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電子の妖精
作者:阿井植夫
いらっしゃい。よくきたわね。何にするの?
────。
やめましょう、昔の話よ。柄じゃないわ。
────。
そう。どうしても聞きたいのね、分かったわ。
あれは、私が光り輝いていた頃の話。

 カッコーの鳴き声が始まると一斉に人混みが移動していく。信号待ちの車が陽炎でゆらゆらとしている。横断歩道を横切ると足早にオフィスへと滑りこんでゆく。普段は冷房のきいたところで仕事することが多いかもしれない。もっとも仕事によっては長旅を強いられることもある。今はこの会社の連絡業務を受け持っている。一日にたくさんの連絡や書類のやり取りをする。この前なんかは顧客から一斉に問い合わせがあってダウンしそうになったけどなんとかやり過ごした。届け先は国内のこともあれば時には海外のこともある。でも、私くらいになると首相官邸に顔を出して海外の例えば、DARPAに寄り道して帰ってくることもできる。割と忙しいといえば忙しいのかもしれない。ある人は私を運び屋と呼ぶ。案外当たっているのかもしれない。だけど、それが正しいのかどうかは分からない。
 今日も施工チームの課長は出勤するとソリティアをやっている。設計の係長は残業時間になるときまってネットの掲示板を見ている。余計な事をしなければ良い社員なのだが、どうだろう。私は今日も社内文章を運んでいる。この前なんかはちょっとした事件があった。ある社員が不倫メールを送っていたのだ。それ自体は別にどうということはない。要はばれなければいいのだ。私は秘密を守る。でも、その社員は何を間違ったのか社員全員宛に問題のメールを送ってしまったのだ。私は間違いに気付いたので普通なら止めてあげるべきなのかもしれない。だが、私はそれをしない。しないのが仕事なのだ。ありのまま伝えるのが私のプロトコル。覗き屋、誰かが私のことをそう呼んだ。言いたい人には言わせておけばいい。私がいなければ困るのはみんなの方なのだから。
 またいつものようにメッセージを抱え、私はそれを伝えていく。腹ばいになって炎の壁を潜り抜ける時もある。無数のルートを選んで道を決めていく。Enterキーの号令で私はレイヤーを駆け抜ける。体を0と1に、オンとオフに、ついには光へと姿を変えて私は駆け巡る、世界とあなたとの間を駆け回る。ビルの立ち並ぶ大通りを進み、摩天楼を左へ、そこから世界の果てまで行って帰ってくることもできる。
 テレビに出ているおばさんが言っている。現実と虚構の区別がつかないって。でも本当は違う。現実との区別なんてそんなにはっきりしたものじゃないの。現実は夢の続き。続いているから私は生きている。みんなみんなつながっている。私はみんなをつなげているだけなの。だからいつもみんなのそばにいる。えっ? 神様……。違うよ、私がたくさんいるんじゃなくて、みんなの中に私がいたの。

うん、そうかもね。
────。
天使、私が? わからないよ。私はどこにでもいるの。普遍的なものなの。
────。
そう、いつもあなたの隣に……。
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