元、卒業まで口を利かなかったという。












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