54 追跡
マリエナさんからアイネ達が戻っていないという報告を受けて、急速に身体が冷えていくのを感じた。
もしかするとアイネの性格だし、僕やマリアンさんから止められたことで、面白そうだと思って集団の後を追っている可能性もある。
最悪の場合、捕まってしまった可能性も……。
いや、でも危ないことはあの三人が止めてくれるはずだ。
シスターからも危ないことをしたら、冒険者を辞めさせると言われているはずだし……。
でも、迷宮へ潜っていて、あの集団と会ったらどうなるだろう? 集団の目的が分からない以上、迷宮内で戦闘になったりもするのかな?
考えれば考えるほど、どんどん嫌なことが頭を過ぎってしまう。
「マリエナさん、アイネ達は昨日迷宮へ行ったかどうか分かりますか?」
「そういうことは、自分達で話してくれない限りはこちらから聞くことはないのよ……それよりも何かあるの?」
僕は直ぐに頷き、集団冒険者のことと、スラム街を仕切っていた人達がもしかすると一緒にいることを伝えた。
「それならたぶん大丈夫じゃないかしら?」
マリエナさんはそう言って笑った。
僕はマリエナさんの言葉が、一瞬理解出来なかった。
でもマリエナさんは、アイネ達が無事でいることをどこか確信しているようだった。
僕は少し考えて、いくつかアイネ達が無事である可能性を聞くことにした。
「アイネ達はどれぐらい強いか分かりますか?」
「……そうね、今は十階層の主部屋へ入れるぐらいにはなっていると思うけど、実力的にはクリス君よりも低いわね」
十階層ならカリフさんから聞いた、集団冒険者がいる場所と同じだから、僕はやっぱり不安になってしまう。
そこで今度は、先程とは違う質問をすることにした。
「……昔の話になりますけど、僕のお兄がいたパーティーと比べるとどうですか?」
「う~ん、実力的にはアイネちゃん達の方があるけど、対人戦になったら分からないわ」
「対人戦……ですか」
本当に戦うことがあるなら、相手を魔物だと思えとゴロリーさんやシュナイデルさんは言っていたっけ。
「そう。冒険者の場合……騎士もそうだけど、人同士で戦うことがあることを、クリス君も知っているわよね?」
「はい」
スラム街の浄化作戦の時に見た光景は今でも忘れていない。
死んだ人はいなかったけど、それでも騎士やスラム街にいた人達が傷つけあっていたのだから。
「普通、人が人を斬る場合は、色々と考えて躊躇ってしまうものなの」
「たぶん僕も躊躇ってしまうと思います」
「そうね。でもそれを平気で出来てしまう狂人者も、この世には少なからず存在するの」
「はい。ゴロリーさんやシュナイデルさんからも聞いています」
傷つけるのが怖くないのか聞いたことがあった。
すると“だから騎士には守るために戦うという騎士道精神があるのだよ。人は守る者がいるのならば、その恐怖にも打ち勝てるからね”と、シュナイデルさんが語ってくれた。
ゴロリーさんも“もし家族に危害を加える者達が現れたら、相手を倒してでも守り抜く”と、守るために戦うのであれば決意が出来ると言っていた。
「アイネちゃん達も同じように、対人戦には向かないタイプだから、そういう意味では危ないかもしれないわ」
「えっ!? それじゃあ、なんで大丈夫だって分かるんですか?」
戦うとは決まっていなくても、勝てないってことは、良くて逃げることしか出来ないということになると思うんだけど……。
「それはアイネちゃん達が昨日は孤児院へ泊るって言っていたからよ」
「へぇ? はぁ~それなら帰って来なくても当然か……でも、何で直ぐに教えてくれなかったんですか?」
僕は一気に気が抜けて、足の力が抜けていく。
「あら言ってなかったかしら? でも昨日からクリス君が隠し事しているみたいだったから、ちょっとだけ意地悪したくなったのかもね」
マリエナさんには昨日の時点で何か隠しているということが分かっていたのかもしれないな。
エクスチェンジのことはバレていないけど、なんで分かったんだろう?
