45 気持ちの連鎖
まずこの状況で声を出したのはゴロリーさんだった。
「エドガー! お前は大丈夫なのか?」
お腹を真っ赤に染めているのはたぶん血だ。
だけどエドガーさんはいつも通り元気そうだった。
「そっちの女の子が回復魔法を使って回復してくれたから、既に傷もない」
「そうか。ならお前はまず外の看板を[close]にしてこい。エリザはそのお嬢ちゃんが横になれるスペースを作ってくれ」
「分かった」
「ええ。アニエスタ・ブライバルさんでしたよね? こちらに」
「はい」
エリザさんはアニタさんを店の中に案内して、昔、僕がお昼寝で使っていた隅っこへと案内していく。
僕は迷ったけど、ゴロリーさん達の会話を聞くことにした。
「シュナイデル、簡潔に起こったことを説明してくれ」
ゴロリーさんはシュナイデルさんへ近づき説明を求めた。
「ええ。ブライバルさんからゴロリー殿がこの店を勧めたと聞いたので、お連れすることにしたのです。途中でエドガー君を見かけたので声を掛けたのですが、こちらを振り返ったエドガー君が“危ない”と叫んでくれたことで、襲撃者達に気づくことが出来ました」
もしかしてスラム街を探して捕まらなかった親玉の人が帰ってきたのかな?
「襲撃者達だと? まだスラム街の住人がいた……いや、騎士に襲い掛かってくるなら、よほど腕に自信がある者か……」
「黒いローブを纏い、黒頭巾を被った者達に私達は襲われたのです。奇襲でしたから、エドガー君の声が無ければ危なかったでしょう。何とか返り討ちには出来ました」
シュナイデルさんは襲撃者達の恰好について答えたけど、深くは喋ろうとしていなかった。
「それでシュナイデルの見解は? 何か分かっているんだろ?」
「はぁ~これから言うことは出来れば内密にしてください。たぶんですが、襲ってきたのは冒険者、それに騎士が数名混ざっていたかもしれません」
その言葉に僕は驚いてしまった。
騎士が騎士を傷つけるようなことをするなんて、本の中にも出てこなかったからだ。
「それでエドガーは何で怪我を?」
「逃走する際に、襲撃者の一人がエドガー殿を狙って投擲をしたのです。その短剣がこちらです」
「エドガーはそれを避けられずに怪我を負ったのか。襲撃を教えた腹いせか?」
「そうでしょう。ただ刃には毒が塗ってありますから、違う目的で使用する可能性があったのかもしれませんが……」
毒を人に向かって使う人が本当にいるなんて、僕には信じられなかった。
ゴロリーさんは一度エドガーさんへ視線を向け、再びシュナイデルさんに戻すと、次に運び込まれた少女へ視線を移す。
「……それでエドガーの腹にあれだけの血がついていて助かったのは、あのお嬢ちゃんのおかげということか。お嬢ちゃんはそんな高度の回復魔法を?」
「ええ。ティアリス・ソレイユ様が回復魔法を使っていなければ、エドガー君は今頃……ただ、敵の狙いはもしかすると……」
ティアリス? もしかしてあのティアリスなのかな? 僕は金髪の少女へと顔を向ける。
「それはいい。狙いが何であれ、息子を助けてくれたのだから、感謝しなければなるまい」
「ありがとう御座います」
「それで襲撃者は一人も捕まえることが出来なかったのか?」
「申し訳ありません。斬ることは出来たのですが、深追いは出来ませんでした」
「まぁこの人数で動いているのなら、仕方あるまい。クリス、エドガーに【クリーン】を頼む」
「えっ? あ、はい」
僕は入り口で立ったままのエドガーさんへ【クリーン】の魔法を発動させた。
血の痕は綺麗に落ちたけど、服には穴が空いていた。
「エドガー、大丈夫か?」
「ははっ、今頃になって震えてきたよ。これなら言われた通り、もっと鍛錬しておけば良かったかな」
