62 複雑な感情
シュナイデルさんとジュリスさん以外、騎士団の人達と模擬戦をすることがなかったから分からなかったけれど、低層で戦っている冒険者達よりもずっと強い。
二階層のワームは各人単独で対応し、三階層のジャイアントバットは二人一組になって、一人が盾で防御しているうちにもう一人が斬り落としていく。
四階層のブラッディーアント、五階層の子鬼も同様の戦い方で全く危なげが無い。
六階層のフォレストウルフからは一人が盾で防御を担当しているうちに、二人が攻撃役に回る三位一体の布陣へと変わった。
そんな騎士団の戦闘を見ていた疑問に思った僕は【索敵】を続けながら、ゴロリーさんへ質問してみることにした。
「ゴロリーさん。騎士の人達なら単独でも倒せますよね? 何で三人一組で戦うんでしょうか?」
「それは些細な怪我もしないためだな。それと魔物の系統はあらかじめ決まっているから、その系統と戦うことになった時、直ぐに行動出来るようにするための訓練も兼ねているんだろう」
だからあれだけ迷いなく動けているんだね。対人戦でも同じような陣形や戦法がありそうだから【索敵】で暗殺者を見つけることが出来れば、今回の件はすんなりと片が付くかもしれない。
「なるほど……これだけ強ければ安心ですね」
「いや、それでも一度逃げられているからな……。暗殺者はそこまで強くないが、嘘のように消えるらしいから油断は出来ない。そろそろフードは下ろして、念のため剣と盾を用意しておくんだ」
「はい……それにしても暗殺者って消えるんですか?」
念のためゴロリーさんの背に回り込み、誰にも見られないようにローブの中に【シークレットスペース】を展開して剣と盾を取り出した。
そこで消える暗殺者のことを聞いてみた。
「前に取り逃した時、怪我をした騎士達が口を揃えてそう言ったらしい。まぁ隠れるのが上手いことは間違いない」
「怖いですね」
「ああ。だからしっかり【索敵】を頼むぞ」
「はい」
それからも順調に探索は進んだけれど、残念ながら暗殺者の反応は一切なかった。
七階層になりスライムがワームとブラッディーアントと一緒に出て来たので、僕にも戦闘の出番があるかもしれないと思っていたら、騎士の一人がスライムに鋭い突きを放ち、核を破壊して倒してしまった。
あまりにあっけなく倒してしまったので、スライムを倒すのが簡単にそうに見えたけど、七階層でスライムの核が壊せずに、スライムから逃げる冒険者達のことも見ているので、かなり技量に差があることが分かる。
今の僕はどうなんだろう? まぁ生ゴミを処理するためでもあるし、それで怪我をしたら馬鹿みたいだから試すことはないけど……。
きっと努力していけば僕にも出来るようになると自分に言い聞かせて、これからはもっとしっかり剣を振り込むことにしようと決めた。
それから八階層に下りても騎士団の人達の勢いは止まらずに、子鬼とジャイアントバットと対峙して苦戦することもなく、あっさりと探索を終えることになった。
そして僕がまだ完全に探査を終えていない九階層へと到着した。
「クリス、どうかしたのか?」
「えっ……どうしてですか?」
「さっきから何だか複雑そうな顔をしているからな」
ゴロリーさんは僕のことをしっかり見ていたみたいだ。
笑われてしまうだろうけど、心の中のモヤモヤをゴロリーさんに伝えることにした。
「今まで迷宮を一人で潜っていて【地図作製】の空白部分を埋めてきてました。それが今回の探索で騎士団の皆さんの力を借りて埋めることになるので、とても複雑な気持ちです……」
「なるほど……まぁ冒険者としてはあながち間違った感情ではないぞ。やっぱり冒険はワクワクしていてこそ、か?」
笑ってゴロリーさんは僕の心を言い当てた。
「ゴロリーさんもそうだったんですか?」
「いや、昔の仲間がクリスと同じことを言っていたのを思い出したのさ。もちろんその気持ちは分かるけどな。今は他に大切なものがあるから冒険よりも安全第一だけどな」
