その日、悪役令嬢は死んだ
私は、よくあるテンプレ悪役令嬢転生者。死んだ瞬間のことは覚えてない。
...これだけで自己紹介が終わってしまうのって、ある意味すごいことよね。
転生したのは「l♥velife」という、学園モノの乙女ゲー。
私はやったことないんだけど、友達が「薄い本」出してたから、何となく設定は知ってる。
…薄い本、正式名称は「同人誌」。こうなったらいいな、こんな二人組萌えるな...そんな気持ちのつまった、オタたちの数ヵ月の結晶。
このゲームのファンだったその友人とは被っている好きな漫画も多くて、一緒に本を出したこともあった。
...まさか、友人の好きだった乙女ゲームの悪役令嬢「神野 しほ」に、私が転生するなんてね。
前世で24年間ずっとオタクだった私は、もちろん現世でもアニメや漫画にどはまりし、オタク街道を爆走していた。
前世での「もっと絵を練習していればよかった」という後悔から、お稽古事の合間に絵の練習を続け、私の画力はかなりのものになっていた。
こっそりマスクをつけてイベントにも参加しているけど、なんとかシャッター前(人気サークルの証)に席を並べるまでになった。24年+17年のオタ歴は伊達じゃない。
さて。
話は変わるけど、私はヒロインをいじめてない。
世界の強制力とかあったらどうしよう、と思っていたけど、そんなことはなかったし。
それに最近の私は、同人誌の印刷所の〆切と、ノベルティーのアクリルキーホルダーの〆切に同時に追われていたので、それどころではなかった。
婚約者?なにそれ美味しいの?と顔までおぼろげなレベル。
ーーーーなのに。
「神野しほ、お前との婚約を破棄する」
壇上にいる元婚約者のつめたい目。ざわめく講堂。集まる視線。
〆切のために徹夜明けで、もうほんと思考回路はショート寸前って感じの私は完全停止。
「私、神野さんに...いじめられたけど、でも、謝ってもらえたら許せるから...ね?」
うるうるしながら、壇上の元婚約者のシャツをきゅ、と握るヒロイン。
…あざとすぎる。
「私はなにもーーー」
あまりに小さな私の声は、周囲のざわめきに消える。
うっ、やばい、声が全くでない。脳内ではいろんな言葉がぐるぐると回るのに。
敵意と、好奇の目線。それを向けられることがこんなに怖いなんて。
「いじめを行うような生徒はこの学園に必要ない。...神野しほ、お前は今日限りで退学だ」
口のなかが乾く。なにもしてないし平気でしょ、なんて楽観視してた自分に腹が立つ。なんか言わないと。でも、どうしたら私の無実が証明されるのだろう。
「神野さんは、いじめてなんかいません!」
ーーーえ。
大きな声が講堂に響いた。
その声は一年生のほうからきこえる。
だっ、と一年生の列から、一人の女の子が飛び出した。
「(私の大好きな漫画「僕プリ」の主人公の妹にそっくり)」
華奢で、きれいな黒髪をツインテールにした、かわいい女の子。
その子はあっという間に壇上に上がると、元婚約者からマイクを奪い取って、叫んだ。
「神野さんは、放課後は漫画を描くのに忙しいんです!」
さーっと、血の気が引いた。
え、漫画、それってーーーー
「漫画...?なんにせよ、14日の4時頃、神野がゆうりを突き落としたのをみたという証言がーー「それは不可能です!」
女の子は、食い気味に元婚約者の言葉を遮った。
「その時、神野さんはこのイラストを描く様子を、ニ○生配信していたからです!」
かちかちと女の子が壇上のpcをいじって、壇上に「あるイラスト」をうつした。
男二人が、お互いの唇を合わせた、いろいろとギリギリR15なーーーーー
「やっ、やめてえええええええええ!おねがいだからゆるしてええええええええええええええええ!!」
私の絶叫が講堂に響く。膝から崩れ落ちる。だが、壇上の謎の女の子は止まってくれない。
「ど、土曜には学生寮を荒しーー「僕の心の中という、ココナカオンリーイベで本を売ってらっしゃったので無理ですね!こちら画像です」
私の新刊の表紙と、イベントでのようすがうつしだされる。
「いやああああああ!!やめて!表紙出さないで!スぺの画像のせないで!あと勝手にサークルをとってはいけません!!」
私が泣き叫んでも、涙でじゃっかん鼻水たれて回りがドン引きしても、女の子は止まらない。
「19日ーー「の朝は、6時まで新刊の作業をしつつフォロワーと『みぽちゃちゅっちゅ♥♥』、鍵垢で『(^q^)<ここきゅんのおぱんつたべりゅwwwwwwwwww』と」
今度は写し出される私のツ○ート。
「ごめんなさいゆるじでぐだざいぃぃいいいアカさらさないでぇええ!」
「じゃ、じゃあ「そのときはーー」
ーーーそれから、おそろしい晒しはしばらく続いた。
すべてが終わったとき、私を疑うひとはいなかった。ーーー近づくひとも、いなかった。
「僕プリ描いてるのお兄ちゃんなんです!あ、神野さんの同人誌素敵なのでお兄ちゃんにも見せました!」と後から聞いて、「どうりでキャラに似てるわけだ…」とつぶやきながら、彼女は二度目の死をむかえた。