エドガーさんは笑っているけど、身体を小刻みに震わせていた。
「ふん、今更だな。少し座っているか、厨房で煮込み料理でも作って落ち着け」
「そうするよ」
エドガーさんはふらつきながら、厨房へと入っていった。
「クリス、俺はもう少しシュナイデルとジュリスから聞きたいことがある。先にエリザ達の方へ行っててくれるか?」
「はい。あ、もしかするとあの子もお腹が空いていると思うから、美味しそうな匂いがしたら目を覚ますかもしれないですよ」
「くっくっ、そうだな。話が終わったら、料理は用意しておこう」
僕はゴロリーさんの言葉に従って、エリザさん達がいるお店の奥へ移動すると、難しい顔をしたエリザさんとアニタさんが金髪の少女、ティアリスを見ていた。
僕は力になれるか分からないけど、まずはティアリスの容態を聞くことにした。
「エリザさん、ティアリスは魔力枯渇なんですか?」
「ええ、彼女が重傷だった騎士達を治療していた子らしいのよ。それで魔力が減っているにも関わらず、エドガーの治療をしてくれたみたいで、その後に倒れたらしいから、まず間違いないわね」
ティアリスは知らない人でも全力で治療する子なんだね。
苦しそうだし、何とかしてあげたいなぁ。
「エリザさん、何とかしてあげたいんだけど、魔力ポーションを飲ませてあげたら、目が覚めるんじゃないかな?」
僕のシークレットスペースには、マリエナさんの作ってくれた魔力ポーションが幾つか入っている。
とっても苦いけど、少しすれば魔力は回復する。
「魔力ポーションはさっき試してみたの。飲ませようとしたんだけど身体が拒絶を起こしてしまったから、無理に飲ませることは出来ないわ。それをしたら彼女の成長に弊害が出てしまうかもしれないし」
「それはこちらも望みません。しかしティア様が倒れたことが分かれば、今後ティア様に自由はほとんど無くなってしまうでしょうね」
「どういうことなんですか?」
まるでティアリスには自由が無いようなアニタさんの言葉が気になった。
「ティアリス・ソレイユ様はプレッシモ連邦国の貴族令嬢なのですが、今はそれよりも聖女様の再来とまで呼ばれているぐらい、回復魔法に特化された能力をお持ちなのです」
貴族か裕福な家庭の子だと思っていたけど、どうやら本当にそうだったみたいだ。
それにしても、まさか聖女の再来とまで呼ばれているなんて……僕は名前だけなのに、ティアリスはもう周りに評価されるぐらい凄いことをしているんだね。
「何でそんな子がこの作戦に?」
「それは分かりません。今回はティアリス様自身が無理を言って同行されたのです。ですが、今回の同行で倒れたことが公となれば、今まで以上に外出が厳しく制限されてしまうでしょうね」
エリザさんの問い掛けに、アニタさんは首を振って答えたけど、徐々にその表情が険しくなっていく。
きっと外出が出来ないということは、自由を縛られている状態なのかもしれない。
それはとても可哀想なことだと僕は感じたから、何か他に方法がないのかを考えてみることにした。
メルルさんからもらった魔法の本を思い出しながら、何かあるのではないかと考えていると、エリザさんが小さく呟いた。
「【魔力譲渡】なら何とかなるとは思うけど……」
僕は直ぐにエクスチェンジで【魔力譲渡】を探したけど、見つからなかった。
「【魔力譲渡】って何ですか?」
「【魔力譲渡】は相手の魔力属性、波長を合わせて魔力を相手に渡す、とても高度なスキルで私も覚えていないわ」
「残念ながら騎士団の中にも【魔力譲渡】を使える者はいないでしょう」
エリザさんやアニタさんの反応からとても習得が難しい技術だということは分かった。
でもそれなら僕の【総魔操術】なら何とかなるんじゃないかな?
