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春夢槿花
作:貴水 玲



【参拾】 宣 告


「−−どうしてここにいてはいけないの? あたし、行きたくない」

 微風に揺れる浅黄色の花園で、黎青の袍の袖を握り締めて幼い少女は頑なに何度も頭を横に振った。
 薄黄色の小さな花で作られた花冠が、花びらを零して少女の髪を離れた。
 地に膝をついてそれをそっと拾い上げると、黎青は自分とよく似た面差しの少女の顔を苦笑しながら覗き込んだ。
「我儘を言ってはいけないよ、珪香けいが母様ははさま姉様あねさまたちも一緒だし、ほんの少しの辛抱だから」
 母親譲りである絹糸のような白銀色の髪を撫でながらやんわりと宥めるが、十歳になったばかりの末姫はついに泪粒を大きな薄青色の瞳からぽろぽろと零した。
「いやよ、離れのお城は寂しいもの。それに父様ちちさま兄様あにさまが一緒じゃなくちゃいやいやいや!」
 花冠を頭に載せようとした途端、わっと火のついたように珪香が泣き出した。突然庭院に響いた鳴き声に慌てて駆け寄ろうとした侍女に首を横に振って見せ、黎青は幼い体を腕の中に引き寄せた。
「よしよし、どうしたんだ? いつもはごねたりしないじゃないか。僕と父上は遅れるだけだ、いつものことだろう。用が済んだらすぐに行くよ。それまでタリムや楊鈴ようりんが一緒に遊んでくれる」
 お気に入りの従者や今も後ろに控えている侍女の名を挙げるも、黎青の肩に顔を埋めて珪香はいやいやと首を振り続ける。
「兄様を困らせないでおくれ。ほんの少しの間だよ」
 今度は首にしがみつきわんわんと泣く妹の背を、黎青は困惑気味にさする。為政が絡むと父王よりも能弁で上手と言われる黎青も、無垢で愛らしい妹姫のことになると忽ち要領を忘れてしまうのだった。

『城の女たちを暫く離宮へ移す』

 そう取り決めたのは父である愾麟皇帝・牙王がおうだ。そして「理由を適当につけて妹たちを説き伏せろ」と命じたのも。
 上の二人の妹たちには先に話をつけた。幼い珪香が同じように聞き分けてくれぬことはわかっていたが、なんとか説き伏せなければならなかった。
天風てんかぜが吹く時期はいつも離宮に行くだろう? 今年は少し早いけれど、占師が予兆があったと言うんだ。急がないと、どこか知らない場所に連れ去られてしまうよ。天風は子供を攫うのが大好きなんだ。特に泣き虫の女の子がね。大きな声で泣いていると、聞こえてしまうかもしれない」
 終わりの方は声をひそめて、不吉さを漂わせながら黎青は言った。
 天風とは春の終わりに草原に吹き荒れる旋風のことで、時折竜巻のような破壊力を伴い嵐を引き起こす。愾麟の王都キタイの周辺は丘陵に囲まれているが、その向うには広大な平原が広がっている。そこで生まれた天風は時折王都に被害をもらたすこともあり、そのため時期になると、都や周辺部の民たちは一時的に被害の及ばぬ場所に避難することがあった。王族にとってはそれが風光明媚な璃山りざんの麓にある離宮であった。
 それを聞いた途端、群れ咲く黄花を揺らそうかというほど大きかった珪香の泣き声が急に弱まった。
「それに母様に聞こえてしまったら、大好きな花蜜飴ももらえなくなってしまうよ。いいのかい?」
 しゃくりあげていた肩がぴたりと動きを止めた。
「……泣いてないわ」
 涙を溜めた赤い目で、珪香が顔を上げた。泣くのを堪えているせいで、木の実を食べる栗鼠りすのように頬を膨らませて唇を引き結んでいる。
 時折隊商が持ち込む紫雲英の蜜飴は珪香の大好物だ。三度の食事よりも欲しがる菓子を口に出来なくなっては大変と思ったのだろう。
「よし、いい子だ」
 花蜜飴の絶大な効果に黎青は笑った。
「……でも約束して?」
 上目遣いになり、珪香が黎青の髪を一房取って軽く引いた。
 何を訴えているのか黎青はすぐに気付いた。髪を引かれるまま顔を近づけ、こつんと額を合わせる。
「すぐ来てくれるって。一緒に果樹園をお散歩して。花梨のお花も咲くのよ」
「――いいよ」
「本当に約束よ。兄様が天風にさらわれたらいやだもの」
「わかった。約束するよ」
 互いの体温を重ね合わせたまま、目を閉じる。それは母が子供たちに教えてくれたまじないだった。約束を交わす時、叱る時、慰める時、謝る時、こうして互いの額を合わせ祈るように目を閉じる。すると不思議なほど気持ちが和らいでいくのだ。
「本当ね? やぶったら、おしおきよ」
 微かな花の香りが鼻先を撫でた。母に似せた澄ました声音を残して、小さなぬくもりが離れた。
黎青はそっと瞼を開けた。
 侍女の元へ走り寄り、珪香が振り向いた。
 侍女と手を繋ぎ小さな手を振る姿に黎青も同じように手を振り返して、花園の向うへ消えていくのを見送った。