「うっ、すみませんでした。じゃあ、今度はさっきの冒険者集団の件をアイネ達が戻ったら伝えてもらえますか?」
「ええ。可愛い冒険者を守るのが、私達の仕事ですもの」
マリエナさんはそう言って微笑んでくれた。
僕はホッとしながら他の四件の生ゴミ処理を終え、迷宮へと入った。
迷宮の二階層では、初日のような縄張り争いが今日も展開されていた。
僕はローブのフードを深く被り、三階層へと進んで行く。
階段前の冒険者達は、一昨日ボロボロで四階層から二階層へ上がっていったあの人達だった。
こちらをじっと見ていたけど、三階層へと迷わず進む僕を止めようとすることもなく、三階層へと辿り着いた。
「ワームさえ倒さなければ敵の認定受けないのかな?」
そんなことを呟きながら、ジャイアントバット達は無視して四階層へと下りていく。
四階層では五階層への階段へ向かう時に近づいてくる魔物だけを倒していく。
全部で七匹のブラッディーアントを倒して、五階層の 子鬼達を見つけたところで、また集団の反応があった。
とりあえず子鬼を優先して倒しながら、反応を探ると、その人数は七人と前回よりも少なかった。
そして集団の下りていった直ぐ後を追う形で、僕も六階層へと追うことになった。
六階層へ下りて驚いたのは、その集団が孤児院へ行っているはずのアイネ達と、大人のような背丈の冒険者達だった。
まさかアイネ達があの冒険者集団だったってこと……アイネ達に限ってそれはないか。
そういうことはとても嫌うタイプだし。
そうなると考えられるのは、あの大人の冒険者達に捕まったか、それともあの人達が孤児院を先に出ていた先輩冒険者達なのかもしれない。
どちらにしろまだ判断はつけられない……けど、ここは追った方が……でもゴロリーさん達との約束もあるし……。
僕は悩みながらも、結局追うことを選択した。
もし他の集団と合流するようなことがあれば、直ぐに迷宮を出て、ゴロリーさんとシュナイデルさんへ伝えるためだ。
今のところ別に悪いことをしている訳じゃないし、アイネ達が僕の見た集団と関わりがないかもしれないからだ。
一度頭を冷静にするため深呼吸すると、頭の中を支配していた“どうしよう”という気持ちが“どうすれば最善となるか”に代わる。
そしてまずは迫ってくるフォレストウルフ達を倒すことに【集中】していく。
一度戦ったからこそ、速さや攻撃の重さが分かる。
冷静にフォレストウルフが飛び掛かってくるタイミングを見て、僕は身体の前に出した盾を、ゆっくりと身体に引き寄せながら、受けたところで左脚を引いた。
すると無防備な状態のフォレストウルフが現れ、一気に剣を振り下ろした。
そして直ぐにフォレストウルフは魔石へと変わった。
前よりもしっかりと倒せた気がする。
そこで直ぐにアイネ達の様子を探ると、どうやら向こうもこの階で戦っているみたいだった。
反応は三匹だけど、ちょっと苦戦しているのかな? それよりも付き添っている三人の冒険者達は戦っていないみたいだった。
僕が徐々に近づいていくと、声が聞こえてきた。
「一人一匹だって決めつけるな」
「数的有利を作るのは、魔物だって一緒だから、全部一人で戦えるように、魔物達からの攻撃を頭に入れておくんだ」
「誰かが一匹でも引き付ければ、三対二の状況も作りだせるぞ。ほら気合を入れろ」
どうやら指導? しているみたいだった。
それにしても十階層前後まで行っていたはずなのに、苦戦するなんて少しおかしい気もするけど。
そんな考え事をしている僕にも、当然魔物は襲ってくる。
僕は向こうからバレないことを祈りながら【集中】して倒していく。
今の僕には、色々な戦闘経験が少ないから、判断が遅れないようにしなくちゃいけない。
いくら剣が綺麗に振れるようになっても、一瞬の判断が命取りになることだってあるのだから。
だからよそ見をしている暇はなかった。
そして襲って来た三匹のフォレストウルフを倒すと、どうやら向こうの戦闘は一足早く終わっていたみたいで、冒険者達の声が聞こえてきた。
「本当にそれぐらいの実力でEランク試験を受けようっていうのか?」
「ここまでは運が良かっただけに過ぎないぞ。誰かが怪我をする前に、俺達の下につけ」
「そうだぞ。俺達の下につけば、簡単にレベルだって上げられるし、ちゃんとした装備だって手に入るんだぞ」
どうやらあの冒険者達は、アイネ達を勧誘しているようだった。
「あ~もう、うるさい、うるさい。人が黙っていれば言いたいこと言ってくれるわね。貴方達と私達、そんなに実力は変わらないじゃない」
アイネのそんな声が聞こえた。
「おい。そこのお前、先輩に対して挨拶が無いぞ」
「貴方達はまだEランクじゃない。ほとんど実力も変わらないでしょ」
アイネらしいけど、それを言ったら相手を怒らせるだけだと思う。
「Eランクパーティーである俺達[レッドクロウ]をそこらのEランクと一緒にするなよ」
「知らないし、もう関わらないで。それ以上関わるなら[破邪の光]に言いつけてやるんだから」
「舐めやがって、このヤロウ」
すると[レッドクロウ]と名乗った冒険者達は、アイネ達へ剣を向けた。
「……ここで戦うつもりなの?」
「さぁどうだろうな? だが、せっかく指導したのに、こちらを馬鹿にしたんだから、ただで済むと思っていないよな?」
「何をしろっていうのよ」
「今まで貯めた金を全部こっちへ寄越してもらおうか。慰謝料ってやつだ」
「……それをギルドへ言ったら、貴方達だってどうなるか分かっていない訳じゃないでしょ」
「ふん、冒険者見習いと冒険者、どっちの言い分を聞くかはそんなこを分かり切っているだろう?」
「……」
アイネは何も言うことが出来ないみたいだった。
そこで運悪く、アイネ達の後方にフォレストウルフの反応が複数現れた。
「くっくっく、運もないな。ほらどうする? 俺達の下で扱き使われるか、それとも魔物に喰われて死ぬか、二つに一つだぞ」
「私達はあんた達なんかに負けない」
さすがアイネは真っ直ぐだ。
僕はそう思いながら、隠密状態のまま【闇よ我の姿を隠せ シャドウ】と小声で詠唱してアイネ達と冒険者達の間に割って入るのだった。
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明日から休載させていただきます。