63 大盾の使い方
ゴロリーさんと一緒に十階層へ辿り着くと、暗殺者とジュリスさんだけでなく、シュナイデルさんの姿も見えなくなっていた。
僕は直ぐに【索敵】と【集中】を念じると、近くにたくさんの魔物の反応があることが分かった。
そしてある方向にだけ魔物の反応がなく、その先へたぶんシュナイデルさんのものだと思われる反応があった。
しかし暗殺者とジュリスさんの反応を捉えることは出来なかった。そこでもっと広範囲に探ろうとした時だった。
ガァンと鉄を叩く音が僕の耳に届いた。
慌てて音がした方へ視線を向けると、ゴロリーさんが大盾を構えていて、その下には矢が転がっていた。
まさか暗殺者が、それともその仲間による攻撃なのか? ……そう思ったけど、ゴロリーさんが大盾を向けた方へ視線を移すと、ゴブリンが弓を構えてこちらを狙っているのが分かった。
「クリス、相手を探るのもいいが、ここが迷宮だってことを忘れていないか?」
「すみませんでした」
ゴロリーさんの言葉で、今日初めて十階層に来たのにも関わらず、初見の魔物に対して警戒しなさ過ぎたことを恥じる。
どうしても暗殺者を探したい……そう思ったあまり【索敵】することに意識が【集中】し過ぎてしまった。
それにいつもとは違い【隠密】【気配遮断】【魔力遮断】のスキルを使っていなかったことを思い出す。
当然魔物からはスキルを使用していないので見つかりやすい。そのことが頭から抜けていた。
「迷宮は階層ごとに出てくる魔物が違う。だからこうして魔物が遠距離から攻撃してくる可能性もあるってことを忘れるなよ」
「はい。すみませんでした」
「反省しているようだし、クリスならこの経験を次に活かすことが出来ると信じているぞ」
「はい」
ゴロリーさんは視線をゴブリン達に向けたまま、何となく満足そうに頷いたのが分かった。
「どうやらこの階層の魔物はゴブリンパーティーみたいだな」
「ゴブリンパーティーですか?」
「ああ。斥候の役割を担う通常ゴブリンよりも知能が高く、能力も少しだけ高いゴブリンナイト、ゴブリンアーチャー、ゴブリンソーサーラーだ」
「ソーサーラーって、ゴブリンが魔法を使うんですか?」
「ああ。だが、そこまで強力な魔法を放つことはないし、放つまでに時間が掛かるがな」
「そう……なんですね」
まさかゴブリンが魔法を放つことが出来るなんて、ただ凶悪な顔をしているだけの魔物じゃなかったんだな。
「それでクリスはどうしたい? 戦うか? それとも【索敵】を優先するか?」
「【索敵】は続けたまま、近くにいる魔物を倒すことにします。でもまずは安全の確保を優先します」
ゴロリーの問い掛けに僕は迷わずに応えた。
「それでいい。指示を出してくれて構わないぞ……あ、でもクリスにはまず大盾の使い方を見せてやるか。クリス、正面と左側の通路を警戒しつつ、俺が戦うところを見ておけ」
「分かりました」
ゴロリーさんは頷くと、弓を放ってきたゴブリンアーチャーのパーティーに向かって大盾を前にし突っ込んでいく。
すると僕とゴロリーさんが話をしていたからか、ゴブリンソーサーラーは放つまでに時間が掛かる火の玉の魔法をゴロリーさんに向けて放った。
しかしゴロリーさんは火の玉に構うことなくそのままゴブリンソーサーラーへと突っ込んでいく。そして大盾に火の玉が当たると、パァンという音を周囲に響かせ魔法は消えた。
それでもゴブリンとゴブリンナイトがそれぞれ前に出て、それを援護するようにゴブリンアーチャーが矢を放った。
けれどゴロリーさんはその矢を大盾で弾くと、間合いに入ったのか、大盾を鈍器のように振り回してゴブリン達を吹き飛ばし、叩き潰した。
吹き飛ばされたゴブリンは壁に当たるとその姿を魔石に変え、叩き潰されたゴブリンもまた盾が除けられるとその姿を魔石に変えていた。
僕の戦い方とは全く違う戦い方に思わず息を呑んだ。
そんなゴロリーさんが魔石を拾って、こちらへと戻ってきた。
「まぁ大盾にはこういう使い方もあるってことだ」