「天風と蜜飴、ねえ……」


 ふいに背後から聞こえたにやついた声に、黎青は表情を強張らせた。

「お前も、すっかりいい兄貴になってきたなあ、黎青?」
 瞬時に振り向き、斜め上を見上げる。
 中庭を一望出来るよう、振り仰いで見上げる位置に張り巡らされた回廊の欄干に、男が一人腰掛けていた。
 褐色の肌に、逞しい体躯。伸びた口髭に洗いざらしのようなぼさぼさの黒髪。清潔とは間違っても言えぬ、下手をすれば野盗か蛮族と見紛ういでたちに、急に頭痛を覚えて黎青はこめかみを押さえた。
「……父上……いつからそこに?」
 黒い髭の間からに、と歯を覗かせると、「よっ」と一声上げて男は黎青の頭上を走る回廊から飛び降りた。殆ど音もなく、男は優雅ともとれる端然とした動作で静かに着地した。
「レンキに閨房ねどこを追い出されてな」
 速やかに背筋を張って立ち上がり、男はがしがしと後頭部を掻いた。ついでに大あくびをして呑気に伸びなど始めたその放埓さに、黎青は嘆息した。
「……当たり前ですよ」
 己よりも頭一つ分高い場所にある壮年の男――愾麟きりん皇帝・牙王がおうの顔を、黎青はうんざりと見上げた。
「蝶よ華よと育てられた深窓の姫君である母上の前にそんな格好で現れたら、閉めだされるに決まっているでしょう。もう少し立場をわきまえて下さい。朝っぱらからまたどこへ行っていたのです?」

