1→2
行くんだったら私、ベルフローラの方がいい。
グランドエイトとか、明香は行きたがってるけど、この時間は男子とか西中の奴らとかいて、カラオケとかボーリングとかあるけど私お金ないし、結局、明香が昨日金髪にしたからそれを見せびらかしたいだけだろって思った。
明香がPINGガンガン飛ばしてきてるけど私、無視して動画観る。
アイツのアイコンがいっぱい増えていい加減うざいから、手で払って画面の端っこにやった。
何かいってきてもアイツ、二個前のパケットに乗ってるから、どうせ声なんか聞こえない。
下を走る車がうるせえからしゃべっても無駄だ。
私はパケットから身を乗りだして下を見た。
五mくらい下、車がすごいスピードで走ってる。
うちらがいくらパケットのスピードあげても、余裕で追いこされちゃう。
いま夜の十時だから、これから車が増えていく時間だ。
クソうるせえからブロックごとにうちらの街、防音の高い壁で囲ってあるけど、それでもクソうるさいからたぶん無駄。
小学校の社会科見学で見たダムを思いだす。
上から見たらすごい高くて、下の方で水バンバン出てて私、柵の間から頭出してそれを見た。
まわりの奴ら、「怖くないの?」っていってたけど私そのとき、怖いからそれを見てた。
公園の蛇口ぶっこわしたときの百倍くらい水がブワーッて出てて、私の怖いって気持ちとかあの中に落ちたら絶対死ぬってこととかお構いなしに出てて、自分がどっか行っちゃいそうで、そんで見てた。
いまも同じだ。
でも怖いからじゃなくて、あの車が憎いから見てる。
あのクソ車たち。
私はまだ中身入ってるペットボトル、下に投げつけた。
駅の方に行く大きな車のフロントガラスに当たってすごい音するけど、その車もまわりのも、スピードを緩めず走っていく。
「おい奈琉、それはさすがにやべえだろ」ってうしろのパケットに乗ってる櫻がいうから私、は? って思ってガンくれたら櫻、コイツ北小のときから知ってるけどマジビビリだから、目を逸らしてプログの画面見てるふりした。
私はコートのポケットからナイフを出して刃、ひっぱってパチパチッて音立てた。
グリップとか冷たくて、もう冬だから、刃とかも白く光って、突きさしたらたぶん冷たい。
AIKA――既読無視すんなよテメー
「既読無視」ってアラートに入れてることばだから赤く光って私、ナイフしまってPINGを画面の真ん中にひっぱってきて、明香の飛ばしてきたPINGをTLに並べたら「グランドエイト行きてえ」しかいってなくて私、めんどくせえから、ベルフローラいま行っても買いたいのないし、「別にいいよ」ってリプ返した。
m1h4rU――あれ見てみ
ひとつ前走ってる美晴がPING飛ばしてきたから私、それにタッチして一番前に持ってきた。
リアルタイムムービーがついている。
私はそれを拡大した。
パケットが一台、リンクの上を走っている。
その中からパッて白い、何か手品のハトみたいって私は思ったけど、飛んで、よく見たら紙で、何枚も何枚も風に飛ばされた。
中にいる奴、「あっ」て顔して手を伸ばしたけど、取れるわけない。
私は顔をあげて美晴の見てる方にプログのカメラ向けた。
プログ、本当の名前はプログレッシブ・グラスっていって、眼鏡って意味だけど、眼鏡の形してたのはスゲエむかしでレンズとかいまはもうなくて、眼鏡するんだったら私、大きい黒縁のがいいけど、プログはいまみたいにアプリとか空中に浮かぶやつがいい。
顔に重いのつけてるのとか嫌だし、むかしの携帯電話みたいに手で持つのとかマジ無理。
耳の穴にはめたプログは上の方にカメラついてて、顔をそっち向けたらカメラもそっち向くから私、遠く見る代わりに画面に出して拡大した。
うちらが乗ってるパケットが走るリンクと五号通り挟んで反対側にあるリンクを走ってるパケットだった。
この街の大きな通り、車を防ぐために高い壁が立ってて、通りは風強いから私とかコートのフードかぶってんのにソイツ、紙いっぱい手に持ってるから風に飛ばされんの当然っていうかバカじゃね? って思った。
明香がPING飛ばしてくる。
AIKA――アイツC組のホリカワタカミだべ?