「凄い力技でしたね。ゴロリーさんの本当の戦い方は大斧や大剣ですよね? その戦いもいつか見てみたいです」
きっと凄い迫力なんだろうな……。
「そんな機会があればだな。それよりシュナイデル達に動きはあるか?」
「ジュリスさんと暗殺者の反応は相変わらず捉えられていないです。ただシュナイデルさんの反応がさっきから動いていないので、何かあったのかもしれません。それとその周辺に魔物が集まってきているみたいなので、出来るだけ早めに合流した方がいいかもしれません」
シュナイデルさんも相当強いのは分かるけど、魔物を対処している隙をついて暗殺者が攻撃を仕掛けてくる可能性もある。
「そうか。なら少し急ぐか」
「はい」
それからシュナイデルさんと合流するために、迷宮を少し駆け足で進むことになった。
それにしても【索敵】があって本当に良かった。
最初の弓矢による攻撃を除き、こちらが奇襲を受けることもなく、遭遇した四度の戦いで全て先手を取ることが出来たからだ。
まぁゴロリーさんがいるから、ゴブリンパーティーで苦戦するようなことはなかったんだけど……。
そしてようやくシュナイデルさんの反応がある場所までやってきて、無事にシュナイデルさんを発見し合流することが出来た。でも何だか様子がおかしいことに気付いた。
よく見てみるとジュリスさんが大きな扉を背にして立ち、シュナイデルさんに剣を向けていて、シュナイデルさんもまた剣をジュリスさんに向けていたのだ。
「シュナイデル、どういう状況だ? 何故ジュリスと剣を構え合っているんだ? ジュリスもだ」
「ゴロリーさん……よく分からないんですけど、さっき隊長から短剣が飛んで来たんですよ。しかも刃には毒が塗ってあるし……」
「何を言う。姿を消して私に短剣を投げて来たのはジュリスの方だろ」
シュナイデルさんとジュリスさん、どちらも嘘を言っているようには見えなかった。
その二人の言葉を裏付けるように、二人から少し離れたところに一本ずつ、二本の短剣が落ちていた
ただ二人の仲は悪そうに見える時があるけど、お互いを信頼し合っていることもずっと見てきたから分かる。
そんな二人がこんなことをする訳がない。そう判断した僕はあることが気になり、ゴロリーさんにそのことを聞こうとした。
しかし間の悪いことに、ここで二つのゴブリンパーティーがこちらへと近づいてくることが分かった。
まぁここで戦う魔物達はゴロリーさんを始め、シュナイデルさんとジュリスさんにとっても格下であることが幸いだった。
僕はそのことをも含めてゴロリーさんにだけ聞こえるように呟くことにした。
「ゴロリーさん、ゴブリンパーティーが左右の通路からもうすぐ現れます。ちなみになんであの暗殺者をシュナイデルさんとジュリスさんは捕まえないんですか?」
「何? ……クリスはその暗殺者が何処にいるのか分かるのか?」
ゴロリーさんが驚きながらも僕だけにしか聞こえないように小さく呟き、僕は了承の意味を込めて小さく頷いた。
もしかすると皆にはあの暗殺者が見えていないかもしれない。
「それなら暗殺者を見ないように警戒しておいてくれ」
僕はもう一度小さく頷いた。
「ジュリス、分かっていると思うが、ゴブリンパーティーが左右から来ている。対処は出来るな?」
「それはもちろん出来ますよ。でも隊長の相手とかは疲れるので無理です」
「……疲れる……だと……。誰がいつもお前が書かなくてはいけない始末書を書いていると思っているんだ」
「隊長、短剣を投げてくるよりも怖いんですけど……」
「だから短剣を投げたのは、私ではないと言っている!」
「隊長、そんな大声を出したら魔物が寄ってきますよ」
ジュリスさんのその言葉を通り、シュナイデルさんが叫んだことで、ゴブリンパーティーの接近してくる速度が上がり、ゴブリンパーティーが左右の通路から現れた。
するとここで今までずっと息を潜めていた黒づくめの恰好をした男が動き出した。
お読みいただきありがとう御座います。