――装いも、素行も。

 四十も半ばに差し掛かったというのに若々しい精彩に満ちた実父を、ひんやりとした目然で黎青は眺め下ろした。
 身につけている袖なしの短衣は、まるで野良仕事を終えた農夫のように泥まみれだ。よく見れば、顔や髪にも乾いた土がこびりついている。
一体どこをほっつき歩いて来たのか。
 身奇麗にすればそれなりに精悍な面貌であり迫のある風体なのだが、本人はまるで見かけのことに無関心なのであった。
「お前、細君レンキにますます似てきたなあ……顔だけじゃなく言動も。いや、数里先の村落で諍いがあってな。ついでに牛も暴れ出す始末で、その収拾に」
「――わざわざ国王自ら出向いたと? 集落の揉め事の采配は部長に任せるべきだと、何度も申し上げたはずでしょう、父上。我が国ではそれが掟の一つです」
 多数の部族や遊牧民族が混在する愾麟では、集落間の争いが絶え間ない。その為、古代草原の有力者である長たちと王は“掟”を定めた。それは今日でも草原に生きる者たちの暗黙の法として重んじられている。部族間の紛争は部族同士で解決することなど、基本中の基本事項だ。この国の者ならば誰もが知っている常識である。
「俺が手を貸したのは牛の一件だけだぞ」
 掟は破っていない、と牙王が拗ねた子供のように口を曲げる。遮るように、黎青は咳払いを一つした。
「ともかく! こんな時に玉座を空けるような真似はしないでください。数刻だとしてもです。わかっているんですか? 間もなく劉閃が……統王が到着するのです」
「迎える準備は万端だろ。レンキが献立だの寝間の支度だのあれこれ指示してたぞ」
「劉閃は物見遊山に来るのではありません!」
 微妙に噛み合わない会話に苛立ちが弾け、黎青は語調を荒げた。だが気色ばんだ息子の様子にもまるで動じず、牙王は眠たそうに無精髭をさすった。
「そうせかせかするなよ。落ち着けって」
「落ち着け? いつ戦が始まるとも知れぬ状況で悠長に構えていられますか!」
「……戦なんて起きねえよ。ちょいと一関つつかれたからって、すぐに悪い方へ持っていくもんじゃねえ」
「なっ……! あれは明らかな侵略行為ですよ! まさか見て見ぬ振りをするとでも!?」
 黎青は駭然とした。
 北のカハルの関が攻撃を受けたとの報せがあった時も、牙王は顔色一つ崩さなかった。侵略者が何者なのかを聞いた時も――
 妙だった。普段ならば自ら乗り込んで行くほどの血気盛んな偉丈夫であるのに、不気味なほど冷静だった。王としての自覚をやっと持ったのかと安堵した部分もあったのだが、無関心すぎると反感を抱きもした。
「ちゃんと鎮圧の要請は出しただろう。バイカル部は本来なら後方部隊だが、先鋒隊としても十分信頼の置ける実力がある。すぐに決着をつけちまうだろうよ。王府こっちにゃ被害は及ばんさ」
 語尾を欠伸の中に溶かすと、牙王はじゃあ一眠りするわ、と言って黎青に背を向けた。
「お待ちください、父上!」
 自室の方へ歩き出した牙王の前に回りこみ、黎青は行く手を塞いだ。
「他人事のように片付けないで下さい! 何故、動揺の色もないのです……! 相手は西崘だというのですよ! 彼らが我々を裏切り侵略を開始したことが事実ならば、然るべき手段をとらねばならない。わかっているのですか!?」
 真面目に取り合おうとせぬ父王の態度に憤りがふつふつと増していく。追い抜けぬままになった上背の差を、黎青は挑みかけるように見上げた。
「――まずは“事情”を知るのが先決だ」
 だるさを纏っていた牙王の声音が一変した。強靭な鞭のように引き締まった響きだった。
「指揮官を生け捕りにしろと命じてある。拷器にかけてでも吐かせろ、とな。――それまで苦言を放つのは待て」
 己と似通うところのない野性的な面差しの中の、ぼんやりとしていた漆黒の目にたちまち生気が舞い戻っていく。顔付きまでも変わっていく――そう、“王の顔”に。
「……待たずとも」常時は惰性の下に隠している本領を見せ始めた男を見据えたまま、黎青は腰帯に右手を当てた。
「真実は――もうここにあるのではありませんか?」
 腰帯の内側に手を滑り込ませ、中に忍ばせておいたものを引き抜く。顔の横で掲げて見せれば、牙王のきりと引かれた太い眉がわずかに反応を示した。
「我が国と統、西崘の間で同盟が締結された時、三国にはそれぞれ“盟約の証”が渡された。西崘には正義を意味する青銅の短剣が、統には泰平を意味する赤銅の盾が、そして盟主である我が国には、均衡を意味する白銀の天秤が――これは西崘が保有しているはずの、その短剣でしょう」
「……お前、勝手に机案を漁ったな?」
 低く唸るように言って渋面をつくると、牙王はがしがしと髪の毛を掻き回した。
「申し訳ありません。けれど、王印を預け、四六時中座を空けているのはどなたです? 机案に積まれた書状の間に挟まれているのを見つけたのですよ。布に包まれて。これを見つけなければ、僕は見当違いをするところでした。――何故僕に黙っていたのですか……!」
 くるりと手の内で柄を持ち直し、黎青は牙王に青銅の短剣の切っ先を向けた。
 だがそこに剣先はなかった。短剣の刃は中頃ほどで折れていたのだ。
「僕に、この意味がわからないとでも?」
 牙王は黙っている。問責や強諌きょうかんに遇うほど冷静さを見せつける食えない男に折れた剣を突きつけたまま、黎青は続けた。
「剣と盾は同じ重さで作られていると聞いたことがあります。天秤が釣り合うように。けれど折れた剣を載せれば天秤は傾く――つまり、釣り合いがとれなくなる。不均衡は、秩序の乱れを意味している。……これは西崘からの警鐘ですね? 均衡を保てぬ事態が起きた、そのことを知らせようとしたんだ」
 しかもこんな粗雑な方法をとったところからすると、猶予を許さない危局にあるのではないのか――
 阿榑の身が心配だった。何か嫌な予感がする。
 そう感じたからこそ、黎青の気は立つ一方だった。
「これでも焦眉の問題だと、認めてはもらえないのですか?」
 朝の微睡みを抜けて上昇し始めた暖気を凍らせてしまいそうなほど、黎青の声音が峻烈さを極めた。牙王が咎めるように眉頭を寄せ、口を開きかけた。
「どうか」
 返答の余地を奪い取り黎青は畳み掛けた。青い狂焔を宿した双眸には、静かなる殺気が渾々と渦巻き始めていた。
「どうか僕に軍の指揮権を与えてください。大過となる前に、西崘の門を破るのです――」