「そうですね。このモヤモヤを打ち消す方法はありませんか?」
「難しいな。人に頼らなくてもいいぐらいに強くなれ……って上辺のことは簡単に言えるが、たぶんそのモヤモヤは当分消えてはくれないだろうな」
「そう……ですか」
もしかしたらと思ったんだけどな……。
「もしそのモヤモヤを直ぐに消したいのなら、今回の探索で自分がちゃんと役に立ったっていう証を立てることだな」
「どういうことですか?」
「たぶんクリスのモヤモヤの正体は独占欲だろう。迷宮を探索するのが楽しくて、それを邪魔されているように感じているんだ」
邪魔……今まで考えたこともなかった。
でも確かに迷宮を潜っていても、今日は何だか心が落ち着かないし……もしかするとそうなのかもしれない。
「……確かにそうかもしれません」
「これがパーティーや友人との探索であればクリスもそんな感情は抱くことはなかっただろう」
「そうなんですか?」
「ああ。クリスが面白く感じないのは、自分が今回の探索にいてもいなくてもいい存在だと思ってしまっているところが大きい」
……ゴロリーさんに言われて、心臓がトクンっと跳ねた気がした。
「だから役に立った証……功績を立てればモヤモヤが消えるんですか?」
「たぶんな。これでクリスが暗殺者を捕まえられるぐらい強ければ、逆に騎士団の連中が、そのモヤっとしたものを胸に秘めることになるだろう」
「……【索敵】で暗殺者を見つけたら、少しは晴れますか?」
「その答えはジュリスよりも早く見つけるか、他に情報を得て初めて分かるだろう」
「頑張ります」
ゴロリーさんは笑って視線を先へと向けた。
僕はそれから【索敵】に集中すると、それまでに騎士団の人達が倒したコボルトとフォレストウルフの血の臭いが原因で、魔物の反応が接近してくるのが分かった。
ジュリスさんもそれは分かっているみたいだけど、別に何か声を掛ける訳でもなく、ただ戦闘を騎士団の人達に任せているみたいだった。
ただそれが許されたのは、その時までだった。
少し遠目でコボルトが【遠吠え】すると、それこそ九階層で捉えていた魔物の反応が。一斉にこっちへ向かって来るのが分かったからだ。
「シュナイデルさん、九階層にいたコボルトとフォレストウルフが一斉に集まってきています。数は五十を超えています」
「何!? ジュリス」
「間違いないです。それと……怪しい反応がありますけど、どうしますか?」
ジュリスさんの言葉を聞いて【索敵】に【集中】をしていくと、確かに昨日見たあの薄い反応があった。
「僕が昨日【索敵】で捉えた反応と一緒のものです」
「隊長……急がないとバレますよ?」
「分かっている。ゴロリーさん、暗殺者を捉えるにはクリスの【索敵】も必要です。私とジュリスに同行してもらえませんか?」
「それがベストだろうな。騎士達の力量ならコボルトやフォレストウルフを倒し切るのにそこまで時間は掛からないだろうが、それを待っていたら逃げられる可能性があるからな」
シュナイデルさんはゴロリーさんの言葉に頷いた後、騎士団の人達に指示を出す。
「お前達はここで魔物を殲滅後、追って来てくれ」
「「「はっ」」」
「あ、バレました。先行して追います」
そう言い残して、ジュリスさんが先行して走っていく。
確かに薄い反応がある方向へ進んで突然消えたように思えた。
もしかすると十階層の階段があるのかもしれない。
先行したジュリスさんがスピードを落とさないまま、すれ違うようコボルトとフォレストウルフを切り裂いていく。
「一人で先行するな。私も追います。ゴロリーさんはクリス君と追い掛けて来てください」
シュナイデルさんがそう告げてジュリスさんを追い掛け、僕とゴロリーさんも後を追うことになった。
そして僕は初めて十階層へと足を踏み入れることになった。
お読みいただきありがとう御座います。