誰よソイツ――NaRu
m1h4rU――奈琉は北小だから知らないか
うちと明香は南小でいっしょだった
へえ――NaRu
AIKA――アイツ足超遅くて
アイツリレーの選手にするべってクラスの奴にいって
したらマジでなって運動会でマジ遅くて
みんなに拍手されてアイツ泣きながら走ってた
うちも感動して泣いたw
m1h4rU――なついw
とりあえず明香と美晴がむかしからクズだったってことはわかった。
明香がいってた堀河多華美はダセエから、うちらとちがってパケットの安全バーさげてたけど、それを手であげて身を乗りだした。
紙が飛んでったうしろの方の空を見てて、何するつもりか知んないけど、プログの画面開いて、片手で紙の束押さえながら、何かやってる。
画面とうしろの空、交代交代に見てて、アイツあっち行きたいんだなって思った。
SAKLA――アイツパケコン持ってないのか
櫻のPINGが飛んでくる。
パケットは街中に張りめぐらされたリンクの上を自動で走る一人用の乗り物で、自分のとこに呼ぶときとか行き先決めるときは、市役所が配ってる「パケットナビ」ってアプリ使う。
でもそれ、あんま細かい操作はできない。
そういうとき、裏アプリ使う。
私はさっきから起動させてた「パケコン」を画面の真ん中に持ってきてマップを表示した。
うちらの乗ってるパケット、四つ並んでる。
五号通りの向こうにいるのは「H125」。
それタップして、堀河多華美のパケットスピード最大にした。
多華美は急な加速に座席の上でひっくりかえりそうになってた。
明香たち、PINGで草飛ばしてくるけど無視して、うちらのパケットもスピードMAXにする。
フロントガラスに風がバンバン当たって、テンションあがる。
ドアねえから寒いけど。
五号通りと四条通りの交差点で多華美のパケット、左折させる。
うちらは右折。
ちょうど五号通りの真ん中ですれちがうことになった。
通り、車スゲエ増えてライト、びっしり道路埋めつくしてる。
南の島で満月の夜に海から大群であがってくるカニみてえって思って、そういうとこ行くなら私、ガンガン踏みつぶして平気だけど、虫とか平気だから、でも車はでかいしスピードもあるから、踏みつぶされんのはうちらの方だ。
多華美のパケットとうちらのと、並べて停めた。
さっきまで左側に壁あったから、いま五号通りの真上で、そんでど真ん中で下、ブワーッてまぶしくて目が痛くなりそうで車、走ってるから、何かうちら、それに流されていきそうな気分になる。
明香が手を伸ばして、向こうのパケットの手すりつかんだ。
「おまえ何やってんだ」
「お、大木さん……?」
多華美はダッフルコート着て、髪とか真っ黒でおかっぱっぽくて、やっぱ何かダセエ。
金髪の明香が絡んでんのはただのカツアゲにしか見えなくて、何かうける。
「何だよその紙」
「お父さんに印刷頼まれて」
大事そうに紙の束を抱きしめて、風に飛ばされてったやつの方を見る。
私も見たら空、暗くて、あれ? こんな暗かったっけって思った。
下、車でスゲエ明るいから星とか、見えないし、だからかもしんないけど夜の空とか、ひさびさに見て私、何かスゲエ暗くね? って驚いた。
暗いから、飛んでった紙とか、白く見えて、スゲエ高いけど、何か遠くまで行きそうって思って、わかんないけどイラッとした。
パケットが走るリンクとか、狭くて靴の幅くらいしかないけど私、慣れてるからパケットから出てとなりのリンク歩いて手すりつかんで、多華美のパケットに乗りこんだ。
パケットは一応一人乗りってことになってて、うちらは関係ねえから二人乗りとかたまにするけど、何か多華美がでかいのかもしんないけど、狭くて、座席からケツがはみでた。
「それ見してみろよ」って私がいったら多華美、「えっ」て顔してハァッて白い息吐いてビビってるから私、一枚パッて取って見たら、「工場跡地を公園に」「子供たちに緑を残そう」とか書いてあって、たぶんそれ、街のはずれにあるやつのことだろうけど私、なんでコイツこんなん持ってんのって思った。
多華美、ビビってて、見てたら何か、カピバラとかそういう、バカみてえにビビって生きてる動物みたいで私、そういう動画観るのけっこう好きだから、何かうける。
「あの飛んでったの、取り行くか?」
「えっ……う、うん」
ビビりながら多華美はうなずく。ビビってるけどまっすぐ私の目を見る。
「んじゃ追っかけんぞ」
私はパケット降りて自分のにもどった。
パケコンでうちらのと多華美のを発進させる。
パケコン使ったことない奴は知らないだろうけど、バックとかもできるから、バックしたら多華美、超ビビってフロントガラスに顔ぶつけそうになるの見えたから草PING飛んできて、私も笑った。
かすがの市の中学生でパケコン知らないとか、マジコイツくらいだと思う。
┣╋╋╋┫
南とか、かすがの市は駅前の一条通りの方が北で五条通りの方が南ってみんな知ってるからすぐわかるんだけど、その南の方に多華美の紙、飛んでったから追っかけて、したら五条通りまで来た。
通りとか、碁盤の目になってて、だからリンクもそこだけにあるんだけど、五条通りで終わってるからその先、工場跡地だけどリンク走ってないから、うちら行けない。
その先、何もないから暗くて紙、飛んでっちゃってもう見えない。
車とか、アイツら街出ていくとき三号通りとおって、そこ国道だから、そんで走ってくから、うちらのいるとことかはとおんなくて、暗い。
「ちょっとくらい減ってもいいじゃん」
明香がいったら多華美、「うん」とかいってるけど、へこんでる。
手には紙いっぱい持ってて、それだけありゃ足りるだろうけど、何かちがうっぽい。
私はコートのポケットから飴、いっぱいあるから、一個取って多華美の方に放った。
「それやるよ」
飴、ふたつのリンクの間を越えて多華美の紙の上にぽんって落ちて、多華美はそれを拾った。
「ありがとう」っていって、なんかわかんないけど、腹減ってたっぽくて、すぐ包み紙取って食べた。
「おまえ、帰るときパケットナビ使えよ」
「うん。ありがとう」って何がありがとうなのか、結局飛んでった紙はつかまえらんなかったけど、多華美はいって、五号通りを北の方に走っていった。
私は街の外、暗い方を眺めてた。
むかし、かすがの市にはでっかい工場があったって、いまもあるけどもう動いてなくて、そんときは人もすごく多かったっていうけど、もうどんどん減ってって、うちらにしたら知るかよって話だけど、この街もう終わってる。
終わってるけど一応動いてることは動いてて、本当に終わったときどうなんのかは知らない。
「グランドエイト行くべ」って明香がいって、グランドエイト、まあここから近いから、もうそこ、看板見えてて、明るいから何か私、行きたくなってて「行くか」っつって、そんで行った。