59 未知なる反応
大変お待たせ致しました。
九階層から全てのパーティーが移動していくと、コボルトとフォレストウルフに遭遇する確率が一気に高くなった。
本当に嗅覚が優れているらしく、一撃で倒さないと魔物から血が出てしまい、その臭いを辿ってきているようだ。
念のために臭いを消すため【クリーン】を発動しているけど、その効果は薄いように思える。
ただ今の僕にとってはそれが好都合だった。
[索敵スキル]と[隠密スキル]のおかげで奇襲されることがないし、コボルトとフォレストウルフの連携攻撃によるバリエーションが豊富で、実戦経験を積むことが出来るからだ。
レベルが上がった恩恵でフォレストウルフが全力で体当たりしてきても、力負けせずに盾で受け止めることも出来るようになって、魔物と戦う一戦一戦が成長に繋がっているのだと思えた。
もちろんただ戦っていただけではなく、九階層の安全エリアを探して動いていた。
そしてようやく安全エリアを見つけたので少し休憩することにした。
ふぅ~と息を吐き出し、肩の力を抜いた時だった。
僕のお腹からギュルルルっと、もの凄い音が鳴った。
集中し過ぎていて気付かなかったけど、どうやらもの凄くお腹が空いていたみたいだ。
「どうしよう」
これだけお腹が空いているってことは、もう迷宮から出たら外は真っ暗だろうな……。
少し戦うことに夢中になり過ぎたかもしれない……。
ゴロリーさんと昨日約束したのが集団に近寄らないことと、見つからないことだけだったとはいえ、きっと遅くなったことで皆を心配させてしまっているよね……。
う~ん、直ぐに帰りたいけど、このまま帰るとお腹が空き過ぎて動けなくなりそうだし、ホーちゃんもお腹が空いただろうから食事と魔力供給を済ませて帰ろう。
僕は落ち込みながらも、決めたことを直ぐに実行していく。
ストックしてある料理を【シークレットスペース】から出して食べ、ホーちゃんへの魔力供給をしていく。
「ホーちゃん、お腹空いたらお腹空いたってこれからは教えてね」
するとホーちゃんは目を二度パチパチ開閉させて“わかった”と返事をしてくれているみたいだった。
そんなスキンシップを終えホーちゃんを【シークレットスペース】へ【収容】した僕は[索敵][隠密][魔力遮断][気配遮断]を念じて、迷宮から脱出するために安全エリアを出ることにした。
その直後、コボルトやフォレストウルフとは別の何かを【索敵】が捉えた。
脳内に浮んだその何かの反応は一つだった。
それでも【集中】していなければ、直ぐに見失ってしまいそうなぐらいとても薄い反応だった。
暫くして漸くそれが人を示す反応であることが分かり、僕は大きく息を吐き出した。
もしかすると昔一度だけ戦ったことのある巨大スライムみたいな変異種だったらどうしようと本気で心配してしていたからだ。
でも一人で迷宮に挑戦しているなんて珍しい冒険者だな~。
もしかするとこの薄い反応には何か秘密があるのかもしれないな。
でも、どうしよう……この冒険者も八階層へ上る階段へ向かっているみたいで、鉢合わせてしまうかもしれないな。
すると薄い点が魔物の群れの前で止まり、来た道を引き返していく。
どうやら戦闘を避けることにしたみたいだ。
これなら鉢合わせすることはなさそうだ……。
そう思ったところで、この反応の主がおかしいことに気付いた。
何故コボルトやフォレストウルフ達が追わないのだろう、と。
普通あれだけ接近してしまえばコボルトやフォレストウルフなら、どんなに気をつけていても人のニオイを嗅ぎつけてくるはずなのに、そんな反応が一切なかったのだ。
……もしかするとあの点ってやっぱり冒険者じゃないのかな? 人に似てるけど……まさか魔族ってことはないよね? すると背筋がゾクッとした。
嫌な予感もするから、僕はこの反応の主と鉢合わせてしまう前に、さっさと八階層へ向かうために歩き出した。
するともう少しで八階層へ向かう階段という所でコボルト一体とフェレストウルフ三匹が近寄ってくるのが分かった。
薄い反応の主も気になるけど、まずは戦闘をしっかりと終わらせることに意識を【集中】していく。
距離は少しあったので、あまりいい作戦ではないけど力押しで戦うことに決め、盾を前に押し出して、こちらから体当たりを仕掛けていくことにした。
これは相手の力量が僕より低いから出来る戦法であり、まさに力技だった。