「……誰か、いるのか?」
 静かに蠢く漆黒の空間に向かって、阿榑は呼びかけた。
 四方に目線を走らせるとともに、息を潜めて耳を澄ます。
――気のせいか……?
 確かに何か物音がしたような気がしたのだ。
――鼠でもいるのか……
 階上のかすかな音さえ届かない地下牢を騒がせるのは、自分かそれくらいだろう。
 浮上しかけた期待を払い落として、阿榑は力なく自嘲の笑みを零した。
 ――だが、かき集めた意識を放散させようとしたその時、またかすかな物音が耳に飛び込んだ。

「誰だっ」

 思わず声を張り上げ、臨戦体勢をとる。
 すると反響した阿榑の怒声に答える音があった。

「だ……れ……かいるの……?」

 か細い女の声だった。左手の壁の方を振り向く。くぐもって幻聴かと思うほど小さいが、確かにこちらから聞こえた。
――どこから聞こえる?
 ごつごつと荒い石壁を両手でまさぐっていく。やがて己の腹の高さあたりの位置にある、小さな割れ目のようなものを探り当てた。
 それは片手が入るくらいの穴だった。ここに繋獄されていた者が開けたのだろうか。
 覗き込もうとするが、漆黒に塞がれて隣の牢と繋がっているのかはわからない。だが間違いなく声は聞こえたのだ。穴のある位置に身をかがめ、阿榑は呼びかけた。
「――そこにいるのか?」
 壁に耳を押し当て、返事を待つ。するとややあって、拙い応答があった。
「……は……い。あなたは……だれ……?」
 