「一度、僕のスキルを試してみてもいいですか?」
「何か【魔力譲渡】に近いスキルを持っているの?」
「えっと……駄目ですか?」
詳しく説明していいのか迷った僕は、もう一度聞いてみることにした。
そこへエリザさんが僕の耳元で囁くように聞いてきた。
「クリス君は確かに光属性だから、この子の魔力とも合うと思うけど……今ここにいる全員を信用出来るの?」
「たぶん大丈夫だと思います。それにもし何かあっても、僕は冒険者になるつもりですから」
「そう……アニエスタ・ブライバルさん、貴女はこの子の自由を奪うのと、これから見ることを口外しないこと、どちらをお望みかしら?」
「これから起こることを口外しないことを誓います。私にとってはティア様が全てにおいて優先されますから」
「分かったわ。今ならあの二人はゴロリーが見ているし、クリス君いいわよ」
「ありがとう御座います」
僕はティアリスの手を握ると、いつも自分の魔力をホワイトにあげているように、流し込もうとする。
しかしどういう訳か、僕の魔力は何度やっても、ティアリスの中には流れていかずに弾かれてしまう。
「何か弾かれて……」
その時、僕の中から出してほしいという願い、手伝いたいというホワイトの気持ちが流れ込んできた。
「やっぱり弾かれちゃうわね。それは魔力の波長が合っていないからよ。でも頑張ったわ」
「やはり難しいですか……いえ、その歳でそれだけの【魔力操作】が出来るのであれば、素質は十分だと思いますよ」
エリザさんとアニタさんは褒めてくれたけど、僕はそれどころではなかった。
「エリザさん、ホワイトが出たいって、それで自分も手伝いたいって言ってるんだ。それも徐々に気持ちが強くなってきてて――」
「アニエスタ・ブライバルさん、貴女を信頼しない訳じゃないけど、後で今から見ることを誰かに口外、伝えようとすることを禁じる魔法契約書にサインしてもらえるかしら?」
「何か分かりませんが、先程も言いましたが、ティア様の為ならばお受けいたします」
「クリス君、アニエスタ・ブライバルさんを信頼出来るならいいわよ」
最終判断は僕がすることになった。
だから僕は直ぐにホワイトを【排出】した。
「なっ!? 召喚!? それにそれは魔物? それにしては……なんと可愛らしい」
「口外はしちゃ駄目よ。悪いけどシュナイデルとジュリスにもよ」
「はい」
僕はそんな二人のやりとりを見ている余裕もなく、ホワイトへいつものように魔力をあげ始めると、ホワイトからティアリスへ魔力が流れていく。
すると、さっきまで苦しそうにしていたティアリスの表情が徐々に和らいでいく。
そしてホワイトが魔力をティアリスへ流すのを止めて僕の魔力を食べ、お腹いっぱいになると、少し眠くなったと【収容】を望んだ。
「手伝ってくれてありがとう」
僕はお礼を言ってから、ホワイトをシークレットスペースに【収容】した。
「クリストファー君、君はもしかすると……」
アニタさんがそこまで口にしたところで「お腹空いた~」とティアリスの声が上がった。
「大丈夫ですか、ティア様?」
「駄目、もうお腹が空き過ぎて……アニタ、ここは何処かしら? それに……何故クリス君が私の手を握っているのかしら? あ~あ、これは夢ね。夢ならいっぱい美味しい料理が出てくるはずよ。クリス君、一緒に食べましょう」
「えっ、うん」
ティアリスはまだ寝ぼけている感じだった。
僕が魔力枯渇になった時は、起きてから暫く気持ちが悪かったけど、ティアリスはそうじゃないみたいだな。
「起きたか。じゃあ美味しい匂いのする料理作戦は意味がなかったか。お嬢ちゃん、息子の命を救ってくれてありがとうな。沢山の料理を作っているから、好きなだけ食べていってくれ」
ゴロリーさんがちょうどいいタイミングで食事を持って来てくれた。
「あ~やっぱり夢……じゃない? アニタ、夢じゃないの?」
「はい。ティア様はたった今、魔力枯渇状態から回復なされました」
「それじゃあ、このクリス君は? 本物のクリストファー君?」
「久しぶりだね、ティアリス。あ、今度会ったらティアって呼ぶことにしていたんだっけ?」
するとティアは、徐々に頬を赤く染めて頷いた後、うつむいてしまった。
「クリス、とりあえずお嬢ちゃんに料理を食べてもらわないと、また倒れることになるぞ」
「あ、そうですね。ティア、ゴロリーさんとエドガーさんの料理は美味しいから、気にいると思うよ」
「楽しみ。でも、その前に手を離してくれないと、食べられないから……」
恥ずかしそうに告げるティアに言われて、手を繋いでいたことに気づいて、僕も何だか恥ずかしくなってしまった。
だけどそれから僕達はゴロリーさんとエドガーさんの作ってくれた料理を食べていると、恥ずかしさが消えて、自然に話が出来るようになっていた。
そして和やかに食事をしていると、突然入り口の扉が開け放たれ、数名の騎士が“エドガー食堂”へとなだれ込んで来るのだった。
お読みいただきありがとう御座います。