盾をがっちりと握り突っ込んでいくと、フォレストウルフが僕の突進を避け、コボルトまでの道が一気に開けた。そこでさらに加速しコボルトへ接近し間合いを詰め、コボルトの喉元へ剣を一気に突き出すと綺麗に捉えることが出来た。
まだ三匹フォレストウルフが残っているので、コボルトの首へ剣を刺したまま左回転して斬り飛ばし体勢を整える。
そしてフォレストウルフ達の出方を窺うと、今度はフォレストウルフが三位一体の連携攻撃を仕掛けてくる。
それは左右から僕の両足を狙った低く地を這うような飛び込みと、正面から僕の首元を狙った飛び込みの三か所同時攻撃だった。
しかし僕はその攻撃を無理に受けようとはせず、左へ軽く飛び、攻撃のタイミングをずらして攻撃を躱すと、飛び込んだ勢いで横を向いているフォレストウルフの胴を斬った。
そこへ右側にいたフォレストウルフが体勢を立て直し飛び込んできたため、盾を思いっきり突き出すことで吹き飛ばし、先程首元を狙ってきたフォレストウルフが、死角からまた大きく口を開いて飛び掛かってきたところを回転して斬り伏せた。
これで残りは一匹だ……そう思った時だった。
とても嫌な感じがして僕は振り返った。
だけど僕の周辺に魔物はいなかった。そして気になっていたあの薄い反応も遠くで魔物と遭遇しているみたいだった。
「一体何だったんだろう?」
嫌な予感が気になりながらも残った最後のフォレストウルフに止めを刺し、魔石を【回収】して階段の中間まで逃げ込み【クリーン】を発動させ、八階層へと向けて歩き出した。
少しでも早く“エドガー食堂”へ戻れるように、と……。
その願いが叶ったのか、そこからは両手で数えられるぐらいしか戦うこともなく、また他の冒険者パーティーと出会うこともなかった。
ただ迷宮から出ると松明が真っ赤に燃えていて、すっかりと暗くなっていることが分かった。
冒険者になってから騎士さんと会わないのは初めてだったし、急いで帰ろうとした。
するとまた嫌な感じがしたので、小声で詠唱して【シャドウ】を発動させ、再度【索敵】【隠密】【魔力遮断】【気配遮断】を念じて、街中を走り出した。
嫌なイメージは最初の角を曲がると嘘のように消えた。
一体何だったんだろう? 【索敵】には迷宮側で反応がないのに――その時だった。
僕は誰かにぶつかってしまったのか、柔らかく受け止められた。
「あ、すみません」
あれ? ……ぶつかった相手へ反射的に謝ってしまったけど、今の僕は【索敵】スキルを使っているよね? それじゃあ一体何とぶつかったんだろう? 僕はふと顔を上げてぶつかった相手を確かめることにした。
「クリス君、声を掛けたんだけど、聞こえなかったのかな? それとも甘えたくて抱きしめられにきたのかな?」
すると声で誰とぶつかったのかが直ぐに分かった。
「ジュリスさん、こんばんは。それとぶつかってごめんなさい」
「気にしない、気にしない。それよりどうしてそんなに急いでいたの?」
「今日は帰るのが遅くなってしまったからです。それと何だか攻撃されるような嫌なイメージが頭に浮かんだんで、急いでいたんです」
「それはただ事ではないね。まぁここで話していても何だから“エドガー食堂”へ行こうか」
「はい。少し稼いだので、ぶつかったお詫びに一品奢ります」
「本当! って、シュナイデル隊長からクリス君に奢らせないように命令されたから無理だよ~」
ジュリスさんは肩を落とした。ぬか喜びさせてしまったみたいで少し罪悪感がある。
「じゃあ一緒に何か食べましょう。それならいいですよね? それが喩えジュリスさんの好物であっても」
「お~それはいいアイディアだね」
ニコニコ機嫌の良さそうなジュリスさんに【索敵】で認識出来なかったのかを聞くことにした。
「一つ聞いてもいいですか?」
「何でもお姉さんに聞いて」
「さっきジュリスさんと当たってしまったのは、実は【索敵】を使っていたから、当たらないと思っていたんです。ジュリスさんの反応が無くて」
「あ~そっか。実は騎士団って少なからず恨まれたりするの。だから一人で夜道を歩く時は【隠密】を使うのよ。一応私も女だし」
ジュリスさんはそう言って笑い、僕は今まで【隠密】を使われたことがないことに気付いた。
ようやく疑問が少しだけ晴れたところで、僕達は“エドガー食堂”に到着した。
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