 ――繋がっている。
 
 まさか隣の牢に同じように囚われている者がいたとは。しかもまだ少女のようである。阿榑はもう一度穴を覗き込んだ。
「オレは……阿榑という。聞こえるか? あんたの、名は? 年は?」
 阿榑の声に力が戻っていく。出口を示す指標の欠片を見つけたような心地だった。
「わたしは……淋茗りんめい……年は、十五……です。ここは……どこ……?」
 質問を受け入れ返される小さな答えは、どこか気力に乏しく虚ろだ。今にも掻き消えてしまいそうだった。
「ここは西崘の城の地下牢だ。いつからそこにいる?」
「……わからない……」苦しげに闇の向うで声が歪む。「ずっと……眠っていたみたいで……気付いたらここに……」
――なるほどな。
 きっと阿榑がここに放り込まれる前に、薬でも盛られたのだろう。それもかなりの量を。でなければ、とっくに阿榑の起こした騒擾で目を醒ましているはずだ。
「あんたは……祖の者か?」
 姿の見えない少女を求めて、阿榑は闇の穴に懸命に目をこらした。
「は……い。祖王の……側におりました……けれど、望んだわけではありません。母の言うままに……でも、もういやになって……」
「――逃げ出そうとして捕らえられた?」
「……はい……」
「祖王は一緒に来ているのか?」
「……わかり、ません……でも、おそらく……」
「あんたは――」
 続けようとして、阿榑はそこで言葉を切った。震える小さな声が、すすり泣きに変わったのに気付いた。
「なぜ……こんな、恐ろしいことに……わたし……わたしも、死ぬの……?」
 静寂にぽつぽつと染み出してきた哀咽に、阿榑は壁についていた手をぐっと握り締めた。
――この子は何も知らない……。
 かすかに見えかけた光が薄れていく。だが、手繰り寄せたこの細い糸を手放してはいけない気がした。
「――大丈夫だ、これ以上……犠牲を出させやしない。戦いなど、起こさせやしない」
 一言ずつ噛み締めながら阿榑は言った。手放しかけた意力をもう一度体内にかき集める。
「あなたは……いったい、だれなの……?」
 涙声で少女が問う。
「……誰でもない」今の己に相応しい言葉を阿榑は選んだ。
「何もかも失って、今ここにいる。だから何者でもない。だがこの国を……大切なものを守るために、戦うつもりだ」
「どうやって……? 誰も……助けにこないわきっと」
「何か方法があるはずだ。――なあ、この穴に腕が通るか」
「……え?」
 阿榑は己の右腕を穴の中に差し込んだ。腕の中頃まではなんとか入る。だがそれ以上は無理そうだった。
「声が聞こえるってことは繋がってるんだ。もしかしたら届くかもしれない――そうだ、あんた簪か何かつけてるか?」
「あ……はい、真鍮のを……」
「それをオレに渡してくれ。――大丈夫だ、オレは祖王よりはマシなやつだから。あんたをそこから必ず助けてやる」
 一度腕を抜き、力強く言って返事を待つ。
 躊躇しているのか少女の応答はない。だが、少しして慎重な息遣いが聞こえた。
「腕は……通るみたい……これで、いいのですか?」
「よし、出来るだけ奥まで伸ばしてくれ」
 そう告げて、阿榑は穴に腕を進めた。だがざらざらした岩肌の他に指先には何の感触も当たらない。やはり肘の辺りまでしか穴には入らなかった。
「――ち、これ以上通らねえ……仕方ない、いちかばちかだ。簪を奥に向かって投げてくれ。出来る限り強く」
「は、はい……っ」
 かしゃん、という小さな金属音がした。もう一度腕を差し入れる。すると、中指の先に岩肌とは違う、細く尖った感触があった。
「く……っ」
 足を踏ん張り、腕を押し込む。指先を伸ばしその先端を、阿榑は懸命に手繰り寄せた。

――やった……!

 手の中に太い針金のような無機質な感触。だがその刹那、石室に低い落雷のような重低音が響いた。


 扉の音だ。


 簪を掴んだ手を阿榑は穴から引き抜いた。沓音が階段を降りてくる。
「――意識のないふりをしていろ……!」
 少女に向かって声量を落として口早に言い、阿榑は腰帯に簪を差し込んだ。そしてもといた壁際に戻って蹲る。
 階段を降りきった足音が近付いてくる。床や天井に反響して徐々に大きく高くなるにつれ、人数は二人だと推測出来た。
――好機、到来か……?
 石壁に完全に背を這わせて隙間を詰め、阿榑は暗黒に浮かぶ鉄格子のかすかな輪郭を見据えた。
 硬質な歩行音とともに、暗闇を押し分けてぼんやりとした明りが近付いてくる。照らされた頑強な鉄柵に沿って目線を上げていけば、半ばほどのところで二本の松明の炎と行き合った。

 眩しさに阿榑は目を細めた。黒い甲冑を着た二人の兵士が格子の向うに並ぶ。

「出ろ」

 兵士の一人が阿榑に向かって言い放った。
 錠の外れる音がして、格子戸が錆びついた鳴き声を上げて開いた。


「将軍がお呼びだ。これから広間で、国王の処刑が執り行われる」


いつも遅くなって本当に申し訳ありません。
スローペースが続いてますが、途中で投げ出したりはしませんので引き続きよろしくお願い致します☆











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